33 口先だけの男
昼休み。
応接室で弁当を広げ大竹先生と向き合って食事をしていた。
本当は教室で食べるつもりだったのだが、文字さんの友人(?)の千堂光海がやってきたので、彼女に絡まれまいと逃げ出すように教室を出た。すれ違いざまに何か言っていきた気もするが完全にシカトした俺はその足でここへ来たという訳だ。既に大竹先生は食事を始めていて、俺が入るなりニヤニヤしていたがこれも華麗にスルーして本題へと入った。
「結局石渡は来なかったですね」
「一応親御さんからは連絡来たぞ。一回学校には来たらしいが体調が悪くなって戻ったらしい」
「らしいですね。どうせ後ろめたくなって帰ったんでしょ」
「ははそう言ってやるな。彼も必死だったんだろうに」
「何に必死なんだか・・・・それで単刀直入に聞きますけど先生って何者なんですか? ていうかうちの祖父ちゃんと孫七さんのこと以前から知ってますよね?」
これは憶測でも何でもない。昨日この二人の絡みはあまりなかったように見えるが、それが返ってその事実を浮き彫りにしていた。
「彼らが何か言ってたのかね?」
「いえ特には。でもあまりにも段取りが良すぎたことと、殆ど打ち合わせ無しであそこまで役割分担出来ていたのは不自然です。それにあの二人の先生に対しての信頼度も異様に高いと思いました」
「なるほど。流石は源六さんのお孫さんというだけはあって大した慧眼だ」
「ということはやっぱり?」
「高遠の推測通り私と二人は昔からの知り合いだ。と言ってもそこまで親しいわけではない。まあ互いに利用し合う関係と言えば一番しっくりくるかもしれんな」
「では二人が昔どんな仕事をしていたのかもご存じなんですね?」
「一応な。だけど私には二人のような特異なものは持っていないぞ。それと昨日みたいにもっと砕けた感じで話してくれ。なんか気持ち悪い」
「大の大人に気持ち悪いとか言われたし・・・・。でも了解っす。それで先生はどんなことを?」
「教師だな」
ホントこの人は真面目な顔しながら惚けやがる。まったく食えない人だよ。
「それは知ってる。俺が聞きたいのはそれ以外のことです。先生も普通ではないもの存在を認識してるんでしょ?」
「語弊があるから先に言っておくが私には見えんし何も感じることは出来ん。強いて言えばあり得ない現象を目の当たりにしたことが普通の人間より多いということだな」
「それって誰も居ないのに物が動いたりする的な?」
「単純明快でいいな。でもその通りだ。何度も経験したら嫌でも信じてしまうだろ? だからたまに・・・・いやこの話は止めておこう、話が長くなる。私の仕事は調整と交渉、つまりコーディネーターとネゴシエーターだ。今回はどちらかと言うと交渉役を任された感じだな。因みに小寺先生も普通の人で、私と違って何も知らないただ巻き込まれた可哀そうな先生だからな。間違ってもあの人に今の話はするなよ」
「そんな気はしてたんで大丈夫っす。それで先生は認識できないのににそんなこと可能なの?」
「言いたいことは分かる。しかし昨日のことを思い出してみろ。相手をしたのは四人とも普通の人間だっただろ? 父親には蛇が憑いていたようだが、あくまでも今回は対人としての交渉だ。もちろん怪異的なものと交渉することもあるが、その時は大抵その道のプロが同席していることが多い」
「よく分らないけど口先だけに特化した職業なんですね」
「おい、口先だけとか言うな。割とへこむぞ。まあ間違ってはないが・・・」
「すんません。でも割とあっさり教えてくれたけど良かったんですか? ぶっちゃけうちの祖父ちゃんのことも昨日初めて知ったし。聞いといてなんですけど簡単に教えていいものなんですか?」
「こんなことおいそれと言えるわけないだろ。昨日のことが無かったら今だって話すつもりはなかったくらいだぞ」
「そうっすか。ところで昨日はどのタイミングで気付いたんですか?」
夏鈴さんは真の詳しい事情を知らなかった。だからこの学校に乗り込んできたのも単なる偶然で、先生が知っていたとは考えにくかった。
「まあお前が夏鈴さんと知り合いだと分かった時からかな。確信したのは孫七さんの名前が出た時だな。まさか一緒に住んでいるとは思わなかったよ」
「それって最初からじゃん。じゃあこの応接室で話を聞いたのも他の人には聞かれないために?」
「それもあるがあの体育教師たちの相手をするのが正直面倒だったものでね。あのタイミングで来てもらってある意味助かったと思ってる」
「あの横柄で融通の利かない態度は俺も気にいらないっすから」
「はは、あの程度ならまだ全然可愛いものさ。もっとおっかない先生は他にいるぞ」
「えっ、誰です?」
「それはだなあ・・・・」
「それは?」
「教えてしまったら面白くないから自分で判断しろ」
「なんだよそれ、勿体付けやがって」
「何でも教わろうとするな。自分で考えることに意味がある」
