47 左腕
「無視するなんて酷いなあ」
「人違いだと思ったんだよ。だってお前まだ電車に乗っているはずだろ」
「ちょっとしたサプライズしようと思っただけなんだけど、気付いといてまさかシカトするとか律樹は鬼畜だね」
ちょっと無視しただけで鬼畜とかあり得んだろ。お前の基準低過ぎはしないか?
「それで頼んでいたことはどんな感じだ?」
「またシカトかあ・・・」
学校を離れた後、押切にメッセージを送り別の場所で落ち合うことになった。無視した俺もちょっとは悪いと思っているが、あんな人だかりの中心にいる奴に声を掛けなきゃいけない気持ちも考えて欲しい。しかも大半は女子生徒だったし、それこそ鬼畜だろ。
「その集客力を低下させたらどこでも話しかけてやるよ」
「向こうが勝手に集まってきただけさ。僕はただ律樹が出てくるのを待っていただけなのにいつの間にか囲まれちゃってね。最初同じ中学だった子と話していただけなんだけど」
「サラッと自分がモテること自慢してんじゃねえよ、この優男が」
「僕に対して厳しくないかい? でもそんな風に接してくる友人って少ないから逆にありかも」
超が付くほどポジティブだな。これがモテる秘訣なのか?
「それでどうなんだ、例の人物とは連絡取れたのか?」
「一応RHINEで繋がってるからね、簡単って言えば簡単だったよ」
「つまり問題が発生したと?」
「最初から問題しかないじゃん。普通僕に告白してきた女の子を当事者の僕を通して紹介を頼むかい?」
押切の意見は尤もだ。こちらの方は鬼畜と言われても仕方がないとさえ俺も思っている。しかしその女の子には申し訳ないが、確実に呼び出すためにはこうするしかなかった。
「なんだかんだ言って結局取り次いでくれたんだし、お前ってホント良い奴だよな、感謝してるって。それとRHINEだけで済ませなかったってことは今日その女子に会える段取りになってるんだろ?」
連絡が取れただけなら押切は今ここにはいない。だとしたら今日この後会う予定になっているはずだ。
「時間は六時、駅前にある喫茶店集合だってさ」
「坂上るのだるいな。お前それ分かっててサプライズのためだけに下って来たんだよな、ご苦労なことで」
ここからだと駅に向かうには勾配のキツイ坂を上る必要がある。なのにコイツはそこを下って来て、今度は同じところを上ろうとしているのだ。
「慣れれば大したことないさ。どうする、時間が半端だけど先に行って待ってるかい?」
「それがいいな」
駅前の喫茶店に向かう途中、これからやってくる女子の情報を聞いてみた。何でも県内でも高偏差値を誇る女子高に通っているようで、その学校はここから通うには少し遠い場所にあるようだ。今日は俺達・・・いやもしかしたら押切に会うことが一番の目的かもしれないが、とにかく学校が終わり次第すぐに帰ると言っていたらしい。
俺のことちゃんと話してあるよな? 会っていきなり「あんた誰?」とか言われたらメッチャ気まずいんだけど・・・・
「喫茶店って言うからてっきり新しい方かと思ったんだが、まさかこの店だったとは」
押切に連れてこられたのはチェーン店のコーヒーショップではなく、一度も入ったことはないが昔からある駅前から裏路地に少し行ったところにあるレトロな店の方だった。
「あそこだと知ってる人がいるかもしれないだろ。普段なら気にしないけど、今日はそうじゃないと思ってね」
それだけでなくほぼ全面ガラス張りの造りの為、外から丸見えでもある。押切の言う通り今日は人目を憚って話がしたいのでナイスチョイスといえる。
「お気遣いどーも」
喫茶店の書き入れ時の時間が何時ごろなのか知らないが、店内には二組のお客しかいない。俺達は四人掛けのテーブルに案内され二人ともホットコーヒーを注文した。時間まで適当な話をして時間を潰し、約束の六時を過ぎたところで一人の女子高生が店の中に入ってきた。
