40 魔法のバック
翌日の朝。
高遠ハウス(仮)では可能な限り朝食と夕食は一緒に食べる流れになっていた。強制ではないのだがいつのまにか自然とそうなっていたのである。しかし昨夜同様食卓に光男さんの姿だけがないのだが、連絡はもらっていたので心配するようなことでもなかった。
「今日は大学に行くんですね」
家にいるときのラフな格好ではなく、初めてここに来た時のようなよそ行きの服を着てリビングに入って来た夏鈴さんを見て何となく聞いてみた。
「そっちは休学することにしたから暫くは行かないわよ。今日はバイトの面接ってところかしら」
この家に来てから一度も大学へ通う素振りを見せていなかった夏鈴さん。まさか休学してたとはね。
「そうだったんですね。ていうか通いながらでもバイトくらい出来るんじゃ?」
夏鈴さんの生活費などは殆ど孫七さんが面倒を見ていると聞いている。従って贅沢をしない限りそこまで稼ぐ必要はないと思うのだが、やはり生活費ぐらいは自分で何とかしたいと考えての行動なのだろうか?
「正直大学って退屈なところよ。お爺ちゃん勧めでとりあえず行ってみたはいいのだけど、ワタシには合わなかったわ」
「夏鈴よ、ワシと交わした約束が守れるなら何をしてもうるさくは言わんが、本当に大丈夫なのか?」
「大学くらいその気になれば簡単に卒業出来るわよ。でも今は刺激が欲しいの。ね、律樹」
そう言いながら俺に向かってパチリとウィンクを決める夏鈴さん。何故俺に?
どうやら大学を卒業することが二人の約束みたいだ。しかし疑問なのはこの世界に来て日が浅い夏鈴さんがどうして大学に受かったのか不思議でならない。しかも通っているのは国立大学だし普通に勉強しておいそれと入れる学校ではない。もしかして魔法を使って不正入学でもしたのか?
「俺に言われても答えようがないですよ。ああそれとそこのカエル、朝からビール飲んでるんじゃねえぞ。ていうか真も飲ませんな」
いつの間にかテーブルの上には缶ビールとお猪口が上がっており、それをトウラがゴクゴクと音を立てながら飲んでいた。
「ご、ごめんなさい。でもトウラがお兄ちゃんのために働いてやるから飲ませろって言うから・・・・・あっその分のお金は僕のお小遣いでちゃんと払いますから見逃してやってください」
「お金は別にいいんだけど、真だってそんなに持ってないだろ?」
「お小遣いは毎月貰ってたしあまり使うこともなかったからそれなりにはあるよ」
「それは真のお金なんだしそれでコイツを甘やかす必要はないぞ。おいトウラ子供にたかってんじゃねえ、飲みたきゃ自分で稼いでからにしやがれ」
俺のために働いてくれるのはありがたいが、それとこれは話が別だ。コイツは体の大きさに見合わずかなりの大食漢だ。少なくても真と同じくらいの量は食べているのでこれ以上甘やかすわけにはいかないのだ。
「なんだ小僧オレッチに文句あるのかー? それとも喧嘩売ってるのかゲコッ」
お猪口をドンと置いて威勢よく言い放つトウラ。
「喧嘩は売ってないが文句はあるから言ってるんだが。それで払えるのか払えないのかどっちだ?」
ちょっと意地悪なこと言ってしまったかな。夏鈴さんはれっきとした人間なのでいくらでも稼ぐことはできるが、元人間というだけでただのカエルであるトウラに稼げというのは酷だったな。
「ふん、オレッチに不可能はないのだー。おい真、オレッチ様の魔法のバックを持ってこいやー」
魔法のバックだって? マジかよ!
「本当にいいの?」
「構わねえさー。どうせオレッチの正体もバレちまってるんだし隠しても仕方ないー。さあ早く持ってくるんだ―」
真はコクリと頷き箸を置いてから足早にリビングを出ていく。タッタッタと足音が下から上、上から下へと移動していき、直ぐに真は戻ってくる。
「はい持ってきたよ」
真がトウラに差し出したのは肉まんサイズの白い巾着袋みたいなものだった。
これが魔法のバック? にしては小汚いしバックというには小さい気がする。
「へえ、こっちの世界にも私の世界と似たような魔道具があるのだな」
魔法のバックと聞いても全く動じることもなく、寧ろ感心した様子の夏鈴さん。ていうか魔法のバックはやはりそっちの世界でも存在してるんだね。
「いやそれは違うと思うぞ夏鈴よ。その類はこっちの世界には存在せん」
そして孫七さんも冷静に答えている。もしかして驚いているのって俺だけ?
「でも今まさに真が持ってるじゃない」
「まずはその真偽を確かめてからじゃな。ほれトウラよ、そこから何か出してみよ」
「分かってるてばー。おい真、どれでもいいからその中からオレッチが集めた宝石を適当に出すんだ―」
宝石だって?
