65 大集合+1?
「やっぱり後輩が言ってた通り校舎の中に入ってたんだね。もうとっくに練習は終わったけど?」
下駄箱から外へ出たところでちょっと不貞腐れ気味の押切が俺たちのことを待っていた。どうやら中に入っていく俺たちを見かけていたようだ。押切は一人ではなく十人近い後輩たちに囲まれており、その比率男子1に女子4ってところか。相変わらずおモテになるこって。
そう言えば押切に事情を説明するの忘れてたっけな。まあ文字さんを連れてくるという約束は守ったわけだし押切に迷惑をかけたわけでもないから大丈夫だろ。
「ちょっと野暮用でな。ところで文字さんはもう帰ったのか?」
その集団の中に彼女の姿は見えず、もしかしたら敢えて離れた場所にいるのかと思い辺りを見回してみたが、それらしき人影はなかった。
「君たちと一緒だったんじゃないのかい? 気付いたらいなくなってたしてっきり君の方へ行ったのかと思ってたんだが」
それはおかしいな。文字さんには体育館に残るようお願いしてあったし、彼女が約束を簡単に破るとは思えない。
「えーとそのことなんだけど、二十分くらい前に用事を思い出したから先に帰るって玲美からメッセージ届いてた。マナーモードにしてあったから気付いたのはついさっきなんだけどね」
「俺も念のためマナーモードにしてあったし気付かなかったのは仕方ないさ。このままバーベキューも誘おうと思ってたんだが、用があるなら仕方ないな」
「バーベキューか、いいねえ」
興味深々な様子で押切が言ってくるが、
「悪いがお前は誘わないぞ」
先回りして断る。押切だけなら問題ないが、周りにいる奴らまでついてきたら困るし。
「ちぇっケチだなあ。でも残念ながら僕もこの後用事があるからどちらにせよ参加できないことには変わらないんだけどね。また今度誘ってくれよ」
だったら最初から誘ってほしそうに言うなよ、まったく紛らわしい。
「気が向いたらな」
「じゃあ先に帰るから」と後輩を引き連れ正門の方へ歩いて行った。引き連れてというより周りが勝手に付いてきてるって感じだ。
ブブッとスマホが震える。
『後でちゃんと説明してくれるんだよね?』
押切からのメッセージだった。後輩がいる手前俺に気を遣って追及してこなかったのだろう。
『今度はそっちの都合に合わせる』
とだけ返しておいた。
「さて本当にこの学校の敷地から出てもいいのかしら?」
この場にいる俺や河島さんにではなく自分の左手にはめていたアナログの腕時計に向かって話しかける夏鈴さん。実は時計の透明な部分にはガラス渡りが入り込んでいる。
聞きたいことは全て確認できたので約束通りガラス渡りをあの教室で開放したのだが、何故かその場から動こうとしなかった。そして俺の方を何度もチラチラ見てきたので仕方なく「何か言いたいことでもあるのか?」と尋ねてみた。
するとガラス渡りはここから連れ出してほしいとお願いしてきたのだ。もしかしたら例のナカタマキコの家に連れて行って欲しいのかと思ったのだが、そうではなかった。
行先は俺たちが住む家で、そこでしばらく世話になりたいと申し出てきたのだ。
害がないとはいえ妖を家に連れ込むのは如何なものかと夏鈴さんに相談してみたところ、
「どうせワタシ達の誰かを利用して学校にいるマキコの様子を見に行くつもりなんでしょ。なんにせよ大した力もないし問題ないと思うわ」
と、ガラス渡りの思惑をあっさり見抜いた。当のガラス渡りもそれを否定せず「ありがとうズラ」と俺たちに感謝してきた。
どうやらガラス渡りは妖の中でも最弱の部類らしく、当人もそれを認めていた。最弱が故に他の妖や夏鈴さんのような特別な力を持った人間に簡単に存在を消されてしまう危険性があるようだ。それを避けるためにこの学校を住処にしていたらしいのだが、なんでもこの逗麻西中は托卵ガエル改め蛙子母のテリトリーで他の妖が滅多に近付いてこない安全地帯らしいのだ。
因みにガラス渡り曰く、アシボは妖に中でも相当格が高いようで、どこかの神様のような存在からから加護のようなものを受けているらしいのだが、その真偽は今のところ不確かみたいだ。
ナカタマキコと一か月以上全国各地を周っていた際、ガラス渡りは相当周囲に怯えながら過ごしていに違いない。そう考えるとあれだけ激怒していたことも頷ける。
「当然ズラ。夏鈴様が住まわれるお屋敷なら絶対安全ズラ」
夏鈴さんに断り入れて腕時計に触れている状態なのでガラス渡りの姿も見え声も聞こえている。
なんかいつの間にか夏鈴さんを様付けし始めてるし。まあ能力的なヒエラルキーで言えば彼女はダントツなので当然の結果ではある。あと屋敷じゃなくて普通の家だから。着いてからそのことで文句言ってくるようなら直ぐに追い出してやるからな。
「実際はどうなんです?」
「そうねえ、今のところトウラ以外の妖は見たことないかしら。お爺ちゃんも対策は講じているしそう簡単に入り込まれることはないはずよ。妖に関してはね」
やっぱトウラは妖の部類なのか? アシボはカエル擬きとか呼んでたし、まあアイツが何であろうと気にすることでもないんだけどね。当の本人はまだ疲れているのか鞄の中で眠っているようだ
ていうか最後のなに? 妖以外のセキュリティーは?
