14 完璧を超える存在
「え、今なんて?」
「だから女性の下着を俺の代わりに買ってほしいって言った。ちょっと待って、サイズはRHINEで送られてあるから・・・」
買ってもらう下着のサイズを教えようとスマホを取り出そうとしたのだが、小島さんに手で制される。
「ちょっと待つのはそっちだよ。えーとどういうことか最初から説明してくれないかな?」
チッ勢いで行けると思ったが失敗したか。
「時間もあまりないし簡単に説明するよ。実は昨日・・・」
昨日家に帰ると孫七さん孫が訪れていた。朝の段階で伝えられていたのでそのこと自体に問題は無かったのだが、驚いたことにお孫さんは二十歳くらいの若い女性だったのだ。しかも日本人の血は四分の一しか入っていない、見た目はほぼ外人さんそのものだった。
どうやら孫七さんの奥さんは外国の方らしく、既に亡くなっているのかそれとも離婚したのかは本人が話していないので今のところ分かっていない。
当初の予定では三日ほど泊まって帰るという話だったのだが、会って早々彼女は突然「私しばらくここに住みたい」と言ったのだ。それに対し俺は、この家に入居できるのは成人男性だけだから無理だと思う、と言うしかなかった。その場で祖父ちゃんに電話を掛けてみたが案の定繋がらなかったので、とりあえず今週いっぱいという約束で彼女の提案を一時的に受け入れることにした。まあ俺としても女性が居た方が華やかだし個人的には嬉しいのでこのまま住んでもらっても一向に構わないんだけど、オーナーである祖父ちゃんの許可は不可欠だ。
その日は歓迎会と称して夕食は腕を振るった。孫七さんと光男さんのリクエストで酒の肴になりそうなおかずを何品かつくったのだが、その殆どは祖母ちゃんが祖父ちゃんのためによく作っているものをチョイスした。そしてかなりの高評価を頂いたので心の中で祖母ちゃんに感謝する。
お孫さんは緑川夏鈴と名乗った。現在横浜にある大学に通う三年生で、孫七さんの娘の子供らしい。そんな彼女も二十歳を超えているので二人と一緒にお酒を酌み交わしていた。かなりの酒豪のようで、一番最初に光男さんが潰れたあとも孫七さんと二人でずっと飲んでいた。流石に付き合い切れなかったので「片付けは適当にお願いします」と言い残し俺は部屋に戻った。その時点で二十三時は軽く過ぎていたと思う。
そして今朝問題が起きた。
いつも通り朝食と自分の弁当を用意していた時、二階から降りてきた孫七さんが言った。
「すまん律坊、夏鈴が体調を崩したようでな、しかもかなりの高熱なんだが・・・」
「マジっすか? 二日酔いとかではなくて?」
キッチンの隅にあった空になった缶や瓶を見た限りあの後も二人は相当飲んでいたはず。普通に考えたらまず二日酔いを疑うだろう。
「はは、あの子はあれくらいの量じゃ二日酔いにはならんよ」
本気で言ってます? ビールだけで2ケース近く飲んでますけど?
