79 ミスチョイス
「という感じだったのよ」
文字さんの一人語りが終わった。
「詳細に説明してくれたことには感謝するけどさあ・・」
「そうだよね。聞いてるこっちまで恥ずかしくなっちゃったよ」
恥ずかしいというのは嘘ではなさそうだ。その証拠に彼女の耳は真っ赤に染めあがっている。
「なんていうか赤裸々すぎやしねえか?」
河島さんの分の気持ちを込め言い放つ。しかし当の文字さんは、
「そうかしら?」
何食わぬ顔で返してきた。この人に羞恥心はないのか?
「一也見てみろよ。恥ずかしさのあまり気を失いかけてるぞ」
「あはははー、だっさ一也」
「千堂さんは少し黙ってようか」
「ふん、あんたの言うことなんて例えこの世界が私と玲美だけの二人になっても絶対に聞かないわ」
それだとそもそも俺は存在していないのでは?
「高遠君はともかくあなたはもう少し黙ってなさい!」
「はーい」
ご主人様の言うことは絶対のようだ。千堂さんは一発で忠実なレトリバーに変身する。もはやお約束の流れだな。
「俺が危惧してるのは何つーか、文字さんの想いを俺達だけでなく一也がいる前で言っちゃって良かったのかなってことなんだが」
特にラストの方。グチグチと一也の文句ばかり言ってたけど、最後の最後は『好きよ一也』って恥ずかしげもなく言ってたよな。それってつまり告白だし、シチュエーション的にどうなのって話なんだが。
「ああそのこと? みんなが来る前にちゃんと想いは伝えたし問題ないわ。もちろん光海が出てくる前によ」
「そうだったの? でも電話来たときは取り乱してたようだし、いつの間に?」
「ふふふ、甘いわねすみれ。告白なんて五秒もあれば可能よ」
いやそうかもしれんけどそうじゃないだろ。
「五秒も・・・・・そうかもしれないね」
河島さん? そこ納得しなくてもいいんだからね。
「ところで今回のアレはどれくらいのパワーというか規模だったんだ? それとその力って結局なんなの?」
ここに来てまだハッキリしていないことがある。それは文字さんが今まで使ったあの力の正体が一何なのかってことだ。妖怪が存在していることを彼女は知らなかったようだし、多分だけど異世界の存在も知らないはず。だとしたら異能は異能でも俺が最近知った本当に存在する異能の力とは別物の可能性がある。
「その質問は難しいわね。因みに高遠君のアレは・・・・・って、ここで言っていいのかしら?」
間違いなくアレとはガラス渡りの事だろう。だとしたら答えは当然、
「それは後で話そうか」
NOと言わざるを得ない。いくら文字さんの力のことを一也や千堂さんが知っているとはいえ、それとこれはまた別の話だ。フェアじゃないと言われればそれまでだが、知ってしまったが故に彼らが変なことに巻き込まれることは避けたいのだ。
「分かったわ」
「えー何々聞かせてよ。コイツのアレってナニ?」
「しっ!」
「はい・・・」
躾は秒で終わったとはいえ『待て』の訓練が不十分のようだ。あとちょっとだけ卑猥に聞こえたぞ。
「実際自分にも分らないの。でも感情が制御出来なくなった時だけ出てしまうってことは確かね。だから普段から感情が昂らないよう注意しているのだけど、こと一也に関してだけは毎回かなり危うかったの。中二から今まで何度暴発しそうになったことか・・・・」
一也に対しては今回だけだと思っていたが、結構ギリギリの綱渡り状態だったんだな。
「まあ逆に言えばそれで鍛えられたって言うのも事実よ。今回に関してはどうしようにも出来なかったけど。だから発生条件は感情の昂り。力の源は良く分からないってところかしら。ああでも私の体から何かが出ていることは感覚で分かるし見ることもできるわ」
「力が抜けていくような感覚とか? あとみえるって具体的にどんな感じなの?」
「抜けるって言うよりは発射してるって感覚かしら。言うなら体内に溜まった気を一気に発散する感じ? それと青白いいくつもの薄い光が弧をなして飛んでいってるのは昔からずっと同じね。一応ソニックって自分では呼んでいるわ。至近距離なのに目で追えている時点でちょっと違うかもしれないけど、そう呼んでいるうちにいつの間にか愛着も湧いてしまったし、今更変えるのもねえ・・」
ソニックって確か音速とかそういう意味だったよな。速度的なことだけを捉えれば確かに言っていることも分らんでもないけど、こういうのってイメージが重要だし、第一俺もその名前はフィットしていると思う。
「因みに発散させてしばらくは興奮状態になったままなのだけど、次第にそれも落ち着いていって最終的には賢者モードに突入するわ。まさしく今その状態ね」
おいおい文字さん、賢者モードの意味を理解した上で言ってるのか? だとしたら相当・・・・・・いや賢者モードが故の発言か? いやいやいやいや、そういうことではないだろうに!
