19 大竹先生の評価値
「お前が最後に入ったんだからそれ以外考えられんだろうが」
「・・・・・・・」
「なに黙ってるんだ、せっかく教頭先生がやったことを認めれば今回は反省文だけで済ませると仰ってるんだ、サッサと認めた方が今後のためだぞ」
「・・・・・・・」
佐々木さんを先頭に職員室に入ると数人の教師が一哉を取り囲んでいた。多勢で攻め立てる教師陣に対し一哉は押し黙っている。
「大竹先生、あなたのクラスの子なんですから先生からも何か言ってくださいよ」
「ハァ、そう言われても本人が黙秘を決め込んでいる以上何を言っても無駄なような気がしますけど・・・・・なら一応聞くが本当はお前がやったんじゃないんだろ?」
「ちょっ大竹先生何言ってるんですか?」
「何をって、あなたのお願いを聞いただけですよ。それに確たる証拠もないのに橋本が犯人だと決めつけるのはいかがなものでしょうか?」
どうやら教師陣は一枚岩ではないようだ。そして大竹先生、あんたのこと少し見直したぞ。教室の時は如何にもこれから一哉を説教する雰囲気を醸し出していたくせに、実際は庇ってるとまではいかなくとも無理やり犯人に仕立て上げるようなことはしていない。
だけど本当に何があったんだ? 誰か説明をプリーズ。
「証拠は無くても証言者はいる。そうですよね松本先生」
名前は知らないがジャージを着ていることから体育教師と思われる若い男が、松本先生と呼ばれた男に同意を求めた。そしてその松本先生というのが俺達の体育の授業を受け持っている先生だ。
「ああ、俺は間違いなく四時限目の授業の片づけを橋本に頼んだ。だから最後に体育倉庫に入ったのはコイツで間違いない」
え? 最後に入ったのは一哉じゃなくて俺なんだが・・・・・・もしかして倉庫で何かあったってことか?
「ですって大竹先生。それと他にも生徒数人が慌てて校舎に戻っていく橋本を見たって証言もありますし、何より倉庫から出ていく姿を見たって証言もありますから、コイツで間違いないんですよ」
それはおかしい。だって一哉は俺に仕事をなすり付けてトイレにGOだったので倉庫には近づいてすらいない。というか何で一哉はそのことを話さないんだ?
「少しよろしいですか?」
そこへ割り込んだのは俺ではなく佐々木さんだった。おそらく彼女も話に入るタイミングを見計らっていたのだろう。その証拠に職員室に入ってからずっと真剣に話を聞いていたし。
「佐々木さん・・・・何か急ぎの用でもありましたか? すいませんが見ての通り立て込んでまして、また後にしてもらいたいのですが」
若い教師が遠慮気味に言うが、佐々木さんは構わず続ける。
「倉庫の件は事務の方にも話が伝わってます。その件で重要なお話があるのですが、それでも後回しにした方がよろしいですか?」
教師陣に向かって毅然とした態度で臨む佐々木さん。うん、カッコいいね。
「重要な話ですか・・・・でしたら一応聞きますがどのような内容ですか?」
「そうですねえ、まずその子が最後に倉庫へ入ったと言うのは間違いですね」
「それは無いですよ佐々木さん。俺は確かに片付けを命じたし、実際ボールも倉庫に戻っていた。つまり橋本がその時倉庫を滅茶苦茶にしたとしか考えられないんですよ」
すかさず松本先生がそれはあり得ないとばかりに反論する。
しかし倉庫の中を滅茶苦茶にしたって? もしかして中学のことを知っていてそれだけで犯人と決めつけたりしてないよな? もしそうだったらあまりにも短絡的だし、無能としか思えない。
「だからそれが間違っているんです松本先生。片付けを行ったのは橋本君ではなくここに居る高遠君なんですから」
「は?」
「え?」
驚く教師陣。彼らの視線は一斉に俺へと向かってきた。だが我らが担任の大竹先生だけは表情を変えず静観しているように見える。そして何より一哉が一番驚いているようだった。
