26 厄介払い、だけど不安定
「罰って何やらせるつもりだよ。それに報いとどう違うんだ?」
「今は教えられん。だが雲泥の差があるとだけ言っておこう。なのでここで認めなければ後で必ず後悔するぞ」
何をするのか俺も聞いていない。しかし孫七さんが言うのならきっとそうなのだろう。
「・・・・・分かった分かった降参だ。全部認めるさ、認めりゃあいいんだろ」
まったく反省の色も見えず悪態をつきながらも悪事を認めた兄。だがこれで終わりではない。
「おう、素直で大変よろしい。だが真にやった虐待行為を全部を吐かないことには認めたことにはならんぞ」
孫七さんの言う通りで、絵では出していない虐待行為はまだまだあるのだから。それは真の証言から間違いのない事実だ。
「全部なんか覚えてねえ。思い出せるだけでいいだろ?」
「それで構わんよ。ただし過少申告とこちらが判断した場合罰が重くなると思えよ」
「ハイハイ。精々そうならないよう必死こいて思いだしますよ、ったく」
そして兄は思いだせる限りの悪行を自白し始める。その多くは聞くに堪えられないものばかりだった。途中から兄はその時の状況を思い出したのか、時折ニヤついたりほくそ笑んだりしていしながら話し続けていた。姉の人格方も大概だったが、兄の方も引けを取らないくらい普通とは違う異常なものを感じた。何がそうさせてしまったのだろう? 生まれ持った性質? それとも育った環境?
「まあこんな感じかな。たぶんもっとあると思うが今思いだせるのはこれくらいだ。これで満足したか?」
その言葉に、いや兄が話している途中からここに居るほぼ全員が憤慨していたことはわざわざ確認しなくても分かっていた。特に被害者の真にとっては非常に酷な時間だったと思う。本当は兄姉を問い詰める際彼をこの場から外す予定だったのだが、真本人の強い希望もあって立ち会うことになった。今は隣に居る小寺先生に横からしっかりと抱きしめられながらもしっかりと話しを聞いていた。
本当に強い子だ。
「ふむ、まあいいだろう」
「んで、俺達はこれからどうすりゃいいんだ? 一か月学校の便所掃除でもしろってか?」
「それは後でのお楽しみじゃ。よし、話は粗方終わったぞい、もう入ってきてもいいぞ」
「なに、どういうこと? まだ誰か来るの?」
「そんなの決まっておるだろ、お前たちの両親だ。今までの会話はこれを通して向こうにも聞こえるようにしてあったから、聞こえていれば五分も掛からず帰ってくると思う。ここから先は大人だけで話をする。従って二人は自分の部屋に戻るように」
孫七さんは胸ポケットから自分のスマホを取り出しながら言った。姉はそれを見て一瞬動揺していたが直ぐに不機嫌な表情に戻る。兄の方はさもありなんといった様子で大して気にしている様子はなかった。
兄姉は素直に自室へと戻っていく。ここまで来て逃げ出すとは思えなかったが、念のため二人が二階に上がるのを確認したのだが、その際兄に「チッ」と舌打ちされ、姉には「ていうかあんた何なの?」と、二人から思いっきり不興を買ってしまったようだ。
「真!」
「・・・お母さん」
リビングに入ってくるなり一人の女性が真に掛け寄っていく。小寺先生は席を立ち隣から離れるとその女性は「本当にゴメンね」と真に抱きついた。この人が真の義理の母親なのだろう。仕事帰りなのかよそ行きの小奇麗な身なりをしていた。