「こっちだよ鞠」
直ぐに押切が声を掛ける。鞠と呼ばれた女子高生は肩で息をしており、どうやらここまで走ってきたようだ。
どんだけ押切に会いたかったんだか・・・・
俺も押切も窓側の奥の椅子に座っていたのだが、彼女は迷うことなく押切の隣に座ることを選択した。そして俺の隣には「悪いけど鞄そっちに置いてくれる?」と渡された鞄が置かれている。
秀才と聞いていたのでどちらかというと大人しめの子が来るのかなと勝手に想像していたが、はす向かいに座る女子高生は、髪を染めたり派手な化粧などはしていないものの、学校内に置いてヒエラルキーが高そうな風格がある。
「彼女は小山鞠で小、中が同じ。それで彼は高遠律樹。小学校は逗麻小だけど三年の時に引っ越したんだっけ?」
小山さんがアイスコーヒーを注文したところで仲介人である押切が互いを紹介し始める。彼女が席に着いてから三人の間には微妙な空気が流れ始めていたのだが、彼が話始めると不思議とそれは霧散していった。
「それで合ってる。今年の春から逗麻高に通うために戻ってきたんだ。よろしくな、小山さん。それと急に呼び出して悪かったな」
「別にいいのよ。どうせ帰るのが少し早いか遅いかの違いしかないんだから」
割と普通の対応をしてくれているが、その実俺を見る視線の中に敵意のようなものが感じられる。まあ初対面だし呼び出した理由も押切には伏せてもらっているから当然と言えば当然なのかもしれない。
「それで初対面の私に聞きたいことって何?」
どうやら俺とは世間話をするつもりはないらしく、すぐ本題に入れと催促してきた。ちょっとばかし悲しい気持になってしまったが、逆に言えば回りくどいことをしなくても良いということだ。しかし初対面を強調させてくるあたり、余り俺のことをよく思っていないことがよく分った。まあ今から俺が話す内容で『もう二度度私の前に現れんな』と言われるかもしれないからそこは覚悟しないとな。
「小山さんが中二の夏休み前、ある人に告白した時の話を知りたい」
「はあ?」
眉を顰め『アタマ湧いてんの?」とばかりに睨まれてしまう。まあこうなることは想定内だ。
「と言っても告白そのものを聞きたいんじゃなくて、その前後のことを聞きたいんだ。どちらかというとその後のことになるのかな?」
「ねえ楓紀どういうこと、あんたもこの話のこと聞いてたの?」
「ゴメン鞠。僕も詳しくは聞いてないんだ。だけど橋本一哉の冤罪を晴らすために協力してくれって言われてさ」
「橋本・・・・・」
一哉の名前を聞いて小山さんはトーンダウンする。確かに現状ではその名前は同級生にとって耳障りなことも理解はできる。
「それが私と何の関係が? ましてや私の話を聞いたって意味なくない?」
「意味ないかどうかは話を聞いてからなんだけど、俺の言い方も悪かったな、スマン。それで意味無いってことは小山さんは一哉の事件には無関係ってことでいいか?」
「・・・・そうに決まってるでしょ。私はその時友達と別な場所にいたし。なんならその友達も今から呼びましょうか?」
「うーん・・・別にそこまではいいかな」
俺が聞きたいのは別な事だし、彼女にアリバイがあるのなら無駄になるだけだしな。
「ならもう私は関係ないよね? 話が終わりならとっとと帰ってくれないかな。せっかく久しぶりに楓紀に会えたんだし私は二人だけで話がしたいの、それこそ大事な話をね」
いやー、覚悟はしてたとはいえここまで嫌われるとはね。だけどまだ話は終わっていない。それこそ大事な話がね。
「もうちょっとだけ付き合ってくれな。ほら押切からも言ってくれ、頼む」
「ハァ・・・ちょっとは僕の気持ちも考えてもらいたいものなんだけど・・・・ねえ鞠、今度友達何人かと遊び行くんだけど、良かったら一緒にどうかな?」
「えっ? 行く行く、絶対行く!」
チョロすぎんだろ!
