49 招かざる客人は腕を振るう
「アンアン!」
玄関に置かれた靴を観察しながら考察していると、リビングのドアが開きそこからトウラに貰った巾着から出てきた子犬がこちらへと駆け寄ってくる。そしてその子犬を慌てた様子で追いかける真後ろから現れ直ぐに俺がいることに気付く。
「あっ律樹お兄ちゃんその子捕まえて!」
「任せろ!」
格好よく言ってみたものの、子犬は俺の足元で尻尾を振りながらグルグルと回っていただけなので捕獲は簡単に成功した。そして脇を抱え顔目線の高さを合わせ、
「勢いあまってその辺の物ぶっ散らかさないでくれよ。片付けるの大変なんだからな」
と軽く叱ると、子犬は「クゥン・・」と寂しそうな声で鳴く。
まさか俺の言葉が通じた?
んなわけないか。俺が怒っているのだと雰囲気で察しただけだろう。
なんかここ最近不思議なことが多すぎてちょっとしたことでもマジカルなものや怪異、または超常現象的なものと無意識に関連付けてしまう傾向がある。
「ありがとう律樹お兄ちゃん」
真は両手をこちらに伸ばしてきたので大人しくなった子犬を引き渡す。すると真が受け取った瞬間、子犬はスルっと真の手から抜け出しまた廊下を走りだしてしまった。
「あー待ってよー」
慌てて追いかける真だが、すばっしこい子犬を中々捕まえることが出来ず、お世辞にも広くも長くもない廊下で一人と一匹はしばしの間追いかけっこをしていた。子犬は嬉々として走り回り、対照的に真は困り果てている様子だった。
「はい捕まえたー」
その追い駆けっこにピリオドを打ったのはトイレから現れた剛志だった。剛志はトイレから出てくるなりその場にしゃがみ、その脇をすり抜けようとした子犬を逃さなかった。
「すごーい、ありがとう」
「ほら俺がリビングに運んでおいてやるから。おっ、律樹お邪魔してるぜ。なんか家の前で待ってたらめっちゃ美人な外人さんが出てきてさ、事情を話したら家に入れてくれたぞ。ていうかあの人日本語上手すぎない? それと何で一緒に住んでるんだ? ああそうそう、あの人お前の学校の先生って本当か? いやそれより何でカエルしょ・・・この子がこの家に居るんだよ?」
剛志が家の中にいる理由はそんなことだろうとは思っていたけど、ちょいとばかし質問多すぎるだろ。まあ気持ちはわからんでもないが。
「詳しい話は追々教えるとして、取り敢えずその子犬連れてリビングに戻っててくれ。着替えたらすぐ行くから」
剛志を家に呼んだ理由は二つある。一つ目は一哉の事件について昨日Rhineで頼んでいたことがあったため。二つ目は剛志が気に掛けていた奥村真を俺の家で預かることになった経緯を説明するため。当然隠さなければならないことも多いが、それ以外は全て話すつもりだ。これは事前に真本人の了承をもらっている。
しかしどちらの話も今すぐ出来そうになかった。その原因は招かざる人物が今目の前にいるからだ。
「それでどうして千堂さんが俺の家に居るんだ?」
千堂光海。隙あらば文字さんに纏わり付く女。彼女は逗麻小ではなく押切や大空と同じ織谷小出身者だ。
時刻は午後八時半を回っており、今は俺の部屋で剛志と千堂さんの三人で話をしている。
「用があるからお邪魔してるに決まってるでしょ。やっぱりあんたってバカね」
ハァと溜息をついたあと心底バカにした視線を向けてくる。その隣に座っている剛志は「あははっ」と笑っているだけで口を出してくる気配は今のところない。
「・・・・こう見えて俺は忙しいんだ。話なら明日学校で聞いてやるから今日は飼い主の所にでも行っててくれ」
「こんな時間に玲美の家に行けるわけないでしょ。それにこの時間玲美はお風呂に入ってるはずだし、一時間は出てこないわよ」
『飼い主』としか言ってないのにそれが文字さんのことを指していると自覚し、尚且つそれを否定しないあたり、これはもう重症といってもいいのではなかろうか?