「なので夏鈴はしばらく動けそうもない。なあに昔からいきなり体調を崩すことはよくあったから今回も二、三日安静にしておれば元気になるだろう。そこで頼みがあるんじゃが、学校の帰りに夏鈴の下着を買ってきて貰えんかな?」
「ちょっと待ってください。夏鈴さん確か昨日キャリーケース持ってきてましたよね? てことはその中にあるんじゃないんですか?」
決して大きいタイプのものではなかったが、それでも数日分の着替えや下着くらいは余裕で入るはず。
「それがな、夏鈴は下着を入れてくるのをうっかり忘れてきたみたいで、今洗濯に出しているのしか無いと言っておった」
ん、それってつまり彼女は現在ノー・・・・いや想像するのは失礼だな。
「えーと、なら祖父である孫七さんが買いに行けば良いかと・・・・」
「ワシには女物の服は分からん」
「いや俺も男なんですけど。それに下着と言ってもサイズとかあるし適当に買う訳にもいかないと思うんで」
「その心配はいらんぞ。夏鈴からどれくらいのサイズの物を買えばよいか聞いておる。ほれ、律坊に送るぞ」
有無を言わせず孫七さんはスマホを操作し始め、直ぐに俺のスマホが鳴った。
「それじゃ頼んだぞ。ああそうそう、出来れば色は全て白が言いそうじゃ。夏鈴が言うには白はしん・・・・・おっと何でもない。上下三着ずつあればよかろう。お金はとりあえず三万渡しておくから足りんかったら後で言ってくれ」
何を言いかけたのか気になるところだが、完全に押し切られてしまいそれどころではなくなっていた。
「と言うことになったんだよ」
昨日から今朝にかけてあった出来事を詳細に話した。つまり俺は女性の下着を買うミッションを今朝言い渡されていたという訳だ。
「色々と突っ込みたいところがあるけど状況は理解したよ。それで私にそれを頼みたいと?」
突っ込みたいねえ・・・まあ高校生が自分の家をシェアハウスにしているなんて普通は聞いたことないだろうしな。
「そういうこと。本当は文字さんにでも頼もうと思ってたんだけど、今日は用があったみたいだし、そもそも引き受けてくれるか微妙だったから小島さんが引き受けてくれて助かるよ」
「私まだ引き受けるとは一言も言ってないよ。でも私しか頼れないのなら仕方が無いと言いますか・・・・」
「マジで頼む。もう小島さんしか頼れる人がいないんだ」
「・・・・・じゃあ交換条件というのはどうかな?」
「引き受けてくれるならなんだってするさ。それで条件って?」
「この辺りで買うとなったらド〇キだと思うけど、確かそこの近くに少し前話題になった甘味屋さんがあったでしょ? 私あんみつが食べたいなあ」
話題になったかは知らないけど、昔からあの店はあったよな。小さい頃何回か言った記憶あるし。
「イエス、喜んで」
対価としては安いくらいなので二つ返事で了承した。
「ああだけど今日じゃなくてもいいかな。早めに帰って食事の準備とか、あと夏鈴さんに買った下着渡さないとだし」
「だったら今から買いに行かない? ここで話すより買い物の後そのままお店で話をするのでどうかな? もっと早く帰りたいなら今日は買い物だけでもいいよ」
なるほど。どうせ今後の話をするならここでするよりお店でした方がいいかも。時間の無駄も省けるしね。
「オーケー、あんみつまでコンプリートしちゃおう。なんか俺も食いたくなってきたし。そう言えば小島さんは電車?」
「ううん、電車も自転車も時間は変わらないから天気が悪くない限り自転車だよ」
なら問題ないな。最悪学校出てから小島さんを後ろに乗せることも考えたけど、その必要はなさそうだ。
そのまま二人してド〇キへと向かう。実はド〇キは家のすぐ近くにありほぼ帰り道と言ってよかった。そして女性ものの下着が売っているコーナーの近くまで来た。
ここから先は彼女一人で行ってもらおう。
「えーと色は全部白であまり高いものじゃなくていいんだよね?」
「予算は三万だからその範囲で頼むよ」
「わかった。その前にその人のサイズ聞いてるんだよね、教えてもらっていいかな?」
「もちろん。ていうかそれが無いと買えんだろ。どうする、俺のスマホ渡すかそれともそっちに送る? その場合連絡先交換しなきゃだけど」
「高遠君が嫌じゃなければ交換しよ」
なんかセリフが男女逆な気がしないでもないが、まあいいか。
「これでOKだね。それじゃあ送ってくれるかな」
「あいよ」
孫七さんから貰った情報をたった今登録した小島さんに送る。
「え?」
すると小島さんは画面を見て驚く。もしかして間違って別なものを送ってしまっただろうか?