「さ、佐々木さん。それはどういうことでしょう? そこにいる高遠が最後に入ったと言うのは本当なんですか?」
「新年度に替わる少し前だったでしょうか。その頃に体育倉庫の鍵が掛からないから見てくれと先生方は事務の方に依頼してきましたわね。その頃は忙しかったのもあり後回しにしてしまいましたが、本日の昼休みにようやく確認することになりまして、その時倉庫から出てきたのが彼だったんですよ」
「な、なら犯人は橋本ではなくて高遠ってことですか?」
「それも違います。彼が出てきたとき倉庫の中を見ましたが、別に変った様子は一切ありませんでした。従って彼の犯行でもありませんわ」
「それは本当なのか高遠?」
「はい。橋本君が少し体調が悪いと言ったので俺が変わりました。その後は佐々木さんが言った通りで間違いありません。そうだろ、橋本君」
「・・・・・ああ」
目は合わせてくれないが答えてはくれた。
「だったら何で最初からそう言わなかったんだ?」
納得できていない様子の若い体育教師は一哉を問い詰める。
「・・・・・・・」
しかしまた押し黙ってしまった。
まあ答えられるわけないよな。だって本当のこと喋ったら状況からして一番最初に疑われるのは俺だし、だったら黙秘して最悪自分が罪をかぶるつもりだったんだろう。
「一哉、一言だけいいか?」
俺はあえて橋本ではなく一哉と呼んだ。それに対してピックッと体を震わせた一哉だが、やはり俺の方は見てくれない。
だが遠慮なく言わせてもらぞ。
「余計なお節介なんだよ、このバカが!」
今回はこの一言に尽きる。コイツに庇われる筋合いも無いし、そうされたいとも思っていない。一哉も「そうだな」と小さく返してきたので俺もこれで満足だ。
「あー言いたかったのはこれだけなんで・・・なんかスイマセン。でも疑いが晴れたんだし俺達もう帰ってもいいですよね?」
しかし誰もそれには答えてくれなかった。佐々木さんはそれを判断する立場ではないので分かるけど、大竹先生が何も言ってくれないのはどうなんだ? せっかく上がった評価が下がってしまうぞー。
「ちょっと待て。よく考えたら別に片付ける時で無くても犯行は可能なはずだ。五時限目の授業が始まるまでにまだ四、五十分くらいは時間があった。だったらその間にやったって線もある」
そう言ったのは若い方ではなく松本先生だった。確かに理屈としてはそうなんだけど・・・・・
「でも俺達以外にもかなりの人数が犯行可能ですよね。そもそも俺達がやって何かメリットでもあるんですか? ないですよね。逆に橋本君を陥れようと企んでの犯行の方が可能性としては高そうだと思いませんか? どうせコイツの中学時代のことを先生方が知っているから疑ったんでしょうけど、俺から言わせれば浅はかで短慮で短絡的です!」
やっべー、つい興奮して最後余計な事言っちまった。松本先生なんか顔真っ赤にして起こってるようだし、次の体育の授業覚悟を持って臨まないと死ぬかも。
「クックック・・・・・あっはっはっはー」
「お、大竹先生?」
なんか大竹先生がいきなり笑い始めた。最初は堪えていたようだが堪らず声を上げてしまった、そんな感じだ。俺を含めこの場の全員が呆気に取られていた。
「いや先生方すまない。それと佐々木さん、うちの生徒の為にありがとうございました」
「いえ、私はただ本当のことを話しに来ただけですから。でも疑いが晴れて本当に良かったですわ」
「疑いは・・・まあ晴れたと言ってもいいでしょう。しかし高遠、教師に対してあの発言は良くないぞ」
「そ、そうです。大竹先生もっと言ってやってください」