「こんな時間に男の家に居る方がどうかと思うぞ」
「私の家は放任主義だから泊っていったって平気よ」
この人本気で言ってるのか?
「いや泊めないし。ていうか横で笑ってないで剛志からも何か言えよ、お前が連れてきたんだろうが。責任もって何とかしろ」
「連れてきたって言うか付いて来た? みたいな」
「みたいな、じゃあねえ」
「なによ、私が来たことがそんなに迷惑なの?」
バン! と千堂さんが床を叩く。迷惑だから言っているのだが、彼女はそのことを全然理解していないようだ。
「まず互いの家に行き来するような仲じゃないよな。それと剛志とはマジで真面目な話があるから今日は本当に帰ってくれ」
剛志との話が終わったらトウラや真に子犬のことを聞かなきゃならんし、孫七さんや夏鈴さんに相談したいことだってある。彼女がここに居座る時間の分だけそれが遅くなってしまう。
「私料理手伝ったわよね。だったら浮いた時間の分私の話を聞きなさいよ」
確かに千堂さんは料理を手伝ってくれた。手伝ってくれたというより俺が制服から着替えてからリビングに行くと、彼女は何故か既に料理を勝手に作り始めていたので、正確に言うと手伝ったのは俺の方だったりする。そして作ったあとは当たり前のようにここの住人と一緒に食卓を囲み、食後は二人手分けして食器を洗った。俺から見てもかなり手際が良く、性格を抜きにすれば彼女はいいお嫁さんに・・・・・・・じゃなくて!
「手伝ってくれたことは感謝する。それと美味かった。これはご機嫌取りじゃなくてマジな話な」
これは俺だけの感想ではなく、食卓を囲んだ全員が思ったことだ。因みに光男さんは今日も遅くなるようで、その場にはいなかった。
「あっそ、それはどういたしまして」
素っ気ない態度で返してきたが、一瞬嬉しそうな顔をしたのを俺は見逃さなかった。しかしそれは本当に一瞬のことで、俺と話している時に常時発動出せている不機嫌フェイスへとすぐに戻る。
「今日のお礼は必ず後で返すから本当に今日は勘弁してくれ」
「そうはいかないわ。あんた中二の事件のこと調べてるんでしょ? だったら私の話を聞くべきよ」
何で千堂さんがそのことを?
剛志の方を見るが俺じゃないと首を横に振っている。
だったら誰が俺が調べていることを話したのだろうか?
「その話誰から?」
「別に誰だっていいじゃない。それよりあんた本当に一哉が犯人じゃないと思ってるの?」
「俺の質問は無視かよ」
「無視はしてない。誰でもいいでしょって言った。それで本気で思ってるの?」
この質問の意図はどういう意味だろう? 普通に考えたら俺の本気度を確認しているようにも思えるが、彼女がそれを聞く理由が分からない。何か他に理由があるのだろうか?
「本気と言えば本気かな。だけど完全な白だとは思ってない」
今日小山さんと会ったことでその疑いが更に薄くなってきている事もまた事実ではあるが。
「ふーん、意外と考えているようね、安心したわ」
「安心・・どういうことだ?」
「あんたが短慮な人間じゃないってことが分かったからよ。いらないことまで突っついて周りに迷惑をかけるんじゃないかと思ってたの。でもそれくらい慎重なら心配なさそうね」
既に迷惑をかけているお前が言うなよ!
「それはどうも。それで本題は?」
「石渡を徹底的に締め上げなさい。そうすれば必ず何か分かるはずよ」
締め上げるって・・・・まあそこまでしないまでも近いうちに話は聞くつもりだけど、千堂さんは石渡が犯人だと考えているのか?
