61 きっと罪はないのだろう
「はあほへをうへほふほはへ」
「い、今何て・・・」
どうやら人間と同じで舌を出した状態だと上手く喋れないらしい。
「さあこれを受け取るのさね、って言ってるんじゃね」
「すごい! よく分ったね」
「いやそんなことはいいから早く受け取ってやれよ。なんか辛そうにしてるし」
「でもヌメっとしてそうでなんか嫌かも・・・・・」
気持ちは理解できるけど流れて的に河島さんが自分で受け取る場面だろ。
「仕方ない。代わりに一旦俺が受け取るがカエルの姉さんはそれで構わないか?」
「はんへほいいははははふうへほふほはへ」
「ねえねえ今度は何て言ってるの?」
俺はカエルの通訳でも何でもないんだけど・・・・・ていうか何で少し楽しそうにしているわけ?
「えーと多分だけど、何でもいいから早く受け取るさね、って感じかな」
「ははふー!」
「あっこれは私にも分かるよ。『早くー』だね」
・・・・河島さんってちょっと変わった子だったんだね。それとカエルの姉さんは可哀そうだし。
「はいはい今受け取りますよ」
巾着を持っていない左手で白い物体を掴む。するとシュルっと長い舌が口の中へと戻っていった。
「ケヘー・・・・まったくお主らときたらアッチを殺す気かい!」
「すまんな。ていうか俺もちょっと驚いたし。それでこの白い物体は何だ?」
「それはアッチの歯さね」
「歯?」
カエルに歯なんてものがあったっけ? まあ妖だしそんなこと気にしても仕方ないか。
「アッチの歯は数十年に一度生え変わるのさね。直接触れなくても身につけているだけでアッチの姿を見ることが出来るさね。いつでも気軽にここへ来るがいいさね」
「だそうだ。良かったな河島さん。鞄とに入れて持ち運べばそんなに邪魔にならないだろうしな。あと全然汚くないし匂いもしないから、ほら」
「う、うん。後で貰うから今は高遠君の鞄にしまっておいて」
意地でもここでは受け取ってくれないらしい。カエルがそれをどう思っているのか気になって表情を窺ってみたが、トウラ同様喜怒哀楽が分かりづらく判断できなかった。
「でも良かったな、これでまた友達が増えたじゃん」
「それは高遠君も同じでしょ」
「だな」
「お主らはアッチのことを友と認めてくれるのさね?」
「まあ初めて出会った妖だし害もなく友好的だからこちらからお願いしたいくらいだ」
妖関係で何かあった時相談できそうだしな。まあ場所的に訪れるタイミングは限られそうだが。
「まだちょっと怖いけど私も同じだよ」
「ケッケッケー、ならその友情の証にあやつらみたいにフィットした名前をアッチにも付けてくれると嬉しいさね」
「托卵ガエルじゃダメなのか?」
「最初にも言ったがアッチは他者から託された卵を孵化させその後の成長を見守る存在であってアッチの卵を他者に託す存在ではないさね。もちろん卵だけではなく哺乳類のような体の中で生命を育てるのを補助するのもアッチの仕事さね」
托卵ガエルの方が分かりやすい気もするが、彼女のアイデンティティを考えるとそれはこちらの無責任な都合を無理やり押し付けているだけか。
「なら少し考えてはみるがあんま期待しないでくれよ」
「大丈夫、お主ならきっとアッチの気に入る名前を付けてくれるに決まってるさね」
勝手にハードルを上げないでくれさね。
「河島さんも一緒に考えてくれよ。なんたって俺達は同志だろ?」
「もちろんだよ。というかもう思いついたんだけど先に発表してもいいかなあ?」
今日の河島さんは色んな意味で一味も二味も違うな。
「どうぞどうぞ」
「ケケ、ワクワクさね」
「えーと卵を孵化させるカエルだから『孵化エル』なんてどうかな?」
「ケッケ?」
「他の二体も安直路線だから別に構わないと思うんだけどさ、それだと人によっては腐ったカエル、つまり『腐カエル』に聞こえるからダメじゃね?」
「そっかー、うんそうだよね。もうちょっと考えてみるから次は高遠君の番だよ」
なになに、いつからターン制になったのかな?