「どうしたの?」
「あ、うん・・・なんか生々しいと思って」
「生々しい?」
「だって事細かに書いてあったから。それにこれが本当ならこの人相当スタイル良いよ」
どうだろ? 昨日夏鈴さんは割と厚手の服装だったので体型はあまり気にならなかったんだが。それと確かにスリーサイズ以外にも色々と数字は書いてあったが、下着買うのにそこまで必要なのかと疑問に思っていた。
「背は結構高かったな。でもそれ以外あまり気になんなかったけど」
「それは高遠君が興味なかっただけでは?」
「失礼な。夏鈴さんメッチャ綺麗だし興味くらいあったわ。言っておくけど俺はノーマルだぞ」
「
そう言ってスマホを片手に下着コーナーへ足を踏み入れる。五分くらいして戻ってきた彼女の手にはスマホではなくビニールで包装された下着があった。あまり見ないようにしていたのだが、パッと目に値段が飛び込んできた。
「女性ものの値段ってよく知らないけどさ、もっと高いやつ選んでも大丈夫だと思うよ」
頼んでおいてこの言い方は無いだろうとは思ったが、一枚1500円の値札を見て言わずにはいられなかった。別に文句を言いたいのではない。単純に彼女が困っているのかもと思ったからだ。
「確かにもっと高くて良いのもあるけど、肌触りや好みもあるから下手に高いのを買って使わなくなるより安くてそれなりの方が後々困りにくいかなと。その辺はやっぱり本人じゃないと分からないから」
肌ざわり・・・うん、それって重要かも。
「なるほど。なんか悪いなそこまで気を遣ってもらっちゃって。俺だったらそんなこと考えず値段だけで決めてたよ、そう考えるとなんか恥ずかしいな」
「男の子はそうかも。でも私だって恥ずかしいんだからね。自分とは全く違うサイズの物を買うのって意外と勇気がいるんだよ。店員さんからどう見てもあなたに合うサイズじゃないでしょって目で見られるかもだし」
確かに夏鈴さんと小島さんとでは全く違う。小島さんはややぽっちゃりとした体形をしている。それもあってか最初はぽっちゃり系おっとりの派の比較的おとなしい子だと勝手に思い込んでいたが、実際はぽっちゃり系おしゃべり派の割と言いたいことを言う子だったりする。まあ今のところその相手は限定されているポイけど。
「そこはほら、お姉ちゃんに頼まれたとか、色々言い訳出来るじゃん」
「ワザワザ会計するときにそんなこと言う人いないよ。でも大丈夫、もう覚悟は決めたから」
「お、おう。なんなら俺が会計しようか? その代わり隣に居てもらえると非常に嬉しんだけど」
「それこそだよ」
「ん、なんで?」
「考えてみて。普通同じ年頃の男女が並んで会計してたらカップルと思われるでしょ。それは別にいいのだけど、問題は彼氏が彼女に下着を買ってあげるシチュエーションになって、その下着は彼女とは全然違うサイズなんだよ? 何もわかってない彼氏と見えを張ってる彼女というイタイカップルの出来上がりだよ」
カップルに見られるのは別にいいんだ? じゃなくて、女性ものの下着を買うのがそこまで大変だとは考えてもいなかった。
「じゃあ俺一人で買ってくるから小島さんは適当に待ってて」
「覚悟決めたって言ったよね。だから私が会計してくるから高遠君は離れたところで待ってて」
そこまで言われたら素直に従うしかないな。
お金を渡しエスカレーター付近で待機することにした。
「あれ、高遠じゃね?」
何気なく近くに陳列してあった商品を適当に眺めていたらそんな声が聞こえた。その声の持ち主は今まさにエスカレーターを上って来た人物で、同じクラスの奴だった。
「えーと土井の友達の・・・悪いなんだったっけ?」
確かこの間河島さんや土井と一緒に帰っていた奴だよな。
「あはは、なんで土井基準なんだよ。大空だよ、大空大地。自己紹介の時言ったろ、天と地の両属性を持つ大空大地ですって」
ああそう言えばそんなこと言ってスベッていたっけな。
「そうそう大空だったな。カッコイイ名前だったから、ついうっかり忘れちゃったよ」
「はは、なんだよそれ」
なんか土井と違って話し易いな。誰に対してもこんな感じなんだろうか。
「でも聞いていた話とだいぶ違うな」
「ひょっとして俺が元引きこもりのごく潰しだったことバレてる?」
「お前が引きこもり? 冗談はよせよ。どう考えても中学時代弱い奴をイジメてたタイプだろ。そんで女子の下着盗んだりとかな」
「おい、人聞き悪いこと言うな。俺はそんなこと一切したことないぞ」
現在進行形でクラスの女子に他の女性の下着を買ってもらってはいるけど。
