62 捕獲作戦
昇降口へ向かうと下駄箱のその先で既に夏鈴さんは俺達のことを待っていた。ジャージは着たままだったが遠目で見ても目立つ容姿のおかげで直ぐに彼女だと分かった。バスケ部の練習に参加した時に確認したのだが、彼女の着ているジャージには『望月』と刺繍されており、どうやらその望月なる人物はうちの高校の二年生の女子らしい。
「すいません、結構待ちました?」
「ここの生徒たちに色々質問されてしまってすぐには抜け出せなかったから大して待ってないわ。それより二人は裏の方へ行ってたみたいだけど何かあったのかしら?」
池であったことを簡単に説明すると夏鈴さんは、
「同類種の体の一部に触れると妖が見えるのは興味深い話ね」
アシボと会ったことよりトウラの巾着袋のおかげで妖を見ることが出来たことの方に関心を寄せていた。
「ところでトウラが今どこにいるか分かります?」
「どうやら何者かを追い掛け回しているみたいね。ずっと同じ気配を追い掛けているわ」
やっぱ夏鈴さんはスゲーな。昨日も気配だけで誰が帰ってきたのか分かっていたみたいだし、彼女がいればとりあえず接触は出来そうだ。
「おそらく合わせ鉈かガラス渡りのどちらかだと思う。出来ればガラス渡りの方だと助かるんだが」
「合わせ鉈? ガラス渡り?」
「高遠君が名付けたこの学校にいる妖のことですよ夏鈴さん」
「なるほどそういうことね。だとしたら今トウラが追っているのは移動ルートからしてガラス渡りの可能性が高いわ」
「じゃあ夏鈴さんが先回りして挟み撃ちで捕獲って感じですか?」
「それが一番確実ね。と言っても向こうの能力がどの程度のものか分からないから油断はできないわ」
「人を害する力はないと聞いてるけど、何か気になることでも?」
「どれくらいの距離ならガラスとガラスの間を渡り歩けるかってことよ。一メートルくらいなら問題ないけど、五メートルや十メートルとなればこちらも策を講じる必要が出てくるわ」
夏鈴さんの懸念は理解した。学校の至る所に窓ガラスは設置されているし、渡れる距離が長ければそれだけ向こうが有利になる。人海戦術を駆使すれば割と簡単に追い詰めることが出来るかもしれないが、残念ながら戦力になるのはトウラと夏鈴さんだけで、見えない俺と河島さんは飾り物でしかない。
「追いかけながら向こうの限界値を見極めていくしかなさそうですね」
「それはトウラが把握しているはず。一度挟み撃ちだけで捕まえられるか試してみるから二人はあまり人が来ない場所で待機してなさい」
そう言い残して夏鈴さんは颯爽と走り去っていった。
「人が来ない場所と言っても初めて来きた場所だし思いつかないんだよなあ」
校舎内の大まかな地図は頭に入れてあるが、部活動などでどう使われているかまでは把握していない。この二人だけなら多少の人目についても怪しまれないと思うが、下手な場所に行って怪しまれることだけは避けたい。
「だったら私に良い案があるのだけど、聞く?」
「聞く」
ふふん、と自信ありげに提案された場所は果たして・・・・・・・
「まあ確かにここなら土曜の学校なら誰も来ないと思うけどさ、自信たっぷりだった割りには平凡な場所チョイスしたよな」
今いるのは三階を更に上った屋上入り口だ。当然鍵がかかっているのでそこから外に出ることは出来ないが、予想通り人は居なかった。
「えーそこまで言う? じゃあここ以上に良い場所ある?」
「・・・・まあ無いな」
強いて言えばトイレなんだが、そうなると別々で待機しなくてはならないので最終手段だと思っていた。
「でしょう。ところで夏鈴さん達上手く行くかなあ」
「五分五分ってとこじゃないか。夏鈴さんの超人的な能力と魔法があれば簡単そうな気もするけど、俺の勝手な思い込みってこともあるしなあ」
「夏鈴さんが本気を出したらどれくらいなんだろうね。この間土井君が全力で押しても全然動かなかったし力だけでも相当あるってことは分かるよ。でもあんな細いのに一体どこにそんな力があるのか不思議だよ」
「さあな。もしかしたら強化魔法みたいの使っているのかもしれんし、そもそも異世界人とこっちの世界の人間とは基礎能力が違う可能性もあるしな。うっかり人を殺してしまわないか正直ヒヤヒヤしてるよ」
「流石にそれはないと思うけど、高遠君の顔見てるととても冗談言っているように聞こえないから怖い」
「冗談で言ってないからな」
「二人ともそこの上にいるんでしょ。一旦降りてきてくれる」
どうやらガラス渡りと一戦交えてきたようだが、果たして結果はいかに?