だけどまさか押切が自分を犠牲にしてまで小山さんを引き留めてくれるとはな。ホントいい奴だ。
「じゃあもう少し律樹に協力してやってくれ、お願いだ」
「分かったわ。それで何が聞きたいのよ?」
片肘をつき仕方ないと言った様子で俺に向き直す小山さん。さっきまで押切に向けていた乙女の表情は何処へ行ったのやら・・・・・
「まずは小山さんと橋本の違いかな」
「私と橋本の? 意味わかんないんだけど」
「どうして橋本はあんなことになって、反対に小山さんには何も起きなかったってこと。要するに何で一哉は告白をみんなからバカにされて小山さんはそうじゃなかったのか知りたいんだ」
ある程度の予想はついているが、ここはやはり当事者から話を聞いておきたかった。
「そんなこと? 簡単よ、私はそうならないよう注意してただけ。出来るだけ誰にも悟られないよう動いた。だけど橋本に関してはそうじゃなかった。翌日クラス中に知れ渡ったってたということはつまりはそういうことでしょ?」
ご尤もで。だけどそれだけじゃないはず。
「学校での立ち位置とかは関係なかったの? 極端な言い方をすれば橋本君は弱者で、小山さんは強者。弱者にはみんな遠慮なくイジれるけど、強者にはそうは出来ないとか」
「あんたが私のことをどう思ってるかなんて気にしないけど、まあ否定はしないわ。実際私って見下されるの大嫌いだし、面と向かって見下してくるやつはほとんどいなかったのも事実よ。言っておくけど告白の件をコソコソと陰口を叩かれたりもしたわ。でもそれくらいなもので、表立って何か言われたのはあなたが始めてよ」
皮肉たっぷりごちそうさまです。
しかし彼女の告白も細心の注意を払っていたとはいえ一部にはバレてしまったってことか。だけど押切に告白す奴なんて数多くいるだろうし、彼女の立ち位置や性格も相まってそれほど大きな話題にならなかったと考えられる。
「小山さんの初めてになれて何よりだな」
「・・・・死ね」
うん、これは俺が悪いな。
「死にたくないから話し変えるけど、石渡って知ってるよな?」
「ええ、あんま関わったことないけど小学校から同じだし、名前と顔くらいは分かるわよ。そいつがどうかしたの?」
「実は俺と同じ学校でしかも同じクラスなんだが・・」
「やっぱりあんたのその制服逗麻高のよね。へえ、見かけによらず割と頭良いんだ」
「小山さんほどじゃないよ。んで俺が聞きたいのは石渡が誰かに告ったり、もしくは誰かが好きだとか聞いたことあるかなってことなんだけど」
「・・・・知らない。聞いたことない」
「ホントに? 噂程度でもいいんだけど」
「知らないって言ってるでしょ!」
なんかしんないけど怒らせてしまったようだ。片肘をテーブルに着けるのを止め、今度は背もたれに体重を預け腕を組みをしている。まあ最初から石渡に対して好印象を持っていない様子だったし、単純に嫌いなだけかもしれない。
「押切はどうだ、そう言った話を耳にしたことないか?」
「告白したって言うのは聞いたことないなあ。だけどその逆はあるけど」
「マジか!」
「あくまで噂だけどね。相手は・・・・ゴメン、かなり前の話だったしちょっと忘れたかも。ははは・・・」
イケメンだからと言ってそうやって笑えば許されると思うなよ。と言っても一哉の件とは関係なさそうだし問題はないけどね。
「それで誰かを好きだったという話は?」
「うーん、僕も親しくなかったしそういう噂は聞いてないかな」
「そうか。俺的には文字さん辺りが本命だと思っていたんだが、確証はないんだよなあ」
「文字さんかあ。確かに彼女って可能性は低くはないかもしれないね。でも可能性だけなら他にもいるし、こればっかりは本人に聞くしかないんじゃないかなあ」
それを俺が聞いたところでアイツは絶対に答えないと思う。ていうか大抵は誰が聞いても無理だって話だよな。
「石渡の話は分かった。次が最後の質問何だが・・・・・・小山さん左手怪我でもしてるの?」
最初は腕組をしているだけだった彼女だが、少し前から腕組を解き右手で左の腕の部分をさすり始めていた。
「何でもないわよ。早く聞きたいことを言いなさいよ」
「でも顔色も良くなさそうだし、本当に平気なの?」
「大丈夫って言ってるでしょ! サッサとしてよ」
