8 ごーるでんな土佐犬
入学してから初めての週末が過ぎ迎えた月曜日。今日から通常授業が始まるので朝食の他に弁当も作った。忙しいときはコンビニか学食を利用するつもりだが、いまだに祖父ちゃんとは連絡が取れていないので、いつ次の振り込みがあるか分からない以上出来るだけ節約しなくてはならなかった。再度家に電話したが、祖母ちゃんは「祖父さんは出かけている」の一点張りだった。ここまで来ると何か隠しているのでは? と疑い始めていたが、距離が距離のためどうしようもなかった。妹たちに聞いても「知らない」とだけ返ってくるだけだった。まだ光熱費の引き落としは心配しなくてもいいと最初に言われたので取り敢えずは何とかなるだろう。
「そうそう律坊、今度ワシの孫が遊びに来るのだが構わんかね?」
男三人で食卓を囲み朝食を食べている時、テレビのニュースを見ていた孫七さんが思い出したように言った。
「ほかの人に迷惑かけなければいいんじゃないですかね?」
ていうかその辺の細かいルールは聞いてないし、もし後から祖父ちゃんが文句言ってきたとしても連絡が取れなかったんだから余裕で反論できる。
「それと何日か泊っていく予定なんだが、飯も頼んでいいか? ああもちろんその分の金は払うぞ、一日五千円でいいかの?」
五千円って多すぎでしょ、この人の金銭感覚おかしくない?
「えーと一日千円もあれば十分かと。もし不足するようならその都度お願いするってことで」
「ん? 別に遠慮せんでもいいぞ。残った金はワシからの小遣いだと思って律坊が好きに使えばいい」
マジっすかー!! やったー臨時収入だ! 窓七の孫万歳!
「じゃあ遠慮なく頂きますね。その代わりいつもより少し豪華な食事にしますから」
いくら何でもそれくらいはしないとね。
「おっいいねえ。どうせなら酒の肴になるやつを頼む」
「では私もご相伴にあずかっても宜しいですかね?」
焼いた食パンに目玉焼きとレタス、そしてベーコンを挟んで食べていた光男さんがちゃっかりおこぼれを狙ってきた。
「わっはっは当然じゃ。それと孫は早ければ明後日には来るかもしれん。前日には連絡をする約束だからワシみたいにいきなり来ることはないから安心せい」
ん、明後日? 水曜日だし少なくても大学生以上なのかな?
「安心しましたよ。それと今日から普通授業なのでいつもより夕食の時間が遅くなるかもしれません。場合によっては多少手抜きになるかも・・・」
「無理しなくていいんだよ律樹君。安い家賃に加え食事まで頂いてるんだから遅くなったり手を抜いたりしても全然いいから」
「そうそう。これ以上欲を言ったら罰が当たるぞい」
二人ともホントいい人で良かった。だからと言ってお金をもらっている以上積極的に手を抜くつもりはないけど、気持ちはだいぶ楽になった。
昼休みになり初めての昼食を迎えた。一哉はどうするのかと予めRhineで聞いておいたが、彼は比呂斗やヘイ太と食堂で食べるらしく、俺も誘われたが行くのが面倒だったので断った。
一哉は基本誰にも話しかけられずクラスではずっとボッチだ。たまに向こうから俺に話しかけてくることはあるが俺からはあえて話しかけることはしていなかった。別に周りの目を気にしているわけではない。ただあまり親しくしすると俺にも悪影響が出ると心配する一哉のことを気遣っているだけだ。ぶっちゃけ俺はどっちでも良かったのだが、一度教室内で俺から話しかけたのだが、後から一哉に釘を刺されたので今の距離感を保っている。まあ俺から知り合い申請しているわけだし、身から出た錆ともいえるかもしれない。
そんなわけで一人飯を堪能しようと自席で弁当を広げる。どうやら河島さんは数人の友人と一緒に食べるようだ。見た感じ大人しそうな子から元気な子までと非常にバラエティーに富んだメンバーが集まっていた。ヒエラルキーがあるとすれば二軍と言ったところだろうか。
今度は文字さんを見る。彼女は眼鏡をかけた女子と同じ机に弁当を広げていた。そう言えばこの二人は良く一緒に行動していることが多い気がする。
なんだ、私友達出来ないから、とか言ってたくせにちゃっかり作ってるじゃん。この裏切り者め。
席が一番後ろということもあり教室内を観察しながら食べ進めていく。
まだ一週間経っていないが徐々にグループ形成が固まりつつあるように感じる。それでも俺と同じ一人飯を楽しんでいる(かは分からないが)のはまだ数人いる。その中の半数はいずれどこかのグループに所属することになるのだろうな。
少々物足りない弁当を食べ終え最近お気に入りのアーティストの音楽を聴いてまったりしようとしたが、どこぞの問屋は無情にも卸してくれなかった。
「あんたが小学校の時に転校した高遠だよね?」
左耳にイヤホンを掛け、もう片方に掛けようとしたその手をいきなり掴まれる。
「え、誰? ていうか手を放してくれない?」
「質問に答えなさい、あんたが高遠カズキでしょ?」
なんだこの女? すごい形相でいきなり手を掴んできやがって。おまけに名前まで間違えてるし。
「違うぞ」
掴まれた手を無理やり引き剝がす。と言っても相手は女子、力加減はしたつもりだ。
「噓おっしゃい、その面影高遠カズキに間違いないわ。どうしてつまらない嘘をつくの?」
いや間違ってるのはぞっちの方だぞ。ていうか俺はコイツに見覚えがないんだけど。
「悪いがこのクラスには高遠カズキて言う人間はいないぞ」
「はあ? だったらあんたは誰よ?」
「誰と言われてもなあ・・・・」
なんか素直に答えるのバカらしいしどうしたもんかと考えていたら、
「ミツ!!」
まだ食事中であっただろう文字さんが席から立ち上がり割って入ってきた。一緒にいた眼鏡の子が驚いていただけでなく、完全にクラス中にの注目を集めてしまっている。
「あっ玲美。ねえコイツが高遠カズキでしょ? 言ってやってよ、しょうもない嘘をつくなってね」
「え? あ、うん・・・・・でも間違ってるのはミツの方だから」
「え!?」
「その人はカズキじゃなくて律樹よ。まあそんなことはどうでもいいけど何しに来たのよ?」
どうでもいいとかは流石に酷くないですかね? 名前=アイデンティティーだよ?
