32 Aのジレンマ
「なんか新しいALTの先生が今度来るらしくてさ、それがかなりスタイルの良い美人な人みたいなんだって」
「えっ、うちの高校ってALT導入していないって聞いてるけど、もしかして今年からら変わったとか?」
「あー俺もその話聞いたぞ。見た奴の話だと若くて綺麗な先生だけど子持だって言ってたぞ」
「もうそこまで情報が出回ってるんだ?」
「なんか昨日小学生くらいの子供と一緒に来てたらしいみたい」
「ねえ聞いた? 昨日体育倉庫でちょっとした事件が起きたみたい」
「えー何それ知らなーい。もしかして中で変なことしてたとか、キャー」
「そうじゃなくて何かすごく荒らされていたみたいなんだけど、実はそれをやったのって・・・・」
HRが始まる前の教室。話題は大きく分けて集約されていた。
一つ目は昨日夏鈴さんが逗麻高に乗り込んできた時、それを見て勘違いした生徒が広めた噂。
二つ目は言わずと知れた体育倉庫一哉冤罪事件(真犯人石渡かも)だ。
一つ目の方に関しては時間の経過とともに忘れられていくだろう。実際夏鈴さんがこの高校に来ることはもう無いのだから。たぶん・・・・
問題は二つ目の方なのだが、HR開始のチャイムが鳴るまであと五分もないのだが、一哉は既に自分の席に座っているが、肝心の石渡がまだ登校してきていない。
「おはよう高遠君」
「小島さんおはよう」
珍しく時間ぎりぎりで小島さんが教室に入ってくる。そう言えば文字さんもまだ来ていないようだが何かあったのだろうか?
「まだ文字さんが来ていないみたいだけど何か聞いてる?」
「ああ玲美ちゃんは少し遅れると思う。学校には来ているのだけど、あの様子じゃあ一時間目も怪しいかも」
「もしかして体調悪くて保健室とか?」
「ううん。元気すぎるくらいだったから安心して。でも石渡君の方は元気なかったかも」
「石渡? あいつと一緒に居るの?」
「私もついさっきまで一緒だったんだけど、玲美ちゃんが先行ってて良いよって言うから教室に来たの。だけどやっぱり無理やりにでも連れてくればよかったかなあ」
「いや普通に連れてこなきゃダメだろ。でも遅刻してまで今話しなきゃってことは昨日の件でしょ?」
「うん。石渡君は知らないの一点張りだったけど、どうやら玲美ちゃんには確証があるみたいで引き下がる気配はなかったよ。私も詳しく聞いてないから分からないのだけど、高遠君はどこまで知ってるの?」
「多分一番よく知ってるかも。もしかしたら例の事件にも関係しているかもしれないから後でちゃんと詳しく教える」
「わかった。どうせ玲美ちゃんも高遠君に昨日のこと教えろって迫ってくると思うからその時でいいよ」
「りょーかい。んじゃまた後で」
HRをサボってまで問い詰めているということは相当怒り心頭なのは間違いない。誰から話を聞いたかによって若干変わってくると思うが、石渡に向かったということはそれなりに事情を知っているヘイ太か比呂斗辺りから聞いたのかもしれない。
チャイムが鳴ったのと同時に大竹先生が教室に入ってくる。
「HR始めるぞ。日直号令を」
HRでは一切昨日の件については触れられず、いつも通りに進んでいく。文字さんと石渡が来ていないことも先生はあまり気にした様子を見せず、そのままHR終了した。
一時間目の授業まで時間はあまりなかったが、早いうちにアポイントだけでも取っておきたかったので先生が教室を出たタイミングで声を掛けた。
「昨日はありがとうございました。真は今日だけ学校を休んで明日から登校することになりました」
「それはよかった。私には何もできんがよろしく頼む」
「それはそれとして、先生にお話があるんですけど、あとで時間貰えますか?」
「・・・・・別に構わんが、進路相談か?」
顎に手をやりながら考えたふりを見せていた先生だが、帰ってきた返答は惚けた振りをしたものだった。
「ついこの間入学したばかりなのにそんな相談しませんよ。ていうか俺が何を聞きたいか分かって言ってますよね?」
「いやサッパリ。私から言えることは何も無いと思うぞ。それでも良いというなら昼休み昨日の応接室に来なさい」
