3 再会の・・・
「律樹君は今日から本当の意味での高校生になるのかあ。なんか羨ましい」
いつもより早く起き朝食の準備を終わらせ新しい制服に着替えていた。それを見た光男さんが懐かしいものを見るような目で見てくる。
「今週は大丈夫だと思いますけど、本格的に授業が始まったら夕飯時間が遅くなるかも」
「と言っても僕よりは早く帰ってこれるでしょ。そういえば部活は入らないのかい?」
「どうでしょうね? あまり興味ないから考えてなかったですけど、どのみち家のことがあるから遅くなる部活は入らないと思いますよ」
中学時代はバスケをしていたけど正直そこまで本気でやってはいなかった。人数が少なかったから二年の途中からレギュラーに選ばれたりもしたが、特段自分が上手いと思ったことはない。それに料理以外にも家でやる仕事は多いし、最低限の勉強だってしなくてはならない。そう考えると活動できる時間はかなり制限されるはずだ。結果的にどこかに所属しても幽霊街道一直線の未来しか見えない。
「そうなんだあ。割と運動神経良さそうだからてっきり運動系に入ると思ってたんだけさ。そうだよな、家事とか大変そうだもんな。いや俺も出来る限りのことはやるけど流石に二人じゃ出来る範囲限られるし。そういえばもうすぐだっけ? 新しい入居者」
「まだ連絡ないんですよ。そろそろだとは思うんだけど・・・」
あれから一度も祖父ちゃんとは連絡をとっていない。まあ特に困ったことも起きてないし別にいいんだけど、せめて早めに情報は教えてもらいたい。光男さんの時みたいにいきなり来られても困るし。
「律樹君は料理する時の手際は良いけど、掃除とか洗濯は結構遅いよね。だからと言って手を抜いてる感じはしないんだけどさ」
「あー、掃除してるとあっちこっち気になっちゃって同じところ何度もやっちゃうかも。普段は多少汚れていてもあまり気にならないんですけど、やり始めるとなんか変なスイッチが入っちゃうんですよね」
「なら人が増えたら料理専門でいいんじゃない? 夕食の時間も多少遅くなっても問題ないと思うよ。もし文句言うような奴がいたら『安い金で作ってるんだからこれくらい我慢しろ』とか言ってもいいと思う。そしたら入れる部活の幅も増えるんじゃないかな?」
「一番若い僕が言えると思いますか? どう考えても無理ですよ」
「管理人なんだしそれくらいの権限があってもいいと思うけどなあ。ああそれと今日から仕事に余裕ができるから掃除と洗濯は全部任せてよ。料理の方は全然だからね」
「ん? 光男さん料理出来るって言ってませんでしたっけ?」
確か自分でも料理はやる方だと言っていたはず。聞いていないけど独身だろうし、年期は俺より上のはずだ。
「あ、ああ。律樹君と比べたらって話さ。あの味は君にしか出せないからね」
「またまた大げさな。あれくらいの料理練習すれば誰だって出来ますから。あそろそろ行かないと。戸締り宜しくお願いしますね」
「オーケー」
食べたものを流しに片付け学校へ行く準備をする。本当なら入学式の時間までまだ余裕があるのだが、先日学校側から連絡が入り早めに行くことになっていた。なんでも提出した書類に不備があったそうで、入学式前に手続きを終えたいとのことだった。どうせ半日なんだしその後でも良くない? とも思ったが、学校側からそう言われれば従うしかない。
玄関を出たすぐ脇には乗用車二台が優に止められるカーポートがありそこに自転車を置いてある。実はこの自転車は俺が買ったものではなく前の持ち主が置いていったようなのでありがたく使わせてもらっている。難点を言えばシティーサイクルではなくスポーツタイプなのでカゴが付いていない。従って買い物をするときは非常に不便だった。
高校まではおよそ五分。歩いても十五分といったところか。この高校を受験すると決めた時この家に住むという考えは頭になかった。祖父ちゃんが知り合いに貸していると聞いていたことも理由の一つだ。そして何より俺自身がここに住むことに対して否定的だった。
ではどうして住むこととなったかというと、
答えは簡単、「ここに住まないなら自分で何とかしろ」と、祖父ちゃんの一言に尽きる。当初は部屋を探しておくから行きたい高校に進めばいいと言っていたくせに、合格発表があったあと急に手のひらを返して言い出すものだから、完全にしてやられたと思った。