「いや教えるのが教師だろ。それで・・・」
「おっとその前に私からも質問良いか?」
昨日の件が現在どういう扱いになっていて、今後どういう対応を取るのか確認したかったのだが、その前に先生が卵焼きを箸で摘まんだ状態で制してきた。
「いいけど、変な質問は止めてくださいよ」
「ある意味変な質問かもしれんが言うぞ。夏鈴さんは一体何者なんだ?」
そう言って卵焼きを口に入れた。
「祖父達からは?」
「何も聞いてない。しかし何の力のない私でも彼女が普通の人間でないことだけは分かるさ。細々とはいえそれなりの年数この業界にいるからな」
「なら言えませんね。先生知ってます? 人にはプライバシーってものがあるんですよ」
「おいおいそれでは正直にカミングアウトした私がバカみたいじゃないか、不公平だ」
昨日の紳士さんは何処へ行ったのやら・・・・これが先生の地なのか?
「いやそんなガキみたいなこと言われても困るって・・・・なら俺のこと話しますからそれでオアイコってことで」
「高遠の?」
「そうっす。実はおれ祖父ちゃんと同じような力があるみたいなんですよね、全く自覚ないけど」
「いやそれ最初から知ってたから。高遠家の特殊な血筋は業界ではかなり有名な話だからね。だからお前の名前を聞いてもしかして? と思って調べたら直ぐに源六さんのお孫さんだって分かったよ」
保護者は祖父ちゃんの名前で出しているので調べるまでも無いって感じだったか。
「でもそれは先生が勝手に調べただけであって俺からしてみればカミングアウトには変わらないので有効です。もし気になるなら直接本人にでも聞いてください。一応大学生みたいですけど、家に来てから通っている感じがないので割と暇してるかも」
嘘嫌いな夏鈴さんのことだから大学に在籍しているのは間違いないと思うが、何故か行っていない。
「それじゃあ近いうちに家庭訪問するか」
「高校で家庭訪問があるなんてあまり聞いたことないっすよ。そんな大義名分要らないんで仕事帰りにでも寄ればいいじゃないですか。飯ぐらいはごちそうするんで」
「そうか? でも遅くなるとカミさんがなあ・・・・」
そう言えばこの人左手の薬指に指輪してるな。一応って言ったら失礼だけど結婚してたんだ。そう言えば今食べているの手作り弁当だったな。
「なら話だけして直ぐ帰れば良いだけでは?」
「高遠はせっかく来た先生を直ぐに追い払うつもりか?」
「・・・・面倒くさくなったので来なくてもいいです。夏鈴さんについては諦めてください」
「はは、冗談だ。それよりお前が聞きたいのは石渡の処遇だろ?」
「本人から事情を聴いていないからまだ何も決まっていないことは分かりますが、方向性的にはどんな感じになりそうなんですか?」
「当初の予定通り犯人には反省文を書かせてお終いだ。例え理由がどうであろうとな。それと公表もしない」
「・・・・・・・」
「不満か?」
「当然ですよ。ただムシャクシャシテやったのと誰かを陥れようとしてやったのとでは全然違う。今回はどう考えても後者でしょ」
「確かにそうかもしれんが、これにはちゃんとした理由がある。それは公にした時に発生する二次被害を防ぐという目的がな」
「それはいくら何でも甘すぎないですか? 別に退学にしろとは思わないけど、それ相応の罰は受けるべきだと思う」
それにどう考えても石渡の自業自得だし、被害者でもある一哉の気持ちはどうなるんだよ。
「処分は甘いかもな。しかし二次被害というのは石渡ではなく橋本が受ける被害のことを指してる」
「橋本君の? それは一体・・・・」
「おいおい俺はお前たちの担任だぞ。申し送りで橋本の中学時代のことは当然ながら知ってる。今回はそのことを無暗に蒸し返されないための処置と思ってくれればいい。もちろん現在進行形で橋本がそのことが原因で浮いていることも承知しているが、だからと言って我々教師陣が更に煽る原因を作って良い理由にはならない」
石渡の犯行やその動機の全てが露呈されれば一哉が無駄に被害を受けるってことか。俺的にはもう既に手遅れ感が否めない気もするが、否定する程の根拠は今のところ思い浮かばない。
「それが学校の判断というなら今回はこれ以上俺は何も言いませんがこれだけは言っておきます。もし橋本君の中学時代の事件が冤罪だと証明され、更にその冤罪自体が石渡が起因するものだとしたら、先生が何を言おうと相応のペナルティーをアイツには受けてもらいます」
「・・・・やはり動いてたのか。いや、当然の流れというべきなのかな」
「どういうことです?」
「どういうって、お前自身がよく分かっていると思うがな。まあいい、お前の好きにするがいいさ。私は関知しないし、もしお前がその過程で何かやらかして問題になった暁には遠慮なく処分させてもらうから安心しろ」
「いやいや俺に対して厳し過ぎね?」
