45 同士と同志のランクアップ
「えっ子犬?」
「律樹、今は英語の補習の時間よ。子犬ではなくpuppyもしくは略してpupと言いなさい」
突っ込むところそこ? しかし今はそれどころではない。俺のポケットから子犬が出てくるところを河島さんに見られて・・・・ない?
「えっと夏鈴先生、どうして私の顔の目の前にプリントを?」
隣に座る河島さんの顔の真正面には彼女が言った通り補習のプリントがあった。それはテーブルに身を乗り出した夏鈴さんが突き出しているもので、そのおかげで俺が子犬を取り出した場面は見られていなかった・・・・はず。
「あなたはこのプリントに集中するべきよ」
うん、苦しい言い訳だが一応嘘は言ってないように思える。
「でもいま犬みたいな鳴き声が聞こえましたよね。というか二人とも子犬がどうとか知ってましたし・・・」
ヤベー詰んだかも。これはどう言い訳しても疑われるのが目に見えてる。しかも仲間である夏鈴さんは嘘を吐けない呪いが掛かってるし、一流の棋士ならこの詰め路を見逃すはずがない。
「子犬と補習、今大事なのはどちらかしら?」
いやどう考えても状況的に子犬の方がウェイトが高いぞ。なんなら補習は中止にしてもいいくらいだし。
「アンアン!」
膝元で抱えていた子犬が再び鳴き、ここで俺は投了を決意したのであった。
「夏鈴さんもう諦めましょ」
「そうね、これ以上は無意味だし、すみれにだったら話してもいいかもしれないわね」
かもしれないわね、じゃねえ! いくら何でも本当のこと話すわけないだろうに。
夏鈴さんはプリントをテーブルの上の戻し椅子に座り直す。それと同時に河島さんは俺の膝の上で行儀良くしている生物を見て一瞬驚きの表情をさせたものの第一声は、
「もふもふのわんこちゃんだー、カワイイー」
どうしていきなり現れたの? ではなく感情を全面に出した言葉だった。
「そうだな」
今は河島さんに合わせるのが無難そうだ。
「この子って高遠君の?」
「・・・まあそうだな」
もしかしたらそうなるかもって意味でだけどね。
「名前は何ていうの?」
「最近出会ったばかりだからまだ決まってない」
約一分前に出会ったばかりだぜ。
「男の子? 女の子?」
「えーとどうだろ・・・・ああ付いてるしオスだな」
何がとは言えんけど。
とまあこんな感じの緩い会話が続いたのだが、河島さんからの本日二度目のぶっこみがとうとうやってきてしまった。
「それでどこからこの子を出したのかな? 私の記憶だとポケットからシャーペンを出すと言ってた気がするんだけど、なんでこの子が出てきたのか詳しく教えてくれないかなあ?」
ああやはり彼女は一流の棋士並みの読みを持っていたみたいだ・・・・・・なんてふざけたことを考えている場合ではない。
「おいおいいくら何でもポケットから子犬が出てくるわけないだろ。実は最初からこの机の下で昼寝してたんだよ。丁度夏鈴さんがプリントを出したタイミングで目覚めたみたいだ」
どうだ! 少しい苦しいが筋は通ってるぞ。
「なーんだそういうことかあ。だったら最初から言ってくれれば良かったのに。こんなカワイイ子隠しておくなんて高遠君も意地悪だなあ」
ふう、何とか誤魔化せたぞ。
しかし・・・・
「悪いな。コイツを起こしちゃいけないと思って・・」
「とでも私が言うと思ったのかなあ?」
「へっ?」
河島問屋は俺対し何も卸してはくれなかった。しかも子犬を見た時から笑顔を絶やしていなかった河島さんだったが、今は目だけは笑っていないように見えるのは気のせいだと思いたい。
「ねえ知ってる? この部屋に入る時このテーブルの下丸見えなんだよ」
「えっ?」
「私が入ってきたときこの子は確実にいなかったし、そうなるとどこから出てきたのか不思議だよねえ」
何かスゲー怖いし圧も強い。こんな河島さん初めて見たよ・・・・
「ほ、ほら、俺の足元で寝てたからちょうど見えなかったんじゃないかな、あはははは・・・」
苦しい、苦し過ぎるぞ。誰か助けてくれー。
「もうその辺にしてあげたらどうだ、すみれ」
願いが通じたのか、ここまで完全に外野を決め込んでいた夏鈴さんが口を開いた。
「そうですね。というか私も正直驚いてます。本当にどこからこの子を出したのか気になります」
えーちょっと意味が分からないんですが・・・・・
「ちょっと待って、その前にどういうことか説明してほしいんだけど。二人ってもしかして知り合いだったの?」
「ううん違うよ。夏鈴さんと会ったのは今日が初めてだよ。名前とかそれ以外のことは色々と聞いてはいたけど」
「そうね。ワタシもすみれに会ったのは初めてよ。顔を知ったのは今日ではないけど。ね、律樹」
俺を見てパチリとウィンクをする。彼女の正体を知らない俺以外の男子だったら今ので完全に落ちてしまうな。それと念写の件は河島さんお前で持ち出すな!
