31 拘泥蛇
トウラ曰く彼は人間らしい。しかも元人間ではなく今も人間だと言うこと。それがどういうことなのか今までの議論は無視してトウラの過去を聞くことになった。
そしてそれを簡単にまとめると以下の通りだ。
トウラはここ日本の土地で生まれた人間で、ある日カエルの姿に変えられてしまった。
と、いきなりクライマックスから始めてしまったが、トウラはそれ以前のことを話してくれなかったので仕方がない。
トウラ曰く彼をカエルの姿に変えたのは天秤の巫女と呼ばれた年齢不詳の女性とのこと。その天秤の巫女という名前もトウラが勝手に名付けたらしく、彼女のことは素性はおろか名前さえもまったく知らないようだ。巫女はいきなりトウラの前に現れ有無を言わさずカエルに変容させ、少し話をしたら消えてしまったと言っていた。その時彼女が身につけていたのが巫女装束で、少し話をしたときに受けたイメージが天秤だったらしいので、天秤の巫女とトウラは呼び続けている。
そして驚くことにトウラがカエルの姿に変えられたのは今から五百年前らしく、それからずっと生き続けていた。
もうその時点で既に人間ではないと思ったが、突っ込んでも仕方がないので何も言わないでおいた。
五百年生き続けているトウラだが、その間ずっと活動しているわけではない。年数はハッキリと決まっていないが一定期間冬眠状態になるという周期があるらしく、最後に冬眠から覚めたのが去年の夏前ごろで、その時に真から助けられたようだ。どういう状況でどうやって助けられたかは教えてくれなかったが、話し振りから推測するに、本当に恩義を感じていることは間違いなさそうだった。
トウラは真との『ずっと一緒に居る』と言う約束を真が死ぬまで守り通すと言っていたし、それ以外にも真が望むのであればなんだってするとまで息巻いていた。
トウラと真は出会ってから一年弱一緒に過ごしてきたわけだが、トウラは真との約束を忠実に守り、真はトウラに対し最初の約束以外のことを求めることもせず今に至っている。
トウラにしても真にしても本音の部分がどこにあるのか分かりにくい部分もあるが、二人が納得しているのなら外野がとやかく言うのも違うと思った。夏鈴さんは未だに納得していないようだったが・・・
そして今回新たな事実が発覚した。
実はトウラ、日本の土地で生まれたが日本人ではない。それはトウラだけではなく彼の両親、そのまた両親も同様だった。
彼らは元々異国人だった?
俺が辿り着いた答えはこれだった。しかしトウラの言葉でそれは直ぐに否定され直ぐに真実が明らかになった。
「オレッチが生まれた国はこの土地だが日本と言う国になるかは分からないぞー」
最初は五百年前のことだし、その時代は日本と呼ばれていなかっただけだと勘違いしてしまったが、そうではなかった。
「ゲコッ、オレッチの国、いいや世界では太陽は西から登って東に沈むんだー」
つまりトウラは自転がこの地球とは逆の星から来たことになる。だったら夏鈴さんと同じで別な世界から来たのでは? と問いかけた。
「呼ばれ方は違うけど富士山があった。それとオレッチが覚えている限り他の山や川も同じだぞー」
それを聞いて導き出せた答えはただ一つ、
鏡に映った世界。つまり地球を反転させた星からトウラはやってきたのだ。そしてここでもう一つ疑問が思い浮かぶ。
どうやってこっちに来たの?