やっぱ食えない先生だな、まったく。
「それでいいです。飯食ってから行きますよ」
「なんだ、せっかく一緒に食べようと思ったのに残念。わかった、私はそこで食事しているからいつでもいいぞ。おっと、先生が来られたようだな。お前も早く準備しろよ」
取り決めしたところで丁度一時間目の担当の先生が階段を登り終えてこちらへと向かうのが見えた。そしてそれを追いかける形で文字さんが走ってくる。彼女は前を歩いていた先生を追い越し大竹先生の前で足を止める。
「すみません先生」
「なんだトイレでも言ってたのか?」
「いえ・・・いやそんな感じです」
「なら仕方ないな。今日は遅刻見逃してやるから次から気を付けるように」
「ありがとうございます」
そして俺達の横を通り抜け教室へと入って行った。その時俺を一瞬チラッと見て
『分かってるわよね?』
と、無言の圧力を掛けてきた。
言われずとも分かってまっせ、お嬢。
一時間目の終了とともに文字さんに呼び出された俺。場所は人通りの少ない方の階段の踊り場。もちろん小島さんも一緒だ。ていうか今の文字さんと二人きりになるのは怖かったので非常に助かる。
「それで石渡が来てなかったけど、屠ったの?」
結局石渡は一時間目の授業に現れなかったのでまずはそのことを聞いてみる。
「屠っては無いけど退学に追い込んでやったわ」
「マジ?」
「・・・そうできれば本当はよかったのだけれど、残念ながら私にはその権力は無いわ」
「そうですか・・・・」
彼女ならあり得ると思って半分くらい信じちゃったんだけど・・・・
「ねえ玲美ちゃん、結局あの後石渡君は何か話したの?」
「それが・・・ていうか何なのよアイツ。人が真面目に話してるって言うのに最初はヘラヘラしちゃっててさ。ムカついてアイツの腿に膝蹴りしてやったら少しは大人しくなったからまだいいものの、自分が何をしたのか全然分かってない感じだったわよ」
ん、なんか思っていたのと少し違うような・・・それと極力暴力は避けましょうね。
「昨日のことを問い詰めてたんじゃないの? 小島さんが言うには知らないの一点張りらしいけど、実際のところどうなの?」
「どうもこうもそのまんまよ。何も知らないし関係ないって言ってたわ」
「でもそれはいくら何でも苦しすぎないか? 先生に証言だってしているわけだし、今さら撤回なんて不可能だろ。石渡は何を考えてるんだよ」
「あなたは昨日職員室に居たんでしょ。一体何がどうなってるのよ」
「どうもこうも橋本君は冤罪で石渡は犯人の可能性が高いってところで俺は抜けたからなあ。ああでも昨日のうちに石渡は捕まらなかったみたいだから今日呼び出されると思うぞ」
「一哉が犯人じゃない。それは間違い何のよね?」
「まあな。危うく俺が犯人にされそうにもなったけど、たまたま事務の人にアリバイを証言してもらったから事なきを得たけど、ああそうそう、橋本君もその人に救われた形だぞ」
「そう。やはり今回も冤罪だったって言う訳ね」
「まあそうなるけど、結局石渡はどうなったんだ? 生きてるの?」
「知らないわ。私の方が先に戻ったし、その後何処に行ったかなんて知っている訳ないじゃない。言っておくけど蹴りを入れたのは最初の一発だけよ。あとは少し脅したくらい。それと人を殺し屋みたいに言わないで」
「おっとこれは失礼しました。んで因みに何て言って脅したの?」
「脅しというよりハッタリね。『中学の時あなたがうその証言したこと私知ってるんだから』って言ったら今まで以上に動揺してたわ」
「それはかなり怪しいな。でも今更になってどうしてそんなことを?」
「アイツが第一発見者でもあり一哉が犯人だって証言した奴だからよ。そんなこと絶対にありえないのに・・・・」
絶対、ときたか。そこまで言い切れるのには恋とか信用以外に何かがあるように感じてきた。ヘイ太達は一哉という一人の人間の人柄から判断している印象だったが、文字さんの場合はそれもあるかもしれないが、もっと核心に迫ったような確信を持っている印象を受ける。それが何なのか分かればもっと別な角度から調べることもできるのだが、恐らく彼女は話してはくれない気がする。
