68 あれから二年
「君は知ってたんじゃなかったのか?」
「いや普通に初耳だぞ。河島さんは文字さんから聞いてた?」
押切と文字さんが兄弟だったなんて知る由もない。それは隣で驚いている河島さんも同じのはず。
「ううん。聞いたことないし押切君のことも今日初めて知ったくらいだよ」
「それじゃあさっき言ってた根拠って何だったんだい? 律樹が今日あの学校へ入りたいと言ってきたこと、それプラス今日の玲美の様子から少なくとも君には話したんだなって思ったんだけど・・・・」
「何をどう勘違いしたのか分からんけど文字さんからはそんなこと一言も聞いてないぞ。もちろんお前たちが兄妹だって匂わせるような素振りだって見たことない」
「だとしたら君たちは別の理由があって調べてたのか・・・」
「よく分からんが俺達が逗麻西中に行ったのは一哉の事件を調べるため。別にお前と文字さんの関係を知っていたからではないぞ。強いて言えば目撃者探しってところかな」
「目撃者ねえ。二年も前のことだし噂を聞いて知っている奴は多いかもしれないけど、当時いたのは今の三年と先生たちくらいなものだし、今更何かが出てくるとは思えない」
それは普通の方法だったらの話だ。
「それはやり方次第とだけ言っておくさ。それで文字さんとお前が兄弟だったというのは本当の話なのか?」
「まあね。と言っても血の繋がった兄妹ではないし、一緒に住んでいたのも小三の途中からから小六の卒業までの約三年間だけだよ」
真に似てコイツも複雑な家庭環境だったんだな。それは文字さんにも同じことが言えることでもあるし、そう言う事情ならあの二人の妙な距離感は頷ける。
だがそうなると辻褄が合わなくないか?
「押切と文字さんって小学校は別々だったよな?」
文字さんは俺が通っていた逗麻小で押切は織谷小を卒業していたはず。一緒に住んでいたということは同じ小学校に通うはずなのだが・・・・
「ああそれは単純に僕が住所だけを織谷小の学区内にある祖父のところに置いてたからだよ。玲美の家から歩いて通えない距離ではなかったし、僕としても転校は望んでいなかったしね。そして何より玲美自身が僕と同じ学校へ通うことを嫌がってたから」
「文字さんが?」
「ああ。それに一緒に住んでたと言っても会話はほとんどと言っていい程無かったよ」
「それは押切のことを鼻持ちならん野郎だと思ったからじゃねえのか?」
「ははは、それならそれでそういう風に割り切って付き合えたんだけどね。だけどそうじゃなかった。それが返って僕には辛かったんだ」」
「よく分からんが嫌われていたわけじゃないってことか? ていうかそう言うのってお前がどう思うかより相手の捉え方しだいだろ」
「さあどうだろうね」
そのことについては話すつもりがないように見える。兄妹だったこと以外にも何か隠している気配が伝わってくるが、さっきみたいに勘違いしてついうっかりってことはなさそうだ。
それなら別のことを聞いてみるか。
「それでお前たちの関係を俺達が知ってたことと一哉の事件がどうつながるんだ?」
「そんなこと僕は言ったつもりはないのだけど?」
「そう言っているようにしか聞こえないんだよ。お前は俺が一哉の事件について調べていることは知っていた。だとしたら昨日連絡した時点でそう考えるのが自然だと思うんだが?」
「何度も言うけど二年も経ってるのに何か出てくるとは普通は思わないよ。昨日は単純に君がバスケをしたいから連絡をしてきたと思ってたし」
やはりさっき勘違いしてうっかり兄妹ってことをカミングアウトしてしまったせいか、今はかなり慎重になっているように見える。ここからは不毛な腹の探り合いになりそうだ。
「なら言い方を変えようか。学校を調べられるとお前的に困ることがあったんじゃないのか?」
「意味が分からないな。何度も言うけど・・」