「対策を講じてるのだったらガラス渡りさんは家に入れないと思うのですが・・・」
「特に結界を張っているわけではないからそこら辺は大丈夫よ。侵入してきたことを知らせる機能と撃退トラップみたいなのがあるだけだから。最初から分かっていれば問題ないわ」
撃退トラップって・・・・・あまり物騒なものでなければいいのだけど。
「暫くは夏鈴さんに全部お任せするんで頼みますよ。それから河島さんは家に帰ったら真を連れてバーベキューの買い出しに行ってもらっていいかな? 俺はこのまま知り合いの家に行こうと思うんだ。リストはリビングのテーブルの上に置いてある。ああそうそうこれ家計用の財布だから今のうちに渡しておくね」
このまま剛志の家に直行するつもりだ。彼にはついさっきメッセージを送っており、もう少ししたら家に帰ってくることを確認してある。
「えーと何時頃帰ってくる予定かな?」
「小一時間くらいかな。卒アル借りて少し話するくらいだと思うし」
「律樹の心配なんてしなくてもいいわ。とにかく準備が整い次第ワタシたちだけでも勝手に始めてるからそのつもりいなさい」
整い次第って、まだ十二時前なんですけど・・・・・一体何時から始めるつもりだよ。
結果から言うと俺が帰ってきた時にはすでにバーベキュー、というより宴会が家の敷地内で始まっていた。予定より長く剛志と話し込んでいたので帰ってきたのは二時近くだったのだが、空缶の数から察するに開始から一時間、下手をすればそれ以上前から始まっていたように見えた。
宴会の中心から外れたところにポツンと一人で座っていた河島さんが俺が帰ってきたことに気付くとすぐに駆け寄ってきて、
「あのね高戸君、怒らないで聞いてほしいのだけど・・・」
と、本当に申し訳なさそうに言ってきたので「分かってるから大丈夫だ」と返した。
早く始めていたことに対して言ってきたのではないことを俺は十分理解していたのだ。どうせ夏鈴さんあたりが勝手に招いたのだろう。
「用があると言ってたのにどうしてここにいるのかなあ? 押切君」
「あははははー、夏鈴さんとバッタリ会ってその時誘われてね。それに今度は僕の都合に合わせるって言ってたでしょ? だからこうして来たんだけど、迷惑だったかい」
まあ押切は良いとしよう。急な頼みも聞いてくれたし落ち着いたらちゃんとお礼をと思っていたから。それに用があると言っていたのもその場の方便だったのだろう。
しかしこっちの人達はどう考えてもおかしいだろ。
「どうして先生たちが?」
先生、ではなく先生たちだ。
「おや、この間家庭訪問すると伝えていたはずだが、忘れてしまったのか?」
缶ビールではなくプラスチックのコップで茶色い液体を飲んでいる我が担任大竹先生。家庭訪問の話は適当に言ってただけだろ!
「お邪魔してごめんなさいね高遠君。先日のお礼がしたいと緑川先生に誘われてね」
保健室の番人こと小寺先生。先日のお礼とはおそらく真の件だろう。
「私も緑川先生に誘われた口よ。大したことなんかしていないけど、どうしてもって言われたら来るしかないわよねえ」
先生ではないがほんのり頬を赤く染めている事務の佐々木さん。
「うわー律坊が帰ってきたほー。ほらーお前も飲へ飲へー」
完全に出来上がってしまってしまい呂律が怪しい水堀さん。あの見目麗しい姿は何処に置いてきたんだ? ていうか律坊ってなんだよ、孫七さんのマネか?