「その話は聞いてるよ。でもだったらどうしてあの時石渡を問い詰めなかったんだい?」
「ああそれ私も思った。玲美の性格ならすぐにでも噛みつきそうだし」
噛みつくのとはちょっと違う気がするけど、まあ意味合いとしては同じかな。
「それは・・・」
痛いところを突かれたのか表情を困惑のものに変え、近くにあった窓の景色を徐に眺め始める文字さん。
「無理に言わなくてもいいんだよ玲美ちゃん。思ったことをよく考えもせずズバズバ言える玲美ちゃんも好きだけど、こうやって躊躇う姿も私は嫌いじゃないよ」
励ましながらサラッと文字さんをディスる小島さんも俺は嫌いじゃないよ。
「・・・・あの時の私は少し普通じゃなかった。今はソレだけしか言えないわ、本当にごめんなさい」
「謝ることじゃないよ。でも一歩近づいた気がしない? 高遠君」
「まあね。どちらにせよ石渡から話は聞こうと思ってたし。もし今日この後来たら聞きに行こうと思うんだけど、小島さんも一緒に行く?」
「今日は何も予定無いしいつでもいいよ」
「あ、だったら私も・・・」
「あぁでも残念だなあ、二人じゃ色々と大変だしもう一人くらい仲間がいてくれたらなあ」
「あの、だから私も一緒に・・・」
「でも玲美ちゃんは私たちのやっていることに対して消極的だしなあ」
「ああもう分かったわよ! 私が悪かったわ。だからこれからは私にも協力させて欲しいの」
「だってさ。高遠君どうしよっか?」
小島さんって割と根に持つタイプなんだね。うん覚えておこう。
それと、どうするも何も文字さんが協力してくれた方が何かとことがスムーズにいくことが多いと思う。まあ彼女の性格が返って逆効果になることもあるだろうけど。でも総合的には彼女と一緒に行動できた方がプラスにはなるはず。
「非挑発と非暴力が守れるならいいんじゃない?」
「・・・・前向きに善処するわ」
「それ絶対守る気ないだろ。まあいいや。俺としてもコネがもう少し欲しかったところだし」
「因みに高遠君のコネって誰? ヘイ太や比呂斗とはまた別なんでしょ?」
「下村剛志。知ってるだろ?」
「ああアイツね。仲良かったんだ」
「まあな。それと一応押切もそうかな。まあアイツの場合コネとかではなくて話を少し聞いただけだけど」
「押切・・・・」
「ん、どうした? あいつが何かしたか?」
と口にした瞬間思いだした。
そう言えばアイツの想い人って確か文字さんかもって話だったっけな。もし彼女がそのことを知っていたとしたら若干気まずいというか、何か思うところがあるのかもしれない。
「そんなことよりRHINEのグループ作ろうよ。ほら時間ないし早くスマホ出して」
どう取り繕うかと悩んでいたら小島さんがそう促してきた。
もう一つ忘れてた。この話って小島さんから聞いたんだったな。だから彼女はいきなり話をぶった切って来たんだ。
「そ、そうね」
グループ作りが完了したところでチャイムが鳴ったので三人して慌てて教室へと戻っていく。
しかし妙な感じだったな。
文字さんはある意味クラスで浮いた存在だ。それは彼女自身が意図的に作った結果ともいえる。そして小島さんは周りから見ればそんな文字さんに取り入ろうとしていて、言い方は悪いが金魚の糞のように思われている節がある。しかし実際はそんなことはなく、寧ろ文字さんの方が若干振り回されていることが多い気がする。大貧民で言うところのAと2の関係だろうか。
それにしても今話しただけでもかなり収穫があったな。
石渡は今回だけでなく中学の時の件に関しても何か後ろめたいことがあることは明白だ。しかし今日石渡と話が出来たとしてアイツが本当のことを教えることはないだろう。だけど何か気付くことはあるかもしれない。
それに文字さんは事件にかかわる重要なことを何か隠している可能性が高い。それが仮に本当なのだとしたら、今までの妙なやる気とは裏腹にどこか非積極的な態度だったことに頷ける。
それってつまり、真相は明らかにしたいけど別な何かは隠したいということだ。
そして彼女は隠し事の他にもう一つ抱えている。
ジレンマという厄介なものを。