「でも初対面という割には二人とも互いに訳知りって感じだった気がするんだけど、一体どういうこと?」
「あーそれはね律樹、お爺ちゃんたちが絡んでいるって言えば理解してくれるかしら?」
「OK、秒で理解した」
「私が言うのもなんだけど、理解するの早すぎない?」
なるほど、河島さんはじいちゃんズのダーク寄りのグレーな人脈のことを知らないとみた。なんだか安心するな。
「不可能なことはないんじゃないかってくらいの力をあの人達は持ってるってことだよ。たぶん知らない方が身のためだと思うぞ。それで二人の関係は分かったけど、互いのことは何処まで知ってるんだ?」
というのもさっき河島さんは『色々と聞いていた』と言っていたことから、それがどこまでを指しているのか気になっていた。
「知ってるのは夏鈴さんが私と同じで普通の人間ではなく特殊な何かを持っているってところまでかな」
ん、ちょっと待て、今サラッと何か大事な事言ってなかったか?
「ワタシはある程度源六さんから聞いてるわ。すみれが持つ力のこともね」
「ストーップ。てことはつまり河島さんも・・・・」
「うん、二人と同じで普通とはちょっと違うものを持ってるよ。と言ってもそんな大した力ではないけどね」
大したか大したことないかは問題じゃない。重要なのは河島さんが普通ではないものを持っていること自体が驚きなのだ。しかもどうやら俺のことについても知っているようだし。
「それっていつから?」
「私の力? それとも高遠君のことを知った時期のこと?」
「どっちも、と言いたいところだけど、まずは俺のことかな。もしかしなくてもやっぱりじいちゃんズから?」
「直接ではないけど出どころはそうなるのかな。高遠君のことを知ったのは・・・・・ゴメンちょっといえない、でもつい最近の話じゃないってことだけは教えておくね」
「そうか・・・・じゃあそうなると力の方も?」
「こらこら律樹、女の子の秘密を暴こうとしないの。それに秘密が多い方が魅力が増すって言うし、その方があなたにとっても嬉しいでしょ?」
そんなのなくても河島さんは十分魅力的な少女ですよ。
「ホントゴメンね。でもそう遠くない未来に私の方から高遠君に打ち明けられると思うの。だからそれまで待っていてくれると助かるかな」
そんな言い方されたら待つ以外の選択肢が出てくるわけねえ。しばらく無選択ですみれルートを突き進むしかない。って何のこっちゃ?
「表面上だけでも教えてくれた訳だし、今はそれだけで十分だ。ところで今日ここに俺達三人が居るのって二人が仕組んだことで、それに俺がまんまと乗せられたってことなのか?」
だとしたら全く気付けなかった俺はとんだピエロだな。
「それは違う。律樹を呼び出したのは最初から考えてたことだが、すみれに関しては流れってやつだ。そもそもすみれと本格的に接触するのはもう少し後の予定だったしな」
「夏鈴さんお言う通りだよ。まさか高遠君があんなところにいるとは思わなかったし。もしかして心配してあそこに立ってたのかな?」
「そりゃ絡まれてるの見たら誰だって心配するだろ。いざとなったらまた文字様を降臨させるつもりだったし」
本当は夏鈴さんが来なければ飛び出して無理やり教室から連れ出していたかもしれない。いや実際そうしようとしていた。今思い返すと何か恥ずかしいな・・・・
「実はあの時玲美ちゃんが『助けようか?』って視線で送ってきてくれてたんだよ。どうにもならなければもしかしたら頼んでたかもだけど、その前に廊下から大きな音が聞こえたから」
何か知んないけど下の名前で呼んでるし。仲良くなるの早くね?