「想像以上にすばしっこくて渡れる距離も結構長かったわ。五、六メートルってところかしら。それにいくら気配を消しても少しでも姿を見られたら警戒している相手にはあまり通用しないし厄介なのよ」
どうやら挟み撃ちは失敗してしまったようだ。だがその表情に焦りはなく至って冷静だ。対照的にトウラは「ゲハーゲハー」と呼吸が乱れており、夏鈴さんの肩の上でお腹を付けダラーンとしている。
「そんなに移動できるなら上下も自由自在じゃないですか」
「ゲハー・・・ただ追い掛けるだけでは捕まえられないのだ―」
「手段を選ばないのであればすぐにでも捕まえられるけど、どうする?」
「・・・・因みに被害はどれくらいで?」
「そうねえ、ガラスが三、四枚割れるくらいかしら。ああそれと床や壁も穴が開くかもしれないわ」
「却下で」
そんなことしたら確実に大事になる。下手したら警察案件だ。
「なら二人も協力しなさい」
「それは構わないのですが私も高遠君も見えないのにどうやって追い掛けるんですか?」
「別に見えて無くても追うことは可能よ。ワタシが指示すればいいだけだしね。だけど事前にある程度ガラス渡りの通り道を制限する必要があるわ」
「それと走り回っている姿を出来るだけここにいる生徒や先生に見られないようにすることも忘れないでくださいね」
トウラはカエルなので元から問題はない。夏鈴さんは異常なくらい気配を消すことが出来るし仮に誰かに見られそうになったとしても自分で何とかしてしまうはずだ。しかし俺と河島さんは基本普通の人間でそこら辺にいる人と変わらないのだ。
「今この建物にいるのは一階に十五人、二階に一人、三階は・・・・私たち以外は誰も居ないわ」
「ガラス渡りは?」
「今は一階にいる。外に出ることはないと思うけど反対側の校舎に逃げられたら厄介だわ。向こうはどの階も二十人以上いるから何としてもこちら側の校舎で捕まえる必要があるわね」
校舎間は一階と二階で行き来できる造りになっている。一階は両側に仕切りがあるだけの剥き出し通路なのでガラスの様なものはないが、二階の渡り廊下は壁や天井に覆われていて当然ガラスも設置されている。
「なら二階だけ注意すればいいってことか」
「でも透明な物を行き来できるなら一階の通路でも誰かの腕時計やスマホか何かに飛び移って移動できませんか?」
「すみれはなかなか賢いわね。だけどその点については手を打ってあるから平気よ。少し細工して一階の渡り通路の扉を開かないようにしておいたから」
「壊したとかじゃないですよね?」
「そんなことする必要はないわ。この世界のコンクリートを参考にして魔法でちょちょっと細工しただけよ。三十分も経てば熔けるようにしてあるから安心していいわよ」
ちょちょっとねえ・・・・この人にとっての魔法ってカップラーメンを作るのと同じ感覚なんだろうなあ・・・・・
「今のパターンで二階を渡ろうとした場合は?」
「そこはトウラに見張兼待ち伏せで待機させるわ。あなたならそこで捕獲できるでしょ?」
「ゲハー・・・任せるのだ―・・ゲハー・・・・余裕なのだ―・・・・ゲハー」
右前足(右手)を突き上げ体をピンと伸ばしたと思ったらすぐにヘナヘナと項垂れてしまうトウラ。どうやら追いかけまわしてかなり体力を消費したみたいだ。おそらくそれを踏まえての配置なのかもしれないな。
「なら最後の質問だけど、外に逃げられる可能性は考えなくていいんですか?」
「そっちの方が寧ろ面倒でなくてワタシとしても助かるのだけどね。外に出れば移れるものが少なくなるしその人間を軽く気絶させるか眠らせればそこでミッションクリアよ」
うん、それだけは絶対に阻止しなきゃね。
「だけどワタシの考えが正しければそれはないはず」