「そうだなあ、一応思いついたものはあるけど気に入ってくれるかは微妙だな」
「もったいぶらないで早く言うさね」
「鬼子母神カエルってのはどうだ?」
「どこかで聞いたことがある気がするけど、日本の神様の一人だっけ?」
「厳密に言えば神様ではなかった気がするけど、まあそんな感じの認識でいいと思う」
「アッチは知ってるさね。よその子供を食べていた鬼の母親が神様に自分の子供を隠されその時初めて子供を失う気持ちを知ったって話さね」
「そうそう。その後改心して子供を守る鬼子母神になったって話だ。どうだ、鬼子母神になった経緯はアレだけど基本は子供に尽くす存在だ。カエルの姉さんの場合生まれる前から子を守ってるけど、広い範囲で見ればそんなにズレてないと思うんだが」
「アッチは卵を産むことが出来ない個体が集まって誕生した妖さね。だから実の我が子の愛おしさや大切さは知らないで今まで存在し続けてきたさね」
「そうだったのか・・・・なんか辛いこと思い出させちまって悪かったな」
「違うさね。アッチが言いたかったのは実の子供を授かったことのないアッチがその名前を語っていいのかと考えてしまっただけさね」
「ならいっそのこと『鬼』の字を蛙に変えて蛙子母神なんていうのはどうだ? 鬼を取れば経緯は無くなったも同然だし、蛙と言う字は『あ』とも読むから『かえるしぼしん』と呼ぶよりしっくりくるだろ」
「蛙子母神・・・・・・アッチは神と呼ばれるようなそんな大そうな存在ではないさね」
「だったら『神』もとって蛙子母ならどうだ? もうこれ以上削れるとこはないぞ」
なんかどこぞのロボットみたいな名前になってしまったが他意はないので問題はないだろう。
「蛙子母・・・・良き名前さね。気に入った、アッチは今日から蛙子母と名乗ろうさね」
俺なんかが命名して良かったのかなとも思わなくもないが、本人が気に入っているのならそれで良しとするか。
「じゃあアシボ今日からよろしくな。色々と教えてくれたお礼に今度何か持ってこようと考えてるんだが、何か欲しいものあるか? 言っておくけど普通の人間が用意できるものであまり高価じゃないやつな。
「そうさねえ・・・・だったらこの池の周りに木を植えて欲しいさね」
相場は知らんけどまあまあ値が張りそうな物を所望してきたな。
「木を? それは苗木とかでもいいのか?」
「いいや低くて出来るだけ大きい木が欲しいさね。大きいと言ってもこの池の三分の一くらいが影になるくらいで十分さね」
この池の広さは見た感じ二十畳ってってところだろうか。その三分の一だとしたらおよそ七畳になるのだが、それって結構大きくね?
「一応出来るだけのことはしてみるがあまり期待しないでくれると助かる。想像でしかないけどそれだけの木を植えるとなると一介の高校生では払えない額になると思うんだよ」
「分かってるさね。でもこればっかりはアッチの力ではどうにもならないのさね。だから何か方法があるかだけでも考えてくれればそれでいいさね」
「何で木が必要なんだ? ていうかそこに植えられているだけじゃ足りないのか?
池から少し離れたフェンス際にオンコの木がびっしりと植えられている。今は日が高い位置にあるので池に殆ど日陰はないように見えるが、岩陰もあるので全くないわけでもない。それにもっと早い時間や夕方なら校舎やオンコの木が日陰を作ってくれるはずだ。
「この池に金魚やコイが棲んでいるのは見たかい?」
今は目の前にアシボが鎮座しているので直ぐ近くは見えないが、確かにいたのは覚えてる。しかしコイは居たけど金魚は居たっけなあ?
「金魚はともかくコイはいたな」
「言っておくけどここにいるのは殆どが金魚さね。コイは二匹しかいないさね」
「でもさっき見た時殆どコイしかいなかったような・・・・」
「それは成長した金魚さね。息の長いものだともうかれこれ三十年は生きているからコイと見間違えても仕方ないさね。昔ここの生徒が金魚を放したことがきっかけでほぼ毎年誰かがここに捨てに来るさね。まったく自分では飼えないクセにどうして後先考えず買ってしまうさね」
おそらく近所の祭りの金魚すくいでゲットしたはいいが、親に反対され途方に暮れてしまった結果ここに辿り着いたのだろう。
「それでその金魚たちと木に何の関係が?」
「ここ最近ここにいる金魚やコイを狙う困った猫がいるさね。今は託された卵もあってアッチがここにいるから手を出してこないけどアッチが居なくなった瞬間あのずる賢い猫は必ず襲うさね。だけど隠れられる木があれば襲ってこれないさね」
「アシボがここを離れると言うのは近い将来の話なのか?」
「近い将来と言うより定期的にここを離れなくてはならぬ事情があるのさね。次離れるのは今預かっている子達が孵化して独り立ちできるまでだから・・・あと二か月、長くて三か月ってところさね。所用自体は数日もあれば済むけどその間が心配で心配で・・・・」