大竹先生は知らんが他の女性三名は夏鈴さんが呼んだようだ。
いやいいんだよ、人数が多いのも別にそれはそれで楽しいし構わないんだけど、せめて事前に教えてくれても良かったんじゃないの? もしかして俺に対してのサプライズだったり?
「こんなところで律樹にお酒なんか勧めてはダメよ沙苗」
水堀さんの隣に座っていた夏鈴さんが珍しいことにまともなことを言っていた。
「えーでもー、夏鈴が私に飲へって言ふからー、律坊も早く彼女をほふって宿題に醬油ラーメンを・・・・・・」
あーこれダメな奴だ。支離滅裂で何言ってるか分かんねえ。ていうかこんなになるまで飲ませちゃダメだろ。それと彼女を屠ったら犯罪だから。
「いいこと沙苗、ここは日本よ。いくら律樹が成人しているとはいえこんな他人の目に触れるところで飲ませてはだめよ。飲ませたいなら家の中に入ってからよ」
家の中でも普通にアウトだし、この年で成人扱いしていたのはアンタの故郷だけだろ。
「ふぉーい うーん夏鈴のお胸良いニオイだぁ」
頼りない返事をしたと思ったらそのまま夏鈴さんにもたれ掛かり、そこにあった立派な二子山に頬をスリスリさせ悦に浸り始める水堀さん。
ダメだこりゃ・・・・
この光景を見て苦笑いするしかなかったのは俺だけではない。隣にいた河島さんも「水堀さん何かにとり憑かれてないよね?」と軽く引いていた。
「いつからこんな感じなの?」
「水堀さんが? それともこの状況が?」
「当然どっちも」
「あはは・・・そうだよね。えーとね、帰ってきたときはコンロとか鉄板が置いてあるだけだったんだけど、買い物から帰ってきた時にはもうこんな感じだったかな。水堀さんも既にあんな感じだった」
すげー落差だな、おい。
「最初から?」
まさか酔った状態でここへ来たとでもいうのか?
「うん。買い物も一時間かからなかったと思うんだけど、帰ってきたらビックリだったよ。しかも先生も来てるし」
「だからあの輪から外れたところに座ってたのか」
「なんか気恥ずかしいというか、ほらここって一応高遠君のお家でしょ。みんなの前で宣言したといっても昨日の今日だし・・・・」
これ以上言わなくても分かるでしょ? 的な視線を送ってくる。もちろん理解したし同情もした。だけど一言だけ言わせてくれ。
「まあなんだ、人間諦めが肝心だって言うし」
「ハァ、そうだねえ・・・・・・」
「心の整理をしているところ申し訳ないんだが、孫七さんの隣に座って尚且つあのトウラを平然と抱きかかえてる稀有な女子ってまさか・・・」
先生たちがいることにも驚かされたが、それ以上に気になって仕方ない人物が宴の輪に交じっていた。しかもここの住人並みに馴染んでいる。
「多分正解だよ」
「やっぱりか。じゃあ連れてきたのも?」
「それも想像通りだと思うよ」
「じゃあ、あの女子の相棒は今どこにいるんだ?」
「それは分からないけど、ここにいなければ家の中だと思うよ」
しかしいきなり連れてくるとは夏鈴さんらしいと言えばそれまでだが・・・・・考えても仕方ないな。
「帰ってきたばかりで喉乾いてない? お茶とコップならここにあるけど、ジュースの方がよかった?」
「お茶で頼む。買い物とか準備任せちまって悪いな。本当は河島さんの歓迎会の意味もあったんだけど、なんかスマン」
「ふふふ、別にそんなこと気にしなくていいから。結果的に私が押し掛けたようなものだし。はいコップ」
「サンキュ。ああ自分で注ぐからいいよ」
「やっと帰ってきたズラね」
「うわっ!」
「ど、どうしたの高遠君?」
お茶を手に取ろうとした瞬間右手に持っていたコップの縁にガラス渡りがいきなり現れたのだ。かろうじてコップを落とさなかったが、いきなり現れるのは本当に勘弁してくれよな。
「い、いやガラスの奴がいきなり現れやがってビックリしてしまっただけだ。どうやら俺が帰ってくるのを待っていたらしい」
「そうズラ。早くオラの話を聞いてほしいズラ」
突然のことで思考が鈍っていたこともあるが、必死に懇願してくる小さな生き物に対し頷く以外の選択肢はなかった。




