54 一歩後ろへ
放課後。
「ではでは毎年恒例新入生歓迎BBQ大会始めちゃうよー」
使い捨てのプラスチックのコップを高々上とげながらヨミ先輩が宣言した。その瞬間勢い余った先輩のコップから液体が飛び散り、隣に居た女子生徒の頭に思いっきりかかっていた。「ゴメンゴメン」と謝りながら近くにあったタオルを取ろうとした先輩だったが、今度はテーブルにあったペットボトルを倒してしまう。運が悪いことにキチンと蓋が閉まっていなかったせいで中身がドバドバとこぼれ、今度は反対側に居た女子のスカートにかかる。
相変わらず騒がしい先輩なことで。
「去年からだから恒例ってわけじゃないんだけどね」
そんな様子を呆れた表情で眺めていたモモ先輩が隣の俺に言う。
「そうだったんですね。それにしても今年の親友部員は女子が多いですよね。男子は俺と後二人しか来てないし。モモ先輩にくぎ刺された後も普通に勧誘してたからぶっちゃけヒヤヒヤしてたんですよ」
「ははは、アイツもそこまではバカじゃないさ。リッキーが見た時ヨミは男子を勧誘してたか?」
「どうだったかな・・・・・・何かギャルっぽいやつとかハデ系の女子に声掛けてたのは見たけど、言われてみれば男に声掛けているのは見てないかもですね」
「だろ。だから今年の新入部員の大半は女子なんだよ。今年ヨミが勧誘した男子はリッキー、君だけさ。残りの二人は自主的だったしね」
「それは光栄と言っていいのか微妙ですね・・・・・」
あれだけしつこく勧誘されたのが男子の中で俺だけというのは悪い気はしないが、だからと言って自慢できることでもない。
「それはそうとさっきから君のこと睨んでいる奴がいるんだが、アイツと何かあったのかい?」
「あー気にしないでください。ただの逆恨みなんで」
今日のLHRのこともあったので土井がこの集まりに参加するかは半信半疑ってところだったが、やはり土井は土井でしかったようだ。
「それは穏やかではないな。まあ何があったのかは何となく想像は出来るけどね」
ニタっと口角を少し上げ視線を別のところに移すモモ先輩。その先には夏鈴さんと並んで座る河島さんが居た。
「モモ先輩って意外と性格悪いっすね」
「知らなかったのかい? 昼ドラは僕の好物だよ」
「いやそんなドロドロした感じじゃないですから。あっちはただのストーカーみたいなもんですよ」
「なら君はあの子の王子さまってところかな?」
「・・・・・当たらずも遠からずってとこですかね。困っていたから助けただけですよ」
「なら近くに行って守ってやらないといけないんじゃないか?」
「大丈夫ですよ。隣に夏鈴先生が居る限り何もできないはずですし」
あの人は最強のガーディアンだからな。
「ほらモモ先輩も高遠君も喋ってばかりじゃなくてちゃんと焼いて食べてくださいよー」
「ほれほれ」と後ろから鈴原先輩がトングと皿を渡してくる。なぜ菜園部である彼女がここにいるのか最初は不思議に思ったが、どうやら収穫した作物の一部をアドリ部に譲っているらしく、そのお礼として菜園部はこういった会に毎回誘われるみたいだ。従って菜園部のほぼ全員が今日この場に来ており、何度かお邪魔した時には居なかった他の先輩方の姿もあった。そして外部の人間はそれだけではない。
「鈴原さんの言う通りよ。ここのルールは自分の分は自分で焼く。焼かざる者食うべからずなんだから」
「ゴメンね五木君。今年もお邪魔させてもらってるわ」
事務の水堀さんと佐々木さんも参加しているのだ。
「いえ、お二人方にはお世話になってますから。今回だって準備を含め色々と手伝ってもらってますから当然のことですよ」
「そう言えば今日は顧問の先生はいらっしゃらないのね」
確かに夏鈴さん以外の先生は何処にも見当たらない。ていうか顧問が誰なのか俺は知らないんだよね。
「元々あまり部活には顔を出さない先生なんですけど、今回も忙しいから来れないって言ってました。噂だと先日起きた体育倉庫の事後処理で大変らしいですね」
体育倉庫の事後処理?
佐々木さんも同じことを思ったのか互いに顔を見合わせる。フルフルと首を振っているので詳しい事情は知らないようだ。
この件に関しては石渡が犯人で処分も反省文だけと聞いている。それだけだったら事後処理何て大したことないように思えるのだが、他に何か問題でも起きたのだろうか?