「二年も経ってるだろ。それはもう聞き飽きた」
言葉をかぶせると押切は押し黙って不機嫌そうに俺を見る。だが態度だけでそれ以上何かを言ってくることはない。人間隠し事をしているとき、挙動不審気味に饒舌になるか、反対に押し黙る傾向がある。今の押切は明らかに後者よりだ。出来る自信はあまりないが、こちらが話したことに対してどう反応するのか細心に注意を払って観察するしかない。
「俺も最初は勘違いしてたんだよ」
そこで一旦言葉を区切り様子を窺う。さっきと表情は変わらないが話を聞くつもりはあるようだ。
「文字さんが来るから押切はそれに釣られて了承した。これ自体は間違いないと思ってる。だけど俺はてっきり噂通りお前が文字さんに好意を持っているから急な俺のお願いをOKしたのだと思ったんだが、ついさっき二人が兄妹だと聞いて考えを改めたよ」
一瞬ピクリと反応したようにも思えたがただの気のせいと言う可能性もある。それにまだ反論してくる様子はない。
「お前は文字さんが来るから喜んで俺の話に乗ったんじゃない。文字さんの名前が出てきたことで俺のお願いに対し了承せざるを得なかったんじゃないのか?」
押切はおそらくあの事件の真実を知る数少ない人間のはずだ。どうして一也が冤罪だと知りながら今まで黙っていたのかは兄妹だったことを鑑みればある程度想像はつく。しかしだからと言ってやり方はいくらだってあったはずだ。
「それは矛盾してないかい? 君は僕が学校を調べられたら不味いと思っていると言ったね。だとしたら玲美に関係なく断ればいいだけの話だと思うんだが?」
まあそう考えるのが普通だよな。でもな押切、そうやっていちいち俺の推測に付き合っていること自体お前自身の首を絞めているのと同じなんだぜ。俺は小説に出てくる探偵でも何でもないから過去の言動の矛盾を突いたりとかそんな高度なことは出来ない。だけど俺は光男さんお墨付きの面倒くさい男だ。とくと味わうがいい。
「矛盾はしてないな。俺達だけだったらそうかもしれないが、そこに文字さんが加わるから意味があったんだよ」
結果的には俺達だけである程度のところまで辿り着けたわけだが、それはあくまで妖を認識しているからであって、そうではない押切にとってはやはり危惧すべきは文字さんの行動だろう。
「玲美がいたところで何が変わるっていうんだい?」
「それは押切、お前が一番理解しているはずだが?」
「さあ? 何もわからないね。逆に僕が聞きたいくらいだよ」
「知ってるくせに知りたがる振りはモテる秘訣か何かか?」
「・・・・くだらないな。どうせ君も当てずっぽうに言ってるんだろ?」
「お前気付いてるか?」
「・・・何をだ?」
「お前と会ったのは今日で三度目だ。一度目は公園で、二度目は喫茶店。そのどちらの時もお前は自分がどんな人物なのかを常に意識していた。だが部屋に入ってこの話を始めてからずっとそれを忘れているのはわざとか? それとも無意識か?」
「言っている意味が分からないな。もうちょっと分かるように説明してくれ」
遠まわしで要領を得にくい話し方が気に障ったのか押切の眉尻がググっと上がる。すると隣にいた河島さんが体をビクッとさせ俺の裾を掴んできた。
「そういうところだよ。河島さんが怖がっているの分からないか?」
「・・・・・・・・」
「今度はだんまりかよ。認めたくないならそれでも構わんけど俺は遠慮せず言うぞ。一度目と二度目は理想のイケメンよろしく笑顔を絶やすことのない楓紀君。でも三度目の今の・・・・いや厳密には一度別れてるから四度目なのか? まあそんなことはどうでもよくて、今のその顔をお前を慕うやつが見たらどう思うかねえ。それとも新しい自分を開発中なのか? どちらにせよイケメンに変わりないからなんかムカつくけどな」
ちょっとやりすぎたかな?