「ジョーダンだって。お前が変なこと言うからちょっと揶揄ってみただけだ。それで一人で買い物か?」
「んー、一人ではないが、そっちは?」
「五人。俺以外はまだ一階でブラついていると思うぞ。俺はちょっと欲しいもんがあって一人で上がってきた。で誰と一緒なんだ? もしかして地元の友達か?」
「いや、同じクラスの小島さんだ。ちょっと彼女にお願いして買い物を手伝ってもらってるんだが、今会計してるからもう直ぐ来ると思うぜ」
「へー、高遠って見た目通りそういう奴だったんだな」
「なんだよ見た目通りって?」
「文字さんを始め今度は小島さんだろ、それに河島さんもそうか」
「・・・・・何が言いたいんだよ」
「ここまで言えば普通理解すると思うんだが、俺が言いたいのは入学して二週間足らずでクラスの女子を三人もたらし込むお前に感心してるってことだよ」
「ホント人聞き悪い事ばっかり言うな。別に三人ともそんなんじゃなくて、なんて言うか流れでそうなっただけだ」
「流れねえ・・・俺もその流れ早く来ないかなー」
「お前なら普通に彼女くらいできるだろ」
大空は優男風のまあまあなイケメンなので本人がその気になれば余裕だと思う。
「買ってきたよー・・・・あ、大空君・・・・」
そこへ小島さんが会計を済ませやって来た。彼女から見て大空は商品棚に隠れる位置に居た為、間近に来るまで存在に気付いていなかったようで、大空に気付くと小島さんは三段階ほどテンションを落とした。
「よー小島さん。高遠に頼まれて何買ったの?」
何気なく言った大空のその一言で一瞬フリーズした小島さん。そして俺に向かって「言っていいの?」と視線を送ってきた。
首を横に振って「絶対にNO」と伝えると彼女は小さく頷いた。
「高遠君のご家族の方が体調がすぐれないようで・・・私が代わりにその・・・生理用品を買うよう頼まれたの」
ちょっ小島さん、それはあまりにもグレー過ぎる言い訳じゃないですかね? それに生理用品はこのフロアじゃなくて一階だったはず。そのことコイツが知っていたら・・・・・
「そうか大変だな。でもその気持ちわかるぜ。かくいう俺も妹にこの店にしか売ってない下着を買ってくるよう頼まれたんだよ」
「お前も下着かよ!」
仲間を見つけたことで緊張が緩んだせいか、思わず突っ込んでしまった。
「お前も?」
「い、いや言葉の綾だから気にするな」
「そうなのか? まあいいけど。」
あっぶねー、危うくバレるところだった。それと小島さん、そんな蔑んだ目で見ないでくれるとありがたいです。ていうかあなたの発言もギリギリだったんですからね。
「因みに妹は何歳?」
まさか流石に中学生とか言わないよな。
「四歳。間に二人兄弟がいて一番下の子。誰かのスマホでも使って調べたんだか、この間から買ってきてって煩くてな」
四歳か。なら俺よりマシだよな。それでも俺だったら自分で買おうとは思わないけど。
「良い兄貴なことで。まあ頑張ってくれよ、俺達は行くからさ」
「ああまた明日学校でな、小島さんもじゃあね」
「あ、うんさようなら」
大空と別れ小島さんと店を出る。その途中河島さんを見かけたが、距離が遠かったのと友達が一緒だったことから声は掛けなかった。その足で甘味屋へと向かうと店は比較的空いていたので直ぐに席へと案内された。
「もう少し早く遭遇してたら面白いことになってたのになあ」
「あまり不穏なこと言わないでくれよ。それと改めてお礼を言うよ、ホント助かった」
「いいって別に。それより私このパーフェクトクリームぜんざい食べたい」
定番のメニュー表とは別の紙にそれは書かれていたのだが、値段を見るとなんと二千円だった。そして裏面には特製シークレットぜんざいなるものも載っていたのだが、写真は一切なくこれだけでは何が入っているのか分からないが、値段はパーフェクトよりも高い三千円だった。
パーフェクトの意味って一体・・・・・・・
「マジっすか?」
「ははは冗談だって。普通の白玉あんみつにトッピングでバニラアイスで手を打つとしますか」
えーと、全部で七百円か。それなら問題ないな。俺はどら焼きセットにしよ。
店員を呼び注文を済ませる。店内を見渡すと当然というべきか女性客の方が圧倒的に多い。しかし店の雰囲気が変に小洒落て無い分居心地はそんなに悪くなかった。注文したものが来るまではクラスの様子のことや授業についての話をしていたが、テーブルにあんみつとどら焼きが並んだところで本題に入った。




