81 人を殺せるスペシャリスト
応接室の前で立ち止まりドアをノックする。するとすかさずドアの向こう側から「入っていいわよ」と室内に招き入れる声が聞こえた。その声に聞き覚えはなかったが、澄んでいて心地の良いものだと感じた。
「失礼します」
「やっぱり君がそうだったんだね」
もたれることなくソファーに行儀よく座っていた一人の女子生徒が微笑みながら言う。学年を表す装飾品の色からしてどうやら彼女は二年生のようだ。色白で背中より長く伸びた黒い髪は事務の水堀さんに匹敵するくらい艶があり、育ちの良いお嬢様のような雰囲気を醸し出していた。
「えーとどういうことですか? それと夏鈴さんはまだ来てないんですかね」
「少し前に出て行かれたけどすぐに戻ると言ってたよ。三人とも座って待ってたら?」
その言葉に甘え向かい合わせのソファーに腰を下ろす。俺と河島さんが隣同士で、何故か少し遅れて部屋に入ってきた千堂さんは迷う素振りを見せたものの最終的には二年の先輩の隣に不自然な距離を空け座る。そして座るや否や挙動不審気味に顔をキョロキョロさせ、とにかく落ち着きを完全になくしていた。
「一年の高遠です。一応初めましてでいいですかね?」
「彼と同じクラスの河島ずみれです」
「お、お久しぶりです望月先輩」
そうか、夏鈴さんはこの望月先輩からジャージ借りてたんだっけな。ということは彼女も逗麻西中出身者で千堂さんとは先輩後輩になるのか。望月先輩に頭が上がらないのかそれとも苦手意識があるのか知らないけど、あまり居心地はよくなさそうに見える。
「ふふ、私が卒業して以来だものね。元気そうで何よりだけど光海は相変わらず玲美にベッタリなのかな?」
「そりゃもう」
「こ、こら、あんたが勝手に答えるんじゃない」
だって事実だし、そもそも人前だからって隠すような奴じゃねえじゃん。
「コラコラ喧嘩しないの。それと君の下の名前は律樹君だよね。私の顔と名前、見覚えないかなあ?」
人差し指で自分の頬を指し「どう?」と尋ねてくる。まるで悪戯っ子が無邪気に揶揄ってくるような、そんな表情に思わずドギマギしてしまった。
会ったことがあるとしたら小三までこっちに戻ってきたからの約一か月の間ってことになるけど・・・・・うーん記憶にないなあ・・・・・・・ん、左手になんか温かいものが。
「ちょっどうした?」
温みの正体は隣に座っていた河島さんの右手だった。しかもそのまま俺の左手を自分の腿の上に持っていき、拳二つ、三つは空いてたはずの二人の空間も、今は小指一本すら割り込む余地を許さない状態だ。
スカートが間にあるとはいえそこは・・・・・
「何か問題でもあるのかなあ?」
客観的に見ればYES・NOのどちらかを選ばせるセリフだが、実際は選択肢が一つしかない悪魔の問でしかない。彼女の表情がそう言っているのだ。
「・・・・ないです」
彼女にとって問題がないというならそれが正解ということで。
「そんなつもりはまったくなかったんだけど、なんか誤解させちゃってゴメンね」
望月先輩それは本当ですかね? その割には全然申し訳なさそうにしていないし、寧ろ楽しんじゃいないですか?