「何を言ってる、悪いことをしたら相応のペナルティーを与えると言ったのはお前自身だろ?」
「確かに言ったよ。でも石渡との差が・・・・・ああもうわかったよ。迷惑かけないよう精々頑張ります、これでいいんでしょ?」
「よろしい。私はここで仕事をしなくてはならんからお前はそれ食ったら早く戻れ。それとくれぐれも私のことは口外しないこと」
仕事? 弁当以外に何も持ってきていないように見えるんですけど? ああ分かった、この人ここで昼寝でもするつもりだな。
「そんなことしませんよ」
というか先生の裏稼業のことを話したとしても誰も信じないだろ。
残りの弁当をハイペースで間食し応接室を後にした。
よくよく考えると応接室っていち教員がそうホイホイと使えるのっておかしくね? もしかして先生、校長とかの弱み握ってたりしてないよな・・・・・・
それはさておき、教室に戻る前に飲み物でも買っていくか。
「あっ、ここに居たんだ。RHINEも既読付かないし探してたんだからね」
自販機にお金を投入しているときに後ろから声を掛けられた。その声の持ち主が誰なのか振り返らなくても直ぐに分かった。
「ああゴメン、RHINEの着信には気づいてたんだけどちょっと取り込み中だったから後で見ようと思ってたんだ」
イチゴオーレのボタンを押し再度硬貨を投入する。
「お詫びに好きなの選んで河島さん」
昨日夏鈴さんが俺の頭の中を覗き念写された少女が俺を探していいたようだ。
「えっ? そんな悪いよ」
「いいっていいって。お詫びもあるけど話があって探してたんでしょ? だったら飲みながら話そうぜ」
「・・・分かったそう言うことなら遠慮なくご馳走になるね」
河島さんは俺と同じイチゴオーレを選んだ。
やっぱ食後のイチゴオーレは最高だよね。
自販機の近くは食堂や購買が近く人の往来が多かったので少し離れた場所に移動することにした。
「それで探してるって何か用でも?」
「ほら金曜日にアドリ部のバーベキューがあるでしょ。高遠君はどうするか聞きたかったの」
「ん、ちょっと待って・・・」
用件ってそれだけ? と思い河島さんが送ったというメッセージを確認してみる。
「『今どこにいますか?』って送ってくるくらいならその用件を書けば良かったんじゃないの?」
「そうなんだけど実は・・・」
声を掛けられた時から少し気になっていたのだが、河島さんの表情がいつもより優れないような気がした。そしてその理由を聞いて俺は大いに納得したのだが、その理由というのが・・・・・
「実は土井君にしつこく付き纏われていて困っていたの」
話を要約すると、いつもは仲の良い女子と一緒に教室で弁当を食べていたのだが、今日に限っては河島さん以外のメンバーがそれぞれの用事があるとのことで一人で食べることになった。しかしそこに目を付けたのがあの土井の野郎で、河島さんの許可も得ずに勝手に向かい合って勝手に座り弁当を広げ食べ始めたらしい。それに困ってしまった河島さんだったが、自分のせいで空気を悪くしたくないと考えてしまい仕方なく一緒に食べることにした。食べている最中忙しなく話しかけてくる土井に対し彼女は愛想笑いと適当な相槌を打ちながらも急いで食べることに集中していたと言っていた。
「それで私もこれから少し用があると言って抜け出してきたのだけど、その時も『俺も一緒に行くよ』とか言ってきて大変だったんだから」
「それは災難。でも上手く躱したんでしょ?」
ここに土井はいない。つまり何とかうまい口実を作って逃げてきたという訳だ。
「躱したと言いますか、助けてもらった感じかな」
「えっと誰に?」
パッと思い浮かぶのは自称加護持ちの大空大地かな。あいつなら土井を何とかしてくれそうだし。
「小島さん」
「え?」
「やっぱり高遠君もそう思うよね。私と同じで大人しいタイプかなと思ってたけど、まさか彼女が助け船を出してくれるとは思わなかったかな」
意外な名前が出てきて思わず聞き返す形になってしまってけど、河島さんとは若干違う意味で驚いたんだよなあ。確かに普段は大人しいように見えるけど、俺や文字さんしかいない時は割とそうでもなかったりする。俺が驚いたのは彼女がイジメられていた過去があるのにそういう行動をしたことに対してだ。
「・・・・そうだね。因みに何て言って助けてくれたの?」
「嫌がってるから止めなよ、それと無神経すぎる、と言ってくれたよ。」
「ドストレートだな。でもまあそれで引き下がってくれたんならよかったじゃん」
「ううん。最初は土井君も何が起きたのか分からなくて呆気にとられた感じだったの。だけど直ぐに小島さんを睨みながら『お前には関係ねえだろ』って言ったんだ」
「何か分かる気がする。ああアイツなら言いかねないって意味な。それでどうなったんだ?」
というかもうその時点で土井の周りからの評価だだ下がりだろ。大人しくそこで引き下がってればいいのにどうしてアホなこと言うんだ?
