18 呼び出される二人
月曜日の四時限目は二クラス合同での体育の授業になっている。先週は体力測が行われたので今回から本格的な授業になり、ゴールデンウィークまでは男子はサッカー、女子は体育館でバレーが行われる予定だ。
クラスに体育係という役職は無いので教師が適当に選んだ生徒が後片付けをすることになっていて、不運なことに一哉が指名されてしまったのだ。教師曰く一哉の授業態度が積極的でなかったからだそうだ。
そりゃあクラスで浮いているのに積極的に行動できるわけないよな。
号令がかかって授業は終わり、皆が戻っていく中一哉一人がボールをカゴに入れていたのでそれを手伝う。
「サンキュ・・・」
体調が悪いのか一哉の顔色が優れないように見える。
「カゴに入れるだけだぞ。後は自分でやれ、非積極的な橋本君」
「やべー、屈んだらクソしたくなってきた。すまん、俺の代わりにこのボール倉庫にしまってきてくれないか?」
俺の皮肉を完全スルーして唐突にそんなことを言った。
「マジで? 本気で言ってる?」
「いや結構マジだから。油断したらここで漏らすかも」
冗談ではなく本気で言っているようだったので、「あとで何かで返せよ」と言うと「悪いな」と言い残し一哉は前かがみ気味で走り去っていった。
体育館倉庫って玄関と離れてるし地味に面倒なんだよなあ。それと弁当の時間送れるし。
サッサと片付けようと急いでカゴを押して運ぼうとしたのだが、車輪の一つが壊れていて真っ直ぐ押すことが出来ない。右に逸れたと思えば今度は反対に左へそしてまた右へと、とにかく全く言うことを聞いてくれない。最終的には四つあるうちの壊れた車輪だけ浮かせて何とか思い通りに動かすことだ出来た。
どの辺に置けばいいのか聞いてなかったけど、まあ適当でいいか。
倉庫の中には当然ながら体育の授業や部活で使う道具が置かれていた。体育教師がここの担当なのかは不明だが、倉庫内はよく整理整頓されていた。
「あら、あなたは確か高遠君だったかしら?」
片付けも終わり倉庫から出ると入り口のところに見たことのある女性が声を掛けてきた。
「はいそうです。えーと佐々木さんでしたよね、どうしたんですかこんなところで?」
先日水堀さんを訪ねに事務室へ行った時対応してくれた人だ。
「以前からここの鍵が開きにくいと先生方から報告があったので見に来たのよ。今から確かめたいのだけどいい?」
そう言ってドアの取っ手付近にあった南京錠を指差す佐々木さん。もう何年も使われているせいか端っこの方が変色していた。
「ああそう言うことでしたか。もう用事は終わったので大丈夫です。では失礼します」
お辞儀をしてその場を離れる。途中後ろから「おかしいわねえ、スムーズに回るわ」と言う声が聞こえたのでどうやら問題は無かったようだ。
そして迎えた放課後。HR終了のチャイムが鳴り挨拶が終わると担任の大竹先生が帰り支度をしていた一哉を呼び止める。
「橋本、今から一緒に職員室へ行くぞ」
後ろからなので一哉の表情は見えなかったが、先生の態度からあまり良い話ではないことはなんとなく察した。大竹先生は普段割と気さくに生徒と接するタイプだが、今に限っては真剣そのもので、誰が見ても普段のそれとは違って見えるだろう。
「・・・・わかりました」
どうしてですか? と聞き返すこともなく素直に従う一哉の姿を見て教室の至る所でヒソヒソ話が始まる。文字さんも見ると明らかに心配するような視線を一哉に送っていて、小嶋さんも似たような感じだった。帰り支度を終えた一哉と先生はい一緒に教室を出ていくと、あちらこちらで聞こえていたヒソヒソタイムが終了し、代わりに憶測大会が始まった。
「アイツまたやらかしたんだぜきっと」
「だから言ったじゃない。いつも死んだようね目をしてるし危ない人なのよ」
「今度はなんだ? 女子トイレでも覗いたとか?」
「いやカメラ仕掛けたんだろ。そんで持ち主がばれて呼ばれた。絶対これだな」
「やだ怖ーい。学校のトイレいけなくなるじゃない」
「ストーカじゃね? だって振られたあと癇癪起こしたんだろ? それくらいやりかねねーって」
と、とにかく言いたい放題なクラスメートたち。もちろんそんな会話にウンザリしている生徒もいる。その筆頭が文字さんで、小嶋さんや河島さんも同様だった。ただ河島さんは同じグループの人間が一哉の悪口を言っていたので、彼女は反論することはしないまでも露骨に嫌そうな態度をとっている。それが周りから見て一哉を気持ち悪がっての態度なのか、それともその話自体をしていることに対して辟易しているかは各々で判断するしかないが、少なくとも俺は確実に後者だと思っている。因みに天と地の加護持ち君はまるで興味無さそうにしており、代わりに土井が息巻いて喋っていた。
しかし一体何で職員室に呼ばれたんだろうか? もしかしてあの時結局間に合わなくてとんでもないところで漏らしてしまったとか? いや流石にそれは無いな。
本当はこの後石渡に話しかけてみるつもりだった。しかし一哉のことが気になるので今日のところは止めることにし、職員室の近くで様子を窺うことにした。だけどその前に石渡の反応だけでも確認しておくか。
石渡は・・・・ああアイツも土井と同じ感じだな。耳を傾けて少し聞いてみたが、石渡は中学の時のことも周囲に話しているみたいだし、しかも普段よりスゲー生き生きしているように見受けられる。
「ねえ高遠君、何か聞いてる?」
そこへあんみつ姫こと小嶋さんが俺のもとにやってくる。文字さんは既に教室から出ていったらしく彼女一人だ。
