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64 魔女怖い

「お前がガラス渡りか・・・・」


 1.5リットルのペットボトルくらいの大きさしかない人型の妖が不安そうな表情で俺を見上げていた。首根っこを夏鈴さんに掴まれており物理的に逃げることはなさそうだ。


「もしかして高遠君には見えてるの?」


「えっ? 河島さんにはこれが見えてないの?」


 確かに河島さんは俺と同じように下敷きに触っている。だが俺にしか見えてないのは一体どういうことだろうか?


「おそらく素質の差かもしれないわ」


「素質?」


「簡単に言うと妖を見ることができる生まれ持った何かの力ってところかしら。その辺のことはワタシよりもお爺ちゃんたちの方が詳しいから後で聞いてみるといいわ」


「でもさっき河島さんはカエルの妖を見たばかりですよ?」


「ワタシに言われてもねえ。結論は出せないけど今の時点で考えられるのは素質にも個人差があるってことだけじゃないかしら。それと妖自身の力の強さも関係しているのかもしれないわね。でも今はそんな議論をしている場合ではないでしょ?」


 そうだった。この妖に色々と聞きたいことがあるんだった。


「えーとさっきは思わずガラス渡りって呼んでしまったけど、お前に名前はあるのか?」


「・・・・・小さいおじさん」


「ぷっ!」


 やべー、思わず吹き出してしまった。小さいおじさんだって? ガラス渡りの正体ってひと昔に流行った都市伝説だったの? ぱっと見は確か中年ポイかもだけど、どちらかというと小さいせいか可愛らしい印象なんだよなあ。ひげも生えてないし何処となく清潔感あるし。それに刀は持ってなさそうだが侍の様な和服を着ているのも俺的にはポイントが高い。推測するに相当昔から存在する妖なんだろうな。


 ふと隣を見るといきなり吹き出した俺を「大丈夫?」と河島さんが心配してくれた。笑ってしまった理由を説明すると「私も見たかったなあ」と残念そうにしていた。


「笑わないでほしいズラ。それにオラが考えた名前ではないズラよ。あの娘っ子が勝手にそう呼んでいただけで本当の名なんてオラには無いズラ」


「スマン気を付ける。それで名前はどっちで呼べばいい? やっぱ小さいおじさんか?」


「・・・・・・ガラス渡りでいいズラ。そっちの方がオラにはしっくりくるズラ」


 娘っ子の存在も気になるところだが、尋ねるのは本題が済んで時間があればでいいか。


「分かった。じゃあ単刀直入に聞くが、お前が人間を恨んでいる理由ってなんだ?」


「そんなのアイツのせいに決まっているズラー。あの女のせいでオラは酷い目に遭ったズラー!」


 足をバタつかせ手を大きく振り回しズラズラ言いながら暴れるガラス渡り。すると突然ピタッとその動きが止まり、一体どうしたのかと疑問に思っていたら、「イテテテ、もう暴れないから強くしないでくれズラー!」と今度は泣き叫びはじめる。どうやら夏鈴さんは掴んでいる手に力を加えたようだ。


 だが思い出しただけでこれだけ興奮しているってことは相当だな。それと重要な情報が出てきたぞ。今確かに『あの女』とコイツは言った。


「あの女ってどの女だ? 名前や特徴は言えるか?」


「当たり前だズラ。あれから一度たりとも忘れたことないズラ。アイツの名前はマキコ、とにかく性格が最悪の女だったズラ」


 マキコねえ。この件では初めて出た名前だな。

  

「そのマキコって女が今どこで何をしているのか知ってるのか?」


「そんなことオラが知るわけねー。ああでもアイツの家なら何処にあるか知っているズラよ」


「マジか? 住所を知ってるのか?」


「住所? そんなものオラには分かんねえズラ。でも家は鹿守神社の鳥居の目の前にあるズラ」


 鹿守神社か。この辺では一番大きい神社でこっちに住んでいた時は毎年初詣に行ってたっけな。


「鹿守神社の鳥居の前に住むマキコって女がこの教室のガラスを割ってお前を外に吹き飛ばしたんだな」


 ここまで分かればその人物を特定するのは難しくない。押切や文字さんに聞けばすぐに分かるだろうが、なんとなくあの二人は何か隠している節があるし、やはりここは剛志に確認するのがベストだな。


