88 また厄介な問題だな・・・・ああでも了解了解
円城先輩の家を後にし、そのまま帰宅した。少し遅くなってしまったので急いで夕食の支度を済ませる。食後は今日出された課題を急いで片付け、ようやくゆっくりできるなと思ったところで誰かが部屋のドアをノックした。
「開いてるよー」と声を掛けるとドアが開き、B4くらいの紙と筆記用具を持った真が部屋に入ってきた。
「律樹お兄ちゃんちょっといいかな?」
「ん、宿題で分からない所でもあるのか?」
「ううん、宿題じゃなくて反省文。どうやって書いたらいいかちょっと分からなくて・・・・」
反省文。その言葉を聞いて何か嫌な予感が脳内を駆け巡った。まず小学生で反省文なんてあまり聞いたことが無い。普通は教師から注意されたり叱責されるだけで終わるはずだ。何か余程のことをやらかしたのだろうか? それとも・・・・
「反省文って、真は何か悪いことをしたのか?」
この言葉に真は表情を曇らせる。
「うん・・・ちょっと色々とあって・・・」
「嫌じゃなかったら先にその色々を話してもらってもいいか? じゃないとアドバイスも出来ないしな」
「誰にも言わない?」
「逆に訊くけど俺以外に話したりは?」
「ううん、誰にも言ってないよ。出来れば律樹お兄ちゃんに聞いて欲しかったし」
「そうなのか? まあ頼ってくれたことは素直に喜ぶべきか。話長くなりそうだしそこに座りな」
部屋の脇に寄せておいたローテーブルを引っ張り出し俺と真の間に置く。「なんか飲むか?」と質問すると、真は「大丈夫」と言ってテーブルの上に紙を置きそのまま床に腰を下ろす。テーブルの上に置かれた紙はまだ手付かずの作文用紙だった。
「これに反省文を書けってことか。ところでトウラにも話してないのか?」
「トウラはまだ帰って来てないから。ちなみにペンシーはすみれお姉ちゃんに捕まってるよ」
「そいうえば夕飯の時いなかったけな。まあアイツのことだし心配はいらんと思うが。あとペンシーはご愁傷様だな」
帰ってからバタバタだったのですっかり奴の存在のことを忘れてた。真も心配はしていないようで「はは、僕もそう思う」と表情を少しだけ明るくさせた。しかし直ぐに表情を戻し「実は今日・・」と言って続ける。
「給食でプリンが出たんだけど一つ足りないって騒ぎになったんだ」
給食にプリンかあ。足りないってなればそりゃ小学生なら騒ぐよな。
「最初は初めから一個足りなかっただけだとみんな思っていたところに先生が『今ダイエット中だから私は大丈夫』と言ってくれたのもあって丸く収まったんだけど、みんなが給食を食べ終えたころ僕と同じ班の女子が僕の机の上を見て『あー奥谷君プリン二つ食べてるー』って言ったんだ。まさかと思ったけど本当に僕のところに空になったプリンのカップが二つあって、でも僕は一個しか食べてないし、みんなの机の上にも一個ずつあったからイタズラで誰かが置いた可能性もなくて・・・・」
「それで真が犯人にされてしまったってことか。本当に誰かがイタズラで真の机に置いた可能性はないのか? ほら給食余ってたら早い者勝ちでお替りとかできるじゃん。その隙を狙ってとかさ」
「それは絶対にないよ。だって僕お替りなんてしてないし席も立ってない。それに机の上に誰かが置いたら気付くと思うんだ」
真が嘘を吐いてまで二つ食べるなんてことはあり得ないだろううし、あと考えられるのは誰かが空の容器を置いたくらいしかないのだが、それは真自身がハッキリと否定している。
うーん、これまた厄介な話だなあ。一哉の件がある程度片付いたと思ったらその余波で霊的エネルギー事件が勃発し、次に波子屋さんの記憶喪失問題を祭主先輩から丸投げされ、今度は小学生のプリン事件ときた。いっそのこと真に祭主先輩のことを紹介して誰が相談者として相応しいのか神託を降ろしてもらうか?
