59 二人に何が?
『時間は八時 現集合で』
これは昨日押切から返ってきたRHINEのメッセージだ。八時とはもちろん朝のことで、現地とは引っ越さなければ俺が通っていたであろう逗麻西中学校のことだ。
今日は土曜日で基本学校の授業はない。しかし土曜日は運動系の部が活動していることが多いらしく、メッセージの送り主が所属していたバスケ部も例外ではなかった。
そう、逗麻西中へ潜入するため俺が選んだ手段とは、押切を利用することだった。利用するとか言ったら聞こえが悪いが、一応こちらからも押切に対してのお礼も用意してある。というよりこれが無かったら押切は断っていた可能性すらあったかもしれない。お礼と言うより餌だ。
「先月卒業したばかりなのにもう懐かしい気持ちになるのはどうしてかしらね」
独り言のようにそう呟いたのはモンちゃんこと文字玲美さんだ。
「律樹、集合場所は本当にここでいいの?」
場所間違ってない? って感じで夏鈴さんが俺に尋ねてくる。それもそのはず、今いる場所は学校の正門とは真逆の位置にあり、しかも裏門の様な入り口がある場所ではないからだ。確かに集合場所としては適さない場所に今俺達はいるのだが、それには理由があった。
「ちょっと訳がありましてとりあえずここで待機です」
「ふーん」と訝し気な視線を向けられるが無視した。
「逗麻高と同じで本当に学校の周りって田んぼや畑しかないんだね。でもこういう風景好きかも」
何故かついて来てしまった高遠シェアハウスの新しい住人である河島さん。家を出るとき玄関でばったり遭遇したのだが、その時行先を聞かれ普通に中学校に行くと伝えたら半ば無理やりついて来てしまった。
「感心しているところ悪いんだけどさ、ただ見ているだけじゃつまらないと思うよ」
「バスケの練習に参加するんだっけ? 大丈夫、見るのは嫌いじゃないから」
河島さんには本当の目的はバスケをすることではなく昨日トウラが集めた情報を元にここへ来たことを説明してある。文字さんにも妖や幽霊のことは伏せつつもこの学校で調べたいことがあるということは昨日のうちに伝えてあった。
「最初のうちだけな。タイミングを見計らって抜け出すつもりだから」
押切にはまだそのことを伝えてないが合流してから話しても遅くはないだろう。アイツにはまだ詳しい事情を伝えてないが、適当なことを言ってもあまり突っ込んではこないはずだ。
「昨日は敢えて聞かなかったけど学校で何を調べるつもりかしら。まさかとは思うけど職員室に忍び込んで当時の資料を探そうとかじゃないわよね?」
「流石に部外者の俺が職員室には入れないだろ。今日は現場を見ながら集めた証言の整合性を確認するって感じかな」
「ふーん・・・・・まあいいわ。ところで今日は手を繋がないのね。どうしてかしら?」
「っうぷ!」
「何狼狽えてるのよ。昨日教室だけでなくバーベキューの時もずっと繋いでいたらしいじゃない。私が知らないとでも思った?」
昨日の今日でもうそんな噂が広まっているのか? それとも文字さんの諜報力が優れている?
「えーと、それ私が教えちゃったんだ。ゴメン高遠君」
そーっと手を挙げたのは河島さんだった。情報源がまさかの本人だったとは・・・・・
「高遠君? 違うでしょすみれ、律樹って呼ぶって言ってたでしょ」
「わ、私そんなことまで言ってないよ。ほ、ほらあの家だとみんな下の名前で呼び合ってるから私もそうした方が良いのかなって思っただけ。もう玲美ったら昨日そう説明したのに変なこと言わないでよ」
「そうだったかしら?」
「そうだよ! ああもう高遠君は気にしなくていいからね」
俺は名前呼びのことはそこまで気にしてないが、その理屈でいくと俺も河島さんのことを『すみれ』と呼ばなきゃいけないんだよなあ。
「まーなんだ、河島さんの好きなように呼べばいいんじゃない?」
「ほら本人の許可も出たことだし・・」
「玲美ちゃん!」
なんか話がおかしな方向にいってないか?