しかしまとまったお金も頼れる大人もいない俺には成す術もなく、今に至るという訳だ。まあ学費とか生活費、そして小遣いまで貰っているんだからこれ以上文句を言うのは筋違いというかただの我がままにしかならないので諦めている。
祖父ちゃんが何を思ってここに住まわせたのかは未だに分からないが、少なくとも俺のことを考えての事だということだけは理解しているつもりだ。
程なくして学校へ到着する。元々地元だということもあり道に迷うこともなかった。駐輪場に自転車を置きしっかり鍵を掛ける。念のためチェーンも使いダブルロックだ。この辺りは昔からチャリドロが多いし用心に越したことはない。
時刻は七時五十分。入学式は九時からだから制服を着た人はまだ少ない。というより上級生は基本休みと聞いているので少ないのは当然だろう。
「おはようございます。一年の高遠律樹ですが八時にここへ来るように言われたのでやって参りました」
『ここ』というのは職員室ではなく、来賓玄関口に隣接している学校の事務室のようなところだ。
「おはよう、高遠君ね。ゴメンねこちらの手違いで早くに来てもらって。そこじゃなんだし入ってきて。あ、取り敢えずそこにあるスリッパ使ってもいいから」
対応してくれたのは二十代半ばくらいの女性の事務員だった。清潔感のある長い黒髪で容姿もスタイルもかなり良く、先生だけでなく生徒からも慕われてそうな、そんな雰囲気の持ち主だった。
「えっとまずはこの書類なんだけど・・・・・・・」
訂正しなくてはならない書類は全部で三枚。その殆どが名前と住所、そしてハンコを押すくらいだったので割と直ぐに終わった。ただ驚いたのは保護者が記入するべき欄も俺が書いたのだが、「本当に俺が書いてもいいんですか?」と尋ねたら「いいのいいの、あなたの祖父には話をしてあるし問題ないわ。それに上司だって適当だからバレなきゃいいのよ」と返してきた。
本当にいいのか? と本気で心配したが、これが原因で退学になるとは思えなかったので言われた通りにした。それにしてもこの事務員さん、おっとり系で見た目はかなり可愛いのになかなか肝が据わっている。
「ところで高遠君って自転車通学?」
「はい、歩いてでも余裕で行けますが自転車使ってますね」
「ならついでにこれも書いちゃおうか」
差し出してきたのは自転車通学申請書だった。
「自転車で通う場合これを書いて提出してもらう必要があるの。一応入学の案内と一緒に送ったはずなんだけど高遠君まだ出してなかったみたいだから」
そんな書類あったっけな? もしかしたら祖父ちゃん忘れたのかも。
「これに書けばいいんですね」
えーと、住所と名前と学年、それと防犯登録のナンバーと自転車の持ち主の名前・・・・・・ん? 持ち主の名前って・・・・・・
「あのーすいません。今使ってるの前住んでいた人が置いていったやつなんですよね。ですので持ち主の名前とか住所が分からないんですがどうしたら?」
「んー、その人の名前だけでも分からないかな? あ、別に提出が遅れてもその間乗ってきちゃいけないってことはないから安心して」
「祖父に確認してみないことには・・・」
「そっかー、だったら今日はこの用紙を持って帰って分かったら書いて持ってきて」
「適当に書いちゃいけないんですか?」
さっきもバレなきゃいいとか言ってたしいけるのでは?
「何かあったとき調べる可能性があるから。その時盗難自転車と疑われてもいいなら学校としても構わないけど、どうする?」
表情は穏やかだけど、これって暗にちゃんと書いて来いって言っているようなもんだよな。
「・・・・祖父に確認しておきます」
「ふふ、よろしい」
どうせ今日あたり電話しようと思っていたところだしついでに聞いてみるか。
「そう言えばまだ名乗ってなかったわね。私は水堀沙苗よ。実は君と同じく実家が青森で場所は君が住んでいた所の隣町だから結構近いんだよね。私は大学からこっちに来てそのまま就職した感じかな。君の書類を見てなんか親近感が湧いちゃって今日はちょっとだけ会うの楽しみにしてたんだー」
「そうなんですねー・・・ってまさかその為に早く呼び出したんじゃないですよね?」
「あはは、まさか。私は別に君たちが落ち着いてからでもいいと思ってたんだけど、上の人がせっつくからさ」
「君たち?」
俺以外にも呼び出された奴がいるのか?
