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44 ぶらこん

 応接室の中は俺と夏鈴さんの二人だけ。今日はまだ誰も使っていなかったのか応接室の中の空気がこもっていたので、室内に入るなり窓を開け外の新鮮なものと入れ替えた。今日は外気温も高く開けっぱなしの方が心地よいので窓はそのままにしてある。


「それでちゃんと説明してくれるんですよね?」


「それはワタシがこの学校で働くことになったこと? それともさっきのことかしら?」


 俺の目の前には自分で作った弁当があるが、正面居座る夏鈴さんの手元にjはコンビニの袋が置かれていた。作る手間は変わらないし明日以降夏鈴さんの分も準備しようかと言おうとも思ったが、まずは彼女の真意を聞くことを優先させた。


「まずは学校の方。いつから決まってたんですか?」


「正式に決まったのは昨日よ。話自体はもう少し前からあったけど、お爺ちゃんが中々首を縦に振ってくれなくてね」


 せっかく入った大学を休学してまでここで働くと言ったら誰だって反対するだろう。だが彼女の特殊性を鑑みればその限りではないのかもしれない。


「まあそれは別にいいんですよ。夏鈴さんが何をしようが自由ですし。だけど先に話しておいてくれても良かったんじゃないかとは普通誰でも思いますよね? もしかして口止めされてたとか?」


 それに嘘嫌いな夏鈴さんが隠し事をしていたのも腑に落ちない。


「特にそう言ったものは無いわ。ただ単純に律樹を少し驚かせようと思ってだけよ」


「その点に関しては安心してください。たぶん夏鈴さんの期待通り、もしくはそれ以上驚かせられましたから」


「ホント期待を裏切らないでくれて嬉しかったわ」


 ふふふ、と女性らしく笑うその姿は誰が見ても育ちの良いお嬢様にしか見えないが、それを真に受けてちょっかいを出そうものならその人物の命の危険に晒されることになるだろう。まともに戦った姿を見たわけではないが、さっき本気の力で押してもビクともしなかったことか普通の人間ではあり得ない身体能力を持っていることは間違いなさそうだ。


「・・・・・んで理由は今朝言ってた刺激が欲しかったから?」


「それは二番目の理由ね。一番は学校その物に興味があったからよ」


「でも大学は退屈だったんですよね。行ったことないから分からんけど大学とそんなに違うかなあ? むしろ自由度的には断然大学の方があると思うんだが」


「何か目的があってそれに没頭できるものがあるなら大学の方が面白いかもね。だけど残念ながらワタシを虜にするような学問は見つからなかったの。ならあまり行く意味がないと思わない?」


 夏鈴さんは割と根が真面目なのかもしれない。俺の勝手なイメージだが、大半の人間は大した目的もなくただ就職に有利だとかもう少し遊びたいと考え大学へと進学している。もちろんそうではない人間もいるが、それは少数派だろう。


「理屈としては理解できますけど・・・・まあそこは好きにしてくださいって感じかな」


 もう働き始めているわけだし俺が騒いだところで夏鈴さんが辞めるとは思えない。願わくば面倒事を起こさないでくれということだ。


「実はもう一つ理由があるのよ。これはお爺ちゃんが最終的に了承してくれたことにも繋がるのだけど、ワタシがこの学校にいる間はあなたのサポートをすることになってるの」


「サポート? それって勉強的な意味合いの?」


「ある意味勉強かもしれないわね。というか本当は律樹も気付いているんじゃないの? ワタシがこの学校に来た別の理由」


 ここ最近の出来事から推測するに「もしかしたら」と頭の隅にはあったけど、まさか本当にそうだったとは・・・・・・


「もしかしなくても怪異的な類のことだよね? こっちは『もしかして』で留まって欲しいと願うばかりだけど、この学校に何かあるってこと?」


「今は詳しく言えないけど、この学校でというよりこの学校に在籍している人間にあると言った方が正しいわ。そしてそれは何も怪異の類に限ったことではないのよ。それと先に言っておくけどワタシは万能ではないし全てに対応できるとは思わないこと」


