72 一貫性
「夢の中に入れる?」
「正確には夢じゃなく記憶を元に空間を作るズラ。夢といったのは分かりやすくするための方便ズラ」
「でも結局相手が寝ている間じゃないと使えないなら同じようなものだろ」
「どう解釈してもらってもオラは構わないズラけど、本当にやるズラか?」
「代償のことだろ? さっきの条件だけなら問題ない。でも本当にそれだけでいいのか? 妖怪と下手に約束や契約をするもんじゃないと言っていたのはガラス渡り、お前自身だぞ」
「大丈夫裏はないズラよ。そもそも律樹を騙したらあの女がオラのこと許さないズラ」
「まあ夏鈴さんなら絶対許さないだろうな。よし早速契約・・・・と行きたいところだが代償が代償だけに後払いでも構わないよな?」
「問題ないズラ。でもその前に準備が必要ズラ」
「準備? 妖力を溜めたりとかか?」
「違うズラ。準備が必要なのは律樹の方ズラ。と言っても肌身に着けられる透明なものを用意するだけズラ」
「よく分らんが透明なものだったら何でもいいんだよな?」
「透明な部分が直接肌に触れられる物が望ましいズラよ。寝ている間に離れてしまうと面倒くさいズラから固定出来るものがいいズラ」
「なら腕にサランラップでも巻いておくか。いや圧迫されて体に悪そうだから別なものにするか」
「何でもいいズラよ。確認するけど魔女の記憶を元に空間を作ってそこに律樹が入る形でいいズラか? それと隣に居るすみれも一緒に入るズラ?」
「いや俺だけでいい」
安全性が全く担保されていないところに河島さんを連れて行くわけにはいかない。
少し前のこと・・・・・・・
押切の前で文字さんが犯人だと断じた瞬間から部屋の中は暫しの静寂が流れた。押切に驚いた様子はなく、睨みつけるような真剣な眼差しを俺に向けていただけだった。そんな空気に吞まれたのか隣に居た河島さんからはまるで息を止めているかのように呼吸の音すら聞こえてこなかった。
そんな静寂を破ったのは俺でも押切でも河島さんでもなく、左手で触れていた透明なプラスチックのコップの上に乗っかていた小さな妖だった。
「何でみんな黙ったズラ?」
当然ながらその声は俺にしか届かずほかの二人からしてみれば静寂はまだ続いている。
ガラス渡りはある意味ガラスと少年事件の被害者でもあるが、コイツに一也の身に起きたことは詳しく説明していないので話が見えていないのだろう。
「悪いけど説明は後回しだ」
「・・・・・?」
重い空気の中で発した言葉に押切が不思議そうな表情を浮かべる。
「ああ独り言だから気にしないでくれ。それで否定しないってことは間違いないってことでいいんだよな?」
すぐには反応を示さなかった押切だが、何かに耐え切れなくなったかのように「ふー」と大きく息を吐き、
「そうだよ。そしてその現場に僕もいた。ついでに言うなら玲美と仲の良い千堂さん、それにこの間紹介した鞠とその友人の赤井菜帆もいたよ」
俺の推測を認めるどころかそれ以上の情報を上乗せしてきた。
「現場に? ならどうしてそのことを言わなかった? 文字さんのことを言えなかったことは仕方がないとしてもせめて一也が無罪だってことくらいお前なら教師とかに上手く証明できたんじゃねえのか?」
人気も人望も厚いであろう押切ならそう難しくはなかったはず。
「まさかとは思うが嘘は付けないから黙ってたとか言わないよな?」
その場に居合わせていなかったのならともかく、現場に居たってことは全てを把握しているということ。しかも文字さんの特殊な力のことも一緒に住んでいたころから知っていたのなら尚更だ。
「・・・・・・・ならどうすれば良かったって言うんだ!? 玲美はあの力以外にも本人ではどうしようも出来ない重大なものを背負っていたんだ! その時いなかった君には分からないかもしれないけどもしあの時のことがみんなにバレたら玲美は今頃どうなっていたか君には想像できないだろ!」
感情に任せきった押切の言葉が部屋中に轟くが俺の胸に響くことはない。寧ろ軽蔑の念が増していく。
「もしかしてお前が一也を犯人に仕立てたのか?」
「・・・・そんな訳ないだろ、僕は何もしてない。周りが勝手に犯人扱いしただけだよ」