「強い口調で言われたせいか小嶋さんが怯んじゃってね、でも今度は文字さんが代わりに出てきて感情を押し殺した低い声で『大いに関係あるわ。見てるこっちが不快だから止めろって言ってるのが分からないの?』って言ったんだ。そしたらその瞬間教室の中が凍りついた感じになったんだけど、あの時千堂さんだっけ? 彼女が持っていたペットボトルを落としてしまって、その音でみんながハッとなって動き出したって感じだったよ。土井君もかなり動揺と言うか怯えていたし・・・・」
「文字さんが怒ると怖いからなあ。あの目で睨まれたら土井でなくても怯むって」
それにたった一言で教室内の空気を凍らせるなんてどんだけだよ・・・・・
「私文字さんのこと少し誤解してた。確かに高遠君の言う通り怖い部分もあるけど、友達想いで優しい人だったんだね」
優しいねえ・・・・確かに友達想いではあるしそうなのかもしれないが、彼女の場合そういったところを人に見せるのを嫌っている節があるし、何より不器用っぽい。
「何はともあれ逃げられたんだから良かったじゃん」
「ハァ・・・・・そうは言っても同じクラスだしまた顔合わせるの嫌だなあ。正直土井君苦手なんだよね」
勘違い甚だしい奴だし、普段から人を見下しまくってるからな。好意を持てというのも無理な話だ。
「ならハッキリ言うしかないんじゃない? 私はあなたに興味がないのでこれ以上付き纏わないでください、迷惑ですって」
「それが言えたら苦労しないよ。それに知ってる? 彼アドリ部に入ったんだよ」
「別にいいんじゃないの、個人の自由だし」
とは言ってみたもののアイツが入ったのなら俺はパスかな。そこまでして入部したいとは思ってなかったし。ヨミ先輩やモモ先輩に若干の後ろめたさは感じるが、こればっかりは仕方がない。
「そうなんだけどそうじゃないの。誰から聞いたのか分からないけど、私が入部届出した次の日に彼も入ったんだよ。別にコソコソしていたつもりはないけど、一応先輩方には誰にも言わないようお願いしてた訳なんだけど、何故か土井君にはバレた」
「ていうかアドリ部に入ったんだな」
「うん。何となくだけど楽しそうだったし菜園部との掛け持ちでも問題ないかなって。でも最悪退部しようかなって考え始めたところなんだ」
「はえーなおい。もしかして菜園部の方にも?」
「ううん、そっちはまだ。でも時間の問題かも。ほら先週高遠君と一緒に見学に行ったでしょ? その後二人で何処に言ってたのかってしつこく聞かれたし、一応誤魔化してはみたけど信じてないと思う。ああ嫌だなあ、どうしてこう上手くいかないかなあ」
「いやそれって完璧アイツのせいじゃん。やっぱハッキリ言うしかないと思うぜ。言えない理由ってやっぱり友人関係?」
「それも・・・あるかな。でも一番は自分のせい。私がハッキリ言えば良いだけなのは理解しているけど、イザとなると勇気が出なくて・・・・・」
ズバッと言ってしまった後のことを考えるとその気持ちも分からなくもない。誰でも人間関係でぎくしゃくしたくないからな。
するとそこで後から誰かの気配を感じた。