「まず頼らざるを得ない状況にならないことが一番なんだけどね。それはそれとしてもう一つの方は?」


「土井って子の話ならちょっとやり過ぎたかもって反省してるわ。それに余計な事もしたってね」


「ホントなんだか・・・・」


「信じられないの? ワタシが嘘を嫌いだってこと律樹だって知ってるでしょ」


「そっちじゃないです。本当は最初から土井を無理やり部活を辞めさせるつもりはなかったんでしょ?」


「どうしてそう思ったの?」


「んー何となく? 何ていうか夏鈴さんらしくないかなって」


「だったらワタシらしいやり方ってどんな感じなのか教えてくれるかしら?」


「上手く説明できないかもだけどさ、弱い者を守るということ自体は夏鈴さんらしいんだけど、今回のことはらしくないって言うか・・・」


「ハッキリ言うけど律樹はワタシより弱いわよ」


「ホントハッキリ言いきりましたね。まあ否定はしないけど。なら聞くけど俺と土井を比べて俺の方が圧倒的に弱者だと本気で思ってます?」


 だとしたらショックで寝込みそうだ。別にどっちが上とか興味ないけど、大差を付けられて俺の方が圧倒的に弱いと思われるのも正直癪ではある。


「ワタシからしたら二人とも差はないわね。五十歩百歩、どんぐりの追いかけっこってところかしら」


  何か微妙に違うけどまあいいか。


「でしょう。つまりどっちが強者でどっちが弱者とかは分からない中で、夏鈴さんが俺を助ける理由が無いってことですよ。ましてや俺自身から助けを求めたわけじゃないしね」


 確かに土井はムカつくけど、だからと言って絶対的強者であろう夏鈴さんにどうにかしてもらおうとは一ミリだって思ったことはない。それは俺のプライドにも関わることだし、夏鈴さんだってそれくらいは分かっているはずなのに、どうしてあそこまでしたのか疑問だった。


 だがその疑問も彼女が発した次の言葉で解消した。


「ワタシには律樹と同じくらいの歳の弟がいるのよ」


 どこか遠くを見つめるように言う夏鈴さんの顔は、悲しさと懐かしさが入り混じった、そんな表情だった。


「現在進行形ということは生きてるってことですよね?」


 言った瞬間自分自身のバカさ加減に気付く。


 彼女の言う弟とは間違いなく向こうの世界に居る人物のことだ。だとしたら今の俺の質問は無神経他ならない。しかし俺が考えていることを察した夏鈴さんは優しく微笑む。


「ふふふ、そんな顔しなくてもいいのよ。弟とはこっちの世界に飛ばされる少し前に会えたし、その時は元気そのものだったから正直そこまで心配してないの。ただあの子って昔から少し臆病なところがあって、それだけが唯一の気がかりと言えば気がかりかしらね」


 口ではそう言っているが表情を取り繕っているように見えた。そう言えば今こっちの世界に飛ばされてきたって言ってたけど、まだその辺の詳しいい事情は聞いていない。やはりトウラ同様強制的かつ理不尽に飛ばされたのだろうか?


 夏鈴さんのことだし本人に聞けば割とあっさり教えてくれるとは思うけど、今はそんな雰囲気ではないな。


「弟さんと俺が被って見えたから思わず余計なことをしたって感じ?」


「んー、全く似てないし年齢意外の共通点もあまりないのだけど、なんか構いたくなっちゃうのよね。気付いてたかしら? ワタシこれでも律樹と会ってから自重してたのよ。本当はもっとあなたに構いたいんだけど、流石に迷惑だと思ってね」