「賢者モード?」
「河島さんは知らなくていいから!」
「ふふふ、すみれには後でゆっくり教えてあげるわ」
「教えんでいいわ! それと一也も死んでないでなんとか言え」
「・・・・・・幸せだなあ」
ああダメだコイツ。膝枕と羞恥プレイで昇天して天国モードに入ってやがる。
「まあいいや。でも原因が分からないのは不安だろ? そこで提案なんだけど、近いうちに専門家の意見を聞きたいと思わないか?」
「専門家? こういうのに詳しい人がいるの?」
「どうだろ? 少なくてもここにいる俺達よりその手に関して詳しいことだけは確かだな。ああお金の心配とかしなくていいぜ。別にそういうので商売している人達ではないからな」
厳密にいうとそれで飯を食ってきた感じもするが、困ったら相談しろって言われてるし大丈夫だろう。
「達ってことは一人ではないってことかしら? それに口振りからして高遠君とはそれなりに親しそうな感じね」
いっけね、余計な事言っちまったな。でもこれくらい大したことないか。
「まあそんな感じかな。すぐ決めなくていいさ。今はもっと違うことに時間使いたいだろうしな」
主に一也にだけど。
「お気遣いどーも。それとこれからどうなるかは分からないけど何かあったらその時は遠慮なく頼らせてもらうけど、構わないわよね?」
~かしら? ではなく殆ど拒否権のない ~よね? って言われたら拒むすべはないな。まあ全然いいんだけど。
「OK。と言ってもやっぱ先に一也を病院に連れて行った方がいいんじゃないか? よく見りゃ制服かなり汚れてるし一応な」
「そうね。悪いけど私ひとりじゃ大変だから手伝ってもらえないかしら?」
「だったらワタシに任せなさい!」
「立てそうか?」と一也に手を差し出そうとしたら、一体いつから居たんだよ! と突っ込みたくなるシチュエーションでお馴染みの、スーパー異世界人夏鈴様が現れた。
「夏鈴先生・・・・お願いします」
突如として現れた夏鈴さんに対し一瞬驚いた表情を見せていた文字さんだったが、賢者モードの効果なのか、すぐにそれは訳知り顔に変わった。
モンちゃん×賢者モード=最強種?
「まさか先生が担いでいくんですか?」
確かに彼女なら二、三人抱えながらでも軽く爆走することも出来るだろうが、一也一人くらいなら爆走は無理でも病院くらいまでなら運べる。
「車を用意したわ」
「車ですか・・・・・どこにも見当たらないんですが?」
まさか車までステルスモードになってるとか言わないよな。
「もうそろそろよ。あっ噂をすれば来たようね」
ああ今止まった黒のワンボックスカーか。しっかり磨かれているのか車体はテカテカに輝いているように見えた。真っ黒なボディが綺麗な光沢を出していると返って不気味に見える。
「見たことのない車っすね・・・・・・ああでも」
中から出てきた厳つい黒服のオジサマ達三人はなんか見たことあるな。どこで見たんだっけ?
「お嬢、お疲れ様です! 律樹さんもお久しぶりです!」
「へっ?」
(ねえこの人達って夏鈴さんと律樹君の知り合い?)
(みたいだけど俺はよく覚えてないんだよなあ)
「ご苦労様。忙しいところ来てもらって悪いわね」
「いえ、お呼びとあらばいつでもどこでも馳せ参じます」
お嬢って・・・・まるでその筋の家柄の娘みたいな呼び方じゃん。どちらかというと夏鈴さんはそっちを潰す側な感じもするけど。
「早速だけどそこで寝ている子を病院まで連れて行ってちょうだい」
「了解です」
「律樹は晩御飯の支度があるから行かないとして、他はどうする?」
俺は置いてきぼり確定なのかよ。しかも理由が主婦がよく使いそうなやつだし。
「私は行きます」
まあ文字さんはそうだよなあ。ついてくるなって言っても無理やりついてきそうだし。
「ゴメン、橋本君の怪我大したことなさそうだし私は律樹君と一旦部活に戻るね」
ああそうだった。今から戻ってもまだ下校までの時間はそれなりにある。だったら詫びも兼ねて戻った方がいいか。
「私も行く」
「却下。大勢で病院行くのも迷惑だし光海は帰りなさい」
「えー」
「えーじゃない。少しはあなたもすみれを見習いなさいよ。この鈍感」
「意味分かんないよれーみー。一緒に行きーたーいーよー」
後ろから抱き着いたまま首の辺りを頬でスリスリする千堂さん。まるで小さな子供が母親に甘えている構図にしか見えない。
「ハァ、高遠君この子をお願い」
「OK-。ほら一也運ばなきゃだし文字さんから離れようねー」
「汚い手で触るな! 女たらしがうつる」
おいこら!