「それはオレッチも聞きたいぜ。でもこの姿になったと同時にこっちの世界に来たのは間違いないと思うー」
トウラ自身も何も知らないみたいで、ついでに言えば元の世界に対して既に未練はないと言っていた。
「なるほどねえ。まさかこの世界が反転した世界があるとはのう」
「まったくじゃ。その影響でまた別な理があるのかもしれんな」
「ゲコッ、言っておくがオレッチの居た世界はこっちと大差はないと思うぞー。呪術やその類のものは聞いたことあるけど実際それが存在していていたかは疑問だなー」
「でもこっちのの世界では存在しているみたいだし、現にトウラはその天秤の巫女にカエルにされこっちへ飛ばされてきたんだろ? なら存在してもおかしくはないと思うぜ」
「まあそうなんだろうけどよー、今となってはどうでもいいー」
どうせ帰れる見込みもないのだろうし、既に五百年と言う短くない時間が経過しているのでそう考えるのも自然の流れか。
「夏鈴よ、このカエル・・・いやトウラが真を助けなかった事実を忘れろとは言わんが、それに拘っていては話が進まん。ここからは今後ワシらが何をするのか律樹に話すべきだと思うが?」
「・・・・そうね、このままだと平行線のままだし、お爺ちゃんの言う通りかも」
「と言うことで律樹よ、今後の奥谷家のことなんじゃが・・・」
「その蛇の妖? を退治するってこと?」
「アレは既に手遅れの段階じゃ。 それと対退治するのではなく対処するといった方が正しい。場合によっては退治に近いこともするが、基本的には対処したり根本的な原因を取り除いたりじゃな。それはワシではなく源六の専門だから詳しくはコイツから聞け」
「孫七、手遅れと言う表現はどうかと思うぞ。いいか律樹、今回の件に関してワシらが出来ることはかなり少ない。と言うより目的の大半は既にクリアされているからな」
「目的って真を救い出すってこと?」
「結果としてはそうだが重要なのはあの父親から真と母親の実子である琉乃を引き離すことだ。姉は既に家を出て居ないので、残りの真を引き離すだけだったが、それも今日成功した。これで奥谷家のあの異様さは次第に薄れていくはず。つまり今の状態がベストと言うことだな」
「それだけで解決? そもそも原因って何だったの?」
「原因はさっきも言った父親に憑りついている蛇だ。そいつが父親に憑いている限り根本的な問題は解決しない」
「もう少し詳しく教えてよ。それだけだと全く意味がわからないんだけど」
蛇が悪さをしているのは分かった。今考えると悪意無き悪意と言う意味も何となく理解できる。要は父親は蛇から悪影響を受けているのだ。そして無自覚に蛇の悪意を振りまいている可能性がある。
「そうだな・・・・・蛇穴のモグラというお伽話は知っておるか?」
「いいや知らない」
「今回はそのお伽話によく似た事態になっておるのだよ」
祖父ちゃんはそのお伽話を話し始める。
昔ある森に大きな蛇が居た。森ではその蛇に勝てる者はおらず絶対的な強者であったため皆から恐れられる存在だった。あるひ蛇は自分の巣穴に戻ると一匹のモグラが入り込んでいた。普段だったらそのモグラを一飲みしてお終いなのだが、その日は既に他の獲物を捕食した後だったこともあり、食べることはせずモグラをそのまま放置したまま眠りについた。
蛇が目を覚ますとなんとモグラがまだ巣穴に留まっていたのだ。しかも蛇の口元の直ぐ近くで眠っているではないか。蛇は起き抜けでお腹が空いていたこともあり今度はモグラを食べてしまおうと考え大きく靴を開いた。しかし蛇は大きく開けた口の中にモグラを入れることはせず口を閉じた。
蛇はモグラを食べることを躊躇った理由を自分でも理解することが出来なかった。その理由が気になった蛇はしばらくモグラを自分の巣穴に住まわせることにした。
それから捕食者と非捕食者の奇妙な生活が始まったのだが、モグラは天敵ともいえる蛇のことを一向に恐れる気配はなく、それどころか蛇が巣穴に居る間は四六時中蛇にじゃれつき纏わりついていた。
数日が過ぎても蛇はモグラを食べることはしなかったのだが、五日目の朝にとある出来事が起きる。実は巣穴で同居していたモグラはメスで蛇の巣穴で出産したのだ。その数五匹。蛇は子供に対して全く興味を持てなかった。
そして蛇の巣穴生活は一転した。子供を産んでから母親のモグラは子供の世話に忙しいのか蛇にじゃれつくことがなくなった。そこで蛇はある感情を自分が抱いていることに初めて気づく。
今まで自分に敵う相手がいないのと同時に自分に構ってくれる相手もいなかった。繁殖期の時だけ強い遺伝子を求め多くのメスが蛇のもとに訪れてくるが、それが過ぎると蜘蛛の子を散らしたようにいなくなる。それが当たり前のことなのだと蛇は思っていたが、モグラと同居した日々が満たされた時間だったのだと思い知り、同時にモグラのことが愛おしく感じるようになった。
だからこそモグラに相手にされない今の現状がとても寂しく思えた。
子供を食ってしまえばまた母親は自分を構ってくれるだろうか?
