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25 足掻き

「夏鈴さん次の絵をお願いします」


「予定通りで良いのよね?」


「ええ、それでお願いします」


 夏鈴さんは全ての用紙をポケットから取り出し膝の上に置いているが、テーブルに出したのはまだ最初の一枚だけだった。そして先生に確認を取ったあと二枚目の絵をテーブルに出した。


「さて、今度はお兄さんがこの絵を見て何が描かれているのか教えていただく番です」


 その絵を見た兄はニヤリと口角を上げる。


「これは隣にいるバカな妹で間違いない。風呂場で真をパンツ一丁にして中身が入ったペットボトルで腹と背中思いっきり叩いているところだな」


「ちょっ兄何言って・・・ヒィィーごめんなさい」


 絵の主役ともいえる妹が文句を言おうとしたが、夏鈴アイビームで阻止された。


「ほう、これを見ただけでよくそこまで分かりましたね。では夏鈴さんあと二枚ありましたよね。両方ともお願いします」


「私達が持っているのはこの二枚で全部よ」


 そう言って同時に二枚テーブルの上に置く。すると姉は絵を見て目を丸くさせた後直キョロキョロと視線を泳がし始め、明らかに挙動がおかしくなっていた。対して兄は水を得た魚のように息を吹き返したような表情に変わった。


「それでは先程と同じように二つとも説明していただけますか?」


 先生がそう兄に促すと姉が何か言いたそうな素振りを見せていたが、夏鈴さんの顔を見た彼女が口を開くことは無かった。


 どうやら三回目で学習したようで何より。


「こっちはコイツの部屋だな。この趣味の悪い化粧台って言うの? とにかく見間違えようがない。そんで真を上半身裸にして硬式のテニスボールを靴下に入れたやつで叩いてる。もう一つのオメーらも見ているはずだぜ、なにせうちの玄関だからな」


 そんなことは既に知ってる。他の二つは確かめることはしなかったが、玄関だけは入る時に確認済みだ。


「まあこの絵も他のと似たような感じだな。服は脱がしていないようだが折りたたみ傘で殴ってるのは見ればわかる」


「ありがとうございます。ところで先ほども言いましたが、この絵を見ただけでどうしてそこまで詳しく分かるのですか?」


「・・・その前に確認だが、絵はこれで全部なんだよな?」


「ああ、ワタシ達が持っているのはこれで全部だ。言っておくがワタシは嘘が嫌いでね、本当のことしか言わないわ」


「・・・・それはつまり、とあるところに渡したという写真も俺が破ったのを含めて全部で四枚だけなんだな?」


 疑り深い性格なのか、兄は一つ一つ自分に不利なことが無いか確認していく。


「それは私が保証しよう。写真は全部で四枚だけ、全て今君たちが目にしたものと同じもですよ。いつどこで暴力や虐待を受けるか分からないのでそう簡単にカメラを仕掛けることが出来なかったと真君が言ってましたしね」


 先生がそこまで言うと兄は誰にも聞こえないくらいの大きさでブツブツ言った後、


「・・・・・・じゃあ本当のこと言うが・・・・・・今見せられた絵にあることは全部事実だ」


 と素直に自分と自分の妹の罪を認めたのだ。しかしここで黙っていられなかったのは姉だ。


「違う! アタシは何も知らない! やってない! 関係ない!」


 この期に及んでないない尽くしで反論する姉だが、もう既に手遅れである。椅子から立ち上がったところを兄に腕を掴まれ強引に座らされた。


「すいませんみなさん。確かに俺は真に対して絵に描かれたことをしてしまいました。ほらお前も謝れ!」


「だからアタシは何も関係ないって言ってるでしょ!」


「お前が真を殴ってたのを俺が何回か目撃したこと、覚えてないとは言わせねえぞ。ホントすいません兄である俺が止めるべきでした。その時はただの兄弟喧嘩の延長だと思ってたんですよ」