「ははは・・・・・・女のお前にうつるわけねえだろうが!。いい加減にしろっ・・とぉ」
少々力づくで文字さんから剥ぎ取る。その間に屈強な男の一人がヒョイッと一也を軽く持ち上げ車まで運んで行き、そのあとを文字さんが追いかけて行く。車が走り去るまで「置いてかないでー」と千堂さんは俺の拘束から逃れようと暴れていたが、車が見えなくなったところでやっと静かになった。掴んでいた手を放してもその場から動こうとはせず俯いたままだ。
ションボリしている姿は捨てられた子犬そのものだな。
「夏鈴さんは行かないの?」
「私はまだ学校でやることあるしあの人達に任せておけば問題ないわ。それに一也だっけ? 彼だけでなく玲美も病院が終わったら家まで送るから安心しなさい」
「色々助かります。ところで・・・・」
(どうして俺達がここにいるって知ってたんですか?)
千堂さんがこちらを気にする様子は感じないが、念のため音量を落とす。河島さんは千堂さんに寄り添い優しく慰めていた。
(アナタ達と言うよりこの辺で大きな力を感じたから様子を見に来たの。律樹からこの間聞いた話や状況からしてアレが玲美が抱えていた問題の力のようね)
(そのことで相談したいことがあるんで後で時間ください)
(いいわ。律樹のことだから玲美にも言ってあるんでしょ?)
(一応専門家とだけ言ってあるだけで誰とは伝えてないです)
(ずいぶん慎重ね)
そうでもなかったんだけどね。身近にいることや一人だけでないって看破されちゃったし。
(ははは・・・それで彼女の力が何なのか解明できそうです?)
(・・・・他の専門家を一人お願いした方がいいかもしれない)
(やっぱり文字さんのアレは特殊なんですね)
(違うわ。あの子の力のことは私が一番の適任者だと思う)
(ならどうして他の専門家を?)
夏鈴さんは文字さんが持つ力の正体が何なのか心あたりがあるのかもしれない。それはそれで喜ばしいことなのだけど、だとしたら何の専門家が必要だというのだろうか。
(律樹、詳しいことは聞かないけど何でこの場所を選んだのかは教えて?)
(この公園ですか? 別に深い意味はないんですけど、強いて言うなら人が滅多に来なくてってことかな。それがどうかしましたか?)
この場所をチョイスしたのは他でもない俺だ。学校でも人目につかない場所はあるが、満を期すならここがベストだと思ったからだ。
(そうだったの・・・・・ハァ、アナタやらかしたわね)
(えっ、一体何のことです?)
(ここは非常に良くない。言うなら最悪の場所で最悪な現象を起こさせ、最悪の事態を招いた、ってところかしら。アナタ本当にあの源六さんのお孫さん?)
(ちょっと言っている意味が分かんないんすけど。なにか不味いことでも?)
未だ何者なのか良くわからない祖父ちゃんと比べられてもなあ・・・・
(不味いってもんじゃないわ。最悪人が死ぬかもしれない)
(・・・・冗談で言ってるんじゃなさそうですね。知らなかったとはいえ俺はなんてことを・・・・あっ、夏鈴さんならなんとかできるんじゃ?)
(確かに自分の身を守るだけなら相手が誰であろうとそう難しいことではないわ。だけど得体の知れない者を相手にアナタたちを守り切れるかって聞かれれば答えはNOよ)
(なら俺はどうすれば・・・)
(落ち着きなさい、まだそうなると決まったわけではないわ。その為に専門家を呼ぶ必要があるって言ってるの。運が良ければまだ学校にいるはずだし、とりあえず連絡だけ入れておくから)
(学校に? つまり高校の関係者ってこと?)
(そうよ。私はこの世界で誰にも負けるつもりはないと驕りを度外視して自負しているけど、あることに関してだけは彼女に勝てないと思ってる。それ以前にレベルが違いすぎて勝負にすらならないわ)
驕っていると自分で言う人初めて見たけど、それを抜きにしてもあの夏鈴さんが認める人って一体どんなバケモノじみた人物なんだ?
(その人って一体何者なんですか?)
(見た目は普通の女の子よ。だけどその気になれば人を簡単に殺すことが出来る、もしかしたらこの私も例外ではないかもしれない、そんな恐ろしい力を持っている子よ)
その気になれば人を簡単に殺すことが出来る。
そんな枕詞の後に出てきた人物の名前は・・・・・・
望月深陽
聞き覚えのある名前だと思っていたがすぐに思い出す。
先週の土曜日、夏鈴さんが来ていたジャージに刺繍されていたのが『望月』だったのだ。




