5 ガラスと少年
「それじゃあまた明日学校でな」
「今度はどこか遊びに行こうぜ」
ワックを出てヘイ太と比呂斗は一足先に帰って行った。俺と一也は自転車のサドルに腰かけた状態から動かず、二人の間には沈黙が流れた。
一哉の中学時代の話を聞いた俺は彼になんて声を掛けたらいいのか分からなかった。しかしそれは一哉の境遇があまりにも悪すぎて掛けづらかったとかではなく、どう捉えたらいいのか分からなかったに他ならない。
簡単にまとめるとこんな感じだ。
中学二年の夏休みになる少し前、一哉は想いを寄せていたとある女の子に告白しそして振られた。ここまではよくある話だし一哉自体後悔はなかったそうだ。しかし事件はその直後に起こった。
告白した翌日、その日のクラス内は一哉が振られたという話題で一日中話が持ち切りだった。当人は直後だったこともあり結構しんどかったが、適当に流してやり過ごしていた。
そして迎えた放課後。
昨日と今日で受けたダメージは本人が思っていた以上に大きかったため、一哉は部活をサボることにした。しかし直ぐに帰ると部活の仲間に見つかる可能性があり、いざ遭遇してしまった時に話をする気力も残ってなかったので誰も居なくなるまで教室の机で寝た振りをすることにした。数十分後、思惑通り教室に誰も居なくなったことを確認すると重い体を起こし帰宅の途につく。しかし学校を出てしばらくしたところで宿題のプリントを忘れていたことに気付いた。普段はあまりそういうミスをしない一哉だったが、今日一日は気が気で無かったためうっかり忘れてしまったのだ。仕方ないと思いながら踵を返し元来た道を歩いていく。人目に付かないようにと普段は通らない人通りの少ない道を選んでいたので余計にげんなりした。
ようやくの思いで校舎に辿り着き上履きに履き替え階段を上り教室のある三階に到着する少し手前で、ガッシャーンとガラスが割れる音が聞こえ思わず足を止めた。いつもなら野次馬根性を発揮してダッシュで現場を探しまわる一哉だったが、その日は当然そんな考えに及ぶことなく、再びゆっくりと目的地へ進んでいった。
「え?」
教室に着くと少し前に出ていった時とは全く違った光景が一哉の目に飛び込み思わず声を漏らした。
一哉曰、もし出た時と戻って来た時の風景の間違い探しをしたとしたら、絶対に誰も解答することが出来ないと言っていた。
要はそれくらい酷い有様だったということだろう。
机と椅子は散乱し半分くらいは倒れていた。置き勉している奴の教科書やプリントも散乱していてまさに足の踏み場もないくらいだった。そして何より窓が数カ所割れていて、それを見て初めてあの音は自分のクラスから聞こえたのだと気づいた。窓だけではなく掃除用具を入れているロッカーや黒板などが何かで叩きつけられたみたいにへこんでいた。
あまりにも異様な光景を目の当たりにしてしまった一哉はその場から動けなかった。そして異変に気付いた生徒や教師が教室に現れると大騒ぎへと発展していった。不幸中の幸いといっていいのか分からないが、下に誰も居なかったおかげで怪我人は出なかったそうだ。しかし鞄の持ち主はショックの影響かその翌日から不登校になりそのまま夏休みを迎えた。だがこれは運がいいのか、直ぐに長期休みに入ったおかげか、その子は二学期初日から登校しその後も普通に過ごしていたらしい。
というのが大まかな流れだ。
フィクションの世界ではよく第一発見者は疑われるとか言うけれど、その事件ではリアルで一哉が疑われ最終的には犯人とされてしまった。
一哉が犯人にされてしまった理由は色々あったが、その中には俺が聞いた限り「それは関係なくね?」と思うことも少なからずあった。しかしそれ以上に客観的に見て納得できてしまう大きな理由が存在していたことも確かだった。