「何もできなかったの間違いだろ。その結果一也を黒い歴史の中に放り込んだ。それにお前からは一也に対しての申し訳なさが微塵にも感じられないことがムカつくんだよ」
「高遠君それは言い過ぎ・・・・・」
遠慮気味の声が耳に届いたがわざと聞こえなかった振りをする。
ゴメン河島さん。でも言わないと俺の気が済まないからここで止めるわけにはいかないんだ。悪いな。
「僕が何も感じていなかったとでも? そんな訳ないだろ。僕だってやれることは全部やったさ」
何が全部やっただ。本当に罪の意識が押切に存在していたなら一也の状況は今よりもマシになってなければならない。
「どうせ「橋本君の悪口を言うのは止めろよ」とかそんな程度だろ? そういうのは眼鏡をかけた真面目な委員長がやる仕事だ。お前がが本来やるべきことはそんな事じゃなくて今俺たちがやろうとしていることなんだよ」
文字さんが他に何を背負っているのか知らないが押切の事情は理解はできる。だが理解できるだけでそれ以降のことは全くもって納得できない。
「君たちの? 笑わせてくれるね。じゃあ聞くけど君たちがやろうとしていることって何だい? まさか玲美を説得して名乗りださせるとでも?」
「それも手段の一つとしてはアリだったかもしれんが、まず無いな。それが有効なのは事件直後だけで今となっては悪手でしかない。それに真実を明るみにしていいのは犯人である文字さんか被害者の一也だけだ。決して俺達じゃない」
「なら君がやろうとしていたことは一体何だって言うんだい? 探偵なら加害者や被害者の気持ちや人権を無視して真相を聴衆の前で悦に浸りながらペラペラと語るだけだろ?」
「あいにく俺は探偵でも興信所の人間ではないからその期待には応えられんぞ。それにこんな簡単なことも分かんねえのか?」
それ探偵に偏見もちすぎじゃねえか? 昔探偵に何か嫌なことでもされたのかよ。
「もったいぶらないで早く言ってくれないかな」
「普通に接する。ただそれだけだよ」
「ハァ? それくらい僕だってやったさ。同じクラスにはなったことはないけど出来るだけ話し掛けるよう心掛けてたし実際にそうしてた」
心掛け実行してたねえ・・・・
「じゃあ何でお前と一也って友人じゃないんだ? 別に親友になれとは言わんけどお前ならそれなりに親しくなれたんじゃねえのか? 俺が知る限り一也と押切に同級生以上の接点がある感じはしないし、お前と初めて会ったあの日、一也の話題になった時もただの知り合いくらいの話し振りだったよな。本当に真剣に取り組んでいたのならもっと違う関係性を築けていたと思うんだが、俺が言ってること間違ってるか?」
決して一也と必ず親しくなるべきだった、と言いたいわけではない。あくまで向き合い方を非難したいだけで結果は二の次だと俺は思っているのだが、さっきから押切の放つ言葉はどうも口先にしか聞こえてこない。
「・・・・親しくならなくても出来ることはある。何度も言うけど実際そうしてきたつもりだ」
「まあ正直お前がどの程度やってきたかなんて本人と一也にしか分からないことだからこれ以上この話を続けても無駄かもな。だけど一つだけ聞かせてくれ、そこにお前の私情は挟まってなかったと言い切れるか?」
「高遠君それってどういう意味? 玲美ちゃんの事情を知ってたんだから押切君が私情を挟むのは当然なのでは?」
「それは文字さんを庇うだけの理由だけにしかならないだろ? 俺が知りたいのは押切の感情からくる私情なんだよ。んでどうなんだ?」
ここまで言うと河島さんもピンときたようで「なるほど」と呟いた。そして催促された押切本人はというと、
「・・・・・勝手な想像をするなと言いたいところだけど、ここで誤魔化してもあまり意味はなさそうだね。そうだよ、君が考えている通り僕は挟んではいけない私情を挟んでしまった。でもそれは自分ではどうしようもなかったことだし彼に悪いと思ってもいる。だけどだからと言ってあの状態から彼を更に陥れようとまでは考えたことはなかった。これだけは信じてほしい」
観念した、とは少し違う気もするが、何はともあれ結果として自分の非を認めた。
「つまり一躍学校中の嫌われ者になった一也と深く関わることで周囲からの自分の評価が下がることを恐れたのではなく、単純に自分の感情を抑えきれなく必要最低限のケアしかしなかった、そういうことでいいか?」
