28 一人目の正体
「そろそろ隠していること教えてくれないですかね? 無いとは言わせないですよ」
「そうじゃな、律坊の言う通りだ。源六、いい加減孫に本当のこと話してもいいのではないか?」
少しの間のあと最初に口を開いたのは孫七さんだった。
「ワタシは律樹を最初見た時から打ち明けてもいいと思っていたわ。だけど源六さんの許可なくいう訳にはいかなかったの、ゴメンなさい律樹」
「そういう事情なら仕方ないですよ、悪いのは祖父ちゃんですから」
嘘が嫌いな夏鈴さんは隠し事をしていることについてずっと悩んでいたのだろう。それが何なのかはこれから分かるわけだが。
「フン、仕方がない話してやるかのう。まずはそこにいる緑川夏鈴だが、この国の人間ではない」
「はあ? そんなの知ってるし確かオーストリア生まれでしたよね? 夏鈴さん」
「ゴメンなさい律樹、それは嘘なの。本当はアーストリアムという国の生まれで三年前に日本にやってきたの」
本当に申し訳なさそうに俯きながら夏鈴さんが本当のことを話してくれた。嘘を吐いていたことが余程辛かったのだろう。
それにしてもアーストリアム? 何か聞いたことあるような無いような・・・・・
「国の名前ですか、それとも地名とか?」
「五百年以上続く由緒あるれっきとした国よ。ただしこの星のものではないけど」
「は? 何かの冗談ですか。もしかしてかなり酔ってます?」
見た目はそんな風には見えない。しかし嘘を言っているようにも見えない。ということは・・・・
「それは本当のことじゃ。そのことはワシが保証しよう」
保証すると言われてもなあ。そんなこと「はいそうですか」と簡単に信じられるわけない・・・・・と言いたいところだったけど、仮にその話が本当だったとしたらある意味今日感じた疑問がいくつか解消されることにもなるので安易に否定が出来なかった。
「えーとつまり夏鈴さんと孫七さんは本当の祖父と孫ではない?」
「そうじゃ、ワシと夏鈴に血縁関係は一切ない。まあワシは本当の孫のように思っているがな」
そう言いながら孫七さんは夏鈴さんの頭を撫でる。撫でられた夏鈴さんも満更でもなさそうな表情をさせながら孫七さんの腕にしがみ付いた。
「ワタシも本当の祖父と思ってるわよ、孫七お爺ちゃん。こっちに来て一番親身になってくれた人だし、何より一番信頼してるわ」
「そうですか・・・・それ自体は全然というか全く驚かないんですが、問題は夏鈴さんが俗にいう異世界人ということになるんですが、本当の本当なんですか?」
「本当の本当よ。ワタシの本当の名前はサマーリン・グリーンリバー、別の星、もしかしたらこの世界で言う異世界から来たただの槍術士よ」
サマーリン・グリーンリバー・・・・夏・鈴・緑・川。ああそういうことね。あと槍術士って特技とかでくて職業なの?
