表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/103

66 一桁の女

「あれはどういうことズラー?」


「それは俺の方が聞きたい。あの子をここへ誘ったときお前夏鈴さんと一緒じゃなかったのか?」


 肉を頬張りながら楽しそうにしているナカタマキコ、河島さん情報では漢字で中田牧子と書くらしいが、彼女がここにいる理由なんて俺が知る由もない。


「そんなことを聞いてるんじゃないズラ。あの女全然元気ズラ。危機的状況はどこ行ったズラ?」


「危機的状況? ああそう言えばそんなこと言ってたな。結局それって何だったの河島さん?」


 魔女(仮)の話を聞いた後ガラス渡りはこの家に来ると言っただけで交換条件とされていた中田牧子の情報を聞いてこなかった。そのため彼女が置かれた危機的状況というのは今のところ河島さんしか知らないのだ。


「えーとね、中田さん授業についていけてないみたいなの」


「はい? それが危機的状況?」


 それくらいで危機と言えるだろうか? 


「そうだよ」


「いやそれなんの冗談だよ」


 コップの上で両手を何度も突き上げながら「そうだそうだ! ふざけるなズラ!」とガラス渡りは抗議している。


「でも今までの小テスト全部一桁だって本人から聞いたのだけど、これってかなり不味くないかなあ?」


「どの教科も?」


「行われたテスト全部って言ってた」


「・・・・・・危機的状況だなそりゃ」


「でしょう? なんでもうちの高校に入るのギリギリだったみたいだし、このままだと進級が危ういかもって本人が言ってたの」


 でも入学してまだ一か月も経ってないんだぞ。今からそんな調子じゃ来年の春を待たずに退学ってこともあり得る。


「おい律樹とか言ったズラな。。言うほどそんなに危ないズラ?」


 河島さんの話に納得した俺の様子から何かを察したガラス渡りのテンションが一気に三段階ほど下がる。仮にも学校を根城にしていた妖だ、成績云々の話はそれなりに理解できるのかもしれない。


「そうだな、人生という長い目でみたらやっぱ最低でも高校は卒業しておいた方が無難だな。でも生き方なんて人それぞれだし絶対にそれが正しいとも言い切れんがな。まあ命の危険があるとかそんな話ではないことだけは確かだ」


 妖からしたら人間の人生なんてどうでもいいとか考えていそうだが、コイツのように人間と浅くない関りを持った場合、どんな反応を示すのか少しだけ興味がある。


「マキコは何を考えているズラ・・・・・」


「何も考えてない結果じゃないのか?」


 危機意識があるなら今こうしてここでバーベキューを楽しんでる場合ではないし、親じゃなくても黙って家で勉強してろと言いたくなる。


「ねえガラス渡りさんはやっぱり中田さんのことを心配してる感じ?」


「し、心配なんかしてないズラ!」


 またやいやいと両手を何度も突き上げ否定しているが、


「まあしているかしていないかと聞かれればしているんだろうなあ」


 見たまんまの感想を伝える。


「おい、適当なこと言うなズラ! マキコがどうなったってオラには関係ねえズラー」


 はいはい。小っちゃいおじさんのツンは要らないから少し大人しくしてようねー。


 初めて試してみたが、見えている間は俺もガラス渡りに触れることが出来るようだ。右手でコップを持ったまま左手で顔を鷲掴みする。すると「ズラー・・・・」と言ってガラス渡りは大人しくなった。