 ようやく解決の糸口が見えてきた。そう思っていたのだが・・・・・・


「何言ってるズラ? マキコはそんなことしていないズラよ」


 ガラス渡りはその望みをあっけなく打ち壊した。


「はあ? お前マキコって女に外へ飛ばされたから怒ってたんじゃないの?」


「違うズラ。マキコはここからオラを吹き飛ばしたんじゃなくて、オラをここの外から更に外へとさらっていったズラ」


「どういうことだ?」


「ここから向こうの広いところまで飛ばされてすぐには戻ることができなかったズラ。だから近くにあったマキコの鞄に付けてあった飾りに飛びついたズラ。そしたらあのバカ女、あろうことかそのまま真っすぐ家に帰ってしまったズラー。そのおかげで一か月以上ここへ戻れなかったズラー!」


「要約するとそのマキコの鞄に付けられていた透明な部分がある何かに飛び移ったはいいが、校舎へは寄らずそのまま帰宅したってことだな。だがそのまま張り付いてたら次の日か週末だったら月曜日になれば学校へ戻れたんじゃないのか?」

 

 一か月以上ということは時期的に夏休み中ってことになるな。でも事件が起きたのは夏休みより少し前のはずだ。だとしたら事件の翌日からマキコは学校へ行っていなかったか、もしくは別の理由があったはず。


「それが出来たらこんなに怒ってないズラー。あのバカ女次の日いきなり旅に出てオラも連れてかれる羽目になったズラ! 日本全国ズラよ? オラ一人で帰れるわけないズラ! てっきり学校へ行くのと思ってアイツが身に着けていた物に移ったというのにとんだ大誤算だったズラ」


 中学生が学校をサボって日本全国を旅したって? いや待てよ、そもそもそいつは中学生なのか? ガラス渡りは女としか言ってなかったよな。


「そのマキコって女はもしかして大人の女性だったりしないか?」


「マキコが大人? ぶわっはっはっはー、あの小娘が大人のわけないズラよ。オラだって人間の区別くらいつくズラ。マキコはこの学校の制服を着ていたし間違いなく子供ズラ」


 なら相当変わった奴には間違いなさそうだな。だが気になることがもう一つ、


「ところでマキコはお前のこと見えてたのか?」


 なんかコイツの話し振りから、しょっちゅう喧嘩をするものの毎日一緒にいる二人、というイメージが湧いてくる。なんだかんだ言って仲が良いみたいなやつだ。


「マキコが見えてたならオラはあんなに苦労はしなかったズラ。ああでも一度だけオラに向かって話しかけてきた時があったけど、きっとあれはただの偶然ズラね」


 言いながらどこか懐かしむような表情でガラス渡りは窓の外を見つめる。一か月も一緒に過ごしていたなら一度くらいであれば偶然と捉えるのは自然なことだろう。俺の想像も強ち間違っていな気もするがそれを問い質しても無意味だろう。

 

「そのマキコのことと怒っている理由は大体分かった。だが俺の本命はお前をこの教室から吹き飛ばした奴だ。一体誰だったのか教えてくれ」


 ついマキコなる人物のことが気になって脱線してしまったが、これで本当に解決に向けて前進できそうだ。

 

「・・・・・知らないズラ」


「今なんか妙な間があったよな?」


「見てないズラ・・・・」


 足をガタガタと震わせ動揺しているのが丸わかりだ。どれだけ恐ろしい奴なんだ?


「どうしましょうかね夏鈴さん?」


「これは相当怯えてるわね。ちょっとやそっと脅しただけで白状するとは思えないしどうしたものかしら?」


「こちらの都合で捕まえた手前これ以上手荒なことは・・・」


 ちょっとやそっとではない手段を考えているなら止めてあげてくれ。捕まえるのに手こずらせてくれたもののガラス渡りに罪はない。


「ガラス渡りさんに何かあったの?」


「夏鈴さんが言ってる通り怯えちゃって答えてくれないんだ。かなりヤバい奴なのかもしれんな」


「もしかしたら相手は人間じゃないかもってこと? そう言えばこの教室に入る時『あの化け物がー』とか言ってみたいだし」


 そういえばそんなことを夏鈴さん言ってたっけな。


「もしそうだとしたらホント厄介だな」


「橋本君の無罪を証明できない、だよね?」


「まあな」


 そうなると冤罪を晴らすのはほぼ不可能になってくるよな・・・・・・

 