「そしたら俺と夏鈴さんが居たって訳か。そりゃ確かに偶然だな」
「という訳で今こうして私達が集まっているのはただの偶然ってことなのです」
そう言いながら河島さんは俺の膝の上で大人しくしていた子犬を奪い取り胸のあたりでギュッと抱きしめる。
「クゥン」
「キャー、ホント小さくてカワイイなあ」
それって自分のことを言ってる?
「ねえもしかしてこれが高遠君の力なの? 聞いていた話と違う気がするけど、でもそれくらいしか考えられないし・・・・・・・それとも夏鈴さんの力ですか? あっゴメンなさい、人に詮索しないでって言っておいて自分が聞くのはダメだよね。今のはなし、忘れてください」
余程犬が好きなのか、子犬を抱えてからやや興奮状態に陥っている。
「ワタシには生きたものを移動させる力はないわよ。出来るのは・・・・・」
すると夏鈴さんの手の中に突然シャーペンが現れる。
「このペンのように命が宿っていないものだけ。だから鉢に植えられた花を移動させようとしても鉢植えだけがこっちに来て、元の場所には花だけが残るの。便利そうで意外と不便でしょ」
いえいえ十分すぎるくらい便利ですから。
「それでもすごいです。夏鈴さんはテレポート系の力を持っているんですね」
「それだけではないわ。そもそもこれは魔法の一つだし、得意と言う程でもないのよ」
「えっそうなんですか? というか魔法って・・・・・」
「お爺ちゃんから本当に詳しいことは聞いてないようね。この際だから言っておくけど、ワタシはこの世界とは別の世界から来た異世界人なの。だからこの世界の理とは少し違うものを持っているってこと」
「い、異世界人!?」
「キャイン!」
「あっゴメン、強くしちゃって痛かったよねペンシー」
どうやら夏鈴さんがそこまでの特殊性を持っているとは思っていなかったらしく、抱いていた子犬を思わず強く締めるくらいに驚く河島さん。
ところでペンシーって? もしかしてもう名前つけちゃったの? ていうか別にあなたの犬ではないんですけどー?
「か、夏鈴さん、そこまで言っちゃっていいんですか?」
「何度も言うけどすみれなら問題ないわ」
「どこからその信用が湧いてくるんだか・・・・・まあ河島さんなら吹聴することはないと思うのでいいけど」
「それで結局この子を出したのは高遠君ってことだよね。あっ答えなくても大丈夫だから」
マジカルな巾着袋の話をするということは必然的にトウラの話を出さなくてはならない。いくら彼女が信用に足るに人物だろうが、さすがに他者の秘密を話すわけにはいかない。
「こっちこそ悪いな。河島さんじゃないけど機会があったらたぶん話せると思うから」
「分かった。でもこれでお互い秘密を抱えあう仲間だよ。つまり今から私たちはただの知り合いから同志へとランクアップしたってことでいいよね」
「まあそうだな。だけど絶対教室ではその話を出さないでくれよ。どう考えてもイタイ奴にしか思われないから」
河島さんが特殊な力を持つ人間だと聞いて最初は驚きもしたが、強制的に耐性を付けられたおかげか、割と簡単に受け入れることが出来た。そして彼女は俺の力がどんなものなのか知っているような素振りだったが、実際のところ当の本人の俺は何も自分のことを何も分かっていない。そこだけが気がかりだったが、この時点で聞くのは何となく違う気がして頭の隅に留めるだけにした。
「まだ色々話はあると思うけど今はそれより」
と、夏鈴さんは子犬をチラッと見た後に言った。
そうだった、この子犬を何とかしなければ。一番いいのは夏鈴さんが放課後まで預かってくれることなんだが、彼女だって午後の授業があるだろうし、どうすれば・・・・
「早くしないと時間内に補習のプリント終わらないわよ」
そっちかい!