 この人絶対ブラコン気質あるな。俺には上の兄弟が居ないので姉という存在に多少の興味と憧れはあるが、この年齢になってベタベタと構われるのは考えものではある。


「現状維持でおねがいします。でも夏鈴さんのこと姉みたいな存在だとは思ってますよ。だからと言って今日みたいな過保護な言動はお控え願いたいですが」


「ふふ、分かってるって。それに今はマコトもいることだしね」


「そっちも程々にしてあげてくださいね。じゃないとトウラが怒りそうだし」


 異種格闘技戦ならぬ異世界格闘技戦も見てみたい気もするが、警察沙汰か最悪自衛隊まで出動してしまいそうで怖い。


「どうやらすみれが来たようね」


 夏鈴さんはドアの方を見ながらそんなことを言う。足音か何かで判断したのかなと思い俺も意識を室外の方へと向けたが、足音らしきものは一つだけではなく幾つもあることしか分からなかった。


「すいませんお待たせしちゃって」


 夏鈴さんが言った通り開かれたドアから顔を覗かせたのは河島さんだった。やっぱスゲーな異世界人は。


「いいのよ。でも律樹はもう半分くらい食べてしまっみたいだけど」


 そう言えば夏鈴さんは袋から取り出してもおらず、一切何も口にはしていなかった。つまり俺はそのことを気にすることなく食べていたわけだが・・・・・


「もしかして夏鈴さんは河島さんが来るまで食べるの待ってたの?」


「当然じゃない。あなたもそれくらいの気遣いが出来ないとダメよ。じゃないとワタシの弟のような良い男のにはなれないわ」


 ヤベーな、夏鈴さんどんだけ弟LOVEなんだよ。それに会ったことのない人間と比較されてもなあ。


「ぜ、全然気にしなくても大丈夫だから。寧ろ待っててもらう方が気が引けると言いますか・・・・とにかく高遠君は悪くないから」


「ほら本人も気にしてないって言ってるしさ、夏鈴さんの考え過ぎだって」


「ねえすみれ、気にはしていないのかもしれないけど、律樹があなたが来るまで食べるの待ってたら嬉しいと思わない?」


 なんだよその露骨な誘導尋問。そんな聞き方したら、


「そう・・・かもしれないですね」


 ほらそう答えるしかないじゃん。今日の夏鈴さん余計な事しか言わんな。


「はいはい、次から気を付けますよ。河島さんも早く座って食べなよ」


 夏鈴さんへの当てつけの意味を込め、紳士然を装い隣の椅子を後ろへと引っ張りここへ座るように河島さんを促す。


「あ、ありがとう・・・・」


 恥ずかしリながらも素直にそこへと腰を下ろし持っていた弁当の包みを開き始める。


「やっぱり二人は仲が良いのね」


「さあどうだろうね?」


 イジリに対してムキになっても仕方がないので適当に返す。河島さんはというと、彼女は聞いていなかったのかそれともあえて夏鈴さんおその言葉を無視したのか分からないが、視線と意識は俺の弁当に向かっていた。


「やっぱり高遠君のお弁当っておいしそうだよね。自分で作ってるって言ってたけど本当?」


「まあな。料理は俺の数少ない特技の一つだし、嫌いじゃないしな」

 

 今度は夏鈴さんの手元に視線を移す。そして再び俺の弁当に戻し、


「一緒に住んでるのにお弁当は別々なんだね」


 不思議そうな表情をさせながらそんなことを言う。それにいち早く反応したのは俺ではなく、袋から取り出した総菜パンを開けようとしていた夏鈴さんだった。


「律樹の家では朝食と夕食しか出ないの。お昼は自分で準備しなきゃいけないし、そもそもワタシは料理というものが壊滅的でね。食材を切ったりするのは問題ないのだけれど、味付けや調理までするとワタシの場合違ったものが出来てしまうのよ。もしかしたら錬金術師だった祖母の血が強いのかもしれないわね」


「錬金術?」


 コテンと首をかしげる河島さん。うん、いつみてもとても可愛らしい仕草な事で・・・・じゃなくて!