「えー、探すの面倒だから適当に出すよ」
そう言って真は袋の中に手を入れ中身を確認することなく無造作に何かを取り出した。
「これは・・・宝石じゃないよな。というかよくこんなものがこんな小さい袋に入ってたな」
出てきたのは袋の数倍はある大きさの球体だった。ぱっと見サッカーボールより一回り小さく黒っぽい物体だ。
「これは一体?」
夏鈴さんは顔を近づけ興味深そうにその物体を眺めながら言う。
「あーこれはどっかの家で拝借した何かだぞー」
「どっかの家って、もしかして盗んできたのかよ!」
「盗んだには間違いないー。けどオレッチは悪い奴からしか盗まないのさー ゲコッ」
「悪い奴って一体どんな奴だよ?」
場合によっては警察案件なんだが、まさか家にいるカエルが盗みを働いたので捕まえてください何て言えんよな。
「そうだなー、一番多いのは人を騙してるやつらだなー。怪しい宗教とか政治家とかー。あー最近多いのは詐欺集団だなー。あいつらボウフラのように湧いて出てくるからー」
「ほう、それが本当なら大したものだな。して、どうやってそ奴らの居場所を特定しておるのじゃ?」
いや感心している場合ではなく、ここは大人として咎めるべきでは?
「詳しくは言えないがオレッチは特殊な入手ルートを持ってるんだなー。まあ。あえてヒントを出すとしたら餅は餅屋なんだなーこれが」
つまり情報を与えている奴もまともな奴らではないってことか。
「本当にそういうやつらだけから盗んでいるならここは目を瞑ってもいいが、真に危険はないんだよな?」
と、トウラの悪行に目を瞑ってしまう俺も大概だ。人のことは言えんな
「舐めるなよ小僧。オレッチがそんなヘマするかー! それより真、ちゃんと探して出せー」
「ちょっと待ってて。この袋って中身が見えないし自分が出したい物を出せるとは限らないからなあ・・・」
どうやら任意で取り出せるわけではなくランダムで出てくるようだ。現に袋から出てきたのは、食べかけらしきスナック菓子や歯磨き粉、漫画本にガムテープなど、とにかく何の脈絡も繋がりもないものが次々とテーブルに並べられていく。
「あっ、たぶん当りかも」
十個目でようやく目的の物を取り出すことが出来たようだ。そして真が手にしたのは指輪だった。何やら青っぽい装飾品が付いている。
「ちょっとワタシに見せて・・・・・なるほど、これは随分と高価なものが出てきたわね」
夏鈴さんは真から指輪を受けとりじっくり観察してからそう評した。
「夏鈴さん宝石のことわかるんですか?」
「いやサッパリ」
「なんすかそれ!」
てっきり鑑定眼か何か持ってるかと思ったじゃん。
「だが宝石の良し悪しくらいは分かるさ。ねえお爺ちゃん、これどう思う?」
受け取った孫七さんは指輪を顔の近くまで持っていくが直ぐに真に返した。
「ワシも宝石の類には詳しくないが、夏鈴の言う通りかなり値が張るものと見た」
二人とも高評価を付けているが、もしそれが本当なら大きな問題が発生する。
「その宝石の真偽はともかく、もしそれが本物の宝石ならどうやって換金するんだ? 盗品なら被害届だされている可能性があると思うんだが」
「それは大丈夫だ。ワシの知り合いにその手の物を扱っている奴がおるから捕まる心配はせんでいい」
夏鈴さんの戸籍の件もそうだったが、うちの祖父ちゃんも含めてこの人達は一体何者なんだ? しかもそんな話を真の前でするべきじゃないと思うんだけど・・・・まあ怪盗カエルがパートナーの時点で今更か。
「いやそれは俺としても困るというか、あまりそう言ったことに関わりたくないのが本音ですね」
孫七さんは心配ないというが、それだって確実ってわけじゃないだろう。そんな危ない橋を渡ってまでトウラからお金を貰うつもりはない。
「ワシはどっちでも構わんぞ。なんならトウラの分も面倒を見るのだって吝かではないしのう」
「孫七お爺ちゃん、それは僕が嫌だから出来ればやめて欲しいかな」
「どうしてじゃ?」
「だってこれ以上お世話になる訳にもいかないし、出来るだけ自分のことは自分で何とかしたいから」
「立派な心掛けだ。これはワシのお節介というやつだったな。すまん真よ」
「ううん、気持ちはすっごく嬉しかったよ」
なんとまあ出来た小学生なことで。ホント感心するし、真の爪の赤を煎じて飲ませたい奴が何人いることだか・・・
「ならこうしよう。と言ってもトウラが最初から提案してたことなんだが、俺の手伝いをするってことで生活費に関しては免除するってことでいいか?」
「オレッチは最初からそのつもりだったさー」
「トウラがそれでいいなら僕は構わないよ」
「そうか・・・・だけど一つだけ条件がある」
「なんだ言ってみろー」
「俺のことを手伝う際、絶対に真を関わらせるな。これが守れないならこの話はなかったことにする。従って朝からビールを飲むのもなしだ。当然だが真にたかるのもダメだぞ」
そうでもしないと真の小遣いが目減りしていく一方だろうし、何より俺の事情に真を巻き込みたくない。
「そんなことかー。初めからそんなつもりはないし、今までだって関わらせたことはないんだぞー」
「本当か真?」
「うん。いつどうやって盗んできているのか僕は知らないし、トウラのせいで怖い目に遭ったことはないよ。正直に言うと僕もそんな危険で悪いことを止めてもらいたいんだけど、こればっかりは言うこと聞いてくれないからもう諦めてるんだ」
真も何度か止めるように注意はしてたんだな。それでも止めないということは何か事情があるのかもしれない。
「なら決まりだな。とりあえず方法は任せるでいいか?」
そもそもどの様にアプローチするのか俺は知らないし、あまりそこを突っ込んで聞くつもりもない。それに聞いたところでおそらくトウラは教えてくれないだろう。
「オレッチは現場を中心に情報を集めるさー。だから詳しい話をもう一度聞かせろー」
「今はあまり時間がないから今日の夜な。ところでまたそれ見てるけど、気になるんですか?」
俺達が話している脇で夏鈴さんは真が最初に出した球体を手に持っていろんな角度から観察していた。
俺にはただの小汚い球体にしか見えないのだが、もしかして魔力がこもってたりするのかな?
