86 俺<ヒョウ<?
「えっヒョウ!?」
目の前に突如として現れたその大きな生物に命の危険を俺は感じ取った俺は反射的に体を捩じらせ逃げ出そうとした。しかしガッチリ体を固定されてしまっているのか全く身動きが取れないでいた。しかもなんか重い。
なんだか後頭部に柔らかい感触を感じるが今はそれどころではない。目の前には今にも襲って来そうな肉食動物がいるのだ。
「違うよ、アタシは薫。輔から聞いてないの?」
ヒョウと顔を並べていた女性が覗き込むように言った。その後ろには天井が見えている。つまり俺は仰向けになっているようだ。
「聞いてますけど、それより隣にいるのは・・・・」
「ああこの子はペロちゃんだよ。ねえペロちゃん、りっくん驚いてるししかも重そうだからちょっとどいてあげようか」
すると「フシュー」と生暖かい息を俺に吹きかけたあと、ヒョウは俺の視界から消え、同時に体が軽くなる。
「アタシはこの状態のまま話を続けてもいいんだけど、りっくんはどうしたい?」
そこで自分が薫と言う女性の膝の上に頭を乗せていることにようやく気付く。
「す、すいません! すぐどきますから」
さっきとは違い今度は体を動かすことが出来たのですぐに体を起こし女性と距離をとろうと後ろに下がったのだが、壁がすぐ後ろにあったため、ドン! と思い切り背中を強打してしまった。
「あはははは、そんな慌てなくてもいいし」
「イテテテ・・・・えーと薫先輩でいいんですかね」
「そだよ。でもまさか君がここに来ているとは思わなかったし。しかも気絶してるとか面白過ぎるでしょ」
「ていうか俺はなんで気絶してたんだ?」
「覚えてない? まあ仕方ないかあ。あのね、りっくんはペロちゃんの威圧のせいで意識がぶっ飛んじゃったんだよ。でも慣れればなんてことないから気にしなくてもいいって」
威圧で気絶した? それとペロって言うのはあのヒョウみたいな生き物だよな・・・・ってよく見ると体の柄はヒョウではなく三毛猫そのものだな。顔つきがおっかねえから勘違いしてしまったけど、三毛柄のヒョウなんて存在しないよなあ・・・・
「あのー、そのペロ氏は一体何者なんですか? 猫にしては明らかに大きすぎるんですけど」
二本足で立てば俺と変わらないくらいの大きさはありそうだ。そしてまだこっちを睨みつけているのは気のせいであった欲しい。
「どう見ても猫じゃん」
「いや日本にいる猫そんなに大きくないですから!」
猫と言い張る薫先輩の後ろで体を斜めにしてヒョイっと顔を出した円城先輩が、
「ペロは妖怪みたいなものだよ。厳密には猫を憑代としている妖怪かな」
眠たそうな表情をさせたまま教えてくれた。
ん、でも薫先輩って確か・・・・
「こっち側の人間ではないって言ってまでんでした? でも見えてるんですよね?」
「あくまで憑代は入れ物だからね。薫じゃなくてもこの状態のペロは誰にでも見えるさ」
「霊だけじゃなくて妖怪も憑依みたいなことするんですね。いやそんなことよりどうして俺ペロ氏に威嚇されたんですか? 俺なんもしてないっすよ」
「はははゴメンゴメン。あれは君にじゃなくて僕に向けたものだから別に君に対して敵意がある訳じゃないよ、たぶん」
「いやそこちゃんとハッキリさせましょうよ。じゃないといつ襲われるか怖くて迂闊に動けないじゃないですか」
「おいガキ。我はお前みたいな小者を無暗に襲ったりはせん」
「しゃ、喋った?」
念話みたいなものでは無くペロ氏からハッキリと声が聞こえてくる。よく見ると口元が声に合わせて動いているように見えるが、猫の声帯でどうやって喋っているのか謎だ。
「何を驚いておる。お主が気絶する前にも我を声を聞いたはずだが?」
「まあそうなんですが・・・・本当に襲わないですか?」
「クドイ! しつこいようなら今ここで食い殺してもいいのだぞ」
「ダメよペロちゃん。りっくん食べちゃったら多分ペロちゃんもただじゃすまなくなるよ。そうでしょ、りっくん?」
もしかして夏鈴さんの事を言っているのか? ていうかこの人達は一体何処まで俺と俺の周りの事を把握しているんだろうか?