「なんも。でも皆が噂しているようなことは無いと思うぜ」
「うん、私もそう思う。それでどうするの?」
「どうするも何もなあ。何も分からんしとりあえず様子見ってとこかな。ああそうそう、悪いけど今度からパトロールお願いしたいと思ってたんだけどいいかな?」
「パトロール? サイレン回して走ればいいの?」
それって突っ込めって事なの? この人たまに本気でボケたこと言うし、冗談なのか分かりにくい。
「いや走らんでもいいから。ただSNSをチェックしててほしいってだけ。俺一人でも出来ないこともないんだけど、二人で手分けした方が効率いいだろ。後で回ってほしいところ送るから」
「そんな簡単な事でいいの? もっと私に出来ること何でもやるよ」
「じゃあ僕と友達になってください」
「・・・・それは無理。玲美ちゃんを差し置いてそれは出来ないかな。だから今まで通り知り合いでいようね」
まさかの拒否宣言。 原因は俺なのでショックは少しだけしかないのが幸いです。
「冗談はさておき、今やれることはそれくらいかな。ああそれと・・」
誰かに聞かれたらまずいのでトーンを落とす。
「うちのクラスの石渡、例の事件の第一発見者なんだ。だから近いうちに話を聞こうと思ってる事ことを先に伝えておく」
「石岡君が・・・・分かった。そのことを玲美には?」
「言っても構わないよ。同じクラスだし必要以上に隠し立てするのは上手くないだろうしな。ていうかそもそもあいつは俺達が探ってるの知ってんだし隠す必要もないだろ」
「そうだね。玲美も私に回りくどく聞いてくるし、相当気になってると思うよ」
「もし文字さんが手伝いたいって言ってきたらそのまま受け入れてやってくれ。今回のことだけでなく彼女が一番気が気で無いだろうから」
「分かった。私からは言わないけど、玲美が言ってきたらそうするね。それとたぶん玲美はまだ学校のどこかに居ると思うから探してくる」
文字さんはこの教室の雰囲気が嫌で出ていったのは明白だ。そして何も用がない限り今日の内に一哉に何があったのか知りたいと考えているはずなので、校舎内のどこかに残っていると思われる。
「おう。お互い何か分かったら直ぐに連絡するってことで」
「うん、そうするね」
さて俺ももう少ししたら出るかな。とりあえず職員室付近で待機してればすれ違うこともないはず。
お世辞にも空気が良いと感じられない教室を後にし一階へ降りていく。途中ヘイ太と比呂斗に遭遇し一哉が職員室へ向かったことを伝えると、二人は「あとで本人から聞く」とだけ言って帰っていった。その後職員室の入り口が見えるところで壁にもたれかかり、一哉が出てくるまで過去のSNSを調べることにした。事件の日付は聞いていたので今まではその日以降をチェックしていたのだが、今回は念のためその少し前を漁ってみる。
おや? これって・・・・・・・
目に留まったのは全く関係のないものだったのだが、掲示板のスレッドを見て思わず手を止めてしまった。
『カエル少年不良高校生を撃退!』
というタイトルだったからだ。
カエル少年ってもしかして一昨日剛志が言ってた子か?
どうしても気になりタップして進んでいく。するとそれなりの数の書き込みがあることが分かった。そしてスレ主の最初のコメントは、
件のカエル少年が○○高校生と思しき数人を吹っ飛ばしていたのを目撃。その後高校生は逃げ出しカエル少年もその場を立ち去った。
とのこと。それを見た他のコメントは、
カエル少年って少し前から噂されてた小学生のことでしょ? 絶対ガセだろ
カエル少年って何?
いつも虫かごにおっきいカエル持ち運んでいる小学生男子
ああもしかして赤い虫かご持ってたあの子のこと? 中身カエルだったの?!?
誰かほかに見た人いるー?
どうせガセなんだしでてこねーって
ガセちゃうわ マジで投げ飛ばしてた
はい嘘確定 吹っ飛ばしたって書いてたやん
言葉の綾 でも飛ばされたのは間違いなし
はいはい そんな夢を見ましたと謝りましょう
だからほんとだって、場所は長靴公園の自販機辺り
今北産業 高校生の件は知らんけど、その公園でカエル少年よく見かける
丘絵里 いるんはいるんよ。だけど吹っ飛ばしたのは流石にうそでしょ
とまあこんな感じで始まっており、それ以降は恒例の水掛け論と罵り合い祭りに変わっていた。
剛志を疑っていたわけではないが、この様子だとカエル少年は本当に実在してそうだな。
職員室の方をチラ見しながらこの際もう少し見てみるかと思い、他を探してみた。するといくつか情報が書き込まれており、その大半がカエル少年の目撃情報だけで、今回のような高校生云々と言った変わった内容のものは見つからなかった。
「良かった。探しに行く手間が省けたわ」
夢中になっていて気付かなかったが、いつの間にか佐々木さんが俺のすぐ近くまで来ていた。本日二度目、よく会うことで。
「今から一緒に職員室に行くわよ」
「え、どういうことですか?」
まさか事務員である佐々木さんからそんなことを言われるとは全く想像していなかったので軽く動揺する。
「ちょっと困ったことになっていてね、とにかく一緒に来てちょうだい」
何か事情があるのは理解した。だけどそんなに急かされても心の準備ってやつが俺には必要なんですよ。
「せめて何があったのかだけ教えてくれませんか?」
「説明してもいいのだけど、でも直接話をした方が早いわ。ほら早く急いで」
これ以上は無駄だと感じ言われるがまま職員室に足を運ぶことにした。
まさか俺まで呼ばれるなんて・・・・・・・なんか嫌な予感しかしないぞ。