「ねえトウラ、これワタシに譲ってくれないかしら?」
「別に構わんぞー・・・・って言いたいところだが、ただって訳にはいかないんだなー」
「ワタシはあまりお金を持っていないので物々交換でどう?」
「何と交換するんだ―?」
「そうねえ・・・・これなんかどうかしら?」
「うおっ そ、それはもしやー・・・」
一体どこから取り出したのか、夏鈴さんは一本の赤い小瓶を持っていた。
「ふふ、この間言っていた例の薬よ。中身はワタシが保証するしどうかしら?」
「いい、いいぞー。交換するのだ―」
「交渉成立ね」
夏鈴さんに小瓶を渡されたトウラはその場で何度もピョンピョンと飛び跳ねた。
「それってなんの薬なんですか?」
「ふふふ、それは秘密よ」
「そうそう秘密。小僧には関係ないのだ―」
「へいへい分かりましたよ。ところで今のってやっぱり魔法か何かですか?」
「小瓶を出したやつのことを言っているなら答えはYESよ。私が所有している物に限り任意に取り寄せることが出来る魔法ね。ただし距離や重量の制限があるからどこでもって訳にはいかないけど、その範囲内なら大抵は可能よ」
「距離ってどれくらい?」
「そうねえ・・・ワタシで言えばおよそ百メートルくらいかしら。重さは片手で持てるくらいまでね。得意な人は数キロ先にあるものでも取り寄せることが出来るわ」
「つまり取り寄せたい物をテレポートさせる感じってことかあ・・・・」
「なに? もしかして律樹も使えるようになりたいの?」
「えっ? 俺にも出来るんですか?」
もし本当に覚えられることが出来たのなら色々と便利だ。頑張ればワンチャンあるのか?
「ははやめとけやめとけ。ワシも夏鈴に教わって試してみたが、とてもじゃないがこっちの世界の住人では不可能じゃよ。そもそも概念が違い過ぎて言っている意味が分からんかったしな」
しかし孫七さんがそれを否定した。どうやら彼も興味を持ったらしく挑戦してみたようだ。
「やっぱそうですか・・・・」
なんだよぬか喜びさせやがって。
「そんなことはないと思う。まあ向こうの世界でも出来る人間とそうじゃない人間がいたから誰でもって訳にはいかないけど、それでもワタシはこっちの世界の人間でも可能だと思ってるわ。実際そこにいるトウラも似たようなことをしているわけだし」
そうそう、夏鈴さんのもそうだけど、あの不思議なバック・・というか巾着袋だってこの世界ではあり得ない代物だ。
「その魔法の巾着袋はどういう理屈で出来てるんだ? ていうかトウラの居た世界でも魔法は存在していなかったんだろ?」
「これはだなー・・・オレッチの胃袋で出来てるんだぞー」
「はっ?」
「だーかーらー、そこにあるのはオレッチの胃袋なんだ―。それと巾着袋じゃなくて魔法のバックなんだ、間違えるな小僧―」
全く持って意味が分からん。もしかしてトウラを討伐すれば素材として入手できるとか? いや理屈的にはあり得るが、トウラ自身はこうして生きているし、これはもう少し詳しく聞く必要がありそうだな」
「お前の胃袋なのは理解した。だがどうやって取り出したんだ? それと今は体の中に胃袋が無い状態なのか?」
「くっくっくー、オレッチ様の体は再生可能なんだなー。百五十年前くらいにうっかり斬られてしまった時、お腹から飛び出したのがそいつなんだなー」
マジカよ、おい!
そしてマジカルだな。
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