30 理の中で昇華するもの
「オレッチも混ぜてくれよー」
トウラが、いやカエルが喋ってる?
「おいそこの小僧。カエルが言葉を話すのがそんな珍しいか?」
「え? ああ・・・・」
訝し気な視線に気付いたのかトウラが俺に言ってくるが、あまりにも衝撃的な出来事だったので言葉が上手く出ない。
夏鈴さんは異世界人とはいえ見た目は普通の人間だ。なので驚きはあったものの現実として受け止めることが出来た。しかし目の前のカエルは明らかに異様としか言いようがなかった。
「ワシも些か驚いたぞ。普通のカエルではないと薄々感じてはいたが、どうせ人語を話せる程昇華していないと思ってたからな。そうは思わんか孫七」
「そうじゃな。おかしな気配は感じておったがまさかここまでとは」
「そうだったの? てっきり気づいていて知らない振りをしているだけだと思っていたわ。確かに今まで見てきた者とは少し感じが違っていたけど、明らかにあの蛇よりは上位の存在なはずよ。まあだからといって力が強いとは限らないけどね」
よく分らないがじいちゃんズにとってトウラが喋ったことは予想していなかったことらしい。しかし夏鈴さんは反対にそのことをさも当然と思ってみたいだ。
「おっ小娘、お前は見る目があるな。その通りだ、オレッチ様はあんな陰湿な蛇なんかより高位なんだぞ、恐れ入ったかー?」
「そんな高位な存在ならなぜマコトを守ってやらなかった? お前は全てを知っていてもただのカエルの振りをして傍観していただけだろ」
「侵害だー。確かにオレッチは真を守らなかった。だけどそれは真との約束を守っていただけに過ぎないんだ。どうだ、分かったかー?」
「約束? それはマコトがあんな仕打ちを受けても守らなければならないことなのか? どうなんだ、答えろカエル」
「カエルだけどカエルじゃねえー。オレッチ様はトウラっていうれっきとした名前がある!」
「そんなことは今どうでもいいわ。そもそもお前は何のためにマコトの側にいるかしら? もしあの子に何かしようと企んでいるなら串刺しにして焼いて捨てるわよ」
そこは『食う』じゃないんだ。そりゃあ喋るカエルなんて食べたくもないけど。
「もしかしてお主、真と何か契約を交わしたな?」
トウラが答える前に祖父ちゃんが横から口をだす。
「ちょっと待った。一体何の話をしているのか俺にはサッパリなんだけど・・・・もう少し俺に分かるように話してくれよ」
みんなその筋の事象に詳しいのかもしれないけど、俺は何も知らない高校生なんだぞ。とにかく置いて
きぼりにしないでもらいたい。
「そうじゃったな。律坊にとっては当たり前ではないからのう」
「そもそもな話、昇華ってなに? それとこの世に存在する普通ではないものの一つがそこにいるトウラみたいな存在ってことなの?」
「律樹には後でゆっくりと教えていくつもりだったのだが・・・・今は簡単に説明するぞ」
「取り合えずそれでもいいから頼むよ」
「まず普通ではない存在というのはあくまでもワシたちが勝手にそう位置付けているだけの話だと言うことをよく覚えておくように」
「つまり一般的ではないけど事実として存在してるからって事でしょ。それくらいは理解できる」
「なら良い。それでこの世には俗に言う幽霊や妖、それ以外にも現在の科学では証明が困難な事象などが数多く存在しておる。例を挙げるまでもないがそこにいる夏鈴やカエル、そして真の父親に憑りついている蛇もそうだな。さっきも説明したがワシには今回の蛇のような妖は見ることが出来るのだが、幽霊は見えん。夏鈴もワシ同様妖は見えるようだがやはり幽霊の類は見えないらしい。しかしそのカエルの件から察するに、彼女の場合ワシに見えん他の何かを見ることが出来るようだな。とにかく一口に普通ではない存在と言っても多岐に渡って存在していると言うことだ」
要はカテゴリーが存在しているってことだよな。その理論が正しいとしたらひょっとして・・・・
「祖父ちゃんや孫七さんもその部類に入るってことになるんじゃないの?」
普通ではないものが見える力。祖父ちゃんの言葉を借りれば、それってつまり科学的には証明が困難な事象ってことになる。
「無論だ。しかしワシらの場合見えると言うだけで夏鈴のような直接的な力は持ってはおらん。まあ夏鈴の場合は本当に特殊なケースとも言えるがな」
なんたって異世界転生者だもんな。元々の理的な部分がまったく違うってことだ。