「どうして?」
「逃げるならトウラが追っていた時点でそうしていたはず。それに私が加わってもまだこの建物に残っているということは外に出たくない、もしくは出られない事情があると思うの」
地縛霊みたいにその場から離れられないとかそんな感じなのかな? でもアシボが棲む池には来たみたいだし少なくてもこの学校の敷地内は動き回れるはず。
「敷地の外となれば不明ですけど一応校舎からは出ようと思えば出られるみたいですよ」
「可能性として考慮はしておくわ。それで作戦なんだけど・・・・・・・」
『律樹、東側の階段から二階に上がって。すみれは西側の階段の一階で待機よ』
『了解』
『分かりました』
夏鈴さんの指示に従い俺と河島さんは行動している。RHINEのグループチャットの通話機能を無線代わりにしてガラス渡りを追い込んでいく。
『すみれすぐに二階に上がって。律樹は踊り場まで降りて待機』
さっきから似たようなやり取りが繰り返されているが、その間隔は短くなってきているので相手も必死なのが伝わってくる。
『すみれ、相手は窓側ではなく教室側のドアのガラスを渡っているわ。高さはあなたより少し高いくらい、いや待って、ガラスの下ギリギリまで下がったわ。視線もその高さで今は四組側の三組・・・・今四組に渡った』
夏鈴さんが立てた作戦は簡単に言ってしまえば人海戦術だ。俺と河島さんは見ることも触れることも出来ないので本来なら人数として計算できず戦術として成り立たないのだが、ハッタリをかますことでそれを可能にしてしまった。
見ることが出来ないのなら見える振りをすればいい。
それが今回の作戦のキモだ。
ガラス渡りの詳細な位置情報を夏鈴さんが俺達に伝え、その情報を元に俺達は追い詰めていく。一番重要なのはとにかく見えてますよアピールをすることだ。すると勘違いしたガラス渡りは捕まらんとして結果的に追い詰められていくという寸法だ。
夏鈴さんは現在二階にある教室の中で気配を消して待機中。追いかけまわしているのは実質的に俺と河島さんだ。なんでも精神を集中させることで誤差数センチ単位で相手の居場所を特定できるらしい。逆に言えば流石の夏鈴さんでも追いかけながらの高精度な気配探知は難しいようだ。
『相手の動きが止まった、すみれもそこでストップよ。律樹、ゆっくりでいいから二階へ上がってきて』
『すみれは律樹が見えたら少しずつ下がって。律樹はすみれの速度に合わせながら距離を詰めること。ワタシがいる五組のドアに相手が渡ったらそこで指示を出すわ。律樹はすみれが止まっても四組の真ん中まで前進。今までの感じだとそれくらいの距離ならガラス渡りも動かないはず。あ、いまドアガラスの上方まで移動いたから視線はその方向で』
おそらく夏鈴さんは的確に指示を出しているのだろが、ハッキリいて俺達は今何をしているのだろう? と思ったりもしている。
芝居? コント? とにかくそこにガラス渡りが居るという前提で行動しているわけだが、さっきから一階から三階を走って往復させられたと思ったら、今度は廊下を抜き足差し足忍び足とゆっくり歩いてみたりと非常に目まぐるし過ぎる。
『五組のドアに渡ったわ。すみれは視線をそのままで待機。律樹は指示した場所まで前進したらトウラに合図を送って』
ゆっくりゆっくりと。ガラス渡りに対して必要以上の刺激を与えないよう心掛けて細心の注意を払って・・・・・よしトウラいいぞ!
予め取り決めていた合図を渡り廊下に向かって出す。
「ゲコッゲッコー!」
渡り廊下の柱の陰に隠れていたトウラがミサイルの如くガラス渡りがいるであろうドア目がけて一直線に飛んでいく。そしてその直後『ダン!』という鈍い音が廊下に響き渡った。