「あ・・・・そうだったの、ごめんなさい」
おーい、なんで文字さんに向かって謝ってるんだよ、普通俺に言わねえ? なになに? この二人俺に対して恨みでもあるのですか?
「ホント紛らわしいわねまったく。だけど高遠・・・・高遠・・・・えーと・・・・・高遠! あんた話があるからちょっと付き合いなさい」
自分から間違えておいてそれかよ。しかも絶対俺の名前覚える気ないだろ。
「いや無理。ていうかあんた誰だよ。いきなり現れて名前間違えてそれを謝りもせず、しかも文字さんが折角教えてくれたのに既に忘れているし。そんな奴が一方的に言ってきたこと『はい分かりました』って素直に従うと思うか? まずは自分の名前くらい名乗れ。ああそうか物覚え悪いから自分の名前も忘れちまったんだな、なら仕方がないか」
「くっ・・・・」
ついていけば確実に面倒な事になりそうなので喋った勢いそのままに現場を離脱しようとした。
「待ちなさいよ、何処に行くつもりよ?」
ドアに向かって歩き出そうとするとバッと手を広げて通せんぼしてくる女。
あーめんどくさい。文字さん、知り合いみたいだし何とかしてくれよ。という思いを込め文字さんに視線を送ると、彼女はヤレヤレと首を横に振ってから言った。
「ミツ、あんたはこっち」
「でもあいつと話が・・・・」
「言い訳しない」
「・・・・はい」
喧嘩真っ最中みたいに荒ぶっていた土佐犬が文字さんの若干ドスの利いた言葉で従順なゴールデンレトリバーへと変貌した。
このやり取りだけで少なくとも二人の上下関係は分かった気がする。
「あっゴメン高遠君、ちゃんとミツを躾けておくから安心して」
躾けるのかい! ホント犬扱いだな。
「うぅ・・ヒドイよ玲美」
「あんたは少し黙って。ここだとアレだし場所変えるから付いてきなさい。ゴメン小嶋さん、この子と話があるから少し出るね」
「う、うん。また一緒に食べようね」
「・・・・ありがとう」
眼鏡をかけた女子生徒にそう言い残し『ミツ』と呼ばれた女子生徒の手首を掴んで無理やり引っ張って教室から出ていった。「い、痛い、痛いよ玲美」と泣き顔になるミツに対して玲美は無言で彼女を睨みつけ黙らせていた。
この一幕に俺だけでなく教室中のクラスメートが呆気にとられていた。
結局文字さんが帰ってきたのは午後の授業が始まる直前だった。その間ヒソヒソと彼女の話をするものがいたが、それもすぐに収まり平穏な昼休みに戻った。
放課後
今日から部活の体験機関が始まる。その名の通り自由に見て回ることができ、この学校の部活は強制でないため参加するもしないも自由だ。俺は先週行われた部活紹介で少し興味が湧いた部と水堀さんに頼まれた菜園部を見に行こうと思っている。
一哉はバイトを始めるみたいなので部活は入らないそうだ。ヘイ太と比呂斗は既にeスポーツ予備校部なる部活に入ることが決まっていた。何でも入学前から二個上の先輩から誘われていたらしく、二人とも興味があったのでその誘いを受けることにしたと言っていた。
河島さんはおそらく美術部に行くだろう。機会が無かったので未だに菜園部の話はしていなかったが、もし美術部に入らなかったその時にでも話をするつもりだ。文字さんは今のところ不明。昼休みの件もあるしまたあの女に遭遇するのも嫌なのでしばらくはあまり近づかないようにしたい。
そんなわけで部活案内のパンフレット片手に一人で目的の場所へと向かう。
案内地図によるとどうやらこの生徒指導室の隣にある『備品倉庫室』が部室のようだ。ノックをすると中から「どうぞー」と返事が返ってきたのでドアを開ける。
「失礼しまーす」
「ハイハーイ。おっ、もしかしなくても新入生だよね。ナニナニ、うちに興味あるの? いやあるから来たんだよね、あははーこりゃ一本取られたわ」
やたらとテンションの高い女子生徒がスタスタスタと早足で目の前までやって来て出迎えてくる。とりあえず制服のリボンの色からこの人が二年生であることだけは分かった。
それとあなたのその勢いのおかげで一本取るどころか思わず一歩引いちゃったんですけど・・・・・・