「文字さんが石渡は何か嘘をついてるって言ってたけど、だから千堂さんはアイツが怪しいと思ってるってこと?」
「玲美がそんなことを・・・・そうね、その通りよ。一番怪しいのはアイツよ」
ん、もしかして千堂さんは今の話を知らなかったのか? 疑っていることには間違いなさそうだが、文字さんとは別の理由で石渡を疑っていることになる。
「怪しいのは俺も思ってる。だけどアイツにはアリバイがあるんだろ? その点について何か知ってるか?」
「確か事件当時、隣のクラスだった石渡は数人の男子と教室にいたみたいね」
「じゃあそいつらが互いにアリバイを証言したってことだな。そうなるとアイツが犯人だった場合それを覆す証拠が必要になるんだが、その当てはあるの?」
「今のところないわ。だけど誰と一緒に居たかは私は知ってる」
「つまりそいつらも締め上げて吐かせろと? 言っておくけどそんなの絶対無理だし」
何人いるのか知らんけど、そいつらから全員話しを聞くのは時間が掛かりすぎる。
「でもそれしか道はないし、上手く行けば一哉の冤罪が晴れるのよ」
出来る出来ないは別として理屈としては確かに筋が通っている。しかしそれはあくまで石渡が真犯人だった場合に限るし、そうでなかった場合は遠回りになるだけだ。
「どうして石渡だけに拘る? もっと他に怪しいと思う奴は千堂さんの中でいないのか?」
「アイツしか考えられないわ。逆に訊くけどアンタはいるの?」
俺の中で数人候補がいる。そして今一番有力なのが・・・・
「何人かいるが今一番可能性があると思っているのは小山さんだな」
「小山ねえ・・・私アイツ嫌いなのよ」
「千堂さんの好き嫌いはおいといて、ぶっちゃけどう思う?」
「どうだろ・・・・ああそう言えば彼女が犯人だって噂最初の頃はあったかも。あの子性格悪いでしょ。だから疑われたんだと思うわ」
まあ自他ともに認めるあんな性格だし、憶測として疑われてしまうのは分かる。だけど俺が知りたいのはそう言うことではない。
「物理的な話で訊いたんだけど、実際彼女が実行可能だったのか覚えてるか?」
「知らないわ。そもそもあの子とは殆ど話したこと無いし、話したいと思ったこともない。そんな人の事をいちいち覚えていると思う?」
「俺なら覚えてないな」
「でしょう。でもどうして小山を疑ってるの?」
「まあちょっとな。ところで当時彼女が怪我をしていたことは覚えてないか?」
「怪我? それも覚えてないわね。事故にでも遭ったの?」
「そこまでは俺も知らないんだが、覚えてないならそれでいいさ」
もう二年近く経過しているし、興味のない奴の事なんて覚えていないのは当然と言えば当然だ。
「俺は覚えてるぜ」
それまで黙っていた剛志が口を開く。
「因みになんで怪我をしたのか知ってるか? それといつ頃だったのかも」
「事故とかじゃなかったはずだな。事故だったらまあまあ騒ぎになってたはずだし。だけどそんなことがあったって話は聞いたことない。それと怪我をしたのは確か中二の夏休み前だったと思うぞ。夏の大会に出られないとか言っていた記憶がある」
「大会ってことは運動部だったのか」
「女テニ。ああソフトの方な。うちには硬式は無かったから」
「女テニねえ・・・・ところでもう少し詳しい時期は分からんか? せめて事件の前か後かだけでも分かれば助かるんだが」」
「うーん・・・事件の後だったような気もするが定かじゃないなあ」
「そうか・・・」
ここで確定出来たら少なくとも押切が言っていたことの裏付けにはなると思っていたんだが、そう上手くはいかないよな。
「あの子の怪我と事件に何の関係があるって言うのよ」
「普通に考えたらさ、教室を荒らした時誤って怪我をしてしまった可能性があると思わないか?」
「そう言われてみれば確かにそうだな。俺は現場を見ていないからアレだけど、相当荒れていたみたいだし、可能性だけで言えばありだな」