「だよね。そうじゃなきゃここに来ると言いだすはず無いものね」


「ぶっちゃけどこまで考えているかは分らんけど気になっていることだけは確かだな。どうする、学校へ戻りたいなら今すぐ送って行くけど?」


 ガラス渡りの本心はともかくとして最低限の言葉だけは聞いておきたい。それは興味からではなくこの家の管理者という立場としてだ。


「・・・・・・・・」


 左手を放し返答を待ったがガラス渡りがその問いに答えようとしない。今度はコップを持ち替え右手で夏鈴さんがしていたように首根っこを掴む。


「このまま掴んだ状態で学校に行って捨ててくることもできるんだが?」


「・・・・・今は戻らない、戻りたくないズラ」


「なら最初からそう言えよ。んじゃ今日からお前は家の住人ってことで改めてよろしくな」


「私もここでお世話になってるからよろしくね。いつかその姿が見えるようになるといいなあ」


「・・・・理由を聞かないズラか?」


「オラはマキコのことが心配で出来るだけ近くで見守りたいズラって言いたいのなら聞こう」


「そんなこと絶対に言わないズラー! ホント人間って意地悪でどうしようもない奴ばかりズラ」


 それはツンしか出さないお前の方に原因があると思うぞ。まあそれはさておき、


「ただしこの家に住むなら当然対価はもらうぞ」


 お金を貰おうとは全く考えていないが、タダで住まわせるのもなんか違う気がする。


「お前妖に対価を求めるなんて頭おかしいとしか思えないズラ」


「そんな変なこと言ったか俺?」


 別にそう大層なものを求めるつもりはないんだが、妖だと何か問題でもあるのか?


「いいズラか、どんな相手でも対価と報酬、報酬と対価が成立したらそれは絶対ズラ」


「なら危険のない取引をすればいいだけの話だろ」


 体の一部や命を対価と明言するのが危険なのであって、そうでなければそこまで問題はないと思う。まあ無暗に何かを願おうとは妖相手に思わんが、コイツに家賃分の働きをさせるくらい大丈夫な気がする。


「それが危険だと言っているズラ。妖の多くは自分の役割や本能を優先させる傾向があるズラ。それ故に契約の本質から外れない範囲で自分の都合のいいようにすることがあるズラよ。お前はそのことを全然理解していないズラ。危険極まりないズラー」


 分かるようで分かりにくい話だが言わんとしていることは何となく理解できる。つまりは想定外のことが起きると言いたいのだろう。


「分かった、妖のお前が言うならそうなのだろうな。だがさっきの話を引っ込めるつもりはない」


「お前オラの話を本当に理解したズラか?」


「だいたいな。でもお前なら問題ないと判断した」


「ハァ、やっぱり分かってないズラ。おバカな人間ズラね」


「忠告してくれたお前がそんなことをするようには思えない、ただそれだけさ。それにもし俺に何かあったら多分だけど夏鈴さんがお前を消しにかかると思うしな」


 脅すつもりで言ったのではなく、事実として思ったことを口にしただけだ。しかしその効果はてきめんだったようで、「あの女は魔女より恐ろしいかもズラ」と呟いていた。


「・・・分かったズラ。それでオラはここに住まわせてもらう代わりに何をすればいいズラ?」


「うーん、まだ全然考えてなかったんだが・・・・・だが一つだけ決まってる仕事があるぞ」


「何ズラ?」


「さっき卒アルを借りてきたんだが、その中の写真にお前が言う魔女がいるか見てもらいたい」


「魔女・・・・・・分かったズラ。オラも覚悟決めるズラ」


「写真を見るだけなのに覚悟要らなくね?」


「お前はあの魔女の恐ろしさを知らないからそんなことを言えるズラ!」


「分かった分かった、そう興奮するなって。とりあえずここじゃなんだし家の中に入ろうぜ。それとももう少しマキコの近くに居たいか?」


「ねえねえアタイのこと呼んだ?」


 ガラス渡りを揶揄っているところに前置きもなく突然後ろから声を掛けられ、驚きのあまり思わず「ひゃい!」と変な声が出てしまった。


 俺も河島さんも皆がいる方に背を向けて話していたので、誰かが近付いてきたことにまったく気付けずにいた。


「ひゃい? それって何かのおまじない? まあそんな事はよくてさ、今アタイのこと話してたよね?」


 振り返るとさっきまで孫七さんの隣にいた中田牧子がそこにはいた。間近で見ると肩までかかったその髪は純粋な黒ではなく、ダークブラウンだということに気付く。生まれつきと言われても違和感のないその髪の色と同じように、ギャルっぽい雰囲気があるのに派手さはあまりない、そんな印象の女子だった。


「いやまあ・・・なんで俺の家にいるのかなと思ってな」


 しどろもどろになりながらもなんとか取り繕う。河島さんが隣に居たとはいえ、俺は普通の人間には見えない相手と会話をしていた。そんなところを見られていたと思うと気が気でなくなるのは仕方がないことだと自分に言い聞かせながら心を落ち着かせていく。


「あーそれねー。ていうか河島さんだよね? アタイと一緒で誘われてここに来た感じ? ていうか二人って付き合ってるの?」


 いや俺の質問の答えは? それとメッチャ落ち着きのない奴だが普段からこんな感じなのか?  