いや、それはまだ時期草々な気がするな。もう少し詳しく話を訊いてみるか。
「それで結局真は自分が食ったと仕方なく罪を認めてしまったのか?」
「自分じゃない、僕は知らないって強く言ったけど、僕のところに空のカップが二つあったのは本当のことだし、何を言っても誰も信じてくれなかったから・・・」
「でもそれだけのことで普通反省文書かせるか? ていうか真の担任ってしょっちゅう書かせたりしてるのか?」
「担任の先生は去年から同じなんだけど僕が知ってる限りは初めてだと思う。でも理由は今日だけのことじゃないんだ」
「どういうことだ?」
「実は最近おかしなことが続いててね、今日のこともそうなんだけど、それ以外でイタズラとしか思えないことが色々あって・・・」
「イタズラねえ・・・・まさかそれも今回のことで全部真のせいにされたのか?」
「そうじゃないけどそうなのかも。何ていうのかな、たぶん先生はどっちでも良かったんじゃないかなって思うんだ」
どちらでも良かった? それってつまり真犯人が誰だか分かってないのに真に全ての罪を着せて丸く収めようとしたってことか? だとしたらそれは絶対許されない行為だろ。
「真、もう少し詳しく話せ。まずは反省文を書くにあたって先生から何を言われた?」
「えーとね、確か『今までのことを反省しながらこの作文用紙に反省文を書いて今週中に持ってきなさい』だったかな」
「じゃあプリン以外の個別のことは一切口に出さなかったのか? 何があったのか知らんけど、普通はあの件はどうだとかこの件はこうだとか喋ってくるのが普通だと思うんだが」
「ううん、ただ『今までのこと』しか言ってこなかったよ。でもそれだけで僕や同じクラスのみんなは何のことか分かるから。もちろん僕は全部関係ないって言ったけど、周りの子も『ウソつくな』とか『前から怪しいと思ってた』とか言って騒ぎだしたからそれ以上の反論は出来なくて・・・・」
反省文を書かせるにしてもみんなの前で吊るし上げるのはどう考えても間違ってる。
もしかして担任は他の生徒の圧を利用して真を追い詰めたのか? だとしたら絶対許すわけにはいかない!
「真、俺はお前のことをビタ一文疑ってはない。だが念のためお前の口から自分は何も悪くないって言ってくれないか? アドバイスするのはその後だ」
真は気を悪くするかもしれないが、後顧の憂いを僅かでも残さないために必要なことだ。
「僕は何も悪いことはやってない。プリンのことは本当に不思議だったけど僕は食べてない!」
「おっ、少し元気を取り戻したって感じだな。よし任せろ、真が理不尽な目に遭う道理は一ミリだってないんだからな」
「ありがとう律樹お兄ちゃん。でもこれどうしたらいいかな・・・・」
真は不安そうに作文用紙に目を落とす。
「そうだなあ・・・・だったら手始めにこうしたらどうだ?」
俺のアドバイスに従い真は作文用紙いっぱいに文字を埋る。内容は反省文なんかではなく、小学生が書くものにしてはそこそこエッジの効いたものだった。
「こんなこと書いたらまた怒られないかなあ・・・」
「いやそもそも真は悪くないんだから問題ないって。提出期限は今週いっぱいだったよな? だったらギリギリまで出すのは待つんだ」
「分かった言う通りにするね。もし催促して来たら適当に誤魔化すよ」
さて問題はここからだ。
「それでまだ聞いてなかったが、おかしなことが続いているって言ってたけど、具体的にどんなことがあったんだ?」
おかしなこと=不思議なこと=怪奇現象
少し前の俺だったらそう簡単に結びつけることはしなかったが、何度も目の当たりにされれば考え方が変わるというもの。とは言うものの真のクラスで現在何が起こっていたのか確認してから判断するべきだろう。
「実は今日のプリンと似たような感じなんだけど、教室内で数が合わないことが最近多くあってね。一番多いのはテスト用紙やお知らせのプリントなんだけど、他にも音楽の授業で使う学校の楽器だったり、理科で使う実験道具みたいのも足りなくなることが良くあったんだ。最初は先生も自分の数え間違いだって言ってたけど、何度も続くうちに誰かのイタズラって話になって・・・」
数が合わないか・・・・・ん、どこかで似たような話聞いたような・・・・・うーん、思い出せん。
「そりゃ何度も続けば誰かを疑いたくもなるわな。当然配る前に念押しで数を確かめていただろうし」
「うんそんな感じだった。だからそれが起きる度に『いい加減にしろ!』って先生がよく怒るようになったんだ。だけど先生がいくら犯人を捜しても見つからなかったし、実際みんなも戸惑ってたと思う」
もしかしたらいい加減にしろとブチ切れた担任は、今日のプリンのことを機に全部真のせいにして終結を図ろうといたのかもしれないな。みんなの前で吊るし上げたり反省文を課したのも見せしめの意味があったのかも。例え犯人が真ではなくても真犯人がビビってイタズラを止めればそれで良しという思惑が見えるしな。しかも真はイジメられてはいないもののクラスでは浮いた存在だ。担任からしても罪を着せる相手としては好条件に見えたのかもしれない。
「因みにクラス内で誰が怪しいとかそんな話は今まで出なかったのか?」
「その度に何度か誰かがやったんじゃないかって話は出たけど、結局証拠もなかったし有耶無耶になったかな。でも今日はそうじゃなかったから」
動かぬ証拠かあ。しかしどうやって真やその周囲の目を盗んで空の容器を置いたんだ? 真は絶対にあり得ないと言っているし、やはり妖怪か何かが絡んでいるのか?