「三人で楽しんでいるところ申し訳ないのだけれど、その押切って言う子はまだ来ないの?」
腕時計で時間を確認すると既に八時を過ぎていた。
「そうですねえ、多分アイツも来てると思いますよ」
「ならどうして姿が見えないのかしら?」
「まあ集合場所がここじゃないからですかね」
「ここじゃない? だったら何故ワタシ達はここでのんびりしてるわけ?」
「それには少し事情と言うか面倒ごとを避けると言いますか・・・・」
「ハッキリ言いなさい。遅れると迷惑掛かるのは向こうなのよ」
「ならハッキリ言いますけど、バカ正直に本当の待ち合わせである校門前で待機してると騒ぎになるかもしれないからですよ」
先日の押切がうちの高校へ来た時の件がある。それに加え今日は夏鈴さんも一緒だ。文字さんや河島さんも目を引く容姿をしているが、この二人は別格だ。そんな二人と一緒に好奇心旺盛な中学生が多く通る校門何かに居たくない。
「どうせ中に入るのだから同じじゃない」
「出来るだけ目立たないようにしたいんですよ。変に騒がれて顔を覚えられてしまうと校舎内で動きにくくなりますからね。顔を見られるのは最低限にしたいんです」
「考えすぎじゃないかしら。普通にしてたら騒がれる心配なんてないわ」
いやそもそもあんたの容姿が普通じゃないから言ってるんだけどなあ。
ピコン!
「おっ、押切からメッセージが来たな。えーと、『早く来い』だってさ。なあ文字さん、あそこから入っても問題ないよな?」
少し離れた所にある裏口みたいなところを指差す。今いる道は舗装されていない細い道路になっており、表通りに行くにもあの小さな出入り口を利用すると遠回りになるのか今のところ人は誰も通っていない。
「あまり使う人見たこと無いけど開いてるなら問題ないんじゃない?」
「なら決まりだな。じゃあ体育館に直接行くって送っておくか」
卒業生でもある文字さんの案内で体育館へと向かった。この学校は割と部活が盛んなようで、休日にも関わらずあちらこちらから掛け声が聞こえ、敷地内は活気に満ちていた。
「一体どこにいたんだい? 待っている間色んな人に話しかけられて大変だったんだから」
体育館の入り口近くで押切が俺達を待っていた。やはり俺の不安は当たっていたようで、まともに校門前で待ち合わせしていたら面倒なことになっていたようだ。
「流石人気者は違うな。せっかくだしもう一回中学生やったらどうだ?」
「何をバカなことを。ところで来るのは律樹と文字さんだけだと思ってたんだけど、そちらの二人は?」
「緑川夏鈴よ。ここに来た理由は色々あるけど、最近運動不足気味だったからワタシも参加させてもらうからよろしく頼むわ」
朝早くから毎日鍛錬を欠かさない人が良く言うよ。まあこの人基準だと本当にそうなのかもしれないけどさ。
「えーと高遠君のクラスメイトの河島すみれです。運動は苦手だから参加はしないけどバスケには少し興味があったので邪魔にならないよう端っこの方で見てますね」
「興味あるのは本当にバスケなのかしらね」
「・・・玲美ちゃんは黙ってて」
「はは二人ともよろしく。まさか律樹の知り合いにこんな綺麗な子の知り合いが二人もいるとは思わなかったよ。しかも夏鈴さんはハーフ? 日本人じゃないですよね」
「生まれはオーストリアだけど国籍は日本よ」
オーストリアに似た名前の異世界にある国だけどね。そう言えば夏鈴さんって出生や出身に関わることは平気で嘘を言ってるよな。まあどう見ても外国人にしか見えないしそこは仕方がないのかな。
「だからとても流暢な日本語を話すんですね。ところで律樹とはどういう関係なんですか?」
「一緒に暮らしてるわ」
「えっ?」
「夏鈴さんもうちょっとちゃんと説明しましょうよ。あのな押切、まだ言ってなかったかもしれないが俺の家はシェアハウスになってるんだよ。夏鈴さんは俺の祖父ちゃんの友人の孫でその友人も一緒に暮らしてるし、それ以外にも住人がいるから別に二人だけで住んでるんじゃないからな」
「そういうことね。でも高校生でシェアハウスって面白いことしてるなあ。なんか楽しそうだ」
まあ色んな意味で賑やかではあるけど。
「あ、あの私もそこに住んでます」
いや河島さんよ、そんな必死にアピールする必要ある?