一つ目は最後まで教室に残っていたこと。またそのことをクラスメートが証言したこと。二つ目は一旦下校して途中で戻ってきたから時間的に不可能だったということを証明出来なかったこと。これは人目を避けていたことがもろに裏目に出た。
三つ目。これが一番重要な要素だ。
窓は教室内から外に向かって物が投げらたことが原因で割れたとされている。そしてその物が一哉の状況を一層悪くさせた。
一哉が告白した相手の鞄。
告白した相手というのは実は同じクラスの女子生徒だったのだ。
教室の真下にはガラスの破片以外に一つだけ別なものが落ちてきていた。それこそがその鞄だった。数枚窓ガラスは割られていたのに落ちていたのはそれ一つだけで、誰が見ても逆恨みでやったとしか思えない状況だ。たらればになるが、もし別の人物の鞄だったり、それか鞄だけでなく数人の複数の物が落ちていたのならばもしかしたら状況は変わっていたのかもしれない。
なんで誰も居なくなった教室に鞄があったんだ? と疑問を口にしたらヘイ太が教えてくれた。
「委員会に行く時とか別のクラスに遊びに行く時、教室に置いていく奴がたまにいるんだよ。現に当日のその子もそうだったらしいぞ。それにその時はその子だけでなく他にも何人かがそうしてたらしい。だから余計ピンポイントで狙ったみたいに思われたんだろうな」
それを聞いて尤もだと思った。そしてもし本当に一哉が犯人では無いとしたら相当運が無いな、とも。
他にも疑問はあった。例えば何で一哉が教室に一番乗りだったのかだ。ガラスが割れただけでなく机とか椅子が散乱するくらい大音がしたのなら、教師はともかく残っていたかもしれない別のクラスの奴がなぜ直ぐに様子を見に行かなかったのか不思議でならない。それに一哉一人が犯人なら机や椅子を散乱させている間に誰かが気づいても良さそうな気もする。
しかし全くの部外者の俺が考えても仕方のないことだ。
正直俺はこの事件の犯人が一哉なのかそれとも別な人間なのか判断しかねている。あくまでも当事者である一哉の言い分とヘイ太と比呂斗の主観が混じった客観的な意見しか聞いていない。それに一哉とは特段仲が良かったわけではないので性格とかあまりよく知らないというのも理由の一つだ。だからといって彼を軽蔑したり遠ざけたりしたいとは思わなかった。
事件後の一哉は一般的な例からご多分に漏れることなくまあまあ辛い学校生活を送っていたようだし、仮に一哉が犯人だったとしたら俺的には十分禊を済ませたと思ってる。
「悪いな」
しばしの沈黙の後一哉が口を開く。その表情は入店した時とは打って変わって硬い。
「何が?」
「悪いな」の意味は重々理解している。しかしそれでも何でもない風に敢えて素っ気なく返した。
「明日から迷惑かけるかも。いやかける」
「あーなんて言うか・・・うん何でもない」
「怒ってるよな? いや絶対怒ってる、俺だったら絶対怒るし」
「はは、何だよそれ。別に怒ってねーよ」
「いやいや普通は怒るだろ。明日から強制的にボッチルートに突入するかもしんないんだぞ?」
実は話には続きがあった。まあ続きというより現状の問題といったところだろうか。店内でヘイ太があるSNSを見せてくれた。それは逗麻高の裏サイト的なもので、そこには一哉が語った事件も多数書き込まれていた。事件の詳細もそうだがそれ以外にも誹謗中傷が無遠慮に書かれていた。
橋本一哉は嫉妬に狂った破壊王です
暴走王みんなで振れば怖くない
新一年のbridge bookは振られるとDV化するので要注意
ゲス本クズ哉君へ GET OUT
〇本1哉・・ちょっと顔がいいだけのクズ男マジ死んでほしい
例の事件の犯人がこの学校に入ってきたので校舎の近くを歩くときはガラスと鞄に注意です!!