「そうそう、君のほかにもう一人書類を訂正してもらわなきゃいけない子がいるの。あ、噂をすれば」
水堀さんの視線は俺を通り越し後ろへと移る。それに釣られて後ろを振り返るとドアのところに制服を着た一人の女子生徒が立っていた。
「お、おはようございます。えっと・・・」
「ああ河島さんだよね。ゴメンね朝早くから。こっちに来て」
河島さんって言うんだ。なんかちんまりしていてちょっと可愛いかも。百五十・・・いや下手すると百四十位かもしれないぞ。
おっといけない。邪魔になるしさっさと退散するか。
「それじゃあ俺はこれで」
「え? まだここに居ても良いよ。まだ入学式まで時間あるし。もしかして誰かと待ち合わせしてた?」
「いえ特には」
高確率で小学校の時の同級生がここへ入学していると思うけど、その人が仲の良かった奴とは限らないし急いで会う必要もない。
「ならそこに座って待ってて。実はこの子も君と同じで県外から来てて知り合いが居ないと思うしさ、私としては君と仲良くなって欲しいなって思ってるんだけど」
「・・・・別に良いですけど」
俺自身ここは半分地元みたいな場所だし不安はないけど、彼女にとってはそうではないよな。
「ありがとー、流石だね」
何が流石なんだか分からん。
「でも河島さんは俺なんかで良いの?」
言った後『しまった』と思った。なんかこの言い方だともし本当に嫌だった場合断り辛いよね。なんか気が弱そうだし。
「だ、大丈夫です」
「んじや決まりだね。それじゃ早速始めようか。ますばこことここなんだけど・・・・・」
了承はしてくれたものの河島さんはこちらを見なかったし、気のせいかもしれないが表情に陰が差した気がする。
まあ今更どうしようもないし、流れに任せるしかないな。
「河島さんは電通学だから自転車使用の申請は要らないか」
俺より書類が少なかったので河島さんは5分も掛からす終了した。そして彼女は学校の近くではなく別の場所に住んでいるようだ。
「えーと、途中から申請することも可能ですか?」
「もちろん。もしかして駅から使うつもり? いやそれはないか」
水堀さんの言ったとおり駅から学校まで自転車を使う事は考えにくい。何せ最寄りの駅から徒歩で5分くらいだから。しかも最寄り駅は二つありどちらも同じくらいの距離だ。
「え、えーと、ただ聞いてみただけです、すいません・・・・」
本当に申し訳なさそうに謝る河島さん。最後の方は聞き取りにくいくらい声が小さくなっていた。ついでに背中を丸め俯くものだから余計に小さくなっている。
アルマジロみたいだな。
「いいのいいの。謝る必要ないから顔上げて」
その通り。謝る要素はどこにも無いぞ。
「・・・ありがとうございます」
言いながら丸まった体を正しているが顔は俯いたままだ。
「そう言えば君たち二人は同じクラスみたいだね」
え? 今それ言っちゃっていいの?
「何驚いた顔してるの? どうせもう少ししたら分かることだし。あ、もしかしてクラス分け楽しみにしてた?」
「そうじゃないですけど、なんて言うか思いもよらず唐突だったもので・・・・・」
「ふーん。あっ、式が始まるまでにやらなきゃいけないことまだあったんだった。ゴメンね、もう少しお話ししたかったけどまた今度ね。二人とももう少しそこに座ってても良いよ。私はちょっとここから離れなきゃいけないけど」
そう言い残して彼女は早足で室内から出ていった。
良いよって言われてもなあ。
事務室内を見渡すと水堀さん以外に3人居て、それぞれ机に向かって仕事をしていた。
「なんか居づらいし出ようか?」
河島さんを置いて一人だけ勝手に出ていくわけにもいかないので声を掛けてみた。すると声は発しなかったものの小さく頷いた後立ち上がったのでイエスと言うことだろう。
一旦校舎から離れ外に出る。しかし出たはいいものの開場までは少し時間があった。来た頃よりは生徒の数も増え、辺りは少しだけ賑やかになっていたが、知っている顔は今のところ無かった。
河島さんはと言うと、彼女は俺の直ぐ後ろを離れることなく着いてきていた。
せっかくだしちゃんと話してみるか。
「そう言えば県外って何処からきたの?」
「・・・埼玉です」
おー、ちゃんと答えてくれたぞ。
「埼玉かー。聞いたかもしれないが俺は青森な。まあ小三まではこの近くに住んでたから初めての土地って訳じゃないんだけどね。ところで言いたくなかったら別に良いんだけど、親の仕事の都合とかでここに?」