「そうなの? 河島さんって律樹のクラスメイトって言ってたけど・・・・・ああそういうことか」
「なんか一人で勝手に理解しているようだが絶対違うと思うぞ」
「ならあとでちゃんと聞かせろよな。それとこの間会った時から気になってたんだけど、どうして僕のこと苗字で呼ぶんだい? 最初会った時は下の名前で呼んでくれたのに」
「あー何となく?」
強いて言えばそこまで親しくないのに名前呼びすることに少し抵抗があるのだ。
「まあ別にいいんだけどさ。それと文字さん久しぶりだね。君も練習に参加するのかい?」
「私も見学よ」
「そっかー・・・・」
何だろう二人のこの雰囲気は? 険悪とかぎこちないとかよそよそしいとかそんな風ではないけど、なんとなく距離を感じる。でも押切は文字さんの名前を出したら二つ返事で了承してくれたし、文字さんも押切と会うことを拒否しなかった。うーん、もしかしたら昔二人の間に何かあったのかもしれないな。
「そろそろ入ろうぜ。後輩が待ってるんだろ?」
「そうだね。ところで律樹と夏鈴さんはその格好のままでやるのかい?」
「大丈夫、ちゃんとこの中学校のジャージを剛志から借りてきたから」
剛志には昨日のうちに連絡し今日の朝早くに取りに行った。せっかくなので剛志も誘ったのだが、今日は用事があると言われ断られてしまった。
「ワタシもこの学校のジャージを用意してある。出来れば着替える場所を貸してもらえると助かるわ」
「用意したって誰から借りてきたんですか? しかも決まったのは昨日の夜だったのに・・・・」
「ふふふ、それは内緒よ」
まあジャージには名前が刺繍されてたし着替えたら一発で分かるんだけどね。
「体育館の中に更衣室代わりに使っている部屋があるからそこを使ってください。文字さん悪いけど案内頼めるかな?」
「ええ」
そっけなく返事をする文字さん。やっぱりこの二人何かあったな。
軽い準備運動から始まり基本練習をこなした後、俺達外部組と一年生二人と在校生レギュラー組とで実戦形式の試合を行うことになった。
「ラスト一本、絶対決めるぞ!」
体育館の半分を男バスが占領している中で押切の声がこだまする。残りの半分は女子バレー部が使っており、何人かの部員が練習そっちの気でこちらの練習をキャーキャー叫びながら見ている。その黄色い声の大半は押切に向けてのものだったが、何故か夏鈴さんがボールを持って華麗にディフェンスを躱してリンクにシュートを放り込むと、男女問わず大きな歓声が上がった。
この人始める前にバスケやるのは今日初めてとか言ってたけど絶対嘘だろ。
「あの外人の人スゲー。先輩たち完全に置いてけぼりにしてるし」
「それだけじゃねえぞ今のところシュート一回も外してないだろ」
「あの楓紀先輩の友達も何気に上手いぞ。派手さは無いけどオフェンスもディフェンスも隙がねえ感じだし」
「いや楓紀先輩も負けてねえぞ。相変わらずキレが半端ねえ」
観戦していた他の部員からちょいちょいそんな声が聞こえてきていた。
残り時間十五秒。
試合序盤は押切と夏鈴さんの活躍によって結構な点差をつけていたのだが、こちらにはハンデとして先月までランドセルを背負っていた新一年生が二人いるので、相手チームはそこを上手く狙ってきたためつい先ほど逆転を許してしまった。
点差は2点。この攻撃を決めれば負けはなくなる。
「律樹!」
スリーポイントライン付近で押切からパスを受け取る。俺は今日一本もスリーポイントを打っていないので相手ディフェンスはドリブルかパスを警戒しているようだ。それを逆手にとってこのままスリーポイントを放って逆転を狙うか。それとも切り込んで確実に同点に追いつくか。どちらにせよこの攻撃で全てが決まる。それなら・・・・・・・・
「おめでとう。最後はあなたが決めるものだと思っていたけど、結果的に勝ったんだから素直に褒めてあげるわ」
「・・・そりゃどうも」
「ホント凄かったよ。高校でもバスケやればいいのに・・・・あっ余計なこと言っちゃったねゴメン」
「気にすんな。どちらにせよ拘束時間が多い運動部は最初から入るつもりなかったから」