「普通ではない存在のことは何となく分かったよ。要はフィクションっだと思っていたことが本当は実在してるって事だろ? じゃあ次に昇華ってどういう意味? いや言葉の意味は分かるしある程度想像はつくんだけど、念のため教えてよ」
「昇華とはつまりより上位の存在に進化することのことなのだが、残念ながらワシら人間ががいくら頑張ったところで物理的な昇華は出来ん。人間から別な何かに変わる、ひょっとしたらワシが知らんだけで本当はあるのかもしれんないが、今は無い前提で話を進めるぞ」
進化と昇華ねえ・・・・・いまいちピンとこないな。
「物理的には無理だとしても意識や精神ならそれが可能ということだ。そこにいるカエルはその過程を経て今に至っているのだとワシは睨んでいる」
「おい爺さん、オレッチはカエルだけどカエルじゃなくてトウラって立派な名前があるといってるだろうが」
「お前さんは少し黙っておれ。こやつのように人以外が人間の言葉を話すことは珍しいことではない。そいつらこそワシの得意とするとことだからな。しかしワシはこやつを見抜くことが出来んかった。変な気配は感じていたがここまでとは思っていなかった・・・・ことはさっきも話したな。つまり何が言いたいのかというと、ワシの知っている妖の類ではないと言うことだ」
「なんか曖昧過ぎないか? 妖じゃないとしたらトウラの存在が何なのか祖父ちゃんには分からないって事だろ? それなのに何かから昇華した存在だとどうして言い切れるんだ?」
「普通に考えてもみよ律樹。喋るカエルがいきなり卵から孵化すると思うか?」
「理屈的にはそういう種族だったらあり得るけど、そうではないんだろ?」
「聞いたことがないし、もしそれが存在しているのなら既に何かしらの情報が残っているはずだ。簡単に説明すると元はただの思念体みたいな存在がいくつもの工程を経て姿かたちを持った存在へと変わっていくのだが、その多くは限られた者にしか視認することが出来ない。しかしこのカエルは・・」
「だからカエルちゃうわ」
何で急に関西弁?
祖父ちゃんはトウラの突っ込みを無視して続ける。
「このカエルは誰にでも見える。つまり完全な実体を持っていると言うことはかなりの高位な存在ということだ」
「ん、でもおかしくないか? さっき祖父ちゃんは大した存在だとは思っていなかった口ぶりだったじゃん。妙な気配があって実体があるのは高位な存在そのものって事じゃないの?」
「ワシの説明が悪かった。ワシらをこのカエルに置き換えて考えてみるとしよう。つまりこやつはカエルの中でも特殊な存在になることは理解できるか?」
「祖父ちゃんみたいに何かを見ることが出来るカエルってこと?」
「そうだ。動物にはそういった特殊な個体が数多く存在しておるのでワシは見誤ってしまったのだよ。付け加えると動物などのそういった個体は昇華して別な存在に変化することがある。当然物体ではなく思念体が元になっての話だがな。要はこのカエルのことを変異する前のものだとばかりワシは思い込んでいたが、実際は既に昇華し変異した存在だったという訳だ」
「ワタシはその昇華やら変異やらの理屈は詳しくないのだけれど、魔力ではないけどそれに似たエネルギーみたいなのがトウラは多く持っていたから最初から普通ではないと思ってたわ。もちろんぞれだけではなく、今まで源六さんや孫七さんから教わったこと、そして少ないながらも自分が経験したことを合わせての判断だったけどね」
「ほう、魔力に似たエネルギーか。今までそんな表現してこなかったと思うが、そんなに似ているのか?」
「そうね。上手く説明できないのがもどかしいのだけれど、あえて言うなら色が近いといった感じかしら?」
「えーとその話は後にしませんか? 今はトウラが何の目的があって真の近くに居るのか? ということのほうが重要では?」
「そうだたわ。それでトウラ、あなたの目的は一体何なのかしら?」
「・・・・・・・」
しかしトウラは夏鈴さんの問いかけには反応せずソッポを向いている。
「どうしたカエルよ。まさか急に話せなくなったわけでもあるまい」
「・・・・・・・」
孫七さんが言うも明後日の方向を向いたまま反応はない。何となくだがトウラが拗ねているように見えた。
「ハァ、もう喋っても良いぞ」
祖父ちゃんがそう言うとトウラは首をクイッと正面に戻し話始めた。
「ゲコッ、もう喋ってもいいんだな?」
そう言えばさっき祖父ちゃんに黙ってろって言われてたな。まさかそんなことで拗ねてたのか? 子供か!
