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69 違和感の世界

「こんな時間に呼び出すなんて何かあったのかしら?」


 時刻は午後六時四十五分。最終下校時刻のチャイムが鳴るまで残り十五分だ。

 

 日は傾き西日が長い影を作り出している。外に見える木が時折ゆらりゆらりと揺れているが窓は閉め切りドアは閉ざしているためこの季節特有の乾いた風は入ってこない。


「Rhineで送った通りかな」


「確認したいことがある、だっけ? 休み時間とかじゃダメだったの?」


「それだと色々と都合が悪くてね。でも今なら誰にも遠慮する必要はないし文字さん的にもその方が良いと思ったんだ」


 半信半疑といったとことだろうか。一人分の席を開け対峙している文字さんはいつも通りの高圧的な態度のように見えるが、どこか落ち着かない様子も垣間見える。


「まあいいわ。それでわざわざ私だけを呼び出したと言ことは他の人には聞かせられない話なんだよね?」


「その答えはNOとだけ言っておくよ。でも安心してくれ、そこのロッカーや教壇の下から誰かがいきなり出てくるとかはないから」


「誰もそんな心配なんかしてない。それより早く本題に入りなさいよ」


 本当に警戒していないのかそれとも強がっているだけなのかは分からないが、彼女の艶があり綺麗な黒髪と同じ色のその瞳はブレることなく正面にいる俺だけを写しているようだ。


「一也はやっぱり冤罪だったよ」


 一つ目の結論だけ提示する。二つ目は彼女の反応次第だと決めていた。


「・・・・そう」


 やはりある程度想定していたのかその表情にあまり変化は見られない。あったとすれば一瞬だけ俺から見て左、つまりは右方向へとその黒い瞳がブレたことだろう。


「感想はそれだけ? もっと手放しで喜んでくれるものだと思ってたんだけどな」


「もちろん喜んでるわよ。それでアイツの冤罪は晴れそう?」


「・・・・聞かないんだ?」


「何をよ?」


「疑いが晴れたってことは・・・いやまだ晴れたとは言えないか。一也が犯人じゃないと分かったならまず最初に真犯人を知りたくなるのが人間だと思うんだけど、文字さんは聞こうとしなかった。もしかしてて一也が助かればそれ以外のことには興味がないとか?」


「何が言いたいの?」


「そのまんまの意味だけど。それに遅かれ早かれ下世話で噂好きの誰かが嗅ぎまわり始めるだろうし時間の問題だと思うよ」


「自己紹介ご苦労様」


「多少は自覚してるさ。でもな、今回のことに関しては文字さんに言われたくないなあ。入学式の次の日のこともう忘れたの?」


「私は別に事件のことを調べてほしいなんて言った覚えはないわ。実際あの時だってあなたに一也のことを頼むと言っただけで、解決してほしいなんて言葉は出さなかったはず」


「出さなかったかあ・・・・それってつまり意識して言わなかっただけで真意は他にあったと聞こえるんだけど」


 いちいちあの時の会話のことを覚えていないが、確かに文字さんから事件の解決をお願いされたことはなかったかもしれない。しかし反対されたことも一度だってなかった。


「正直言うと事件のことはもうどうにもならないんじゃないかと思ってるの。だから私の願いはマイナスのスタートからでもいいから中学の時みたいな関係に戻ること。そんなに難しいことじゃない、一也さえ割り切ってしまえばそれだけで済む話なのよ。それなのにアイツは私になんか気を遣って・・・・」


「文字さんがそれを言うか? いや関係を戻したいとかそんなことは好きにしてくれって感じだけどさ、どうにもならないというのは違うんじゃないか?」


「高遠君だって本当は分かってるんでしょ。一度張られたレッテルはそう簡単には剝がせない。例え真犯人が分かったとしても二年も経ってしまった今では手遅れだってことを」


「振ってもいない賽の目の話はしたくないな。結果がどう転がるかは出たとこ勝負でしかないからね。それに『二年も経った』ってセリフは()()で聞き飽きてる」


「聞き飽きようが事実には変わりないわ。それとも高遠君にはいとも簡単に一也の状況を覆せる魔法の力でもあるのかしら?」


「魔法ではないかもしれないけどそれは文字さんの方が得意なのでは?」


 目に力を入れジッと何かを見定めるような視線に変わる。そして「ハァ・・」と溜息を吐いた後頬杖をつき窓の外を眺め始める文字さん。


「・・・・・もう探り合いは止めましょ。あなたはどこまで知っているの?」


「二つ目の結論を言うよ。真犯人は文字さんで間違いない」


「そんなことを聞いてるんじゃないの。その答えに辿り着いたのなら必ず通る道があったはずよ」


「ご要望とあらば答えて差し上げたいところなんだけどその前に・・・・もう出てきていいぞ」


「え?」


 いまの今までこの教室には俺と文字さんしかいなかった。そこへ五人の男女が現れたのだ。俺と文字さんは教室の中央を陣取っていたが、現れた五人は散らばって席に着いていた。