「あっいえ、そんなことは・・・ないです」
顔を真っ赤にさせ俯くくらいなら最初からやらなきゃいいのに、と思わなくもないが、これはこれで男冥利に尽きるってものなので良しとしよう。
「ふふふ、河島さんは可愛いわね。それで律樹君は思い出してくれたかな?」
「スイマセン、全然思い出せないんですが、どこで会いましたっけ? 小学校の時?」
「そうだよ。と言っても遊んだりとかそういうのはしたことなかったし、どちらかというと私の方が一方的に君のことを見てたって感じかな。ああ別に変な意味じゃないから誤解しないでね。これ以上河島さんを困らせたくないから・・・・・と思ったけど、これはこれで楽しいかも」
おい、やっぱ楽しんでるんじゃねえか。まったく見た目に似合わずお茶目な人だな。しかし小学校の時かあ・・・・やっぱ覚えてないな。
「それで・・・」
おっと危ね、「先輩が夏鈴さんの言っていた専門家ですよね?」って聞こうとしちゃったけど、ここにはまだ千堂さんがいたんだった。
「?」
言葉を飲み込んだ俺を先輩が不思議そうにしていると、ガチャリとドアが開き夏鈴さんが部屋に入ってくる。
「お待たせ。それでミヨの見立てではどうなの?」
ドシリと一人掛けのソファーに腰を下ろし夏鈴さんは先輩に尋ねる。
「今のところ問題ないかな。律樹君だけちょっと気になるけど、昔もそうだったから今日のこととは関係ないと思う」
「・・・・ならあっちの二人も問題なさそうね」
「なんならそっちも見に行こうか?」
「いや向こうにもそれなりの人間を手配してあるから何かあったら連絡が来るはず。その時はお願いするわ」
「分かった。帰りに公園にも寄ってみるね」
「迷惑かけるわね」
「全然全然。寧ろこうして可愛い後輩達と話す機会をくれたことに感謝してるよ」
「ならアナタもカッコイイ先輩にならなきゃね」
「夏鈴さんみたいに? それはちょっと無理そうかも」
もしかして二人は以前から知り合いだったのか? 二人のやり取りを見ているとつい最近知り合った風には見えない。
「望月先輩と緑川先生は一体何の話を? それとあの話は・・・」
千堂さんの言いたいことは分かるぞ。だって俺もまだ全部は把握しきれてないもん。だけどこのまま話を進めていいものだろうか?
「ああミヨには玲美のこと話しても問題ないから。だけど光海はどうしようかな?」
そこでなんで俺の顔を見る? ていうかここに連れてきた時点でアンタは関わらせる気満々だったろうに。
「俺もまだよく分かってないけど別にいいんじゃないですか?」
望月先輩が何の専門家かは知らんけど、一応おおよその見当は公園で話を聞いたときについている。問題はそのことを俺はあまり一哉や千堂さんに知られたくなかったというだけの話。夏鈴さんが良いと思っているのならそれに従うまでだ。
「なら遠慮なく言うわ。ミヨは霊能力者。つまり幽霊とかそっち方面のスペシャリストよ」
想像通りだな。夏鈴さんの話ぶりからしてそんな感じの専門家じゃないかと推測吐いていた。だけど夏鈴さんがスペシャリストと紹介するくらいだから、その気になれば人を簡単に殺せるというのは大袈裟ではないってこと?