 いやまだ決まったわけではない。それに妖や他の何かしらの力が関わってるとしても人間の真犯人がいないと判断するにはまだ早い。真の父親のように何かにとり憑かれ、その影響で犯行に至った可能性も考えられる。ガラス渡りはとり憑かれた人間を恐れていたのではなく、とり憑いていた何かに怯えているだけかもしれないのだ。


「ねえガラス渡りさんが言ってたこと私にも聞かせてくれる?」


「そうだよな。なんか仲間外れみたいにして悪かった」


「ううん気にしないで」


 河島さんにこれまでの会話の内容を伝える。そして暫しの思案の後「私に任せてもらってもいいかな?」と彼女が言うので任せることにした。視線を合わせるためか河島さんは机に手を置いたまま腰を屈ませ「この辺かな?」と顔をガラス渡りに近付ける。必死な形相でガラス渡りが後ずさりするが、首を掴まれているため下半身しか動かすことが出来ずすぐに諦めていた。


「えーと私の声聞こえてるかな?」


「き、聞こえているズラ」


 学習したのかすぐに問いかけに答えるガラス渡り。しかしその声は河島さんには届かないので必然的に俺を介しての会話になる。


「聞こえてるってよ。でも顔近すぎて怖がってるぞ。自分の五倍以上ある巨人に顔を近づけられたら怖いだろ?」


「その例えは酷いと思うけどなあ・・・・・えーとこれくらいの距離でいいかな?」


 そう言いながら前屈みだった状態から上半身をピンと伸ばし相手から距離をとり、


「私の名前は河島すみれよ。よろしくねガラス渡りさん」


 柔らかい表情で自己紹介を始める河島さん。そのおかげかガラス渡りもいくらか落ち着きを取り戻していた。そう言えば俺は自己紹介とか全然しないで本題に入ってしまっていたな。こういう何気ないところをちゃんと見習わないといけない。


 暫くは余計な口を挟まないことを心掛け二人の会話をサポートする。


「分かったズラ」


「うん。それで少し聞きたいのだけど、マキコさんは卒業しちゃってもうこの学校に通ってないんだよね?」


「そうズラ。それがどうかしたズラ?」


「もし会えるって言ったらまた会いたいと思う?」


「あんな女と関わるのはもうこりごりズラ」


「彼女に危険が迫ってるとしても?」


 ん、どういうことだ? 河島さんはマキコという人物に心当たりでもあるのか?


「オラにそんなハッタリは通じないズラ。適当なこと言うなズラ」


「ハッタリではないんだけどなあ。でもそっかー、ガラス渡りさんにはもう関係ない人だし大嫌いなんだものね、ナカタマキコさんのこと」


「当たり前ズラー! もう二度とアイツの顔なんて見たくない・・・・・・今何て言ったズラ?」


「ナカタマキコさんのこと関係ないし大嫌いなんでしょって言ったんだよ」


「お前はマキコの知り合いズラか? でもお前の顔なんて見たことないしこの学校の生徒ではないはずズラ。でもその服を着ているしそれに体も小さい・・・・さてはお前今年入った一年だな」


 ・・・・・・・さてどう伝えたものか。コイツが言っている一年とは高一ではなく間違いなく中一のことだ。俺が知る限り河島さんはうちの学校で一番身長が低く、それが返って他の人より目立っているといっても過言ではない。本人の口からそのことを気にしているようなセリフは聞いたことないが・・・・・


 かなり悩んだが結局そのまま伝えることにした。

 

「ちいさ・・・・・・ふふふ、ガラス渡りさん見えないし触れられないし、ホント残念だなあ」


 柔和な表情は何とか保っているようだが目のあたりが完全に引きつっている。あと部屋の温度も三度くらい下がった気がする。どうやら今まで口に出さなかっただけで結構気にしてたんだなあ。


「す、すみれとか言ったズラな。オラが悪かったから怖い顔はやめてくれズラ」


「ふふ、私は全然怒ってないよ」


 嘘つけ。だったらプルプルさせている右手の握りこぶしは何だ?