「先輩たちは一体何者なんですか?」
その問いにいち早く答えたのは円城先輩だった。
「僕はさっき説明した通りペロのせいで後天的に妖怪が見えるようになっただけで、それ以外は普通の人間だよ。まったくペロのせいで色々と苦労しているんだからもうちょっと大人しくしてほしいものだよ」
そう言いながらポンポンと背中を叩かれたペロ氏は「ふん」とそっぽを向く。
彼らがどういう関係なのかまだ分かっていないが、少なくても円城先輩がペロ氏に脅されてるとかそう言った心配はしなくても良さそうだな。
「アタシは普通の人間だよー。ああ人より少し背は大きいけどね」
そう言って薫先輩は立ち上がってから「ほら」と俺に手を差し出し、その手を掴むとグイっと強引に俺を引っ張り上げる。すると二人立ち上がった状態になったわけだが、視線の位置は彼女の方が高かった。
「アタシ百八十五センチあるんだよねえ。みんなからランドマークガールって呼ばれているのもこれが理由なんだよ、シクシク・・」
目元を手で擦る振りをしながら白々しい鳴き真似をする薫先輩。それとそんなあだ名は今まで耳にしたことはないんですけど。
「先輩がやっても全然可愛くないのでやめましょうか」
「なにおー!」
冗談交じりだったのは明白だったが、コラー! と威嚇しようと振り上げたその右手は勢い余って天井にぶつかり、次の瞬間薫先輩は「イッタァ・・」と蹲った。
「これでもう何度目だよ。この部屋の天井が他と比べて低いこといい加減学習しなよ」
言われてみると確かに天井に凹んだ跡が数か所あった。これが全部薫先輩がやったものだとしたら円城先輩の言っていることは尤もすぎる。
「相変わらず落ち着きのない女だ。輔も付き合う人間は選んだ方がいいぞ」
「そそっかしいのも薫の良いところだよ。それよりもうりっくんは平気なのかい?」
「あのー、そのりっくんと言うのはどうなんですかねえ? まあ別にいですけど」
「嫌だった?」
「そうじゃないですけど、この年でそう呼ばれるのはちょっと恥ずいかも」
その理由は単純で、小さい頃家族からそう呼ばれていたからだ。普通の人
「ならりっくんでいいね」
人の話聞いてました? 暗にやめてくれって言ったつもりなんですけど、この人全然理解してない?
「ハア・・・・それで状況を整理したいんですが、円城先輩はこっち側の人間でペロは妖怪。そんでもって薫先輩は一応普通の人・・・そう言えば先輩の苗字って?」
「ホノカニだよー」
「ああホノカニカオルさんですね・・・・って絶対嘘でしょ! 揶揄ってるんですか?」
「あはははははーバレた?」
「この女の名は祭主薫。名前の通りいつも騒がしく賑やかな女だ」
円城先輩ではなくペロ氏が教えてくれるなんて意外だなあ。ていうか結構真面目キャラなのか?
「なんで本当のこと教えちゃうのよー。せっかくりっくんでもう少し遊びたかったのにー」
俺で遊ばんでくれ。ただでさえ情報の波が押し寄せてキャパオーバーしそうなんだから。
「こんばんわー」
この声はもしかして・・・・
「あっ、ミヨちゃんが来たー」
痛めた右手を摩りながら祭主先輩が嬉しそうに言う。
やっと来てくれたか。
ここに俺を呼び出した張本人である望月先輩がようやく到着したようだ。
ん? なんかペロ氏、ソワソワしてないか?
「ゴメンね。やること済ませてきたら少し遅くなっちゃった」
急いできたのか額には汗が、そして頬は少し赤く染まっており、いつもは凛然としているその姿も今は妙に色っぽく感じた。
「それは良いんだけど出来れば事前に連絡ほしかったな。一応言っておくけど、ここ僕の家だからね」
そう言えば俺が来ること知らない感じだったよな。その割には簡単に家に入れてくれたけど。
「だって円城君Rhineしても既読付くの早くても夜遅くでしょ。なんなら三日くらいつかないこともあるし。既読スルーの常習犯に言われてもねえ」
それは既読スルーというよりもはや対人スルーなのでは?