「なあ真、お前もこの家の住人だしましてやトウラの飼い主だ。本当の犯人は妖怪じゃないか? とかそっち方面で考えたりしなかったのか?」
「僕はトウラ以外の変なものは見たことないから正直よく分からないんだ。でもトウラに何度か話したんだけど『ゲコッ、何でもかんでも妖怪とかのせいにするなー』って言われてお終いだったよ」
別にトウラのモノマネしろとは言ってないんだが、なんか地味に似てたし。
それにしても奴にしては珍しく突き放すような言い方だな。アイツのことだから『オレッチ様に任せろー』とか言って学校に乗り込みそうなんだが・・・
「いつ頃から始まったんだ? それと些細なことでもいいから気になることはなかったか?」
「始まったのは四年になってからだよ。クラスは三年の時と全く同じなんだけど、そういうことは一度もなかったと思う。それと関係ないかもしれないけど、気になるって言えば最近僕に話しかけてくる子がいるってことかな」
「へーそれは良かったじゃねえか。因みに話しかけてくる子ってどんな奴なんだ?」
「大人しい子なんだけど別に浮いてるってわけじゃないんだ。自分からはあまり話しかけないだけで結構友達と居ること多いし。それとね、ちょっとだけどすみれお姉ちゃんに似てるかも」
そうかあ、大人しくて、でも周りは放っておかないって確かに河島さんに少し似たタイプだな。まあ最初の印象だけで実際はそうでもなかったんだけどね・・・・・
「悪いがそれはあんまし関係なさそうだな。あーでも今日の一件で離れていってしまったり・・・・いや悪い、今のはナシ」
小学生相手に俺は何てことを言ってるんだ。せっかくあの家から解放されて新しい友人が出来そうかもっていうのに水を差すようなことしたらダメだろ。
なんか取り繕う良い言葉はないか?
そう考えていたところ、正面にいる真はポケットから小さな紙きれを取り出し、口角をやや挙げながら「それなんだけど」と話し始めた。
「今日の帰りにその子からこの手紙を貰ったんだ。ほら見てみて」
真は自分の掌と同じくらいの大きさの薄ピンク色の紙を見せてくれた。そこには小学生の女の子らしい丸々とした文字で、
『私は真君が犯人じゃないって思ってるから』
そう書かれていた。
「これを見たとき、僕嬉しさが止まらなくて大変だったんだよ」
たった一言だけ書かれたその小さな手紙には、曇りがちだった真の表情を澄み切った晴れ空に変える力が秘められていたようだ。
嬉しさのあまり何度も読み返したのか、今日貰ったばかりのその薄ピンク色の紙は、端の方がヨレヨレになっていた。
「まあなんだ、良かったじゃん」
河島さんに似ていると聞いた時点で手紙の子が女子だということは明らかだった。そうなるといま目の前でやや浮かれ気味にしている少年は、『自分をちゃんと見てくれているクラスメイト』ではなくそれ以上の感情があるのでは? と思わず勘繰りたくなってしまった。だがすぐにそれを口にしてしまうのはあまりにも野暮だということに気付き、何とか高校生としての面子を保つことが出来た、と思いたい。
「んで確認なんだが、真はどうしたいんだ? と言ってもあんな挑発的な作文を書かせてから訊く話でもないんだけどな。それで真犯人を捕まえたいのか、それとも今の状態のまま長い時間耐えしのぐか。耐えるならやっぱあの作文は無しにして俺が適当に反省文を考えてやってもいいぞ。こんなことに真の大事な時間を使う必要はねえしな」
文章の無駄な水増しやそれっぽい言葉でマスを埋めるのは得意だぜ。
「出来ればあまり大事にしたくないんだ。だから律樹お兄ちゃんに相談したっていうのもあるんだけど・・・」
「まさか孫七さんや夏鈴さんに相談したら大事になると思ったのか?」
「えっ違うの?」
「いや全然違わない。真の想像は非常に正しいぞ」
あの二人は何をするか俺でも分からないからな。しかも真の場合自分の家族という実例もある。おそらくあの兄妹が今現在どんな目に遭っているのか何処かからか耳にしているのだろう。現にそれが原因で母親も今は大変らしいし、その余波で真は母親とはあまり会えないでいる。
誰がどう仕組んだのかは俺も詳しく聞かされていないが、源六・孫七のじいちゃんズはほぼ濃厚、もしかしたら夏鈴さんも関わっているかもしれない。この家に住んでいる真はそのことを口にこそしないが、なんとなく察しているのだと思う。そしてそれに対して思うところもきっとあるはずだ。
「二人には内緒にしておくよ。だけど場合によっては助けを求めるかもしれない、それだけは分かってくれ」
断定はできないがこの件は何かありそうな気がする。その時は最悪の事態にならないよう早い段階で助力を乞う必要がある。
「いいよ。律樹お兄ちゃんが心配している理由なんとなく分かるし」
「助かる。ところで河島さんにも内緒にした方がいいのか? 俺と彼女とでは相談相手としてそう変わらないと思うんだが」
「あーえーと・・・・すみれお姉ちゃんにこの話するのちょっと恥ずかしくて・・・」
「ん、なんでだ? 別に恥ずかしがる内容なんて無いと思うけど?」
「ほらさっきも言ったけど、すみれお姉ちゃんあの子に似ているからちょっと・・・・」
ああそういうこと、了解了解。
「頑張れよ色男」
全てを把握し茶化し半分でエールを送ると、真は「ち、違う。そう言うんじゃないから」と必死に否定していたが、普段は若干不健康そうな色白の真の頬は手に持っていた紙と同じ色になっていた。