おおよそ夏休みまでって感じか。時間的な猶予はありそうだしここに木を植える根回しは最悪じいちゃんズを頼るとしても、お金まで頼るわけにはいかない。今思いつく最善の方法はこの学校の関係者に事情を訴え対策をしてもらうことだ。しかし現状被害がないのに聞き入れてくれる可能性は低いだろうし、だからと言ってカエルの妖から依頼されたとか言えるわけないしな。頭のオカシイおたくの生徒が変なこと言ってきてますってうちの学校に通報されそうだし。
「まあなんだ、確約は出来ないがやれることはやってみるさ。そろそろ夏鈴さんも抜け出した頃合いだろうし行こうぜ河島さん」
「・・・・・・・・・」
至近距離にいるので俺の声が聞こえないはずはない。しかし河島さんは何か考え事をしているようで反応してくる気配が全くない。
「どうしたんだ、何か気になることでもあったのか?」
「・・・・そうだ、これが一番良いいよ」
「何が?」
「名前だよ名前。えーと今は私の番で良かったのかな?」
「アッチの為に真剣に考えてくれたことは嬉しいけど、そっちの坊やがいい名前を付けてくれたからもう大丈夫さね」
「えっいつの間に?」
「結構前だぞ。ずっと黙ってたからおかしいなとは思ってたけど、まさか今の今まで考えていたとは・・・・」
「なら早く言ってよ。せっかくいい名前思い浮かんだのにー」
口を尖らせ抗議してきても決まってしまったのだから諦めてくれ。でもなんか小動物みたいで可愛いな。
「ちゃんと人の話を聞いていない方が悪いぞ。それと考えた名前は必ず墓場まで持っていくこと」
「私のネーミングセンスそこまで酷い!?」
「そこまでは言ってないけどなんて言うか河島さんっぽいのしか出てこないかなあと」
「私ぽいって・・・・・結構自信あったのに」
「その自信は他で使ってくれ。じゃあなアシボ」
「アシボ? ああカエルさんの名前かあ。全然カエルに掛かってないよね?」
「別に謎掛けをしてたわけじゃねーし。歩きながら説明してやるから早く行こうぜ」
「ちゃんと一から説明だよ。えーとプレゼントありがとうアシボさん。また高遠君と遊びに来ます」
「ちょっと待つさね坊や。お主は高遠とその嬢ちゃんから呼ばれていたが、もしや下の名前は律樹と言うのではないさね?」
「そうだけど何で知ってるんだ?」
「やっぱり・・・・・いや大した話ではないさね。お主と・・いや律樹とアッチが会うのは今日が初めてではないさね」
「俺にそんな記憶ないんだが、もしかして昔に会ってるとかか? ここを離れる時があるって言ってたしその時俺と会った・・・というかアシボが一方的に俺を見ただけって感じとかか?」
小三までこっちで暮らしていたわけだしその可能性は十分考えられる。
「半分だけ正解さね。アッチッと律樹が会ったのはやはりここさね」
「ちょっと待ってくれ。俺はここに来たのは間違いなく今日が初めてだぞ」
「律樹は二歳か三歳の頃のことを明確の覚えているかい?」
その頃の記憶何て断片的にしか覚えてないし、ましてや正確な時期なんて思い出せるはずもない。
「つまり俺が二歳か三歳の頃に俺はここへ足を運んだと?」
「母親と二人で来たさねえ。正確には三人さね。ここまで言えばもう理解したのではないかい?」
「母のお腹の中に妹が・・・・」
「正解さね。もちろん律樹はアッチの姿は見えてなかったさね。だから律樹にとっては今日が初めましてとなるのは仕方がないことなのさね」
その頃のことを思い出せないのは自然なことだし問題ではない。だが母がここに来たという事実は看過できない。
「もしかして俺の母親はこっち側の・・・見える人間だったのか?」
「それは・・・・・アッチの口からは言えなさね。思わず口走ってしまっただけだから今言った話は全部忘れて欲しいさね」
ここまで饒舌に語っておいて最後は隠すってどんだけだよ。しかもよりによって母親の・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「高遠君?」
「・・・・ああスマン、何でもない。あれ、アシボは?」
咄嗟に自分の右手を確認するがしっかりと巾着袋を俺は握っている。だが河島さんは既に放しており、代わりに俺の着ているジャージの袖を掴んでいいた。
「ほんの少し前にその場でスーッと消えちゃった。高遠君が横を向いて何か考え事している隙にね」
「はは、まったく流石妖怪って感じだな」
巾着を持っていても向こうの姿が見えない場合もあるんだな。本人の意思で出るも消えるも自由自在ってか。まったくふざけた話だ。
「なんか顔色悪そうだけど大丈夫?」
「そりゃ初めて妖を見たんだから顔色ぐらい悪くなるさ」
「・・・・・それならいいのだけど、本当に具合が悪かったらちゃんと言ってね」
「ああ」
これは完全に河島さんに勘づかれちゃったかな? でもまあなんとなく察してくれたのか何か聞かれることはなさそうなので正直助かる。
それにアシボは悪い妖ではなさそうだし、もし仮に母の置かれた状況に彼女が関わっていたとしても、責任があるだけできっと罪はないのだろうな。
唐突すぎて未だに心の整理ができていないけど、今はやるべきことだけに集中しよう。