「正直に言うと前半の部分を全く意識しなかったわけではないけどそこら辺はちゃんと割り切ってたつもりさ。でも僕だって人間だし無意識に自分を悪く見せないような言動をしていたかもしれないね」
「まあそれはある程度仕方ないだろ。それで本当に陥れるようなことはしてないんだな?」
「何度も言うけどそれだけは信じてくれ」
その言葉を信じる、とは言い難いが、そうではなかったことを願いたいとは思う。そしてこれで色々とハッキリした。あとは最終確認をするだけだ。
「ぶっちゃけた話今でも文字さんのことを好きなのか?」
コイツが挟んだ私情。それはつまり一也と文字さんが特別な関係に近づいていったことへの嫉妬だ。聞く話によれば事件以前は同じクラスということしか接点のなかった二人が事件を境にして距離が近くなっていった。あまり人目に触れぬようにしていたとはいえ見る人が見れば分かってしまうのだろう。特に想いを寄せた相手ならより顕著にだ。
「自分ではもう割り切ったつもりかな。実際今日会ってみて心が動きそうになったのも事実だけど、以前のような感情はないと思う」
「だいぶ落ち着きを取り戻せたようだな。まったく顔に似合わず感情の起伏が激しい奴だ」
「君がわざと怒らせることを言うからだろ。それに言い方ってものもあると思うね。まあそれを気にして話されてたら僕は本当のことを正直には喋ってなかったかもね。これがもし律樹の計算だとしたら脱帽としか言いようがないけど、どうせ性悪が滲み出ただけで何も考えていなさそうだけど」
「ほっとけ」
「ところで君たちがやっていることが僕が本来やるべきことだと言ったけどさ、よくよく考えるとなんか話の方向がズレてないかい? 君たちが今やっていることって橋本の冤罪を晴らす、言うならば真犯人を探すことだと思うのだけど、なんか違くない?」
「指摘どうも。確かに一見ズレているように見えるけど本質はズレてないんだよなあ、これが」
「私も高遠君と同じ意見かな。でも少し前までは押切君が言ってた通りだったよ」
「それは玲美が犯人だって分かったからかい?」
「まあそうなるな。それ以外が犯人だった場合は予定通り問い詰め認めさせ自首させるつもりだった。俺的には石渡か小山さんあたりがかなり怪しいと踏んでいたんだけどまさか文字さんだとは思わなかったよ」
「鞠もその場に居たわけだし疑われても仕方がないか。石渡は世間的には第一発見者だったわけだし疑うのも分かる。しかしよく目撃者を見つけられたな・・・・・・いやもしかしてあの場に居た誰かが話したのか?」
「情報源は教えられないって言ったはずだが一応千堂さんや小山さん、それに赤井さんだったか? とにかくその三人ではないことだけは言っておくぞ。お前たちが見てなかっただけで近くに居たってことだ」
正確には見てなかったではなく見えなかった、なんだけどね。
「廊下にいた僕が見てないってことは千堂さん以外にも教室のどこかに隠れてたってことかあ。おっと、詮索はしちゃいけないんだったね、今のことは忘れてくれ」
詮索しなくていまお前の目の前に居るんだけどな。
「そう言うことで方向転換することにしたんだよ。まだ河島さんとは詳しい話をしてないけど・・・」
「分かってる。玲美ちゃんには本当のことを自分の口から話してもらい、橋本君には真実を伝える。その上で二人の関係が悪化しないような方策をとる、だよね」
「概ねそんな感じだな。でも一也に真実を伝えるかどうかは文字さん次第だ」
「それもそうかあ。あと難しいのは橋本君の立ち位置というか評判を改善することだよね。これって文字さんが自首するくらいしか方法がないと思えるんだけど・・・・」
そうなれば今度は文字さんが学校内だけではなくSNSとかで性悪暇人らの格好の標的になってしまう恐れがあるな。
「まあ二人の間で折り合いを付けてもらうしかないかな」
なんて他人事みたいに言ってしまったけど、実際そうなったらダメージが大きいのは当然文字さんの方だろう。しかも彼女は俺達が知らない闇を他に抱えているらしいし迂闊なことは出来ない。