孫七さんお言った通り両親は五分くらいで家に帰ってきた。実を言うと二人は俺達がこの家に到着した頃から近くで待機していたのだ。今回の計画の発案者は夏鈴さんだが、細かい段取りは全て孫七さんによるもので、両親への連絡や兄姉がこの時間に帰ってくるよう手回ししたのも彼によるものだった。両親への連絡は真から聞けば済む話だが、どうやって兄姉を帰宅させたのかは企業秘密とのこと。
「この度は多くの方々に大変なご迷惑をおかけしまして本当に申し訳ございません」
後から入ってきたスーツを着た男性が深々と頭を下げる。身長は俺と同じぐらいだが細身の体系で、何処か期が弱そうで正直頼りなさそうな雰囲気があった。
「こちらこそ突然押しかけてしまい申し訳ありません。私、逗麻高校で教師をしております大竹と申します」
「あ、はい。真と今回ご迷惑をお掛けした二人の父親で名前は奥谷・・・・・・」
兄姉の時とは違い互いに簡単な自己紹介を交わす。母親も一旦真から離れ父親に倣い挨拶をした。
「取り敢えず座って話をしましょう」
大竹先生がそう言うと二人は「分かりました」と了承し、兄姉がさっきまで座っていた場所に真を挟んで両親が席に着く。そして正面には孫七さん、大竹先生、そして何故か俺がまた座らされた。流石に疑問に思ったので話を始める前に孫七さんに理由を尋ねたが、
「さっきの二人の時もそうだったが、律坊を最初から最後までそこに座らせるのには明確な理由がある。だがそれを今言う訳にはいかんのだ。従って今は全てが終わるまでそこで大人しく見ていることだ」
と言われたので素直に従うことにした。
何のつもりか知らないけど、今回の件で俺にも聞きたいことが山ほど出てきた。それを含めて説明してくれるのなら尚のこと良いのだけど・・・・・
「本当に警察や学校、それに児童相談所には通報しないでいただけるのでしょうか?」
最初に父親が聞いてきたのは孫七さんと事前に交わした約束の確認だった。
「約束は守りますが条件があります」
それに答えたのは大竹先生。今回の件での条件といえば、真が出した『家庭内だけで解決させたい』『両親の離婚は避けたい』の二つだ。前者はこのままいけば問題ないはずだが、果たして後者は・・・・
「条件ですか・・・・」
「それにはまずお二人の了承が必要になります。ですがその前にお聞きしたいのですが、今後どうするおつもりなのか教えて頂きませんか?」
「実はそれなんですが・・・・・・」
父親は母親と目配せした後続ける。
「二人が真君に酷いことをしたこと、そしてそれに全く気づけなかったことは全て僕の責任だと感じています。父親として情けない話ですが、今日この時まで本当に何も知らなかったのです。そんな僕には正直子供を育てていく自信がなくて、かと言って放棄するつもりはないのですが、真と上の二人は別々にさせようと思ってます。そのことについては妻も納得済みです」
「つまりお二人は今回の件で離婚したりするつもりはないと言うことですね?」
今回のことで真が一番恐れていたことを先生が二人に問う。そしてそれに答えたのは母親だった。
「正直離婚して真と二人で暮らすことも考えなかったわけではありません。それに琉乃のこともありますし・・・」
今度は母親の方から父親に目配せし、父親はコクリと頷いたのを見てから続ける。琉乃さんのことというのはバカ兄が未遂だったとはいえ襲ったことを指しているのだろう。それだけで離婚や別居を考えてもおかしくない。確かに世間の目が気になるのであればそれが容易ではないことは理解できる。だけどこんな状況で家庭として成り立つのだろうか?