「ところでアドリ部の顧問って誰なんですか?」
その質問に対してモモ先輩の口から出た名前を聞いて驚きと嫌悪感を覚えた。
一哉が呼び出された時先陣を切って問い詰めていた体育教師がこのアドリ部の顧問だったからだ。
「やっほーサナエっちに佐々木さん、今日はいっぱい食べて行ってねー」
さっきからあっちこっちと落ち着きなくフラフラと回っていたヨミ先輩がこちらへとやってきた。持っていたお皿には肉や野菜が盛られているが、どう見ても生焼けのものが多い。
「挨拶も大切だけどちゃんと焼いてから食べろよ。またお腹壊しても今度は面倒見ないからな」
モモ先輩も損のことに気付いたらしくヨミ先輩を注意するが、「アハハハ大丈夫大丈夫」と言ってそのまま肉を頬張り始めてしまう。
「ハア・・・・ダメだ貸せ」
無理やりヨミ先輩の皿と食べかけの肉を奪い取り網の上に並べていくモモ先輩。
何だかんだ言ってモモ先輩も大概だよな。まるでだらしない妹を甲斐甲斐しくお世話する兄のように見える。ああなんか親近感が湧いてくるなあ。
俺も空いているスペースで自分の分を焼き始めようとしたのだが直ぐ近くは他の人ので埋め尽くされていたので場所を移動することにした。予定より参加人数が多かったのか、人数に対して網の数が若干不足しているようだ。
「よっ、隣いいか? 焼く場所無くて困ってたんだ」
「この辺の人はあまり食べる人じゃないみたいだから大丈夫だと思うよ」
パッと見た感じ余裕がありそうだった河島さんの隣に移動する。
「んじゃ空いているうちに焼かせてもらうかな。ところでアイツに絡まれてないよな?」
「ううん、ここに来てからは何も。隣に夏鈴先生もいるから心配ないよ。ありがとう律樹」
「ブフォッ」
少し喉を喉を潤そうと口にしていたお茶を思わず吹き出してしまう。
「ちょっ、いきなりなんだよ!」
「ふふ、さっきのお返し」
さっきの? ああLHRの時のアレか。
「アレは揶揄ってやったんじゃないって分かってるだろ?」
「そうだけどさ、なんか一方的にやられるのはなんだかなあって」
「ならもう気は済んだだろ?」
「えーどうかなあ?」
「なんか楽しそうだな。もう吹っ切れたって感じか?」
「吹っ切れたかあ・・・・・ううん、そうじゃなくて、ほらこうやって仲良さそうにしてた方が良いと言いますか・・・」
ああそういうことね。なら付き合わないわけにはいかないよな。
「ならまた手でも繋いでおくか?」
「・・・・・・・・」
調子に乗ってそんなことを言ってしまった俺に対し,無言でジト目を返してくる河島さん。隣にいる夏鈴さんはケラケラ笑っている。
「す、すまん、悪乗りしすぎちまった」
「いいよ」
「へっ?」
「いいよって言ったの。なんで言い出した高遠君が驚くかなあ?」
「えっ、いやあ本当にOKするとは思ってなかったし・・・・」
「でもほら高遠君が来てからずっとこっち見てるし、だったらそれもアリかなって」
さっきからでなく最初からだと思うが、河島さんが問題ないのならそうするまでなのだが、
「だけどそれはもう少し後にしようぜ。俺まだ食ってないし、手を繋いでたら焼くのも大変だしな」
せっかくのバーベキューなんだし最初のうちはゆっくり味わいながら食したい。
「それもそうかあ。なんなら私が焼いてあげようか?」
「知ってるか? 焼かざる者食うべからずなんだってよ」
「でも焼いたものを人にあげてはいけないとは言われてないよ?」
「可愛らしいヘリクツだな。でも焼くのも好きだし取りあえず自分でやらせてくれ」
「ならすみれはワタシのを頼む。どうも火加減というものが苦手で律樹のように美味しく焼けないのよ」
「任せてください。私だって結構料理は出来るんですから」
この人バーベキューやりたいって駄々こねたクセに人任せが多い気がするんですけど?
それに俺は知ってるぞ。さっきから飲んでいるそれはビールだっていうこともな。カモフラージュ用に自分の目の前に缶ジュースを置いてあるが、それには殆ど手を付けておらず、周りにもアルコール系の飲み物は一切ない。ではどこから出しているかと思えば、手をテーブルの下にやった時に魔法で缶ビールを召喚しているのを目撃した。ご丁寧にタオルで覆い隠してから飲んでいるので俺以外の誰もその事実に気付いてはいない。空になった缶はまた魔法でどこかに送っているっぽいが、それが何処なのかは考えたくもない。ていうか有効距離は百メートルと言っていたので、開封前のビールも飲み終わった空き缶も、その範囲内の何処かにあるってことは間違いない。
しかし本当にやりやがったよこの人。もしバレても知らない振り決定だな。
仮に俺がそれをみんなの前で問い詰めたとして、嘘を吐くことを嫌う彼女はおそらく、
『ええ、飲んだわよ。でも証拠はあるのかしら?』
とか堂々と言い放ちそうな気がする。
三十分も経過するとみんな焼くペースが落ちてきたようだ。中に食べるのに満足したのか焼かずにお喋りに興じる者もおり、まったりとした空気がそこにはあった。
「じゃあそろそろ繋ぐか?」