「異世界云々はとりあえず置いといて、どうして名前まで偽る必要が? 見た目は欧州人そのものだし返って変に思われないですか? それこそ夏鈴さんが嫌う大嘘になるわけだし」
「それもこの世界でまともに生きていく上で仕方のないことだったの。ワタシだって最初は大反対してたのだけど・・・・・」
言葉に詰まる夏鈴さん。そしてその言葉の続きを引き取ったのは孫七さんだった。
「それは日本の戸籍を取得する上でどうしても必要だったのじゃよ。流石のワシらでも外国の国籍を用意するのが難しいのでな」
「いや普通の人は戸籍を勝手に作れないから。しかも同じ女性で同じ年頃の亡くなった方の戸籍を買ったとかならまだ分かるけど、一から戸籍をでっち上げたって事でしょ?」
「ふむ、どうしてそう思った?」
「だってサマーは夏、リンは鈴、グリーンは緑、リバーは川。たまたまだと思うけど英語っぽい単語を日本語に直訳したり読みを漢字に当てはめた名前じゃん。そんな戸籍が都合のよく見つかるはずない」
「正解だ。ワシらには・・・厳密にいえばワシらの知り合いにそっち方面が得意な奴がいると言うだけの話じゃ」
「・・・・まあこれ以上突っ込んでも仕方がないので話を戻しますけど、異世界から来たと言う証拠は俺に示せるんですか?」
「あら、それは分かっていて聞いているの? もう既に示したと思うけど足りなかったかしら?」
「それってあの精密な絵のことですか?」
「そうよ、分かってるじゃない。アレは簡単に言ってしまえば相手が考えているイメージを忠実に絵として再現できる魔法ね。こちらの世界で言うところの念写ってところかしら。実際には無いけどね」
魔法? 今魔法と言ったよねこの人。
「まだ疑っているわね」
「半信半疑ってところですね。確かにあの絵は夏鈴さんが言ったものなのかもしれません。だけど実際それをやっているところを見てみないことには・・」
今こうして初めて夏鈴さんは自分のことをカミングアウトしたので、当然ながら奥谷家で出したあの絵が作られる現場を俺は見ていない。
「つまり今ここでやってみろと?」
「そういうことです。それが出来れば疑いの余地が完全になくなりますしね」
「いいわよ。それじゃあ何か写すもの持ってきてちょうだい。それと思考を読み取る相手はあなたでいいかしら?」
「もちろんです。じゃないと完璧な証明にはなりませんから。ちょっと待っててください、今紙を持ってきますから」
自室から未使用のノートを取ってくる。それを夏鈴さんに渡すと彼女は一番最初のページを開きテーブルに置いた。そこに自分の左手をかざし右手を俺の頭に置く。
「さて何がいいかしら・・・・」
「何って何がです?」
「もちろん『何を』写すかよ。せっかくだし普通ではつまらないじゃない。あっそうだ、今から言う質問の答えを思い浮かべてちょうだい。そうすれば面白いことになるかもしれないわ」
「今は別に面白さは求めてませんから、真面目にやってくださいよ」
「ワタシはいたって真剣よ。いい? 深呼吸してリラックスしたらゆっくり目を閉じて」
言われた通りに深呼吸し目を閉じる。すると夏鈴さんが言う。
「律樹が今一番気になっている女の子は誰?」
なんだよその質問は? とか思いつつも頭の中にはある人物が咄嗟に浮かんでしまった。
「ふふ、嬉しいけどそういうことじゃなくて、律樹が本当に気になってる子をちゃんと思い浮かべて」
げっ、マジか。
実は咄嗟に思い浮かんだ人物とは、今まさしく俺の目の前にいてボディ(ヘッド)タッチしている夏鈴さんだった。
こんな美人なお姉さんが目の前にいたら意識するなって方が無理ゲーでしょ。
「そうねえ・・・例えば今の学校とかでいないかしら。そう言えば今日・・・ううん止めておきましょう。これだと誘導している感じになって本当のことが見えなくなりそうだし」
何わけ分からないこと言ってるんだこの人。
しかし学校で気になる女子かあ・・・・・・
「はいお疲れ様。もう終わったわよ」
えっ、もう? まだハッキリとした人物を思い浮かべていなかったんだけど・・・・
「どれどれまずはワシが見てみるか」
祖父ちゃんが俺を差し置いてノートを手に取る。
「・・・・・・・」
しかし絵を見ても感想の一つも言わない祖父ちゃん。『これがお前の想い人か』とか言って揶揄ってくると思ってたのだが、俺の予想は大きく外れたようだ。だが絵を見る祖父ちゃんのその表情には、慈しみかもしくは安堵に似た何かがあった気がした。
「次はワシの番だな見せて見ろ源六・・・・・・・ほう、これはこれは」