「・・・・この家に一緒に住んでる、かな?」


 何で疑問形? まあ気持ちはわからんでもないけどさ。それに俺たちは付き合ってるわけではないし答えとしては間違ってはいないのだけど、なんだろ? この何とも言えない感情は? いやその答えは最初から自分でも分かりきってるか・・・・・


「うっそ!? 夏鈴先生だけじゃなくて河島さんも? やっぱあの噂は本当だったんだなあ」


「あまり聞きたくないけどその噂って最初が『お』で最後が『し』のやつか?」


 女たらしという不名誉な噂が学校で元気よく駆け回っているみたいだしな。


「お?・・・・・ううん、アタイが聞いたのは『す』で始まって『し』で終わるやつ。まあ終わってるのは君自身だとアタイは思ってるよー、あはっ」


 何が「あはっ」だ! それに俺は女たらしでもスケコマシでもない!


「中田さんその認識は間違ってる。確かに高遠君って女性と関わることが多いかもしれないけど、みんなそれぞれ真剣に向き合ってるからそんな風に言ったら失礼だよ」


 うーん・・・・そんな風に言ったらまるで俺がその全員と真剣にお付き合いしてて、だけど周囲から見たらただのクズ男ってことなんだけど・・・・・・もう少し考えて発言してもらえると助かります。


 「やーいスッケコマシー」とガラス渡りが騒いでいたが、手に力を入れるとすぐに静かになった。


「ん、何で苗字呼び? 牧子でいいよ。えーとバラ子だっけ?」


 いくら花繋がりでも適当に言えば良いってもんじゃねえぞ。 それについさっきお前も河島さんって呼んでたろうが。


「すみれ。平仮名だから覚えやすいと思うよ」


「あはー、アタイはマキマキの牧子でーす。どう? すみれと同じで覚えやすいでしょ?」


 何を張りあっているんだか・・・・・・


「それで俺たちに何か用か?」


「招待されたのに家主に挨拶しないのは失礼でしょー? それに本音を言うと相談したいこともあったしね」


「俺達に相談?」


「達というよりどちらかにかなあ。いやぶっちゃけ二人でもいいんだけどさ」


 コイツの言っていることはサッパリだな。内容に対してどちらに相談すれば適切なのか本人も分かっていないまま喋ってるな。


「ハッキリしないな。悪いが色々あるんであんま時間はとれんぞ」


 とは言うもののもし内容がガラス渡り絡みだとしたら無視するわけにはいかない。しかし妖を見えない彼女がその話を出してくる可能性は低いはずだ。


「えーと・・・・」


「おい、さっきまでの勢いはどうした?」


 ずっと自分勝手なペースで喋り続けていたくせに、この期に及んで躊躇うとかホント調子狂うやつだ、そう思っていた矢先、


「だよねー。うん、アタイバカだから勉強教えてちょ」


 また元の調子に戻る。それどころか更にバカっぽさに拍車が掛かったような気がしたのは気のせい?


 他人に勉強を教えるといっても俺自身人に教えられるほど勤勉なわけではない。しかも相手は小テスト全て一桁という逆快挙を成し遂げた強者でもある。月に一、二回程度なら問題ないが、それだけでコイツの学力が上がるとは思えない。それに現状そんな時間を取る余裕は今の俺にはない。


 ツンツン


 ん?


 右手の親指に何かが当たる。目の前にいる中田に悟られないようそれとなく自分の手を見ると、ずっとツン状態だったガラス渡りが俺の親指にツンツンしていた。しかし「どうした?」と声をかけることは当然できるわけもなく、とりあえず視線だけ送る。


「その頼み聞いてあげてくれズラ」


 目が合うとガラス渡りはすぐに懇願してきたが、答えはもうすでに出ている。


 フルフル


 牧子に気付かれないよう申し訳程度に首を横に振る。するとガラス渡りはしょんぼりと俯いてい待った。


 流石にキャパオーバーなんだよ、分かってくれ。


「えー律君はだめー? じゃあさすみれは?」


 いきなり律君呼びかよ。ていうか今のはお前に対してじゃなくて右手にいる小さな妖に対してだったんだが、まあ結果的には同じだしいいか。


「私もちょっと難しいかな。人に教えられるほど頭良くないし・・・・」


 それは嘘だろ。あの土井に対しても教えてた訳だし、確か小テストの結果も良かったと聞いてるぞ。まあ俺と同じで中田を鍛える自信がないんだろうな。


「えーそんなこと言わないでさー、二人にしか頼めないんだよー」


「牧子ちゃんのそのずうず・・・・積極的で明るい性格なら他にも頼める人いるんじゃないかなあ?」


 いま図々しいと言おうとしてなかったか? 河島さんって見た目はどちらかというとおっとりしてるけど、割と思ったこをそのまま結構口走るタイプだよな。今回は何とか寸でのところでのみ込めたようだけど、なんか危なっかしいな。