こんな綺麗で優しそうな人が・・・・・
「ふふふ、そんな身構えなくても呪ったりしないから安心して。もしかして夏鈴さん私のこと他にも何か言ってたのかな?」
おっとやべえ、顔に出てたか。
「いえ、すごい人だとは聞いてましたどそれ以外は何も・・・・」
まさか本人を目の前にして『人を殺せるんですか?』なんて聞けるわけなない。それと呪うとかマジ恐怖でしかないし。
「ワタシは事実を言っただけよ。それでアナタ達に何か悪いものが憑いてないか彼女に見てもらったのだけど、どうやら大丈夫だったようね」
「悪いもの・・・憑かれる・・・そんなこと本当にあるんですか?」
「本当だよ。光海はあまり信じていないようだけど他の二人を見てごらん」
俺も河島さんも幽霊が存在することを認識しているので驚きは殆ど無かった。正確に言うと実際にこの目で見たり体験したことが無いので、存在を疑っていないといったところか。なので千堂さんは当たり前のように受け止めている俺たちのことを不思議そうな目で見ていた。
「もしかして二人見えたり・・・」
「違うよ光海ちゃん。私も律樹君も見えないし多分見たことが無いと思う。だけど私たちが置かれている環境が幽霊が存在しているってことを知らしめているというか教えてくれる感じかな」
「ちょっと意味分かんないかも。だけど存在は否定していないってことよね。妄信的ではなく確信的に」
「上手いこと言うなあ。まさしくそんな感じだ。悪いが今はこれ以上のことは話せないから勘弁してくれな」
「・・・・・・分かったわ。アンタに隠し事されるのは癪だけどすみれも同じなら仕方ないか。それで望月先輩・・」
「昔みたいに深陽でいいよ」
「では深陽先輩、先輩は私と知り合ったころからなんと言うか見える人だったんですか?」
「私の場合ほぼ生まれつきかなあ。物心ついた時からそうだったし」
「それを知っている人は?」
「うーんどうだろ? 人伝にどう伝わっているか分からないから何とも言えないけど、少なくても十人以上はいると思うよ。もしかしたら百人いてもおかしくないかも」
「ずいぶん幅があるんですね。何か理由でも・・」
「光海、その話は後でミヨからゆっくり聞きなさい。今はそれより大事な話をしたいの。分かってくれるかしら?」
「あっはい。すいませんでした・・・」
「ゴメンね。それで話の続きなのだけど、私が見えるのは俗に言うお化けとか幽霊でね、今日君達が、正確には私の中学の後輩でもあり君達の友人でもある文字玲美ちゃんが公園でやったことが実は大問題だったりするの」
「それってやっぱアレのことですよね?」
文字さんがソニックと呼んだあの力のこと。この場ではそれ以外考えられない。
「そうだよ。そのことについては私より夏鈴さんの方が詳しいのだけど、端的に言うとあそこにあったエネルギーが彼女の力の影響で目覚めちゃったの」
「エネルギーが目覚める・・・それは霊的なものってことですよね?」
「まあそんな感じかな。それでね、そのエネルギー自体は全くの無害なのだけど、問題はそれをどう使われてしまうかってことなの」
「良く分からないのですけど、エネルギーってことはそのもの自体には意思みたいのはないって認識でいいんですか?」
霊的なエネルギーとか聞くと何かしらの意思が介在していそうなイメージだけど、先輩の話し振りだとなんか違うような気がする。
「普通の水をイメージすれば分かりやすいかな。水に何を混ぜるかによって色々と変わってくるでしょ? 例えば砂糖を入れれば甘くなるし、お塩を入れれば当然しょっぱくなるよね。じゃあ毒を入れたらどうなると思う?」
「そりゃもちろん毒水にしかならないです」
「そうだよね。じゃあ今言ったエネルギーに善意を混ぜたら?」
善意を入れる? 普通に考えるなら・・・・・
「良い幽霊? もしくは守護霊的なものかなあ?」
俺より先に河島さんが答える。そして俺も似たようなことを考えていた。
「では反対に悪意を混ぜたらどうなると思う?」
さっきの答えが正解かどうか先輩はまだ教えてくれいないけど、仮に正解だったとしたら、
「悪霊、ですかね」
他に怨念や死霊、それと悪魔とかも思い浮かんだけど、スタンダードに考えればこっちの方がしっくりくる。