次に見た孫七さんもそれだけ言って俺に「ほれっ」とノートを渡してきた。
なんだよ二人して感想無しとかさ。逆にスゲー気になるじゃん。ていうか揶揄ってくれた方がまだましな気がするんだけど。
そして緊張しながらおそるおそるノートに視線を落とすと、そこには・・・・・・・
「あの場に来た子とはまた違う子みたいね。ワタシはてっきり二人のどちらかだと思っていたのだけれど、どうやら予想を外してしまったみたいだわ」
二人というのはきっと職員室に現れたヨミ先輩と鈴原先輩のことだな。しかし残念ながら二人はそういう対象ではないことは自分でも分かっている。まあヨミ先輩に関しては違う意味で気になる人だけど。
「この子は・・・・・確かに気になると言えばそうかもですね。だけど好きかどうかと聞かれたら『NO』と答えますかね」
河島すみれ
ノートには初めて会った時のような自信なさげでどこかオドオドした彼女の姿があった。
「では信じない?」
「それは無いです。俺の心はどうあれ結果として目の前で証明してくれたわけだし。一応ノートのすり替えもないみたいだし信じますよ」
「すり替え?」
「ええ。ここを見てください。バッテン印が書いてあるでしょ。実はこれ部屋から持ってくる直前に俺が印として書いておいたんです。なのでこのノートは間違いなく俺が準備したもので間違いありません」
「そんな小細工をしていたとわな。流石源六の孫、抜け目がないのう」
「随分と信用されていなかったのねワタシって」
「そういうことじゃないですよ。年の為というか自分が納得するための材料の一つみたいなものなのであまり気にしないでください。だけど河島さんかあ・・・・」
「そうそう一つ言い忘れていたけど、もう一度この絵を見てみて」
「もう一度、ですか?」
言われた通り再びノートに描かれた河島さんの絵を見るが特に変わったものは無いように思える。
「どうかしら? 今日見た他のものと比べて何か気付かない?」
そう言われてもなあ。奥谷兄じゃないけどこれはただの上手い絵にしか見えないんだけど。違いねえ・・・・・・ん、もしかして。
「この絵って他と比べて全体的に暗め?」
確か他のものはもっと明るくハッキリとしたものだったような気がする。それに対して河島さんが描かれたこの絵は全体的に見ると少しぼやけていて尚且つ薄暗い。要は若干だけど他と比べれば不鮮明なのだ。と言っても写真みたいな精巧な絵には変わらないのだが。
「正解よ。これはあくまでもワタシが経験した範囲での話だけど、思っていてもそれを必死に隠そうとしたり、もしくは当の本人でさえ気づいていない場合にこんな感じで写されることが多いの」
「つまり俺は無意識に彼女のことを想っているって言うこと?」
「それはワタシには分からないわ。その答えを知っているのは世界でただ一人、あなただけよ。心当たりないかしら?」
「ノーコメントで。これ以上プライバシーを侵害するようなら訴えますからね、槍術士さん」
「ふふ、馬に蹴られたくない、だったかしら? これ以上野暮なことは聞かないわ」
「そうしてください。じゃないと明日大量のトマトを買いに行きますからね」
「ふふふ、それは危ないところだったわ。それでワタシの証明はこれでいいかしら」
「いいも何も信じるしかありませんね。それと祖父ちゃんも最初から知ってたんでしょ? それに夏鈴さんがこの家に来ることも全部」
「まあな。孫七は夏鈴を保護してから直ぐにワシたちに連絡してきおったから、ほぼ最初からの付き合いだ」
「この際聞くけどさ、光男さんは普通の人間なの?」
「なんだ突然。彼も異世界人とでも?」
「うーん、そうじゃないとは思うけどさ、現実問題今目の前に夏鈴さんがいるわけだし、疑うのって仕方なくない?」
「ハッキリ言っておくが彼は普通の人間だぞ。彼がこの家の募集を見て連絡してきたのが最初の切っ掛けだし、それ以上でもそれ以下でもない」
「そうか、それなら別にいいんだけど・・・」
俺自身光男さんが本当に異世界人だとは疑っていない。彼の場合は一応聞いてみただけで本命は別にいた。
「でも真は違うよね。あの子は普通に見えるけど実は普通じゃない。うーん少し違うかも・・・上手く説明できないけど、真の周りが異常とでもいうのかな? あと真だけじゃなくて大竹先生もそうかな。あの人の言動も客観的に見ると明らかにおかしいんだよね」
俺はただ違和感を覚えたものを今ここに居る三人にぶつけているに過ぎない。だけど彼らはその正体を知っているはずだ。
そうでなければ困る。
だって今日起きた出来事の答え合わせが難しくなってしまうのだから。