「はっはっはー、オーストリアでは薬剤師のことを昔からの名残で錬金術師と呼ぶらしいんだよ。ほ、ほら日本でもあるじゃん、えーと・・・・・とにかくそういうことだから」

 

「へーそうなんだ。昔の名残って確かにあるよね。私も今すぐには思い浮かばないけど」


「律樹あなた・・」

「夏鈴さん良かった明日からお弁当作りましょうか?」


 あなた嘘はダメじゃない! とか言いたいのだろうが、河島さんに変な誤解・・・ではないけど、とにかく素性を疑われるような事態は避けねば。


「・・・・・本当にいいの?」


 おっ、食いついてきたぞ。これなら一気に押し通せそうだ。


「二つでも三つでも作る手間は実際のところそう変わらないし、孫七さんから多めにお金貰ってるから全くもって問題はないですよ」


「ならお言葉に甘えてそうしてもらおうかしら。コンビニの物も悪くはないのだけれど、やっぱり律樹の手作りが一番いいわ」


 何とか乗り切ったな。ホントこの人何考えてるんだか。今度何か変なこと言う度にトマトの割合増やしてやろうか!


「いいなあ。私も食べてみたいなあ」


 そう言えば河島さんって俺が知っている限りだと手作りとコンビニの割合が半々くらいな気がする。今日は手作りみたいだが、母親が作ってるのかな?


「なら少し食べてみるか・・・・といっても今のこってるやつは殆ど食いかけだし、どうせなら今度作ってこようか? なんなら明日とか」


「えっ、いいの?・・・・・・あっいや、やっぱり高遠君お料理は楽しみに取っておきたいから大丈夫」


 最初は嬉しくも目を輝かせ乗り気だった彼女だが、何故か断ってきた河島さん。


 それに後の楽しみってどういうこと? 楽しみなら早いに越したことないと思うんだけどな。


 その後は世間話をしながら三人とも箸を進めていく。俺は二人のペースに合わせるため残り少ない弁当をゆっくり食べていったのだが、それでも結局一番最初に食べ終わる。そして残りの二人も食べ終えたところで夏鈴さんがクリアケースからプリントを取り出し俺達の前に差し出してくる。


「夏鈴さんこれって・・・・」


 プリントを見ると日本語と英語が入り混じって書かれていた。


「どうもこうも見ての通り補習用のプリントよ。あなたここに何しに来たのか忘れたの?」


 夏鈴さんがこの学校で働くことになった経緯を説明するために、便宜上補習と偽り俺をここへ呼び出したと認識していたのだが、やはり夏鈴さんは夏鈴さんだった。


「いえ忘れてません・・・・」


 そうだよな、夏鈴さんが嘘を言わないことをこの学校の誰より俺が一番知っていたじゃないか。


「どうしたの高遠君、もしかして書くの忘れてきちゃった?」


 忘れてきちゃった・・・・・ コクリとゆっくり頷く。


「私も一本しか持ってきてないしどうしようかな・・・」


 自分のことのように心配してくれる河島さんに対して自分の愚かさを恥じる。


 ん、待てよ? 確かトウラから今朝貰ったマジカルな巾着袋の中に試しで入れたシャーペンがあったな。制服の内ポケットに入ってるしそこからそのまま出せば河島さんに怪しまれることはないはず。


「ああ思い出した。内ポケにシャーペン入れてあるから・・・・」


 そう言いながら内ポケットに手を入れ巾着袋の中をまさぐる。任意には取り出せないと言っていたが、中に入って居るのはシャーペンだけのはずだからすぐに取り出せるはずだったのだが・・・・


「なんか手触りがおかしい・・・・・えっ!?」


 掴んだものが思っていたものと違ったが取り敢えず袋から引っ張り出してみると、


「アン!」


 何故か子犬が出てきてしまった。




  

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