危険!! あの橋を振るべからず
五体満足橋本不満足
逗麻西の恥さらし 死亡フラグはよ立ててはよ逝って
こんな感じだった。
なんか大喜利っぽいな、とか結構上手いこと言ってるなコイツ、とちょっとだけ思ってしまったけど、当人からしたら笑いごとでもなんでもなく不快以外の何ものでもないので口にはしなかった。因みに逗麻西というのは一哉たちの出身中学だ。
しかしこんなバカなことをネットに載せるなんてホントアホな連中だことで。ていうかこういうのって学校側は何か対策を講じたりしないのだろうか? 絶対知らないってことはないと思うんだが。
まあそれはいいとして・・・・・
「正確には二人ボッチな。もしかしてお前まで俺を見捨てるつもりなのか?」
とお道化て見せる。これに河島さんを入れれば奇跡の三人ボッチの完成! ていうのは冗談で、彼女を巻き込むわけにはいかないので明日からは極力接しないようにしないとな。
「何で・・・・」
「そんなに楽観視してるのか? とか言いたいんだろ」
「・・・ああ」
「だってもう手遅れじゃん。HRが終わったあとお前に話しかけられて一緒に帰るところみんなに見られてたじゃん。ということは俺も既に詰んでるってことだし、俺ってコミュ障だからここから挽回するのは厳しいかなって」
「コミュ障は噓だろ。ゼッテエ違う。それに明日以降俺に関わらなきゃお前なら普通に過ごせるかもしれないんだぞ」
「じゃあ逆に聞くけどさ、何で俺に声を掛けて飯に誘ったんだ? しかもみんなが居る教室に中で。自分がやばい奴だって思われているのを知りながらどうしてだ?」
コイツの理解できないところはここだ。悪いと思うなら最初から関わらなきゃいい。それでも関わろうとした理由が知りたい。しかもこいつはクラスではボッチでも学年で見ればヘイ太と比呂斗という友人がいるのでボッチ完全体ではない。〇リーザで言うところの第三形態ってところだろ。
「正直に言っていいか?」
「寧ろ正直に言わない方が嫌だろ。ていうか怒る」
まあ怒りはしないけど付き合い方は考えちゃうかも。
「なら言うけどさ、お前って俺のダークな時代を知らないけど、俺のことは知っている唯一の人間だろ? だから一番接しやすかったというか・・・そんな感じ。あわよくば仲良くなれるんじゃないかっていう下心が満載だったんだよ」
「それを言うならダークじゃなくて暗黒だろ普通。しかしなるほどねえ、確かにそう考えれば俺って一番取っ付き易い相手だもんなあ。よしわかった、今日から俺達は『知りあい』だ。あと下心とか言うな気持ち悪い。そっちの気があるんじゃねえかと一瞬思っちまったじゃねえか」
「知り合い? 友達じゃなくて?」
「友達になったらお前のその感じだと俺に対して申し訳ないとか思っちゃうんだろ。だったら最初から知り合いにしておけばその心配はない。それにクラス中が一応知り合いなったわけだしフラットな関係だろ?うん、フラット超サイコー」
「それはただの詭弁だ。誰もそんなこと信じるわけがない」
「そうかもな。でも別に良くね? 俺だったらクラスで話せる奴一人いたらそれだけで十分だと思うんだけど。それとも何か、俺じゃ物足りないっていうのか? あ、でも知り合いから友達に昇格することはないと思えよ」
ちょっと言い過ぎたかな? 一哉が俯いてしまった。
しかし直ぐに顔を上げ開き直った表情をさせながら言い放つ。
「物足りねえとかお前こそ気持ち悪いつーの。いいよ、それでいい。俺とお前は友達じゃなくて知り合いだ。俺はそれで満足だ! 俺の方こそお前とは絶対友達にはならない、一生ただの知り合いだ!!」
見つめ合う男子高校生ここにあり。そして・・・・
「ぷっ」
「ぷぷっ」
一哉も俺と同じことを思ったのか、思わず二人して吹き出してしまい、
「「あはははははー」」
そして同時に笑ってしまった。
「もう止めようぜ」
「ああ全くもって同意見だな」
「何で俺らこんなところで青春漫画っぽいことしてるんだよ。思いっきし恥ずいんだけど」
「それも同意。しかもめっちゃ周りから見られてるしガン見してたししばらくここに来れないな」
「それ一哉の声が大きいせいな。あとどうせやるなら青春ものじゃなてラブコメが良かった」
「激しく同意だぜ。ていうかスリー同意でチェンジだな」
「なんだよそれ意味わかんねえ。よし、話がまとまったところで撤収しようか。俺はスーパーで買い物していくけどお前は?」
「今日は帰るよ。じゃあ明日から宜しくな、知り合いさん」
「ああ、こちらこそ顔見知りさん」
そしてまた二人で笑った後その場を後にした。
スーパーでの買い物が終わり一人家に向かう途中・・・・・・・
さっきの話じゃないけどぶっちゃけラブコメまでとはいかないけど彼女はやっぱ欲しいよな。ていうか何で入居条件が成人男性限定にしたんだよ祖父ちゃん。俺の手間は大して変わらないんだから女の子も可にしてほしかったよ・・・・・・・。
そんなアホなことを考えていると直ぐ家に到着した。そしてポケットから鍵を取り出し穴に挿し回したのだが・・・・・
ん、鍵が掛かった? てことは最初から開いていたのか? でもまだ昼過ぎだし光男さん仕事中のはず。もしかして早退でもしてきたのかな?
疑問に思いながらもドアを開け中に入る。するとリビングの方から声が聞こえてきたのだが、音質的にそれがテレビの声だと直ぐにわかった。
ああやっぱり光男さん帰って来てるんだな。
安心してそのままリビングに入ると、
「あーお帰り律樹」
光男さんではない人物がソファーで寛いでいた。