「・・・・まあそうかも。でもだからと言って何の関係のないあの子がやるかしら?」
「それは石渡も同じだと思うが?」
押切の話を鵜呑みにするならば小山さんには動機がない。それは石渡も同様で、今のところ動機につながるような話を聞いたことが無い。まあ体育倉庫の件を鑑みれば一哉のことを嫌っていることは確かのようだが、あれは嫌われ者の一哉を面白半分で嵌めようとしただけの犯行とも考えられる。客観的に見れば中学の時の事件を模倣したこと自体が浅はかとも思えるし、今回は証言者が何人かいた。つまりただ模しただけで中二事件とは性質や中身が全く違うと言えるのだが・・・・・
ん、何か引っ掛かるな・・・・・・・
「なあ聞きたいんだが、石渡のことを最初に犯人扱いしたのは誰だ?」
「アイツを? どうだったかなあ。刑事ドラマのセオリーじゃないけど、第一発見者ってことで疑われたんじゃないの?」
俺も最初は剛志と同じ様に考えてたし、実際その理由で疑われたとも聞いていた。しかしそうなると第一発見者である石渡を一番最初に見つけた第二発見者、もしくは第三以降の誰かが断定したか証言したことになる。つまりそいつを探し出せれば何か分かるかもしれない。
「千堂さんは?」
「覚えてないわ」
やっぱそう上手く事は運ばないか。だけどこの線はもう少し調べた方が良い気がする。それに石渡のアリバイの証言者を聞き回るよりは効率が良さそうだし。
「ねえ何考えてるのか知らないけど、とにかく石渡を徹底的に調べなさいよ」
「それは言われなくてもやるさ。他に言いたいことは?」
「・・・・無いわ」
「ならもういいだろ。ていうか外真っ暗だし送ってくか?」
「自転車で五分もかからないし必要ない」
あのママチャリは千堂さんのものだったのか。となると剛志は歩きってことだな。
「ならせめて玄関まで見送るよ」
剛志を部屋に待たせ千堂さんを玄関先まで送る。自転車に乗っかるまでは直ぐだったが、彼女はそこから中々動こうとしない。
「どうした、忘れものでもしたのか?」
「そうじゃない」
「じゃあなんだよ、もしかして俺との別れを惜しんでいるのか?」
「・・・・・死ね」
はい、小山さんに続き本日二度目の即死魔法を食らいました!
「だったらなんで帰らないんだよ?」
まったく意味が分からない。もしかしてまだ何か言いたいことでもあるのだろうか? 玄関先の電気を付けているとはいえ、そこから少し離れたここは薄暗い。それもあってか千堂さん表情に悲壮感があるように見えたのは気のせいだろうか?
「・・・ねえなんであんたは一哉のためにそこまで動けるの? 二人ってそこまで親しくは無かったんでしょ」
確かにそこまで仲が良かった訳ではない。自分でも未だに『なんでだろう?』と思うことだってある。それに正義感から動いているわけでもない。従って彼女の問いに正確に答えることは難しいのだが、強いて挙げるとすれば・・・・
「流れかな」
それは心境の変化と言い換えてもいいかもしれない。最初一哉から話を聞いたときに憤りは感じていた。しかし感じていただけで何となく手助け出来たら良いかな程度にしか考えていなかった。そして夏鈴さんやトウラ、そしてじいちゃんズの真実を知って何かが変わった。自分が他とは違う特殊な人間だと知った時、根拠のない自信が沸き上がったことが今日みたいな行動に反映されたのかもしれない。
しかしそれは行動を活発化させる要因であって一哉を助ける根拠にはならない。『お人好し』と言われてしまえばそれまでだが、俺は断固それを拒否する。
俺はそんな見返りもなく善行に走る人間ではないからだ。
「そう・・・」
「・・・・・・・」
いくら待ってもそれ以上何か言ってくる様子はなく、少しすると彼女は徐に自転車をこぎ始め帰っていく。その姿が見えなくなるまで見送った。