「いつの間に・・・・机の下に隠れてた? いやそれなら最初から気付くはずだし、まさかコッソリ入ってきたの? ううん、いくら何でもそれはあり得ないわ」


 動揺を見せる文字さんに対し至って冷静だった俺は、


「あり得ないと思ってもこれが事実なんだよ。世の中には不思議なことが沢山ある。俺はここ一週間くらいで嫌って言うほど学んだよ」


 ここ最近身近で起きたことを思い出しながら言葉を吐き出していく。


「つまりこれは高遠君の仕業・・・・・もしかしてあなたも?」


「今回に関してはちょっと違うかな。そもそも俺自身も完全には理解しきれてないんだけどね」


「じゃああなた以外にも私みたいな者が・・・・」


「いるよ。でもそれが誰なのかは俺の口からは言えない。文字さんなら理解してくれるよね?」


「・・・・ええ」


「助かるよ。それでここにいる五人を見て思うところは?」


「あるに決まってるでしょ。私が罪を犯したことを知る人間だもの。ああでも石渡だけは違うわよ・・・・ってその前に聞きたいのだけどここにいるのって本人じゃないのよね?」


 現れた五人は椅子に座って俺たちの方を見ているだけだ。僅かに体が動いたり時折瞬きをしたりしているが、表情を変えずそこにいるだけだけで、彼らに意志のようなものはないらしい。その異様な違和感に文字さんも気付いたようだ。


「まあね。でもそっかー、石渡は事件そのものは見てなかったんだな。残念ながら勘が外れてしまったけど、残りの四人はその場にいたんだね。もしかして他にも居たりした?」


「いいえこの四人だけで間違いないわ。前の方にいる女子二人は教室内で一緒に居たわ。後ろにいる光海は掃除用具のロッカーに隠れてた」


「小山鞠と赤井菜帆が一緒だったんだな。ところで何で千堂さんはそんなところに隠れてたんだよ?」


「知らないわよそんなこと。それより小山と赤井のこと知ってたんだ。まあ調べてたんだし当たり前か」


「二人とも主人公シートに座っている押切から紹介してもらったんだよ。赤井さんはつい数時間前に会ったばっかりだけどな」


「彼女違う学校よね? まさか授業を抜け出してまで会いに行ってたの?」


 その疑問はもっともだがまだ文字さんは気付いていないようなので話を先に進めることにする。


「それは追々話すさ。石渡は別としてこれで役者が揃ったわけだが・・・・すまん、先に謝っておく」


「何を企んでるのよ?」


 そっと席を立ち文字さんを指さす。


「役者がいて俺の目の前には脚本家と監督がいる。後足りないものと言えば?」


「・・・・・カメラかしら?」


「意外と冷静に答えるんだな。でも違う、俺は別に何かに残そうとなんて思ってないぜ」


「じゃあ何が・・・・えっちょっと待って、ここってもしかして・・・・」


「気付いたようだな。そう、今のここは逗麻高じゃない。その証拠に廊下側にも窓があるだろ?」


「意味が分からない。これって一体なんの力な・・・・・」


 バン! と机を叩きながら立ち上がったところで文字さんの姿が消える。立ち上がる際後ろに動いた椅子がつい今しがたまでそこに彼女がいたことを証明していた。ほかの人形のような五人の姿も気付いたらいつの間にか消えてしまっていたが、予定通りだったので驚きはなかった。


 足りないのはカメラじゃなくて舞台だったんだよ文字さん。




「これでよかったズラか?」


「ああ。ほぼ計画通りだし問題ない」


「なら次に行くズラよ」


「頼む。因みに俺の存在はどうなるんだっけ?」


「それはオラに任せるズラね。この場の空気になると思えばいいズラ。少しだけ意識が飛ぶかもだけどすぐに戻るズラ」


「信じてるぞ」


 「じゃあ行くズラ」という声とともにゆっくりと意識が遠のいていく・・・・・・







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