「好きにせい。と言うより今後のこともあるので話してもらわんと困る」
「ゲコッ、仕方がないなー」
カエルに表情はないが何故か嬉しそうにしているのは伝わってきた。
「オレッチの目的は大恩ある真に恩返しをすること。そのためには何だってするさー」
「だったらなぜあの酷い状況を放置したのだ。何でもすると言うのは口先だけなのか?」
「さっきも言ったぞ。オレッチは真と約束したから何もしなかったー。それは真のお願い、オレッチはただ見守るだけさー」
「マコトが手を出すなって言ったの? それってつまりあなたの正体をマコトには話しているってことよね」
「ゲコッ、マコトは全部知ってるぞ。その上で何もするな、でもその代わりずっと一緒に居てくれとお願いされたー。だからオレッチ約束守って何もしなかったー」
「ふーん、その真偽は後で確かめるとして、そもそもお前にはマコトを助ける程の力を持っていないのではないかしら? 例えマコトがそう言ったとしても、いくらでもやりようはあったはずよ」
全くもってその通りだな。トウラが何を出来るのか知らないけど、ただのカエルでないのであれば何かしら手は打てたのではないかと俺でも思う。
「舐めるなよ小娘。オレッチに掛かればあんな奴らあっという間に排除できるぞー」
「ふん、どうだか」
夏鈴さんにバカにされたトウラは怒ったのかその場でピョーンピョーンとジャンプし始める。
「だったら見せてやる、覚悟しろ小娘!」
「ちょうどいい、お前がどの程度なのかワタシが見てあげようじゃない」
「はいはい二人ともそこまでにしてください。あなた達がここで戦ったら家の中がとんでもないことになりそうな予感しかないので、絶対にやり合わないでくださいよ」
「しかし律樹、コイツに力があるのと無いのでは話が変わってくるのよ」
「力があるとしたらどうして真の意思を無視してでも助けようとしなかったのか? ですよね。そんなのどっちでもいいと僕は思いますよ。それとトウラは少なくとも大人四人を吹き飛ばせるくらいの力はあるはずです」
「何を根拠に?」
「それは本人に聞けば分かることです。なあトウラ、去年の夏ごろ長靴公園の近くで高校生四人を吹き飛ばしたか投げ飛ばしたかしたでしょ?」
「ゲコッ、去年の夏と言えばアホそうなガキどもが真からお金をむしり取ろうとしてたから返り討ちにしてやったー」
「やっぱり」
「どうして去年のことなのに律樹はそんなこと知ってるのよ?」
「ああそれは・・」
スマホを取り出し念のため保存しておいたサイトへと飛び今日見たスレッドを夏鈴さんに見せる。
「この四人の言うのがおそらく今日夏鈴さんが念写した人物だと思います」
真はその時夏鈴さん対して嘘を吐いた。体の痣や怪我を負わせたのは誰だと問われたとき、真は咄嗟にこの四人だと言ってしまった。そしてそのあと夏鈴さんに「この四人を思い浮かべろ」と言われて兄たちではなく四人組を頭の中に思い浮かべたのだろう。
「これは・・・・なるほど、今の話はそういう意味だったのね。確かにマコトがそんなこと出来るわけないし一応信じるわ」
「ところで返り討ちにしたとき相手に自分がやったとバレない方法でやったんだよな?」
「当り前ー。それくらい朝飯前ー。おい小僧、明日の朝飯はなんだ? オレッチは牛丼が食べたいー」
今そんな話している場合じゃねえだろ。ていうかカエルが牛丼食うのかよ。
「お前の目的と僅かだが力量のほどは分かった。でもやはり約束したとはいえ見殺しにしていたことは許せん。大恩があるなら尚更よ」
「お前バカかー。真の望みは家族を壊さないこと。真が暴力を耐えると言うならオレッチが出来ることはただ見守ることだー」
トウラの言い分も分からなくもないが、それで万が一真が取り返しのつかない事態に陥ったら意味ないだろ。
「それとお前たち昇華したとか変異しただとかほざいていたけどなー、今はこんな姿してるけど、オレッチはお前たちと同じ人間なんだぞー」
このまま水掛け論に突入しそうな気配がしたところにトウラが思いもいらなかった爆弾発言を落とした。
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