41 カエルからのお礼
「これはオレッチのもう一つの魔法のバックなんだー。お前にやるぞー」
そう言われたのは学校へ行こうと家を出る直前のことだった。さっき見たものと比べ一回り小さいものだったが、それ以外はほぼ同じ作りだった。夏鈴さんは既に出かけており、真も学校へと登校していた。孫七さんは家にいるが自室に戻っているので、ここには俺とトウラしかこの場にいない。
「これってもしかしなくても・・・」
「そうさー。これもオレッチの胃袋でできているんだなー。実は一つだけではなかったんだなー」
「さっき聞き損ねたけど、どうしてお前の胃袋がそんなマジカルなものに変身するんだ?」
「よく分からないがオレッチをこの姿にした天秤の魔女の魔法が影響しているとオレッチは睨んでるんだなー。不老で死なない・・・いや死ねない体にしたあの魔女が何を考え何をしたのかは未だにさっぱりだがー」
不老不死か。死ねないということは何度か試したことがあるってことなのか? 流石にそれはナイーブな話なので突っ込むのはやめておくか。
「お前も結構苦労してるんだな。ところでどうしてこれを俺に? ああもしかして食費替わりってことか」
「そうではないんだなー。これは真をここへ住まわせてくれているお礼なんだ―。だから受け取るがいいー」
割と律儀なんだな。別にここは俺の家ではなく祖父ちゃんの所有物だし、住まわせると決めたのだって俺の意思ではない。と言ってもトウラのその真を想う気持ちを無碍にするのも悪いか。
「そういうことなら取り合えず遠慮なく貰っておくか。因みにどれくらい入るんだ?」
「さあー? さっき真が持ってきたやつもどれくらい入るのかオレッチにも分からないが、少なくてもこの家の物くらいなら全部入るぞー。今渡したのは少し小さいからその半分だと思えばいい」
いや普通に十分すぎるんだが?
「了解。ところで今この中に何か入ってるのか?」
「何も入ってないんだなー」
「じゃあ後で中に入ってる物を、盗んだな? とか言っても知らんからな」
「小僧―、俺がそんなことするとでも思ってるのかー? 焼いて食っちまうぞー」
どちらかと言うと焼かれて食われそうなのはお前の方なんだが・・・・
「確認しただけだ。んじゃ学校行ってくるから。飲むなとは言わないけどあんまビール飲みすぎるなよ」
「分かったー。サッサと行けー」
トウラにピョンピョンと飛び跳ねながら見送られながら家を出た。
途中気になったので貰ったマジックな巾着袋の匂いを嗅いでみた。豚や牛など内臓の匂いがすると思われたが実際はそんなことはなく、経験したことのない不思議な甘い匂いだった。
駐輪場に自転車を止め校舎に向かっていくと、俺の少し前を歩く石渡の姿を発見した。
アイツ覚悟を決めて登校してきたのか? それとも自分の置かれた状況を知らないとか? いや流石にそれはないはずだ。
距離を詰めないよう石渡の速度に合わせて後ろを歩いていく。すると玄関の中から数人の先生が現れ石渡を呼び止める。その顔ぶれを見るに全員体育教師のようだ。俺は一旦足を止め様子を覗うことにしたのだが、直ぐに石渡は一人の教師に腕を掴まれ何処かに連行されていく。最初は抵抗する姿を見せていた石渡だったが、比較的体格の良い大人数人に対して贖う術もなく、最終的には大人しくなっていた。近くに居た他の生徒らは、何事かと言わんばかりにその一連の出来事を呆気にとられた様子で見ていた。
やれやれ、これでやっと一哉の疑いが本格的に晴れるな。とか考えながら再び歩み始めると、一人の教師が俺見ていることに気付いた。名前は忘れたがあの時一哉を執拗に問い質していた先生だ。彼の視線はしばらく俺に留まっていたが、やがて踵を返し中へと入って行った。
睨まれていたわけではないが、視線に嫌なものを感じたのは気のせいだろうか?
