23 悲しい悪あがき
年の功より亀甲を実感した今日この頃。
大竹先生にバトンタッチしてから最初は頑なに真実を語ることを拒んでいた真だったが、いつの間にか詳らかに話すようになっていた。俺や小寺先生がやったみたいに他愛のない話をしながら徐々に聞き出す手法は同じだったのだが、直接的な質質問したりするのではなく、遠回しに誘導して真本人から語らせるさせやり方は脱帽しかなかった。もちろん真の心情を察し要所要所でのケアも忘れていなかった。
結論から言うと真は去年の家族から虐待を受けていて、それが始まったのは去年の夏ごろかららしい。
だが世間一般でよく聞く両親のどちらかもしくはその両方からではなく、一緒に住む兄姉が真に対し残虐な行為を行っていた。
真の家庭環境は非常に複雑で、まず彼の家族に血の繋がった者が一人もいない。実は真、今の母親の死別した元夫の連れ子だったらしく、その母親にも真より九歳上に離れた娘がおり、つまり死別した元夫とは連れ子同士の再婚だった。その母やが数年前に三度目の結婚をしたのが今の父親になる。その父親にも二人の子供がおり、その二人が真を虐待していた。母親の実子である姉は去年大学進学と同時に遠く離れた場所へと引っ越しているので、真と一緒に住んでいるのは義理の両親と義理の兄姉との五人だった。
大竹先生のおかげで大体の状況を把握することが出来たが、問題はこれからどう対応するかだった。普通であれば両親に報告もしくは児相などに通報して終わりなのだが、真はそれを頑なに拒んだ。しかしいくら真が拒んだとしてもこちらが通報してしまえば子供である彼はそれに従うことしか出来ない。だけど出来れば真の気持ちも汲んであげたいと思っている俺はどうしたらいいのか分からず悩んでいた。それはきっと大竹先生も同じなのかもしれない。現にまだ一言も通報を仄めかすことを言っていなかったからだ。
「なあ真君、去年家を出ていったお姉さんとはどうだったんだい?」
先生は引き続き真に事情を聴き進める。
「琉乃お姉ちゃん・・・・いつも僕に命令ばっかりしてきて煩かったけど、酷いことをされたことは無いよ。僕が困った時なんか「ホントバカだなあ」とか言いながらも助けてくれたし」
そっちは良いお姉さんじゃないか。なんか如何にも姉弟って感じだし。
「そっかー。ならまずはそのお姉さんに相談すると言うのはダメかな?」
「絶対ダメ」
「どうして? 君のこと助けてくれるかもしれないよ」
「そんなことしたらお姉ちゃん大学辞めて戻ってきちゃうかもしれない。せっかく頑張って入ったのにそんなの嫌だ。それに家に帰ったらお姉ちゃんは・・・」
複雑な家庭環境だけあってまだ他にもまだ明らかになっていない事情があるようだ。それと真とその琉乃姉ちゃんの関係性はかなり良好に思える。
「家に帰ってきたら不味いことがあるんだね」
「それは・・・・」
「いいんだよ、そのことは無理して話すことは無い。ならお姉さんが無理ならやはりお父さんかお母さんに話をするのが一番だと思うのだけど、それもダメなんだよね?」
「・・・うん」
「理由も言いたくない?」
「・・・・・・・」
押し黙る真。理由を話してもらえないと最終的には強硬手段を取るしかなくなるのだが、真はそれを分かっているのだろうか? 十歳の子供にそこまで求めるのは無理な話だな。
「君の学校の先生だったらどうかな?」
「話したくないです」
そこで俺は気になることが頭に浮かんだ。それを確かめるため先生に「ちょっといいですか?」と聞き「構わんよ」と了承をもらったので真に問いかけてみた。
「その体の傷のことを知っているのは俺達以外に居ないのか? 何かの拍子に見られたとか、小学生なら健康診断や身体測定とかあるだろうし、あと病院とかもそうかな」
教師や医者に見られていたならほぼ間違いなく警察か児相に通報されていたはずだから可能性は低いが、それ以外だったら十分考えられる。その場合今のように真が口止めしている可能性だってあるだろう。
「・・・・・・・」
この質問は答えたくないようだ。しかしこれで俺達以外に知るものが他にもいると言うことが分かった。
「その人のことは信用できない?」
その言葉に俯きがちだった真が顔を上げ、
「そんなことは・・・・あっ」
しまった、と言う表情を見せた後再び俯いてしまった。
