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85 土間のある家

 目的の場所は同じ市内で俺が住んでいる地域の小・中の学区とは全く違い少し遠く離れた場所にあった。なぜこの場所を指定してきたのか分からなかったが、こちらから相談を持ち掛けた以上従うしかなかった。


 この場所までは逗麻高から自転車で四十分かけてやってきた。こっちに住んでいたころも殆ど訪れたことがなく土地勘に自信はなかった。しかし目印となる大型のスーパーなどがあったおかげで迷わす来ることが出来たのだが・・・・・


「本当にこの辺りで合ってるのか?」


 地図通りであれば目的地には到着しているはず。しかし住宅が立ち並んでいるだけで喫茶店などのお店はこの辺りにはない。てっきりどこかの店で待ち合わせだと思っていたがそうではないらしい。しかも地図には目的地に丸印が付いているだけで名前などは一切書かれておらず完全に手詰まりだ。


「君、もしかして僕の家に用があるの?」


 あたりをキョロキョロしていたら俺と同じ制服を着た男子生徒が声をかけてきた。タイの色からして二年生のようだが、見覚えはなく初めて会う人だった。


「えーと先輩はこの近くに住んでるんですか?」


「はは、面白いこと言うね。そうだよ、君が立っている目の前が僕の家だよ。僕はてっきりまた彼女が勝手に呼び出したと思ったんだけど、違うかい?」


 目の前には大きな家があった。塀に囲まれているので奥の方までは見えないが、それでもこの辺りの家の中では群を抜いて広い敷地を有していた。


「勝手に呼び出した、ですか?」


 ちょっと意味が分からない。確かにここには呼び出されているが、そっちの事情は全然知らない。それよりこの人が波子屋さんに俺を紹介した人物なのか? いやそのことはまだ話していないし断定はできないか。


「違うの? どうせまた薫が僕の部屋を使う気で呼んだのかと思ったんだけど、その表情は何も知らない感じだね」


「その薫という人は知らないんですが、ここに呼ばれたことは確かです。それで呼び出した人っていうのが先輩と同じ二年の望月先輩なんですけど知り合いではないですかね?」


 俺が頼ったのは望月先輩だった。当然頼りになる人物の中に夏鈴さんという選択肢もあったのだが、あの公園や霊的なエネルギーがその後どうなったのか教えてくれる気配がなかったので、その話も聞きたくて彼女に相談を持ち掛けたのだ。もちろん波子屋さんのことを相談することがメインではある。


「ああ望月さんだったか。でも珍しいな、彼女が僕の家に誰かを呼ぶなんて。でもそういうことなら遠慮なく入りなよ」


 そう言って通用口の門を開く。その隣にはもっと大きな門もあるが、そっちは車などが出入りするときに使うのだろう。


「あのいいんですか? いきなり押しかけてきた奴を易々と家に上げても」


「だって君望月さんの知り合いなんでしょ? なら断る理由はどこにもないよ」


 眠たそうな表情であっけらかんとそう答える先輩。どれだけ望月先輩のことを信用しているのだろうか?


「・・・・そうですか。なら遠慮なくお邪魔させてもらいます。ところで先輩の名前って・・・」


「これ見て」


 先輩が指さしたのは門の柱に取り付けられた表札で、そこには『円城』と書かれていた。


「円城・・先輩ですか」


「下の名前は(たすく)ね。中学時代はETとか呼ばれるときもあったけど好きにするといいよ」


 いやさすがに会ったばかりの先輩をそんな風に呼べないから。


「円城先輩で大丈夫です」


「そう? 気が変わったらいつでも好きな風に呼んでね」


 もしかして逆にそう呼ばれたいのか? 何にしても眠たそうにしている割には飄々と話すし、ちょっと掴みどころに困る人だな。


 門をくぐり円城先輩が向かったのはお屋敷と呼んでも遜色のない大きな家屋の方ではなく、これまた広い敷地の一角にあった平屋の建物だった。母屋に比べて大きさは比べ物にならないが、建築年数は比較的浅そうだ。


「ここが入り口ね」


 その平屋の引き違い戸をスライドさせ円城先輩は中に入っていく。それに倣い「お邪魔します」と後を追う。


「ここは・・・土間?」


「よく知ってるね。ここは昔亡くなった祖父が趣味で使ってた工房なんだ。今は僕の部屋になってるけどね。と言ってもここのスペースはただの物置で、部屋はあの扉の奥だよ」


 扉の先は床でも三和土でもなく、地面がむき出しになった土間だった。壁際にある棚には工具みたいのが置かれているが、それを見ただけでは何の工房だったのかは分からなかった。


 土間の奥は幅五十センチほどの小上がりみたいになっており、その先はガラス障子に阻まれていた。


「ここで靴を脱いで・・・・って言わなくても分かるよね」


「あっはい大丈夫です」


「はは、そんなに畏まられると僕の方が困るからもっと普通でいいよ。なんならタメ口でもいいし」


 言いながらガラス障子を開け中へと入っていく。


「それは流石に無理っす。って、こんな感じで勘弁してくださいよ」


「それで手を打ってあげるか。それで暖かいのと冷たいのどっちがいい? 遠慮はなしだからね」


「じゃあ冷たいので」


「OK。散らかってないから好きなとこ座ってて。ああでもそろそろ起きてくるころだから奥のソファーは使わない方がいいかな」


「はあ・・・」


 なんか良く分からないけどソファーには座るなってことか。それに自分で散らかってないとか言うのも変わってるよな。もしかして先輩なりのジョークだったのか? だったらもう少し反応した方がよかったかも。