「おはよう高遠」
教室に入る直前に後ろから声を掛けられる。
「・・・ああおはよう橋本君」
「なんだよその不審者を見るような目は」
そんな目をしてただろうか? だがあまり学校では話しかけてこない一哉が声を掛けてきたので多少驚いてはいた。
「そうか? ところで橋本君もさっきの見た?」
俺の後ろから来たということは石渡の連行シーンを見た可能性がある。
「ああ見たよ。どうなるんだろうなアイツ」
他人事の様に言ってるけどお前普通に被害者なんだぞ。
「さあな。風の噂じゃ大したお咎めもなく終わるようだが・・・・だとしたらどう思うよ?」
噂と言うか大竹先生が言っていたのでこれは紛れもない事実だったりする。
「・・・・どうも思わないかな」
「結構冷めてんな。てっきりもっと恨み節かますかと思ってたんだが」
「それで好転するなら遠慮なく言うさ。でもこんな状況で言ったところで誰も相手にしてくれないだろ」
そんなことはない。とは被害者ではない俺に言う資格はないな。一哉の気持ちは一哉本人にしか分からないことだ。
話題を変えるべく俺は校外学習のことを聞いてみることにした。
「そう言えば同じ班になったから宜しくな」
「班? ああ小島さんが言ってた話か。お前も一緒になったんだな」
「まあな。それより良くお前OKしたな。てっきり頑なに断るものだと思ったんだが、どういう風の吹き回しだ?」
「大した理由じゃない。結局は誰かと組まなきゃいけないし、だったらせっかくの申し出を断る必要はないだろ?」
「文字さんが一緒だって分かっていてもか?」
「別にモンちゃんと仲が悪いわけじゃないからな。ただ今はちょっと距離を置きたいだけだ。でもだからと言って必要以上に避けるのもアレだしな」
その割には確かも文字さんを突き飛ばして逃げたとか聞いたんだが・・・まあ一哉の言う通り険悪な関係ではなく寧ろ良好な関係な二人が一緒に居るのは自然なことだし、俺としても背中を押してやりたいくらいなんだが、一波乱ありそうな気配がしないでもない。
「じゃあ俺はフラットでいくけどいいか? 間を取り持ってくれと言われても面倒だから先に言っておくぞ」
「もしかしたらお願いするかも、と言ったら?」
「断る。と言いたいところだが、文字さんが怖いから一応話だけは聞くさ。ていうかこれを機にいい加減元通りの関係に戻ったら?」
「簡単に言うなよ。高遠だって分かってるだろ。俺と一緒に居ればモンちゃんが周りからどう見られるかって」
「その本人が気にしてないようなんだが、それについては?」
「例えそうだとしても俺の気持ちが許さないんだよ」
「頑固もんだなまったく。じゃあこうしてお前と話している俺の評価が下がってもいいとでも?」
ちょっと意地悪な質問だったかな。ぶっちゃけ文字さん同様周りからどう評価されようが気にしていない。
「それは・・・・お前が嫌ならもう金輪際話しかけないようにする」
「バーカ。前にも言ったが今度は俺がボッチになるじゃねえか。そんなのは許さねえぞ。一生俺に構いやがれ」
「お前がボッチだって? バカなこと言うなよ。知らないのか、お前が周りからどう言われているのか」
「ちょっと背の高い変わった奴、とか?」
「それもちょっとあるかもだけど違う」
「じゃあなんだよ?」
「女たらし・・・の一歩手前ってとこだな」
俺が女たらしだって? 一体何処のどいつがそんなこと言ってんだよ?
「おいおい何の根拠があって言ってるんだ? ていうかクラスで孤立しているお前がよくそんな情報を知ってるんだ?」
「・・・・・そこまで不躾だと返って清々しいな。教室に居れば嫌でもそういう話は耳に入ってくるんだよ。当然俺の話もな。陰口や噂話は本人に聞こえないに言うのがマナーだって知らない連中ばかりだよ、まったく」
なるほど、そういう入手ルートだったか。しかし根拠の説明にはなってないな。
「では情報屋さん。私めはどのような理由でそのようなことを言われているのでございましょうか?」
「ハア・・・本当に無自覚かよ。いいか、まずはうちのクラスだとモンちゃんと小島さん、それと河島さんと仲がよろしいよな」
「まあクラスでよく話すと言えばその三人だな。でもそれだけか?」
「名前は知らないが菜園部の先輩とアドリ部だったか? そこの美人な先輩にも気に入られているって話みたいだぞ。それに若くて綺麗な事務の人とも仲が良いらしいともっぱらの噂だ。ああそれと一昨日職員室に現れた流暢な日本語を話す外国人の女性はお前の知り合いなんだろ? この人に関しては別な意味で噂になっているが、一部の人間はお前とその人が親しいそうだってことを知っているみたいだぞ」
そう言えば一哉はあの場に居たわけだし夏鈴さんのことを見たんだったな。それとヨミ先輩は気に入られたのとは違うと思うぞ。