そんな考えが浮かんでは消し浮かんでは消しを繰り返す。子供を自分が食べてしまえばいくら懐いてくれた母親モグラでも自分を恐れ恨み、そしてこの巣穴から去ってしまうだろうと蛇は理解していたので、結局子供を食い殺すことが出来ず、自分が我慢する道を選んだ。
そんな我慢が続いたある日、狩りから巣穴へと戻ってきたら一匹の子供のモグラが巣穴から外へと出てきているのを見つけた。
巣立ちするにはまだ幼過ぎる。おそらく好奇心に駆られて巣穴から出てきてしまったのだろう。と蛇は思った。そしてそこには虎視眈々と子供に狙いを定めている若い蛇がいた。
俺の縄張りに入ってくるなんて何て命知らずな奴め。
苛立ちを覚えた蛇だったがとある考えが頭に浮かび、巣穴には戻らず少し離れたところから様子を見ることにした。するとあっという間に子供は若い蛇に丸呑みされてしまった。
この光景を見た蛇は思った。
何も自分で食い殺す必要は無いじゃないか、と。
その後若い蛇が自分の縄張内に侵入していることは黙認することにした。数日掛けて子供たちに対し外の世界は良いとことだと嘘を教え、その甲斐もあり、一匹また一匹と母親の目を盗んでは外へと抜けだして行く。そして当然ながら残りの四匹全ては外で待ち受けていた若い蛇に食べられてしまっていた。最後の一匹の行く末を確認した蛇は思った。
邪魔者は居なくなったしこれでまたあの生活を送ることが出来る。
そう考えただけでも堪らない気分になった蛇は意気揚々と巣穴に戻ることにした。途中別の若い蛇とすれ違った。普段だったら威嚇したり、場合によってははらわたを食いちぎってやるところだったが、これからまたあの満たされた生活が送れることを考えればとても些細なものだと思い、その若い蛇を見逃してやった。
しかしその判断が間違っていたのだと直ぐに思い知らされることになる。
巣穴に戻ると母やモグラの姿が無かった。それに巣の中が荒らされた形跡もある。
そこで蛇は気づいた。さっきすれ違った若い蛇が自分の巣穴に侵入し母親モグラを食ったのだと。
今までなら蛇のことを恐れ誰も近寄らなかったが、少し前に若い蛇が縄張りに入っても黙認していたことが他の連中に広まってしまい、その結果蛇が弱くなったと勘違いされてしまったのだ。
そして蛇はすれ違った若い蛇のお腹が膨れていたことを思い出した。
もしあの時いつも通りはらわたを食いちぎってやったら母親モグラを助けることが出来たかもしれない。
そんな後悔をしたところでもう手遅れだった。
そして蛇は思った。
また寂しい思いをするくらいなら母親モグラに相手にされなくても子供を生かしておくべきだった。そうすれば少なくとも孤独に陥ることはなかったのだから。
しかし全てのモグラは若い蛇のお腹に収まっている。
「とまあこんな感じなのだが、言いたいことは伝わったか?」
「祖父ちゃんが伝えたかったのって子供をワザと他の蛇に食べさせた部分でしょ? あの兄と姉を唆したかは分からないけど、気付いていて黙認した可能性はある、って感じ?」
「そう言うことだ。父親は知らなかったのではなく知らない振りをしていただけ。そこに利己的な意図が本人にあったのかは不明だが、蛇が憑りついていた影響で罪悪感を感じることはなかったことは間違いない)
「単純な疑問なんだけど、あの父親に憑りついているのは今のお伽話の蛇ってことでいいの?」
「今話したのは所詮お伽話でしかない。しかしまあ似て非なるものと言うところだな。仮に父親に憑いている奴を拘泥蛇としよう。拘泥とは要するに執着に近い拘りの意味でな、今回の場合それに加え独占欲も強いと言えよう。お伽話の蛇との大きな違いは、過ちに気付いたかそうではないかだ。もしお伽話の蛇だとしたら同じ過ちは繰り返さないはずだからな」
「なるほど。それで憑りつかれると本人の意思はどうなるの?」
「大抵は憑りつかれたことに気付かないことが多いな。なので自分の行動に疑いも持つことはほぼ無いと言ってもいい。場合によっては人を殺しても罪悪感を感じないこともある。どちらかと言うと感情がマヒさせられている状態に近いかもしれん。言っておくが憑りつかれたからと言って全てが同じという訳ではないぞ。元からあった感情を増長させることもあるし、意識を完全に乗っ取る場合もあるから注意が必要だ」
注意が必要と言われてもなあ・・・・・・
「・・・理屈は何となくだけど理解したよ。でも正直信じられないかな・・・」