 とりあえず中央に置かれたローテーブルの前で腰を下ろす。先輩は入ってきた方とは逆にあるドアの奥へと消えて行ったがすぐに両手に飲み物を携えて戻ってきた。


「炭酸いけるよね?」


「大好きっす」と手を出し受け取る。先輩はテーブルを挟んだ正面に座り缶コーヒーをプシュッと開け一口飲んだ後「それで」と続けた。


「望月さんが呼んだってことは君はそっち方面の人なのかな?」


 どっちの人? と聞き返すことはしない。だけどハッキリと明言していないということはある程度警戒はしていると見るべきか。


「その前にまだ自己紹介してなかったですね。自分は一年の高遠律樹です。望月先輩とは同じ小学校ですが小三の時引っ越して今年返ってきたばかりなのでそこまで親しい間柄というわけではなかったんです。でも先週とあることがあってまた交流する感じになったんですが、今のところ望月先輩と同じ方面ではないです」


「今のところというのが気になる言い方だよね。まるでこれから先自分が足を踏み入れていくって言っているようにしか聞こえないんだけど?」


 それは無い。と言い切れる自信はないんだよなあ。でも今のところ霊が見えないだけで、この先どうなるか全く予想できないのも事実。それは自分の潜在能力に自惚れているわけではなく、単純に今まで関わることのなかった存在を知ってしまったからだ。トウラやアシボ、それにガラス渡りらがいい例だ。


「否定はしないけど現状俺が見えたり出来るのは俗に言う妖怪の類だけです」


 ここで妖怪というワードを出して先輩の表情を伺う。これで互いに何か勘違いをしていたのなら、これでハッキリするはず。


「じゃあ霊は見えないんだ?」


 相変わらず眠たそうにしている先輩の表情に変化は見られなかった。つまり勘違いは二人の間に存在していなかったことが証明されたというわけだ。


「今のところは」


「ふーん、君やっぱり面白いね」


「・・・こっちも聞いていいですか?」


「全然いいよ。何なら相談にだって乗ってあげる」


「じゃあ単刀直入に聞きますけど、俺のクラスメイトの子に相談相手として俺を紹介したのは円城先輩ですか?」


「違うよ。だけど紹介した奴が誰なのかはおおよその検討はつくね。というかそんなことするのは一人しか思い当たらない」


「だとしたら望月先輩が?」


「彼女は違うよ。でも君を僕に家に呼びつけたたということは彼女はその紹介した人物が誰なのか分かっているってことだね」


 望月先輩が知ってた?


 最初から波子屋さんに紹介した人物が望月先輩ではないとは思っていた。しかしそうなると今ある情報からはその人物を言い当てることは出来なさそうだ・・・・・いやあと一人だけいたっけか。


「もしかして最初に言ってた薫って言う人が?」


「正解。だけど本当に知らない? 彼女って結構目立つんだけどなあ」


「まだ入学して一か月だし上級生とは部活以外で関わりないから知らなくても不思議ではないと思うんですが」


「目立つって言うのは物理的な意味ね。背が君より高い女子だからどこにいても目立つんだよ。まあ気にしない人は気にしないかもだけど」


 そういえば学年は分からないけど大きい女子生徒は遠目だけど見たことあるかもしれない。だけど顔は全然覚えてないなあ。


「その人が何で俺のこと紹介したんですか? ひょっとしてその人も?」


「ははは、薫はこっち側の人間じゃないよ」


「ならどうして俺を指名したんですか?」


「それは僕も知らないよ。まあでも直接本人に聞けばいいんじゃないかな?」


「なんか紹介したこと隠したがっている感じなんですよね。だから本当のこと話してくれるか微妙なんですよねえ」


「それは単に恥ずかしがっているだけ。彼女ああ見えて結構シャイなところあるからさ」


 あるからさって言われてもなあ。会ったことないし良く分からん。


「それはそうと円城先輩はやっぱり何か見える人なんですか?」


「僕は君と同じだよ」


「つまり妖怪が見えると?」


「正確には見えるようになったって感じかな」


「それは俺も一緒ですよ。ぶっちゃけ見えるようになったのってつい最近だし」


「違う違う。君の場合はおそらく元々素質があったんだと思う。心当たりは聞かないけど間違ってないんじゃない?」


「まあ一応」


 俺の場合は家系とか遺伝かな? まあその辺の詳細を全部知っているわけではないけど。 


「だろう。でも僕の場合どこかのおバカさんのせいで見たくもないものが見えるようになっちゃったんだよ」


「おバカさんのせい?」


 誰のことを言ってりるのか分からないけど、円城先輩は元々普通の人だったが、そのおバカさんのせいで巻き込まれてしまったってことか?


【未だに我をバカ呼ばわりするお主の方こそ、命知らずの大バカではないか】


 えっ誰? ていうかどこから?


「だって本当のことだろう。それより僕の後輩君が怖がっているから威嚇は止めてあげなよ」


 驚きはしたけど別に怖がってなんかは・・・・・・


 そう思っていたが、自分の足が小刻みに震えていることに気付き、それを認識した瞬間目に前にいた円城先輩の姿が天井へと変わった・・・・・・・・・








「・・・丈夫?」


 どこか遠いところから声が聞こえた気がする。でも聞き覚えにない声だ。


「大丈夫りっちゃん」


 りっちゃん? 今まで俺のことをそう呼んだのはあの人達しかいない。相変わらず俺を呼ぶ声に心当たりはなかったが、なんだか懐かしい気持ちになった。


「・・・・・あなたは?」


 目を開けるとそこには同年代だが見覚えのない女子と猫が・・・・・・・いや猫じゃない。


 これはどう見ても・・・・・・・ヒョウだ!










 

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