「ねえねえそれよりりっくんをここに呼んだのってミヨちゃんなんでしょ? もしかして二人は付き合ってたりして?」
「ないよ。律樹君にはちゃんと可愛い彼女さんがいるんだから変なこと言っちゃだめだよ」
「へーそうなんだー。どんな感じの子なの?」
一応対外的には付き合っていることにしているしこの場で否定する必要はないんだけど、このままだと祭主先輩のペースに嵌りそうだな・・・・
「えーとまあ・・・・今それは良いじゃないですか。それより望月先輩、相談があって俺は先輩に連絡したわけなんだけど、どうしてここに呼び出したんですか?」
俺と円城先輩を引き合わせたかったことはなんとなく分かる。だけどまだ相談内容を明かしていないという話の流れでとなればやはり引っかかるものがある。
「ちょっと話変えないでよー。ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃん」
なんか面倒くさい人だなあ。明るい性格で悪い人ではなさそうなんだけど、もう少し空気ってもんを読んでもらいたいものだ。
「後で私のわかる範囲で教えてあげるから今は律樹君の話をちゃんと聞こうか。それとペロはそこの窓を開けてどこに行くのかな?」
気付いていながらも怖いので見ていない振りをしていたのだが、ペロ氏は俺たちが話している間にコソコソと窓に近いてから器用にカギを開け、今まさしく窓を開けようとしたところで望月先輩に声をかけられた。否、どちらかといえば問い詰められているといった感じだ。
「い、いや我は 日課の散歩に出ようかと・・・」
「へー、久しぶりに遊びに来たというのにペロは私を置いて何処かに行っちゃうんだ?」
「ち、違うぞ。最近この辺りでよくないものを感じるので様子を見に行くのだ。そ、そうだ人間でいうパトロールというやつだ。オヌシ・・・深陽殿なら分かるであろう?」
ひょっとしてペロ氏は望月先輩に対して頭が上がらないのか? なんていうか、どう考えても圧倒的にペロ氏の方が強そうなんだけど、俺たちにさっきまで見せていた威厳が完全に失われているし。
「そっかー。それじゃあ仕方ないかな。だったら気を付けてね。もし何かあったら私も協力してあげるから」
「そ、それは真にありがたい申し出。で、では失礼する」
そういって窓を開け逃げるように部屋から飛び出していった。
「えーと望月先輩がペロ氏の飼い主か何ですか?」
「私が? ふふふ、違うよ。飼い主というか契約者みたいなのは円城君だから」
「でも明らかに先輩に対する態度違ってましたよね?」
「ああそれは一度二人はやりあったことがあってね、その時ペロの完敗だったんだ。それからかな、望月さんがここに来るとすぐに逃げ出すようになったのは。いつもだったら来ると分かった時点でいなくなるんだけど、今日に関しては君が来たからうっかり忘れてたんじゃないかな?」
やりあったってなんだ? 殺し合う、とかじゃないよね? 怖いからこれはスルー一択だな・・・・・
「俺がですか?」
「うん。なんか君に興味持ったみたいだよ。それと口では殺すとか食うとか言ってるけど、昔はいざ知らず僕と出会ってから無暗に人を傷つけるのは見たことないから安心していいよ。それより望月さんに相談があるんでしょ? なんなら僕たちは席を外すけど?」
俺に興味をねえ・・・・・まあ危害を加えてこないというなら別にいいんだけど。しかし席を外すといわれてもここは先輩の部屋だし、そもそも望月先輩はこの二人に聞かれても問題ないと判断してここに呼び出したはず・・・・だよな?
「望月先輩、何の相談か言ってないですけどいいんですよね?」
「もしかしてすみれちゃんに関しての恋愛相談だった? それだったらここじゃない方がよかったかなあ」
メッチャにやけてるし、これは完全に揶揄われてるな。
「ああスイマセン、真面目な話の方向でお願いします。ていうかどこまで知ってるんですか?」
「あーそれアタシもメッチャ気になってた。だってあの子らには絶対内緒だよって言ってあったし、まさか今日りっくんが来るとは思ってなかったもん」
「もしかして波子屋さんが相談した乗って祭主先輩?」
「もうバレちゃったから白状するけど、あの子にりっくんを紹介したのはアタシだよー」
まあ話の流れと状況的にそうだとは思っていたが、そうなるとますます分からないのはどうして望月先輩がそのことを知っていたかということだ。祭主先輩の口振りからして彼女には何も教えていないように見える。
「そうでしたか。何で匿名希望だったかはこの際聞きませんけど、望月先輩はその場にいたわけじゃないんですよね?」
この問いに先輩は正直に話してくれた。