彼の反応からしてどうやらその人物は少なくとも真にとっての敵ではなさそうだ。寧ろその反対に思える。
「ゴメンね、真君を騙すつもりは無かったんだ。因みにその人がどんな人なのか教えてくれたりは・・・・」
今までの流れや雰囲気からいって話してくれるとは思えなかったが一応聞いてみた。
「同じクラスの人」
すると意外なことに真は素直に話してくれたので、もう少し聞いてみることにした。
「いつ頃から?」
「今年の一月だったと思う。先生に相談しようって言われたけど僕が絶対にダメって言ったらそれからは何も言ってこなくなった」
「それからは話したりしてないの?」
「うん。今も同じクラスだけど殆ど話したことがない。元から仲が良かったわけじゃないし、でもみんなと同じようなことはしてこないよ」
その子はおそらく周りの奴らより大人びていて常識を持った子なんだな。だけどそこで引いてしまった理由は真が拒否した以外に何かありそうな気もしないでもない。
「他に知っている人は?」
「ううん、もういない」
当てが外れてしまったか。流石に真と同い年の子に頼るのは無理があるし、その子だって困るだろう。だけどこのままでは真にとって不本意な形で進めざるを得ないことになる。
「そろそろ彼女に戻ってきてもらった方がいいかもしれないね」
行き詰った感が漂った雰囲気の中で大竹先生がそんなことを言う。
「小寺先生のことですか?」
「もちろん先生もそうだが、君の身内のことだよ」
あー夏鈴さんね。うんまあ何となく分かっていたけど、この状況でこの人を呼び戻しても、返って収拾がつかなくなりそうな予感しかしない・・・・・
「よしわかった、今からその二人を成敗しに行くぞ!」
ほら言わんこっちゃない。
小寺先生と夏鈴さんが再び応接室へとやってきて、二人に真から聞いた話を説明すると夏鈴さんは今すぐここから飛び出しそうな勢いでそう言い放った。
「そんなことをしたら夏鈴さんが犯罪者になってしまいますから止めてください」
「ああ言葉が悪かったな。安心しろ、聞けば相手もまだ子供。ならその腐った性根を叩き直すだけとしよう」
言葉が違うだけでやることは同じような気がする。
「とにかく落ち着いてくださいよ。下手すりゃ俺まで警察から事情聴かれる羽目になるんですから、そんなの願い下げです」
「高遠の言う通りです。夏鈴さん一旦座ってください」
「なら大竹先生はマコトを見捨てるとでも?」
「そんなことしませんよ。それこそあなたと同じで神に誓ってもいい。確かにあなたが今動いたらそれが発端で真君お事が明るみになって状況は変わるでしょう」
「だったらなぜ止めるのです?」
「それは真君にとって一番の解決策ではないからです」
「ならその一番の解決策とやらを実行すればいいのでは? 本当にそれがあるのならワタシもそれに従うことも吝かではないわ。でも話を聞いた限りあるとは思えないのだけど、そこのところどうなのかしら?」
いちいち尤もであり痛いところでもある。それが出来たのなら誰もここまで苦労はしない。
「大竹先生、警察はともかく、ここはやはり児相にお願いして両親と接触してもらうのが一番いいと思います。真君は拒んでいますが流石にここまで酷いものを見せられれば悠長なことは言ってられませんよ」
それが手っ取り早く効率的だろう。ただし真の気持ちは完全に無視することになるが。
「あの・・・・」
大人たちのやり取りを聞いていた真が恐る恐る口を開く。
「どうしたマコト、なにか言いたいことでもあるのか? ああその前にワタシのせいでマコトに苦しい思いをさせてしまったことを詫びよう、すまなかった」
「ううん、お姉ちゃんは悪くないよ」
「優しいなマコトは。それで何か伝えたいことがあるのだろ?」
「うん・・・・あのね僕が騒ぎを大きくしたくない理由って、お母さんなんだ」
「母親が? マコト、それはどっちの・・・」
どっち、というのは生みの親なのか育ての親なのかだろう。家庭環境は聞いたので概ねの事情は察しているが、それに対しての真の気持ちはまだ何もわかっていなかった。
「今のお母さんだよ。それと生んでくれた本当のお母さんのことは正直よく知らないんだ」
「マコト・・・・重ね重ねすまなかった。どうやら今日のワタシには配慮と言うものが欠如しているらしいな」
「大丈夫だよお姉ちゃん。本当に覚えてないから平気」