「なあさっきから橋本が玲美を許す前提で話しているみたいだけど、事実を知って彼が玲美に対して怒らないとでも思ってるのかい? いくら橋本が玲美に好意を寄せていると言っても流石にそれは楽観しすぎじゃないかな」
押切の指摘は的を射ているが、俺の推測が確かならばその懸念は杞憂で終わるはず。だが確証を得るまでは予断は許されないこともまた事実。
「どうだろ? 私が見た限りその心配はないと思うけど・・・」
「・・・同感だ」
河島さんとの答え合わせは押切がいなくなってからの方がよさそうだな。
「じゃあそれは一先ず棚上げしたとして、実際これからどうするつもりなんだい? 僕の勘だけど君たち二人だけでは玲美は口を割らないと思う」
「なら協力してくれ」
その場に居た押切が一緒なら彼女も諦めて本当のことを話してくれる可能性が高い。
「今更僕にそれが出来ると思うかい?」
だよなあ。こうして話していてもコイツは自分でどうしたいとか一切口にしていないし、今の状況を妥協ながらも良しとしている節がある。そうなると他に協力を頼む必要があるのだが、現実的なのはその場に居た文字さんと押切以外の三人に証明してもらうことだ。しかし千堂さんは文字さんの立場を悪くするようなことは絶対にしないだろうし、この間だって急に家まで押しかけてきて石渡を調べろと言ってきたくらいだ。そんな彼女が協力してくれるとは到底考えられない。
となるとこの間紹介してもらった小山さんとその友人の赤井さんだけになるのだが・・・・・
「君が何を考えているのか当ててあげようか?」
「どうせその通りだから早く言えよ」
「鞠と菜帆がどうして今まで黙っていたのか少し考えれば想像がつくよね?」
「喫茶店で話した時のことを考えれば彼女たちと文字さんの間で何かがあったことは分かる」
小山さんは当時怪我をしたという左腕をある時点から気にし始めていた。その時のことを振り返ってみるとそれは文字さんの話題が上った後だなと思い出す。
だとするとその怪我は教室を荒らし窓ガラスを割った文字さんの力が原因だと推測され、しかもトラウマとして未だに引きずっている。赤井さんの方も似たような感じなのかもしれない。
しかし言われなければ気付かなかった左腕のことを教えてくれたのは他でもない押切だ。そもそもコイツの言動はは所々おかしい。千堂さんなんかはド直球にミスリードをしてきたので非常に分かりやすい。小山さんだって似たようなものだ。俺の質問に対して動揺を見せたものの自分から匂わすような発言は一切してこなかった。つまりは行動が一貫していたのだ。
だが押切はどうだ?
最初会ったときはまるで自分は関係ないですよ見たいなムーブをかましていたくせに、次第に匂わすどころか真相に直結しそうなことを自分から話してきた。文字さんと兄妹だったって話もそうだ。それはおそらく本当の話なのだろうが、だからと言って話す必要はないはず。俺達が気付いてると思った、と言う薄い根拠だけでカミングアウトしたこと自体不自然極まりない気がする。つまりそれ以降の話に真実味を持たせるために兄妹だったことを打ち明けたのだろうとどうしても邪推してしまうのだ。
押切は一体何がしたいのだろうか?
今ある材料で推測するならば、
事件の真相は大々的には明るみにしたくないが俺達が暴くのは良しとしている。しかし文字さんが自首することに対してはどちらかというと否定的。一也と文字さんが今以上に深い仲になることに関しては・・・・・まあ考えるまでもないな。
結論
まあ押切も今までずっと悩み苦しんできたってことだな。
考えるのが面倒になって思考を放棄していたら、ガラス渡りが俺の人差し指をツンツンしてきた。
「なあ律樹、ちょっといいズラか?」
押切のが目の前に居るので声には出さずコクリと首を縦に振って続きを促す。
「今の話、オラがの力で何とか出来るかもしれないズラ。詳しく聞きたいのならそこにいる男を部屋から追い出すズラね」
マジか? と思わず声に出そうになったがギリギリのところで堪える。そして善は急げということで押切には「この話はまた後にして肉でも食ってこい」と言って部屋から追い出した。
河島さんに簡単に事情を説明した後ガラス渡りが話始める。
「オラは夢を操れるズラ。ただしそれにはそれ相応の対価が必要ズラ。正確には対価ではなく代償かもしれないズラね」