「残念。すみれちゃんと律樹君、二人とも半分正解で半分不正解。答えはそのどちらも生まれる、だよ。砂糖とお塩の話の例えをしちゃったから答えは一つしかないと勘違いさせちゃったかもだけどね。あと付け加えるなら無害なものも生まれるから大きく分けると有害、有益、そして無害。何が混ざっても必ずこの三つが誕生するの」
「ちょっと待ってください。良いものが混ざっても悪霊が生まれてくることがあるってことですか?」
それだと何が混ざっても結果はランダムでしかなく、あくまでエネルギーを何かに変異させるトリガーに過ぎないってことでは? 砂糖ではなく塩を入れても甘いお菓子が出来ると言っているようなものだ。
「うーん、捉え方の問題かな? もちろんずっと有害なものにしかならないものもあるし、ずっと有益なままの在もあるかもしれない。だけどね、受け手によって両方の性質を持っているものも実は数多く存在しているのよ。それは幽霊とか関係なく生きている人間でも同じことが言えると思う。寧ろそっちで例えた方が分かりやすいかも」
「・・・なんとなくだけど私分かったかも」
「マジで? 俺全然分かんねえや」
「悔しいけど私もまったく分からないわ。すみれの考え聞かせてよ」
「えっとね、例えば街中でポツンと佇んでいる小さな子供がいたとするでしょ。そこへその子と血の繋がりがある人物を探し出せる幽霊さんが現れたとします。そしてその幽霊さんはその子を可哀そうだと思い両親を探し出してその子の前まで連れてきたとします。さてその子はどう思ったでしょう?」
ああなるほど、そういうことね。
「そんなの喜ぶに決まってるじゃない。小さな子供が一人でいたんだから寂しかったはずよ」
それも正解だろう。だけど河島さんが言いたいのはそういうことではない。
「千堂さんの答えは一つの可能性でしかない。もしかしたらその親から逃げていた可能性だってある。例えば家族から虐待を受けていたとかね」
両親ではなく家族と言ってしまったのは、偏に虐待という単語から真の件を思い出してしまったからだ。
「そういうことだよ光海ちゃん。つまり良かれと思ったことが相手にとって実は迷惑でしかない行為ってこともあるの」
「ありがた迷惑ってこと?」
「大きな意味ではそうだね。だけど場合によっては不幸に陥れる可能性もあるから、それが一番厄介だと思うの」
「今度は正解よ。逆のパターンで言うと、人との縁を切る幽霊がその力を行使した場合、家族や友人、もしくは恋人の縁を勝手に切られたら悲しいけど、ストーカーやイジメの加害者との縁だったら切られた方がその人にとっては良いことでしょ? つまり結果次第で受け手側からすれば善意にも悪意にもなるってことなの。それと生まれたばかりの幽霊は理性が薄い。その存在の本質や業でだけで行動するから最初のうちは悪意は悪意として、善意は善意として受け取られることが多いこともまた事実かな。だけど今教えたのはあくまで大きく分類した場合の話であって、幽霊と一口で言っても存在している数の分だけ性格や性質があるからそのことだけは覚えておいて」
「人間と一緒なんですね。生まれ立ては知性が低い子供みたいな感じでその性格も様々のようだし」
「そう言うことだよ」
亡くなった人がそのまま幽霊になるのかと思ってたけどどうやら少し違うようだ。もしかしたらそのパターンもあるのかもしれないが、全ては公園に存在しているような霊的なエネルギーが関わっているのかもしれない。
今は取り合えず安全だということも分かり安堵していたのも束の間、望月先輩は「これからが本題なのだけど」と言って話を続ける。
「まず君達が想像している幽霊と私が知っている幽霊は多分違うと思う。簡単に説明するとあの公園にあるようなエネルギーと思念が混ざって生まれたのが幽霊で、独自の力だけで形成されたのはまた別の呼び方をしているの」
「それって一体・・・」
「それも本当は色々あるのだけど、一番分り易いのは怨霊だよ。書いて字のごとく強い怨みだけで生まれた存在。厄介なのがあの公園にあるようなエネルギーを吸収して更に強力な存在へと変わっていき、最悪の場合大惨事を引き起こす可能性があるの」
おいおいそれって結構ヤバいんじゃ?
そう思っていたら、先輩の口からとんでもない言葉が飛び出してきた。
「実はつい最近、かなり厄介な怨霊がこの辺りに現れたの」