「そうか・・・・それで母親が理由とは?」
「お母さんはね、僕が一年生の時新しいお父さんと結婚したんだけど、それまで殆ど休まず働いていたんだ。詳しいことは分からなかったけど、お金に困っていたのは何となく知ってた。琉乃お姉ちゃんは高校生だったからバイトをしてお母さんに渡していたけど僕はまだ子供だし何も出来なかったんだ」
「だけど再婚なされたことで状況が変わったんだね」
と大竹先生が言う。
「うん。今のお父さんはお金持ちじゃ無いけど、お母さんが無理して働く必要は無くなったんだ。お仕事は続けてるけど、前みたいに遅く帰ってくることは無くなったよ。だから・・・・」
「もし兄や姉がが君に対してやっていることをお母さんが知れば、もしかしたら離婚してしまうのではないかと心配してるんだね。そうなるとまたお母さんが苦労することになるから」
「うん。琉乃お姉ちゃんはショウガクキン? を貰っているけどそれだけでは足りないからお母さんがお金を送っているの僕知っているんだ。お姉ちゃんも向こうでバイトをしているみたいだけど、すごく大変みたい」
学費だけでなく家賃や光熱費、それに食費や交際費など例をあげたらキリがない。
「だから言いたくなかったんだね。でも正直に話してくれて嬉しいよ、ありがとう」
「僕が我慢すればいいだけなんです。だからお母さんや学校には言わないでください。この通りです」
「ゲコッ」
椅子から立ち上がり必死に深々と頭を下げる真。トウラもそれに倣ってか一鳴きした。
このまま話が進めば事態が自分の望まぬ方向へ行ってしまうことを恐れ、敢えて本当のことを伝えたのだろう。真にとっては最後の悪あがきなのかもしれないな。
だけど本当に強い子だな。自分がどんな目に遭っても血の繋がっていないとはいえ家族のことを想って我慢できるなんて、大人でも出来ることではない。
「真君気持ちは痛いほど分かるけどここはやはり両親に伝えた方が・・・」
小寺先生は事情を聴いたうえで尚伝えるべきだと主張するのに対し大竹先生は思案顔をさせながら真を見ている。
俺はというと・・・・・・やはり答えを出すことが出来ないでいたが、どちらかと言えばやはり小寺先生と同じ考えだった。
「なら話は簡単ね」
そう言ったのは夏鈴さんだった。だけど嫌な予感しかしないのは気のせいではなさそうだ。彼女の表情は明らかにやる気に満ちていて、何を言い出すのか知らないがきっととんでもないことを言うのだろう。
「決して簡単な話ではないですよ夏鈴さん、だから今は黙って・・」
言わせないよ! 意気込んでと窘めようとしたが夏鈴さんはまったく聞き耳を持たず話を続ける。
「マコトの両親にはワタシがから全て伝える。そして酷いことをした兄や姉には相応の罰を受けさせれば万事解決よ」
「それだと両親が離婚してしまう可能性があるしそれは真君が望んでないって言ってるじゃないですか」
「では聞くが、律樹はこのままマコトが暴力を受け続けてもいいと?」
「お姉ちゃん僕は大丈夫だから・・・」
夏鈴さんの服の裾を引っ張り必死に訴える真だったが、夏鈴さんに手を握られ「大丈夫、何があっても絶対守るから」と柔和な表情で言われるとそれ以上何も言えないでいた。
「そんなことは一言も言ってないです。それにどうせ親に伝えるなら夏鈴さんではなく専門の人に依頼するべきです」
「それではマコトの願いをかなえられないかもしれないわ」
「どういうことですか?」
「どうもこうも言葉の意味のままよ。ワタシには策があるのよ。最悪失敗してもマコトを一人にはしないわ」
「策があると言ったってそんな簡単に解決できるような甘い話じゃないんですよこの話は。それに・・」
「ストップ」
失敗なんかできる状況ではないんです、と言おうとしたところで隣にいた大竹先生に制止された。
「せっかくだしその策とやらを聞いてみようではないか。それを聞いて判断してからでも遅くはあるまい」
「・・・・確かにそうですが」
でも絶対突拍子もないことをこの人は考えているはずだ。
「彼女の話を聞いて最終的な判断をしよう。小寺先生もそれでいいですか?」
小寺先生は「ハァ」と軽く溜息を吐いてから頷く。
「と言うことです。では夏鈴さん、出来るだけ詳しく教えていただけると助かります」
「当然だわ」
真を椅子に座らせ自分も座ると夏鈴さんは自信に満ちた表情で話し始めた。