明らかに今までの様子と違う気がする。何と言うかどこか怯えている様にも見える。
「分かったからそんなに怒んないでくれって。じゃあ聞くけどさ・・」
ここで一回言葉を区切る。今からする質問は蛇足で的外れなものになる可能性が高いが、もしそうでないとしたら、真相にグッと近付けるかもしれない、いわゆる博打的な要素が大きいものだった。
「もし自分の常識とはかけ離れた事象を目の当たりにしたりもしくは体験したりした場合、小山さんならどうするかな?」
数日前の俺だったら絶対にしない質問。裏を返せば目には見えない何かの境界線を越えてしまった俺だからこそ出来る問とも言える。
俺のその問いに対して正面にいる押切の反応は薄い。強いて言えば、どういう意味で俺がそんな質問をしたのか考えている様子だった。つまり押切には思い当たる事象が身近で起きたことがおそらくだが無いということだ。
しかし小山さんの反応は違った。
「あんたそれって・・・・」
ビンゴ! 彼女の周りで何が起こったのか知らないが、少なくとも俺の質問の意図を正確に読み取た反応なのは確かだ。
「あーゴメン、これはちょっとした例え話しとういか心理テスト的なやつ? そんな深く考えて答えてもらうつもりなかったんだ。実を言うと石渡のが実質的な最期の質問で、今のは遊びみたいなもんだから。だから今のは忘れてくれ」
この場に押切がいる限りこれ以上の深入りは出来ないし日を改める必要がある。今のやり取りで俺が何かに勘づいていることを小山さんは感じただろうし、今日の成果としてはこれで十分だ。あとは彼女と二人で話せる機会を作ればベストなのだが、ここで連絡先を聞ける雰囲気でもないし、その方法は後で考えるしかなさそうだ。
「そう・・・・じゃあも帰っていいかしら?」
小山さんは怒るどころか皮肉を放ってくることもなく、ただ淡々とそう言った。やはり俺は博打に勝ったようだ。それも大穴を一発で当てた、そんな気分だ。
「いや俺が帰るよ。二人だけで話したいんだろ? だったら俺が消えるべきだ」
「僕も時間の余裕はあるし鞠が大丈夫なら付き合うよ」
そうそう、心のケアは優男に任せるのが一番。
「ううん、今日は疲れたしやっぱり帰るわ。それと高遠ID交換しましょ。橋本のことで何か思い出したら連絡してあげる」
えっ?
「なに驚いてるの?」
「いやなんというか今までのやり取りで何処に交換したくなる要素があったのか思い返していたんだが・・・・」
「確かにないわね。でもそんなことどうでもいいから早くスマホ出して」
「ウ、ウッス」
なぜ俺は急に体育会系になってしまったんだ?
まさか彼女の方から連絡先を教えてくれるとは思ってもみなかったが、これで進めやすくなったことは確かだ。
「ホントゴメンね楓紀」
「いいよ。遊びに行く話は詳しく決まったらすぐ連絡するから」
「お願いね。高遠悪いけど私の鞄とって。ああカップ危ないから通路からね」
「はいはい」
大して重くないし別にテーブルの上で渡しても良さそうだったが、彼女の言葉に従う。必然的に席を立つことになり通路へと出る。小山さんはスマホを弄っている押切を横目で見た後、顔を近付け小さな声で、
「脅迫まがいなことしておいてさっきの呆けた顔は何のつもりよ? 私を揶揄って楽しんでるの?」
と、謂れのない言葉を投げかけられた。脅すつもりは全くなかったのだが、結果として彼女はそう受け止めたのならそれが答えなのだろう。一応反論はしておこうと思ったが、スマホを弄るのを止めた押切が「何かあったのかい?」とこちらに向かって聞いてきたので、その機会を失ってしまう。
「ううん、コーヒーいくらかなって聞いてただけ」
まだ顔色は良くなさそうだが何事もなかったように答える小山さん。さっきはかなり動揺しているようだったが、少しずつ持ち直してきているようだ。
「呼び出したのは俺だしここは俺が全部払うよ。今日はありがとうな小山さん」
「そう? なら遠慮なくご馳走になるわ。楓紀またね」
「ああ気を付けてね」
立ったまま小山さんを見送る。彼女が店から出たところで押切が、
「もう少し話出来るかい?」
と、穏やかに言ったが、『分かってるよな?』と有無を言わせない圧がヒシヒシと伝わってきたのは言うまでもなく、仕方がないのでもう一度席に着いた。