 仕方ない、河島さんの生成されたアドレナリンを少しでも減らすため一旦話題をそらすか。


「何で河島さんがそのナカタマキコのことを知ってるんだ?」


 俺が質問すると「何よ?」って感じの鋭い視を一瞬だけ向けらる。うん、とんだとばっちりだね。


「高遠君も顔くらい見たことあると思うよ。それに夏鈴さんにも心あたりがあるようだし」


「そうね、フルネームを聞いてすぐ思い出したわ。昨日授業を受け持ったばかりだしね」


「ということはうちの高校の生徒か」


「うん。しかも私たちと同じ一年生でクラスは一組だよ。ほら体育の授業同じだし」


「でも下の名前だけでよく当てられたな」


「少しだけだけど話したことあるの。その時青春十八キップとかいうのを使って日本の色んなところを周ってるって言ってたからそれで」


 青春十八キップって確か数千円で一日電車に乗り放題とかいうやつだよな。よく知らんけど。


「マキコと旅行好きでピンと来たわけか」


「うん。それに体育の授業の時文字さんに対して最初から気軽に話し掛けてたし多分同じ中学なのかなあって思ってたから」


 あの話し掛けるなオーラを惜しみなく出している文字さんに対していきなり気軽に話し掛ける奴はそうそういないだろう。


「あの神社の近くなら俺と同じ小学校のはずだけど、記憶にないから多分入れ違いで引っ越してきた感じか」


 そろそろ話を戻して大丈夫そうだな。


「それで危険が迫っているというのは?」


 「そのことなんだけど」と言いながら河島さんはガラス渡りの方をチラッと見た後こちらに視線を戻し、


「ガラス渡りさんには興味ないようだから後で教えるね」


 と、あたかもこの話はもう終わりだからという雰囲気を作っているが、実際は横目でガラス渡りの方を見たあと「どう?」と口パクで確認してきたあたり、これこそ河島さんのハッタリなのだろうと理解した。ガラス渡りの様子を確認し『大丈夫効いてるっぽい』と目で返すと河島さんは追い打ちをかける。


「ふん、マキコのことズラ、また自分からトラブルに首を突っ込んで今頃あたふたしているに決まっているズラ。まったく何処に行ってもアイツはダメなやつズラ・・・・・・すみれとやら、仕方ないので話くらいは聞いてやるズラ」


「聞きたいの?」


「違うズラ! アイツが困っている姿を想像して楽しみたいだけズラ。決して心配なんかしてないズラ」


 まったく素直じゃない妖だな。なんだかんだ言ってマキコを心配してるの丸わかりだぞ。それに河島もよくそのことに気づいたな、感心するぜ。


「そう? でもタダでは聞かせられないかなあ」


「・・・分かったズラよ。魔女のこと話してあげるズラ」


「魔女?」


「オラが勝手にそう呼んでるだけで本当は人間ズラ。だけどアレ普通の人間じゃないズラ。あんな力普通の人間が持っているのはおかしいズラ」


 人間だけど普通の人間じゃない。それって夏鈴さんや祖父ちゃん達と同じ能力者的な奴ってことか?


「魔女ってことは女性なんだよね。だとすると顔や名前も?」


「名前なんかいちいち全部覚えていられないスラ。でも顔は分かるズラよ。髪が長くて目がこーんなに吊り上がった化け物みたいに恐ろしい女だったズラ。今思い出しただけでも・・・・・・・・」


 またガクガクブルブルと震えだすガラス渡り。二年近く経過した現在でもその恐怖は収まることを知らないようだ。


 それにしても髪が長くて吊り目の女なんていくらでもいそうな気もするんだが・・・・まあ卒業写真か何かで一応候補は絞り込めそうだな。


「確認だがそいつがこの教室のガラスを割ったんで間違いないのか?」


「そうズラ。オラを吹き飛ばしたのは間違いなくあの魔女ズラ」


 ガラス渡りが嘘を言うメリットはないはず。だとしたらこの時点で一也の無罪は確定したも同然だが・・・・・・


「でもそうなると高遠君・・・」


 今日一段と勘が冴えている河島さんもどうやらそのことに気付いたようだ。


「ああ。橋本君の冤罪を晴らすハードルが確実に上がってしまったな」


 無罪だと分かっていてもそれを証明しないことには意味がない。ましてや真犯人が特定できたとしても「あなたが不思議な力で教室をめちゃくちゃにしてガラスを割った犯人だな」とか問い詰めても、動揺は見せるかもしれないが素直に認めるとは考えにくい。


 さて、何か良い手立てはないだろうか?




 

 



 





 


 

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