「今はぞれで良い。いずれ嫌でも向き合わなければならない時が必ずお前に訪れる。その時になって知っているのと知らないのとでは心構えが変わってくるからな。だから今回は事実を知るだけで良い。後始末はワシらに任せてお前は真の面倒を見てくれればいい」
言われなくてもそのつもりだよ。ていうかこの状況で気に掛けない奴なんていないだろ。
「じゃあ最後に一つだけ教えて。兄や姉が真に酷いことしたのって百パーセント本人達の意思? それとも蛇の影響を受けたりしてたの?」
「蛇が一枚嚙んでいる可能性がかなり高い。それが直接的な言動で唆したのかそれとも意識や思考を誘導するような別な力でなのかはまだ分かっておらんが、少なくとも調査した感じでは二人が蛇の影響を受けていたことは間違いなさそうだな」
「調査ねえ・・・てことはやっぱり最初から真の家のことを知ってたんだね。おかしいと思ってたんだよ。夏鈴さんは真を連れて学校にやってくるし、音信不通だった祖父ちゃんがいきなり現れるし、あまりにも不自然過ぎるよ。つまり祖父ちゃんや孫七さんだけでなく夏鈴さんも最初から真に為に動いてたってことなんでしょ?」
そうでなければあんなに上手く事が進むはずなんてないし、今振り返ってみても準備万端だったとしか思えない。
「ワタシは何も聞かされていなかったわよ。ただお爺ちゃんからカエルを抱えた少年の話は聞かされてたけどね。まあ今日偶然見かけた時、最初は真よりトウラの方が気になって仕方がなかったけど。だから話しかけた切っ掛けはトウラがいたからなの」
「流石オレッチ。強者のオーラが強すぎて隠しきれなかったか」
お前はなに中二っぽいこと言ってるんだよ。本当の強者ならオーラも完全に消して見せろつーの。
「今日いきなり夏鈴から電話があった時は少々驚いたぞ。本来はもう少し手筈を整えてから真を奥谷家から切り離す予定だったのだからな」
「ワシもだぞ。別件でたまたま近くまで来ていたからこうして無事真を助け出せたが、前みたいに夏鈴が勝手に暴走していたら今頃どうなっていたか分からん」
一体何をやらかしたんですか夏鈴さん・・・・・・・
しかしどうやら本当に夏鈴さんは何も知らなかったようだ。つまり本当に偶然真と出会い、義侠心に駆られて逗麻高まで乗り込んできたという訳か・・・・・・・・って半分暴走しているようなもんじゃん!
「は、はは・・・源六さんアレはワタシも反省してます。だから今回はすぐお爺ちゃんに連絡したわけだし・・・」
いつもの気の強い夏鈴さんは何処へ? と言いたくなるくらいへこんでいる。
「と言うことで真の件は一旦ここで終わりでいいな。源六は明日戻るのか?」
「頼まれたことを放り出してここに来ちまったからな。明日の早朝にはここを出るつもりだ。それと律樹、連絡を無視してすまんかったな。真のことが全部片付いてから話をするつもりだったのだよ。今日は高遠の血筋について話をしたが、それ以外にも教えておきたいことがある。しかし今は時間もあまり無いのでまた次回だな」
「あまり聞きたくないけど、分かった」
「おい、話が済んだのならオレッチにも酒飲ませやがれー」
「なんと! カエルも酒を飲むとはのう」
「カエルだけどカエルじゃないって言ってるだろ!」
「蛇酒はあるがカエル酒は聞いたことないわね。あれば今度試しに飲んでみたいわ」
「カエルのか? やめとけやめとけ。どうせなら唐揚げにして食った方が美味い」
「食うな! おい小僧、唐揚げの話を聞いたら食いたくなった。今日とは言わんから近いうちに頼むぞー」
冗談とはいえ自分が食われるかもしれない話をしていたのによく唐揚げ食いてえとか言えるな。ていうかお前飯食うのかよ。カエルなんだしその辺の虫じゃダメなのか?
そしてトウラも加わり宴が再開された。トウラがカエルの姿でどうやって飲み食いするのか気になったので観察することにした。普通のカエルのように四つん這いのまま食事をすると思いきや、両手(足?)を使って目の前に置かれた柿ピーを取り口に運んでいた。食事中はずっと手を下に着けることはせず、後方に仰け反った姿勢を器用にキープしていた。なんでも百年かけて習得した技らしく、誇らしげに自慢していた。お酒に関してはお猪口があったのでそれに注いであげると、やはり両手でがっしり掴んみ口元でグイッとさせ飲んでいた。
絵面的になかなかシュールだったけど、何故かその光景に癒されてしまった俺がそこにいた。
ところで何か忘れているような・・・・・・・・・
あっ! 大竹先生のことだ。あの先生も何となく怪しいんだよなあ。でも今は全く関係ない話をしているし聞けないなあ・・・
仕方ない。一哉や石渡のこともあるし、明日かくにんしてみるか。