 コイツ本当にバカなのか? そんな言い訳通るわけないだろ。まあこれでおそらく姉もいい加減兄に対して黙ってはいられなくなるはずだ。


「はあ、目撃? 違うでしょ、あんたアタシの隣でずっと笑ってたじゃない」


 ほらね。


「誤解されること言うな! 俺は笑っても無いし一緒に居たわけじゃねえ。たまたま目撃しただけだ」


「誤解じゃない、事実よ! ぜ~んぶ事実なんだから」


「ち、違います。俺がやったのは洗面台の時だけなんです。そりゃあ正直真のこと嫌いだし他にも辛く当たることもあったけど、兄弟なんだしどこの家庭だって似たようなことあるでしょ」


「兄弟? 笑わせないで。血も繋がってないのによくそんな白々しいセリフが言えたものだわ。もうこの際だからぶちまけるけど、コイツ琉乃のことがチョー好きで、去年あいつが夏休みで帰って来た時襲ったこともあるんだから。まあその時なんかよく知らないけど自爆して失敗したみたいだし、結局親にはバレなかったみたいだけど。そこからだよね、兄貴が真に八つ当たりするようになったの」


「適当なことぬかしてんじゃねえ、そんな事実ねえし。それよりお前の方が散々真を玩具にして遊んでただろうが。バレない様に見えるところは避けるし、しかも硬すぎると骨折れたりするから絶妙な硬さの物で思いっきり叩きつけるのが快感とか言ってたよな。お前ホントヤベー性格してるって」


 あー出てくる出てくる。真から聞いた話が殆どだけど、琉乃さんの件は初耳だったな。できれば真の前でそんな話してほしくなかったけど、こればっかりは仕方ないか。


 しかし作戦がここまで上手くいくとは想定していなかったな。ていうか大竹先生、いつまでそんな柔和な表情でいるつもりですか? あんたが一番怖いんですけど・・・・・


「はいそこまで、もう十分ですよ。今後のことをお伝えするので少し静かにしてください」


 大竹先生が兄姉の暴露合戦を止めに入る。


「ちょっと待ってくれ、コイツが言ってることは全部嘘なんだ」


「嘘じゃない。それに何でアタシだけ証拠の写真が多いのよ! 不公平じゃない」


 それでも文句を言い続ける二人に先生の表情が一変する。そして、


「聞こえなかったのか? 私は静かにしろと言ったはずだ」


 と、生徒である俺でさえ聞いたことのない低い声ドスの利いた声でで先生が忠告した。すると二人は今まで舐めてかかっていた先生に対し怯えた表情を向け口を閉ざした。


「あなたたちは自分から罪を認めますか?」


 柔和でも険しい顔でもなく、無表情に近い平坦な表情で淡々と問いかける先生。


「・・・俺はあの絵のことだけは認めます。それ以外はコイツのデタラメです」


 この期に及んで少しでも罪を軽くしようと足掻く兄に対し、


「ハァ・・アタシは全部認めるわ。どうせ学校行ってもつまんないだけだし、施設に送るなり好きにすればいいじゃない。でも兄貴はアタシよりもっと酷いことしてるんだから公平に裁いてよね」


 姉は完全に開き直り全てを受け入れる覚悟が出来ているようだ。


「裁く、ですか。お姉さんは妙なことを言いますね」


「だってあなたたちはそのために来たんじゃないの? ていうかどうせあんた達警察か児相の人なんでしょ? そこにいる兄貴と同じくらいの男が何者なのかは知らないけど、連れていくなら早くしなさいよ」


「私が最初に言ったセリフを覚えてますか?」


「お、大事にしないって言ってましたよね? だ、だったら俺は・・・」


 その質問に答えたのは姉ではなく兄だった。


 それにしても「俺は」か。本当に自分が助かることしか考えてないんだなコイツ。


「その通りです。それと私の役目はここまでなので」


 そう言って席を立つ大竹先生。そしてその空いた席に座るのは、


「よっこらしょ。ふう、やっとワシの番が回ってきたようじゃな」


 自分の出番を首を長くして待っていた孫七さんだった。


「おうガキども、ワシも始める前に先に言っておくが、ここにいる人達はお前らが思っているような職業の人間はいないぞ。と言ってもワシは元警察官だがな。ああそんな顔するな兄よ、今回の件に関してワシがそっち方面に働きかけることはない。どうじゃ、安心したか、ワッハッハー」