河島さんも既に焼くのを止めており、お皿に焼き鳥一本と野菜が少々乗っているだけだ。
「なんか改めて言われると恥ずかしいね」
「何も言わずこっそり繋ぐのがお好みで?」
「それは心臓に悪いからナシだよ・・・」
「はい」と差し出された彼女の左手を右手で掴む。
なんでだろう? 教室で繋いだ時より何か緊張する。自分の中で割り切っていたはずなのに心が高揚して落ち着かない。
偶然なのか、俺達の周りには夏鈴さん以外誰も近くには居らず、手を繋いでいることは今のところ二人にしかバレていない。一人は河島さんの隣で幸せそうにビールを飲んでいる夏鈴さん。そしてもう一人は・・・・・
「聞きたいことがある」
そう、ずっとこっちの様子をものすごい形相で窺っていた土井だ。俺が見た限り始まってから何人かに土井は話しかけられていたが、迷惑そうな態度をしていたせいで、途中から周りに誰も寄り付かなくなっていた。そんな彼がついに動き出した。
(俺に任せといて)
小声で言うと河島さんは俺の目を見た後コクリと頷く。夏鈴さんは土井が向かってこようとしたタイミングでさりげなく席を立ち別の所へ移動していた。おそらく気を遣ったのだろう。
「なんだ? 聞くだけなら聞いてやる」
「お前ら本当に付き合ってるのか?」
まあ想定通りの質問だな。これで「今日の課題のことなんだが」とか言われたら逆に怖い。
さてどう答えたものか。ここで嘘でも「付き合ってる」と言うのは簡単だ。しかし同じクラスでいる以上ずっとその振りをしていかなければならない。それは後で考えるとして、今は出来るだけコイツを勘違いさせる方法を取るのがベターだ。
「この手を見て分かんないか?」
「・・・・俺は信じねえぞ」
「なら勝手にすればいい。俺達も勝手にするしな。用件はそれだけか? せっかく入部したんだし他の奴とも話してくればいいと思うぞ」
「なあすみれ、本当はコイツに脅されてるかなんかで仕方なく手を繋いでるんだろ? 教室の時驚いてたのがその証拠だ」
失礼な。教室の時はともかく今はちゃんと許可取ってるつーの。
「・・・・・・・」
握っている手にキュッと力が入るのを感じた。
大丈夫だからと握り返す。
「お前とは話したくないってよ。なあいい加減諦めろって。すみれが驚いたのは単純にみんなの前で俺がいきなり手を繋いだせいだから」
「諦める? 意味が分からんな。付き合ってもないくせに調子に乗るな。どう考えてもお前とすみれが付き合ってるというのは無理があるぜ。入学してから一番一緒の時間を過ごしたのは俺だ!」
「何も時間の長さだけで決まる訳じゃないだろ? それを言うなら最初に知り合ったのは俺の方だぞ」
「フン、ただ最初に知り合ったからって何だって言うんだ。今までお前は他の女とよろしくやってただろうに」
それはホント心外なんだけどなあ。それに誰ともよろしくやった覚えないし。仮によろしくやってたとしたら今こうして河島さんと手は繋いでいない。それくらいの分別はあるつもりだ。
「それはお前の思い込みだ。噂を鵜呑みにしただけかもしれんが。しかしなんでそこまですみれに拘るんだ? 別に拘るなとは言わんし人の想いをどうこう言うつもりはないが、最低限のものは守れよな」
「・・・そんなのすみれのことが好きで大切だからに決まってるだろ。チッ、お前が出しゃばらなきゃもっとちゃんとした場所で言おうと思ってたのによ、ホント最悪だよ」
・・・・・・それはちょっと悪いことしたかも。だがそうなってしまった原因はお前の方にあるんだぜ。
だが面と向かってコイツが告白したこの場面だけを切り取って客観的に観察した場合、一時的にとは言え一歩引かなければならないのは俺の方ということもまた事実。
「えっ」
掴んでいた左手を離すと「なんで?」という表情で俺を見てくる。
「何となくこうした方が良いかなって。でも河島さんも本当は理解してるんじゃない?」
「・・・・・・うん」
思いもしない展開になったが、これはこれでチャンスだ。土井が想いを打ち明けたのならそれに対し河島さんも自分の気持ちを伝えればいい。今まで明確でなかったものがこれで白黒ハッキリさせられるのだから。
二人のため、いや河島さんのために席を立ち一歩後ろへと下がる。
「今好きとか大切だとか言ってなかった?」
「私もそう聞こえた。ここでまさかの告白?」
「でもあのあの二人さっきまで手を繋いでなかった?」
「えっホントに? 全然気づかなかった」
「告白っぽいことした人さっき話し掛けても冷たかった人だよね」
「でもそれってそういうことじゃない?」
「そういうことって?」
「決まってるじゃない、修羅場よ修羅場!」
女子生徒が多いせいか好き勝手言う者が目立ち、その大半は興味津々と言った様子でこちらを窺っていた。
ギャラリーが多くて河島さんも緊張しまくっているだろうが、何とか頑張ってこのチャンスをものにしてほしい。
河島さん応援してるぜ!
意を決した河島さんがスー、ハ―と大きく深呼吸したあと土井の顔を顔を見る。そして胸に手を当てゆっくりと話し始めた。
「あのね私は・・・」
「