「それがさー、みんなすぐ諦めちゃうんだよねえ。ほらやっぱ人間って向き不向きあるじゃん。それに律君なら女の子の頼み断らないじゃん」


 それって教える人の? それとも教わるアナタの? 願わくば前者であった欲しい。教わるに不向きなら誰が指導しても結果は同じだ。そ・れ・と・な、俺が女子の頼みを断らないとか勝手に決めつけないでくれるか? それはあそこでむやみに笑顔をバラまいている押切みたいなやつのことを言うんだよ。


「あははははは・・・・・えーと、やっぱり高遠君に任せるよ」


 結論をってことだよね? 俺に教えるのを任せるって意味じゃないですよね?


 ツンツンツンツン


 はいはい、何度ツンしても人間には出来ることと出来ないことがあるんだから諦めてくれ。


 ああそうだ! いっそのこと中田をこの場に連れてきたあの人に・・・


「呼んだかしら?」

 

 この人はエスパーか?・・・・・・・・・いやただの異世界人か。


 いつの間に宴の輪から離れた夏鈴さんが俺たちの前に現れる。視界には入ってたはずなのに気付けなかった。まさか無駄に気配消して近付いてきたのか? うん、考えるだけ無駄だな。


「これから呼ぼうとしたところです。夏鈴さんこの人の面倒を見てあげてください。いや責任を取ってください」


「アタイからもお願いー、夏鈴センセ。それにアタイ英語は得意な方だから先生も教えがいあると思うよー」


 誰彼構わずだなコイツも。しかしこれで夏鈴さんが了承してくれれば全てが丸く収まるぜ。あと英語は得意な方とかほざいてるけどさ、お前のその説得力パワーも一桁しかないからな。


「無理ね。人に何かを教えるのワタシは向いてないのよ」


 じゃあ何で非常勤とはいえうちの高校で教師やってるんだよ! というツッコミはひとまず置いといて、夏鈴さんだってそこまで暇じゃないということだろう。もしくは単純に面倒なだけかもしれんが、どちらにせよ本人が無理というならこれ以上はどうしようもない。説得力も弱かったしな。


「ということで他を当たってくれ」


「そんなー・・・・」


 ツンツンツンツンツンツン・・・・・


 悪いなガラス渡り。何とかしてあげたい気持ちもないわけではないが、中途半端は互いの為にならない。理解してくれ。


 その後も指ツンツンで訴えかけてくるガラス渡りを無視し続ける。するとその動きが止まりやっと諦めたかと思ったら今度は声を荒げ言い放つ。


「マキコを助けてくれないならオラ魔女のことは一切教えねえズラ!」


 それは非常に不味い。コイツの持つ情報は今まで集めたものとは比べ物にならないくらい有益なのだ。というより現状では真犯人そのもの知っている唯一の存在であり、ここで仲違いをするわけにはいかない。


 そもそもガラス渡りが家に来たいと申し出てきたこと自体がこちらとしては幸運でもあった。もしそうでなければ卒アルを持って再度逗麻西中に訪れなければならなかったし、また捕まえるのも苦労していたかもしれない。そう考えると中田牧子がいたおかげで時間を短縮することが出来たともいえるし、河島さんの功績というのも勿論あるが、彼女とガラス渡りの関係性がなければここまで辿り着けなかった可能性もあった。


 だとしたらこちらが提示した中田牧子の危機的な情報という対価だけでは釣り合っていないとも考えられる。


 ・・・・・・・・・仕方がない、ここはこっちが折れるしかなさそうだな。


「いいよ、中田さんの学力何とかしてやる」


 これは中田牧子だけではなく当然ガラス渡りにも向けたセリフだ。


「ホント? 後から嘘って言っても一生付き纏うからね」


 一生はやめような。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