「浅はか、短慮、短絡的。この三つはどれも同じような意味合いを持つ言葉だ。高校生になったんだからもうちょっとバリエーション豊かにしような。従って高遠と橋本には後で特別課題を出すので覚悟しておくように。以上だお前らはもう帰っていいぞ」
「大竹先生、そう言うことではなくてもっとコイツを怒らないと教師として示しが付きませんよ」
「今回の件に関して既に面目を失った我々に、示しが付くとかつかないとかそんなものは無いんですよ、松本先生。なので今日はもうこれでお終いです」
大竹先生の評価、三段階上方修正。 スンマセン、さっき評価下がるよって心の中で呟いてしまって。一生アナタに付いていきますわ。
「ですが一番怪しいのは橋本と・・・一番最後に目撃された高遠なんです。コイツらをもっと調べるべきなんですよ」
あーもうほんとしつこいな。大した理由も無いのにまた吊るし上げて尋問? 冗談じゃない。そんなことしてたら真犯人逃げちまうぞ。
というか真犯人って・・・・・
「そう言えば橋本君が倉庫から出ていくのを見た生徒が居るらしいですけど、そいつが犯人かもしくはその仲間なんじゃないですかね? だからまずそいつを呼び出して、今ここで行われたように相手に有無を言わせないような尋問をすれば意外とすんなり白状すると思いますよ。後はソイツに反省文を書かせてお終いってな感じですね。まあ場合によってはそれで済ませるほど先生方も甘くは無いでしょうし、期待してますよ」
もし本当に一哉を陥れるための犯行だったら反省文だけで済まされる話ではないはずだ。というよりそんな悪質な奴には厳罰に処すべきだ。
「高遠の言う通りですな。松本先生、それと他の先生方も、まずはその証言した人物から話を訊くのが先決です。それと佐々木さんもお忙しいところわざわざありがとうございました。あとはこちらで対処しますので」
「そうですね、私はこれで失礼しますわ。ああそれと倉庫の鍵ですが、事務室の予備で確かめたら普通に使えましたよ。なのでお昼に職員室のと交換しておきましたので、今後は今まで通りお昼の間は必ず鍵をかけておくようにしてください。因みに今日のお昼は私が掛けておきましたので。ではよろしくお願いします」
普段は昼休みにも鍵を掛けてるんだな。まあ確かに悪いことに使われたりすることもあるだろうし当然と言えば当然か。
佐々木さんが退出し、最初に口を開いたのは大竹先生だった。
「橋本と高遠は帰っていいぞ、気を付けてな」
そう言われれば帰るしかないのだが、でもその前にこれだけは確認しておきたい。
「因みに橋本君が倉庫から出てきたって証言したのって誰なんですか?」
「関係のないお前が知る必要はない。大竹先生の許可が下りたんだ、さっさと下校するなりしなさい」
顔を真っ赤にしていた松本先生が高圧的に言ってくる。
なんだよ。いくら教師でも勝手に疑っておいてその態度はあり得なくね?
「担任としては心苦しいのだが、橋本が倉庫から出てきたことを証言したのは石渡だ」
アイツが? なんでまたそんなことをしたんだ、もしかして一哉に恨みでもあるのか?
「そうですか。では俺達はこれで失礼します。行こうぜ橋本君」
「あ、ああ・・」
「律樹、ちょっと待ちなさい! まだ話は終わってないわ」
居心地の悪い職員室から脱出しようとしたその時、また呼び止められてしまった。今度は近くにいる教師ではなく入り口の方からで女性の声だ。
なんだよ、まだ何かあるって言うのか? ホントしつこいな・・・・・・・・ってなんでアンタがここに?
「夏鈴さんどうしてここにいるんですか!?」
職員室に現れたのはここに居るはずのない緑川夏鈴さんだった。そして彼女と手を繋なぎ横に立っていたのは小学生くらいの男の子で、もう片方の手に赤いフタの虫かごを持っており、その中にはこぶし大くらいのカエルがこちらを見ながら鎮座していた。