「・・・そんな感じですね」
「・・・・・・・・・」
はい会話終了。
ていうかあまり俺のこと良く思ってない感じがするし下手なこと聞けないじゃん。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
うんどうしよう・・・・・・・・
このままだと余計気まずいし取り敢えず式場の体育館に行ってみるか。たぶんクラス分けの紙も貼ってあるだろうから時間も潰せるだろ。
「あのー・・・」
「え? いやゴメン何かな?」
まさか話し掛けてくるとは思わなかったので若干驚いた。
「高遠君はどうしてこの学校に?」
「んー、色々あるんだけど強いて言えば神のお告げ、みたいな?」
「・・・・・」
やべ、冗談のつもりで言ったつもりだったんだけど、思い切りジト目で見られてる。
「ウソウソごめん。コッチに戻りたかったって言うのが本音。ほら大学とかこっちの方が多いじゃん」
「そうなんですね。私はえーと・・・・そのー」
「いいよ別に無理して話そうとしなくても。ぶっちゃけ俺のこと少し苦手でしょ?」
苦手の前に『少し』を入れたのは少しでも自分のダメージを減らすため。だって自分から聞いといてなんだけど、女の子に『苦手』と面と向かって言われるのキツいじゃん。
「そんなことは無いですよ。正直誰も知らない場所なので話せる人が出来て嬉しいです」
ほっ、ならよかった。でも神のお告げって言うのも実は強ち全くの嘘という訳ではないんだよなあ。
話したところで誰も信じないと思うが、いつの頃からか同じ夢を定期的に見るようになった。昔ここに住んでいた時の夢と言うことは確かなのだが、目を覚ますと何故か大半の内容は忘れてしまっている。また、いくら思い出そうとしても毎回同じ数場面しか思い出せないでいた。
そしていくつか記憶に残っている場面の一つがこの高校だったのだ。目覚めた時にはこの高校を含むいくつかの光景だけが記憶に残り、同時に喪失感や虚無感のような負の感情が毎回心を圧迫していた。一度だけならまだしも何回も同じ夢(全部を覚えているわけではないのであくまで直感だが)を見てしまえば気になってしまうのは致し方ないだろう。別に真相を確かめたいとかそういう気持ちがあった訳ではないが、元々こっちに戻りたい理由が別にあったので、夢自体は少しだけそれを後押ししたものでしかない。
「無理はしなくて良いからね。ところで部活とか入る予定あるの? 俺は今のところ帰宅部が第一志望だけど、場合によっては何処かに入るかも」
「美術部に入ろうかと思ってます。本当は漫研が良かったんですけど、この学校には無いみたいなので」
「そうなんだ。じゃあ絵を描くのが得意なんだね、なんか羨ましい。俺なんか下手過ぎて周りから失笑か爆笑しか貰ったことないもん」
逆に妹は絵が上手い。どちらかと言うと漫画やアニメっぽいのが多いが、風景や人物画も普通に上手だ。河島さんも第一志望は漫研と言うことはうちの妹と気が合うかもしれないな。
「と、得意ってほどではないですが・・・でも絵を描くのは好きです。何と言うか描いている間は嫌なことを全て忘れられるので」
「あーわかるわかる。なんか集中しているとあっという間に時間が過ぎるし、頭にあったモヤモヤがいつの間にか無くなったりするよね」
「高遠君もそういうのがあるんですね」
「これと言って決まったものは無いけど、家で掃除してたりご飯作ったりしているときは割と楽しいかな。あ、そろそろ体育館の方へ行こうか。結構人が集まりだしたみたいだし」
電車の到着時刻の影響か、一気に人が集まりはじめており、その多くが保護者と一緒だった。
「そう言えば河島さんも一人だったりする?」
「も、ってことは高遠君も?」
「流石に青森からじゃ遠いしね」
「・・・・・私もそんな感じですかね」
またやらかしてしまったか?
本人は隠しているつもりだろうが河島さんの表情は明らかに影を落としていた。もしかしたら俺と同じく複雑な家庭事情があるのかもしれない。
「・・・・とりあえずクラス割りの貼り出し見に行こうか」
「はい・・・・」
体育館前に張られたクラス表を確認したところ水堀さんが言っていた通り俺と河島さんは同じクラスで一年二組だった。