河島さんが小声で「煽りすぎじゃない?」と心配しているが、さすがに手までは出してこないだろ、多分・・・・・
「そんなの・・・・」
おっ、口を開いてくれたな。あともう一息ってところかな。
「そんなの、がどうした?」
「そんなのどちらだっていいじゃないか!」
ほう、そうきたか。あくまでも答えたくないというんだな。しかし残念ながら今のでカミングアウトしたも同然だ。
「どちらでもいいっていうのは、つまりどちらかが正解でどちらかが不正解ってことだよな。だが押切よ、仮にわざとだとしたら今のそれも演技ってことになるぞ。だとしたらお前は役者を目指したらいい、顔も良くて演技も上手い、その気になればすぐにでも売れるんじゃねえか?」
「何が言いたい?」
「本当は無意識だったんだろ、この話になってからずっと、いつもの甘さをカットしたその表情は作ったものではなく純度100%の素のお前だ」
「だとしたら何だって言うんだい? 僕だって怒る時は怒る。それに君はわざと僕に対してイラつかせるようなことを言ってたけど何が目的なんだ?」
「目的はお前の知っていることを聞き出すこと、ただそれだけさ。気付いてるか? お前がムキになればなるほど疑いが強くなっているってことを。まあ始まりはお前が勝手に飛び込んできて勘違いでカミングアウトしたことが始まりなんだけどな」
しかしこれは本当に偶然なのだろうか? 偶然にしてはあまりにもタイミングが良すぎるというか、出来すぎのような気がする。誰かの意図で押切がここに来たとしたら考えられるのはやはりバーべーキューに誘った夏鈴さんってことになるが・・・・・・・・いや今それを考えてもしょうがない。今はせっかく訪れた好機を生かすことだけに集中するんだ。
「それとな、取り繕うスキルが高そうなお前が全然それをしないのは怪しすぎるんだよ。いくら感情任せになってたとはいえもう少し上手くやることは出来たはずだ。そう考えると導き出される答えは一つ、お前は何かに焦っている。違うか?」
感情的になったのは十中八九文字さんのこと。そしてその原因を俺と河島さんは知っている。
「焦ってるか・・・・・」
「ただの推測だけどな」
「推測で、よくもまあここまでやるなあ、と関心するよ」
「どうでもいいけど、いつの間にかなんか吹っ切れてない?」
いつものような甘ったるいものではないが、脱力した様相に変わっていた。
「なんかバカらしくなってきたんだよ。君は違うのかい?」
「違うのかい? とか言われてもねえ。最初からバカげているとは感じてたさ。俺の勘が当たっていれば不毛な腹の探り合い見たいなものだったし」
「そうか・・・・ならこれ以上隠しても無駄ってことだね。だけどあのことを知った君は一体どうするつもりなんだい?」
「それが何も考えていないんだなあ」
「ははは、そんな状態で僕を巻き込んだって言うのかい? まったく呆れるのを通り越して笑えててる」
「いや飛び込んできたのは寧ろお前の方からだからな」
「・・・・・そうだったな。正直言うと僕もどうしていいかずっと悩んでいたくらいだし」
「もしかして二年間ずっとか?」
「ああ。でも何もできないまま更に疎遠になってしまったよ。同じ高校に通おうかとも考えた時期もあったけど、結局何もできない未来しか想像できなかったから諦めたのさ」
四六時中無駄に周囲に笑顔をバラまいていそうなコイツでも裏では相当なやんでいたんだな。
「そう言えば君たちはどうやって知ったんだい?」
「知った、というのは当然彼女のことについてだよな?」
「当たり前だろ。僕は一緒に住んでいた時に偶然見てしまったけど君たちは違うんだろ? もし直接見たのなら今日学校に行く必要はなかったはずだしね」
妖が教えてくれた、とはこの段階では言えない。しかもこの場には俺だけでなく河島さんもいるのだ。押切が超常現象に対しどの程度の認識でいるのか分からない以上軽々しいことは口にしない方がいいだろう。
「実は目撃者を見つけてな。だが絶対に名前を出さないっていう条件で教えてもらったから名は出せんが確かな情報なことには変わりない」
半分嘘だがこう言っておけば押切も納得してくれるはず。
「出来ればハッキリと口に出してもらいたいな。ほぼ間違いないと思ってるけどやはりここは慎重を期したいんだ」
それもそうか。押切は罪悪感を抱えながらもずっと彼女を庇ってきた。だとしたらこの答え合わせは俺の方から言うのが筋ってものだ。
「あの事件の犯人は橋本一也ではなく、人知を超えた力であの教室を滅茶苦茶にした文字玲美が真犯人だ」