どうやら昨日の日曜日、学校は休みだが望月先輩は用があって登校した。そして体育館裏で偶然祭主先輩と波子屋さん達が話しているのを聞いてしまったらしいのだ。話の内容的に自分がこの場にいるのは上手くないと思った先輩は、最後まで話を聞くことはせずその場を離れた。しかし俺の名前が出てきたのはしっかりと耳に残り、尚且つ聞きかじった程度だとは言え記憶が飛ぶという単語から、ある程度の推測はできたようだ。それでも自分からは関わらないようにしていたのだが、俺からのメッセージが来たことで状況が変わり、俺に円城先輩の家を教えた。
と言うわけなんだが、
「なんで円城先輩の家なんですか? 祭主先輩に会わせるだけなら別なところでもよかった気がするんですが」
てっきり何か別の理由があって円城先輩と俺と引き合わせたのかと思っていたが、話の内容的にここである必要はなかった気がする。
「だって薫っていつもどこにいるかわからないし連絡して約束しても本当に来るか怪しいのよ」
ああなんか初対面だけ分かる気がする。落ち着きなくアッチコッチ走り回っていそうだもんな。言われた本人も「あははー」って笑ってるし本当のことなんだろうな。
「だけどね、一ヶ所だけ例外があるの」
「例外?」
「円城君の家で待っていれば必ず現れるから」
「もしかして二人は?」
恋人同士ってこと? もしくは幼馴染とか。
「違うよー。輔とはまだ付き合ってないから。それとアタシの家〇〇市だから幼馴染でもなないからそこんところよろしくー」
「ヌッヒッヒー」とちょっとキモイ感じで笑ているが、『まだ』という言葉からしてきっとその気はあるのかもしれないな。円城先輩はというと・・・・・・ヤレヤレといった感じで呆れているように見える。だけど嫌がっている雰囲気ではなさそうだ。
なんかペロ氏も含めなんかよく分からん関係だな。
「話は分かりました。望月先輩は俺の相談が何なのか察してくれてこの場所を教えてくれたと?」
「概ねそんな感じでいいと思う」
「じゃあ今度は祭主先輩」
「なーに?」
「まず俺のことをどこまで知ってるんですか? それと何で波子屋さんの相談を俺に丸投げしたんですか? そして最後に、彼女達はどうして俺の素性を詮索してこなかったんですか?」
どれも気になることだが、今一番腑に落ちていないのは最後の部分だ。
相談してくること自体は問題ない。しかし普通は丸一日の記憶が飛ぶと言うまさしくぶっ飛んだ相談をするにあたってまずは医師の診察を受けるのが当たり前。それは波子屋さんも実際に行ったようだし常識的な行動ともいえる。ここまではいい。
だが何で彼女らは疑いもせず俺に相談を持ち掛けたのだろうか?
その前段階に祭主先輩に相談をしたことは一旦保留にしておくとして、普通に考えて一般の男子高校生が解決できるような問題ではないのは明白だ。
「話の中で『高遠君の知り合いに優秀な医者がいるの?』とか、そんな感じで聞いてくるのが普通で当たり前だと思うんです。だけど彼女らは一切そのことは言ってこなかった。これってよくよく考えれば恐ろしいことだと思いませんか?」
「何で? アタシが紹介したんだから確かめるまでもなかったんじゃない?」
「それがおかしいって言ってるんですよ。それじゃあまるで・・・・」
この先を言ってしまっていいのだろうか? もしこの推測が正しければ祭主先輩も本当の意味でこちら側の人間ということになる。
それだけならいい。しかし問題はその能力が最悪人を不幸にしてしまうものだとしたら・・・・
俺の問いに部屋が静まり沈黙が・・・・・・流れることはなかった。
「あははははー」
「ふふふ」
円城先輩と望月先輩が同時に笑い始める。可笑しくてたまらないといった感じだ。
しかし当の祭主先輩はというと・・・・・
「ねえちょっと二人とも急にどうしちゃったのー、アタマ大丈夫?」
何で二人が笑っているのか全く分からないといった様子だ。もちろん俺も同じだった。
「やっぱりっくんは面白いよ」
「ハァ、どういたしまして」
「でしょう? でもまさかこんなに早く薫のアレに気付くとは私も思わなかったよ。しばらく見ないうちに成長したんだね」
「ハァ、それはどうも・・・・・じゃなくて、一体何の話ですか?」
「りっくんが言いたいのはこうだよね? 相談に来た女の子たちに対して薫が何か良からぬことをしたんじゃないかって」
大まかにいえばその通りだ。ということはつまり祭主先輩はやはり・・・・・・
「そんな悲しい顔しないでも大丈夫だよ律樹君。薫はいつまで経っても薫でしかないから」
そして望月先輩は続ける。
「薫はね、未だに無自覚なのよ」