しかし確かに名前が挙がったのは全て女性だが、なんか悪意があるようにしか聞こえないんだが・・・・
「それって俺が関わった人物の中から女性だけをピックアップしただけだろ。実際は男子だっているぞ」
「例えば?」
「そうだなあ、クラス内で言ったら大空とか?」
あまり絡んではないが他の奴よりは多少話はしているしな。
「それだけか?」
「まあ関わったと言ったらあとは石渡と土井くらいなものだな」
ていうかあまり関わりたくないってのが正直なところである。
「じゃあクラス以外では? もちろんヘイ太とかは無しな」
「そこ縛っちゃうと本当に居ねえぞ」
「ということはやっぱり女子との関わりの方が多いってことだろ? じゃあ強ち間違いではないじゃん」
「極端すぎるだろ。男子からだって割と話しかけられるし、全然そんなつもりはねえから」
「高遠にそんなつもりが無くても結果として周りからしてみればそう見えるってことだ。それが悪い事とは俺も思っていないけどさ、あまり露骨なことしてると変な奴に目を付けられると思って忠告しただけだよ」
すでに土井という変な奴に目を付けられている時点で半分手遅れな気がする。
「納得いかねえなあ。だけどせっかくの橋本君からの忠告だしここは素直に受け止めておくか」
「それが賢明だな」
「あーそうそう昨日RHINE送った件なんだけどさ、本当にその方向で進めちゃっていいか?」
昨日の夜に送ったメッセージのことだ。一番最初に送った相手でもある。
「どうせダメと言っても動くんでしょ? だったら返事した通り好きにしたらいいさ。因みにどこまで巻き込むつもりだ?」
「んー全部かな」
「マジか? かなり労力が必要だと思うけど、本当に出来るのか?」
「そこはアレだ、なるようになるってやつ? 一応当てはあるし既に動いてもらってるし何とかなるっしょ」
「分かった、高遠の好きにすればいいさ。一応言っておくが何かあったら必ず俺に教えてくれよ」
「元よりそのつもりだし。というか橋本君に教えないでやる意味あるとでも?」
「それもそうだな。月並みの事しか言えないけど、手伝えることがあったらいつでも言ってくれな」
「ホント月並みだな。まあその時は遠慮なくこき使ってやるから安心してくれ。んじゃそろそろ時間だしそろそろ行くか」
「俺はトイレ行ってくるから先に入っててくれ」
「こんなギリギリにか? 遅れんなよ」
教室に入り自分お席に腰を下ろしスマホを取り出す。一哉と話している間、何度もスマホの通知が鳴っていたが無視していた。それはタイミング的に誰からのものなのか察しは付いていたのが大きな理由だったりする。
『もちろん菜園部に一哉を誘ったのよね?』
昨日二番目に送った相手は文字さんだった。彼女にはとある頼みごとをお願いしたのだが、交換条件として一哉を菜園部に誘うようにと返事がきたのだった。一哉が入部すれば文字さんも一緒に入ると言っていたが、直ぐには答えを出せなかったので保留にしていた。どうやらしびれを切らした彼女は俺達が会話している姿を見てすかさず送ってきたようだ。
『その話はしなかった』
『なんでよ』
『情報が多すぎて話しそびれました』
『意味わかんない やる気あるの?』
やる気は・・・・あんまないかも。だって菜園部の話は全然関係ないし、確かに鈴原先輩と文字さんは喜ぶかもだけど、河島さんを除いた他の部員が良い反応をするとは思えなかったからだ。でもそれをそのまま話す訳にはいかないので、
『後で聞いてみる』
と返しておく。
『早くしてよね 明日が期限なんだから』
確かに部活の入部期間は明日までになっているけど、それはあくまで一つの区切りというだけで、実際はいつ入部しようが自由だったりする。まあ部活会に関しては明日時点での部員数で色々と決まるそうだが。
大竹先生が教室に入ってきたところでメッセージのやり取りはいったん終了だ。HRは特に何事もなく終わったが、未だに教室に現れない石渡のことについては何も報告はなかった。
一時間目の英語の授業の準備をしていると遠くから最近聞きなれ始めた声が聞こえてくる。その声は誰かと話しているようで段々とこちらの方へ近づいてくる。
「よーし日直号令を頼む」
英語担当の男性教師が教室に入って来て早々号令を促すが、今日の日直は言葉を発しようとしなかった。否、とある理由から思わず言葉を失ってしまったのかもしれない。日直だけでなくこのクラスのほぼ全員がそうだった。しかし俺だけはみんなとは別の意味で動揺していた。
「ん、今日の日直は誰だ。もしかして休みなのか?」
「・・・あっはい、スンマセン俺です」
そこでやっと我に返った今日の日直である男子生徒が反応し手を挙げた。その後いつも通りの挨拶が交わされ全員が着席すると、一気に教室内がどよめき始める。