 孫七さんが元警察官ということは知っているし、定年退職ではなくだいぶ若い頃に退職したと聞いている。


「は、はあ・・・」


「アタシは別にどっちでもいいよ、そんでお爺ちゃんはアタシたちに何をするつもり?」


「まあ慌てなさんな。まずはお前の望みをかなえてやるぞ。夏鈴、残りを全部出すんじゃ」


「分かった」


 そして夏鈴さんは姉の絵を脇に除け新たに用紙をテーブルに広げた。その数四枚。


「え?」


 驚きのあまり目を丸くする兄。


「・・・フン、あるのなら最初から出しなさいよ」


 いい気味だ、と言った表情でテーブルの上を眺める姉。


 四枚あるコピー用紙には全て兄と真が描かれた絵だった。もちろん描写の全ては兄が真に対して虐待行為をしているものだ。


 風呂場で何かの液体をかけていたり、少しぼやけていて見づらいが、兄の部屋で真の手足を縛り天井から逆さ吊りしたり、残りの二枚はどれも洗面台の前で、無理やり何かを食べさせようとしているものと、単純な暴力を振るっているものだった。

 予めこの絵について真本人から説明を聞いた時から胸糞の悪い思いだったが、コイツらを目の前にして改めて見ると怒りしか浮かんでこなかった。


「こ、これは全部間違ってる。こんなのただの絵だ、証拠になんかならない!」


 何か聞き覚えのあるセリフだな。ていうかいい加減諦めて全部認めちまえよ。じゃないと絶対後で後悔することになるぞ。


「フム、お主は先程絵に描かれていることは全部真実と言っておらんかったか?」


「それはさっきまでの話だ。後から出したやつのことじゃないに決まってるだろ?」


「そうか、なら姉の方に尋ねるが、この絵の状況を見たことはあるか?」


「・・・・洗面台の二つはあるわ。こっちはたぶん変な虫を無理やり口に突っ込んでいるところで、もう一つは・・・言わなくても分かるでしょ」


「おいテメーなに適当こいてるんだ、ぶっ殺すぞ!」


「へえーやるならやりなさいよ。どうせ口だけなんでしょ? ほら早く!」


「クッ、テメー・・・」


 完全に開き直った奴ってやっぱり厄介だな。兄は勢いだけは一丁前だが、それ以外は半人前にも達していないようだ。


「おいおいワシを無視しないでくれ。それで兄はこれを認めないと言うんじゃな?」


「ああ。ていうかさっき絵はもうこれで全部だって言ったクセに騙しやがって、このクソ〇ッチが」


 あ、ヤバい。お前死んだんじゃね?


 そう思い孫七さんを挟んだ向こう側を見ると、意外にも夏鈴さんは冷静だった。


「ワタシは嘘を言ってない」


「言っただろうが、絵を出した時もう全部だってな」


「ワタシは姉の絵はこれで全部だと言ったのよ。あなたのことを言ったのでは無いわ」


「はあ? どっかに出した写真は四枚だけって言ったじゃねええか、だったらどう考えても騙してんじゃねえか」


 確かに言ったけど、それはお前が勘違いしているだけだ。その説明はおそらく・・・・


「それについては彼女は何も答えてませんよ。少し前のことなのにもう忘れてしまいましたか? 写真が四枚しかないと言ったのは私で彼女ではないのです。即ち夏鈴さんは嘘を吐いていないし、あなたが勝手に解釈して思い込んだだけですよ」


 ソファーに座っていた大竹先生が答える。まあギリギリ嘘ではないって感じかな。 


「なんだよそれ・・・」


「もう話を戻していいか?」


「・・・・・」


「良いようだな。それと今から言うことは最終勧告なので、しっかりと肝に銘じておくように」


「勧告?」


「ああ。もし今ここで全ての罪を認めるなら大事にしないことをワシが約束してやる。ただしある程度の罰は受けてもらうことにはなるがな。しかし認めないと言うなら相応の、いやそれ以上の報いを受けることになるぞ、さあどうするかは自分で決めなさい。それと姉はもう認めたと言うこといいんじゃな?」


「もうどうでもいいわ、好きにしなさいよ、どうせなら真にしたことそのまま返してもらっても構わないわ」


「フム、その覚悟が本物であるのなら更生の余地があるのだがな。まあ良い、後は兄が決断するだけじゃ」


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