「でも見ていて面白い試合だったよ。ところで最後はどうして一年生の子にパスを出したの? 律樹君なら相手を抜いてシュート決められると思ったのだけど」
「ぶっちゃけ俺ってスリーポイントシュートの成功率良くないんだよ。それに部内のゲームだし勝ち負けより盛り上がる方が良いかなと思ってな」
あの時俺はスリーポイントやドリブルではなくパスを選んだ。しかもチームの得点源だった押切や夏鈴さんではなく、俺と同じくスリーポイントラインの外側にいてノーマークだった一年生に出した。彼もまさか自分に回ってくるとは思っていなかったらしくパスを受けた際戸惑っていた。
「そのまま打て!」
俺がそう叫ぶとその一年生は泣きそうな顔をさせながらもゴールに向かってシュートを放つ。するとボールは綺麗な放物線を描き、リングに当たることなくそのままシュパッと通り抜け、その瞬間チームの勝利が確定した。
試合終了後その一年生は部員全員から祝福を受け、照れながらも喜んでいる様子だった。
「要するに一年生に華を持たせたってことね。私はてっきりあなたが臆病風に吹かれて勝負から逃げたのかと思ったわ」
「もうちょっと言い方考えろよな」
「そうだよ玲美。あんなにすごいプレーしていたのにそんな言い方ないと思うよ」
「はいはい。すみれは高遠君しか見て無かったからそう思うわけね」
「ちょっ、だからそう言うんじゃなくて・・・・もう知らない!」
プイっとそっぽを向く河島さん。それを見て文字さんが慌てふためきすぐに謝り始める。
そんな可愛らしい二人のやり取りを眺めながら試合で消費した体力を回復させていく。押切と夏鈴さんはバスケ部員や噂になったのか途中から観戦しに集まった生徒たちに囲まれているのですぐにこちらへ来ることはなさそうだ。
「悪いけど今のうちに抜け出すぜ」
「なら私も一緒に行くよ」
ずっと文字さんの謝罪を無視し続けていた河島さんが俺の言葉に反応する。
「すみれが行くなら私もついてく。それに校舎内の案内も必要でしょ?」
「えー意地悪な玲美と一緒は嫌だなあ」
「そ、そんなこと言わないですみれ。本当に悪かったと思ってるから、この通りだから許して」
手を合わせ懇願するレアな文字さんがそこにはいた。まあ河島さんもそこまで怒ってないようだし、「もう仕方ないなあ」とか言っているので仲直りは済んだようだ。しかし残念ながら文字さんを連れて行く訳にはいかない。
「校舎内のことは予め調べてあるから案内は不要だぞ。それに今回は出来るだけ押切の相手をしてほしいんだ」
これから校内を調べるにあたって文字さんが一緒なのは非常によろしくない。場合によっては妖や幽霊と接触する可能性がある訳だし、そうなると確実に文字さんが障害になってしまうからだ。
「アイツの相手ねえ・・・・」
「苦手なのか?」
「別にそういう訳ではないけれど、どうせあなたもあの噂を聞いてるのでしょ?」
「真偽のほどは分からないが一応な」
押切の想い人が文字さんか一個上の先輩と言う話を小嶋さんから聞いている。それ以外にも二人の間に何かありそうな感じもするのだが、それを聞いてもきっと教えてはくれないだろう。
「それを知っていて頼むってことは高遠君もなかなかいい性格してるわよね。でも仕方ないから今回は言う通りにしてあげる。それとすみれはこれを貸してあげる」
手さげバックから取り出したのは俺が今着ているジャージと同じものだった。
「これって・・・・もしかして本当は玲美も参加したかったんじゃないの?」
「違うわよ。高遠君から話を聞いてもしかしたら必要になるかもって準備しておいただけ。これを着たら校内をうろついていても不審に思われないでしょ」
「ありがとう。それじゃあ早速着替えてくるね」
まだ試合後の余韻で盛り上がっているバスケ部員や押切たちがいるところを避けながら河島さんは壇上の横にある更衣室へと向かって行く。
他のものは少し離れたところにいるのでこの場にいるのは俺と文字さんだけになった。
「今更調べたところで何かが分かるとも思えないけど、私がお願いした手前あまり後ろ向きなことは言いたくないから、頑張ってねくらいは言っておくわ」
「しっかり準備してた文字さんに負けないくらいは頑張るつもりだよ」
「・・・・・・ホントムカつく」