母親は自嘲気味に続ける。
「ですが一人で真に苦労を掛けず育てていける自信が私には正直ありません。真が酷い目に遭っていることにすら気付けないくせに何言ってるんだって話ですけど、やはり私はこの人と別れられないんです」
ん、何だろうこの違和感。上手く説明できないけど体に纏わりつくような嫌な何かを感じる。
「僕も君と別れるつもりはないから安心して。それに子供たちのことだって二人で力を合わせれば何とかなるよ」
「あなた・・・・」
傍から見れば互いに想い合う理想の夫婦にも見える。しかし間に挟まれている真は一見平静を装っているように見えるが、貧乏ゆすりをするかのように足も小刻みに震えさせていた。イライラなのか、それとも別な理由か、とにかくストレスがかかっていることは間違いなさそうだ。
「何とかなると仰いましたが、具体的にはどうするおつもりですか?」
「先ほども言いましたが、真君と上の二人は離すつもりです」
「実は帰ってくる前に夫と話したのですが、私の実家に預けようと考えているんです。まだ向こうには伝えていませんが、何度か真を連れて両親の家に遊びに行った時、二人とも真を気に入りとても可愛がってくれたので、事情を説明すればたぶんですが受け入れてくれると思います。もちろん頻繁に会いに行くつもりですし、いつかまた一緒に暮らしたいと思ってます。だけど今は両親に預けることが真にとって一番良い方法だと思うんです。本当にゴメンね真。いつか必ず一緒に暮らせる日が来るから」
「僕もそれが一番の方法だと思ってます。当然養育費は父親として可能な限り出すつもりでいますよ。ここから少し離れているから転校することになるけれど、妻の話によると今の学校ではあまり上手くいっていないと聞いてるので、この際新天地で心機一転するのが良いと考えています。真もそれでいいかい?」
ちょっと待って、とは口に出さなかったけど、何となく真を厄介払いしているように感じるのは俺の気のせいなのか? 最初母親が真を抱きしめた光景を見た時思わずもらい泣きするところだったが、今は不信感しか湧いてこない。それに父親もずっと尤もらしいことを言っているが、返ってきてからまともに真のことを見ていない気がする。
「なら話が早いです。実は私達の条件というのは、真君だけ別な者の庇護下で生活をさせることだったのですよ。お二人がその方向で考えていらっしゃるなら何とか丸く収められそうですね」
「そうでしたか。条件と聞いてもしかしたら離婚しろと言われるのかと思ってました。でも安心しました、これで大事にならずに済むのですね。もちろん上の二人には二度とバカなことをしないよう根気よく話し合っていくつもりです」
何が良かっただよ。これじゃあ結局真を犠牲にしただけじゃねえか。それとあの二人の歪んだ性格がそう簡単に矯正出来ると本気で思ってるのか? それに電話越しで聞いていたはずだが、あの兄姉に対してこちら側が用意した罰のこと覚えてる? まあ俺もどんな罰を与えるのか聞かされてないんだけど、何となく普通のものではなさそうな気がする。
「二度とねえ・・」
何か思うところがあるのか、それとも俺の知らない何かしらの事情や事実を知っているのか、孫七さんは父親の言葉に引っかかりを覚えた様子だった。しかしそれ以上は口にすることはせず、代わりに大竹先生が両親に対して指摘をする。
「お二人のことは基本親であるご両親にお任せします。ですが大事にしない代わりにお二人には相応の罰を受けてもらいますが、それで構いませんか?」
「はい、二人とも分別のつく年齢ですのでそちらにお任せします」
え、それだけ? どんなことされるんですか? とか普通聞くと思うんだけど・・・・・
「分かりました。それと真君の今後のことですが・・」
「承知してますよ。妻の両親の承諾が得られ次第直ぐにでも転校の手続きをしようと思います」
「その必要はありません」
「「え?」」
二人が驚くのも仕方ない。俺も同じ立場だったら似たような反応をしただろうし。
「私は真君の今後について『その方向で考えているのなら』と先程申し上げました。つまりこちらの条件とそちらが出した案ではあくまで方向性が同じというだけで、我々が求めるものと完全に同じという訳ではないのです」
「も、もしかして真を施設に入れるつもりじゃあ・・・・それだけは絶対ダメ。血が繋がってなくても真は私の息子よ、施設に入れるくらいなら・・」
離施設に入れるくらいなら離婚する、と続けようとしたのかな。
しかしこの慌てっぷり、やはり母親としての愛情がないわけではなさそうだ。何というか彼女の言動に不安定なものを感じる。情緒不安定とも違うし、一体何が彼女をそうさせているのだろうか?
「それはダメだよ。僕がそんなこと許さないからね」
そんな母親に対して優しい口調で父親が諭す。その言葉に何故か俺は身の毛がよだつ気分に襲われた。
「落ち着いてください。特別な事情がない限り施設へ入れることは不可能ですから」
「そ、そうですよね、私の早とちりでした、すいません。ですが転校する必要がないとはどういうことでしょうか? 私の両親は県内に住んでいますが、そこから学校へ通うのは困難だと思うのですが・・・・」
「それも勘違いです。結論から言いますと、こちらが提示する条件というのは我々の庇護下で暮らしてもらうことです。そしてその場所なのですが・・」
そこで一旦区切り俺の顔を一度見てから、
「隣にいる高遠君の家でしばらく生活してもらおうと考えています」
と、ここでようやく先生は本来の目的を話した。




