13 覚醒、そして下着
二日後の木曜日の昼休み。弁当を食べ終えた後のまったりタイムを邪魔してきたのはモンちゃんこと文字玲美さんだった。
「もう限界、これ以上は我慢できない!」
俺の机にやってきて開口一番そんなことを言ってきたのだ。その後ろにはいつも彼女と行動を共にしている小嶋さんが申し訳なさそうな表情で立っていた。
なぜ小嶋さんが申し訳なさそうにしているのはさておき、これは面倒な事が起きる予感しかしないな。
「まあまあとりあえずそこに座ったら? 小嶋さんもね」
いつも昼休み終了まで戻ってこない生徒の席に座らせ落ち着かせる。
「それで何が我慢できないんだ?」
何となく想像はついていたが一応聞いてみる。
「アイツの事よ。昨日帰る時バレないよう後ろから付いていってアイツの家の近くで話しかけたのよ。そしたらアイツどうしたと思う?」
やっぱり想像した通りだったな。寧ろそれくらいしか思いつかないっていうのもあるけど。でも何でいきなりそんなことしたんだ?
アイツというのは間違いなく一哉のことだろう。誰が聞き耳を立てているか分からないから一応考慮してるんだな。それだけまだ冷静さが残っている証拠で。それにしてもここでいきなりクイズかよ。えーとそうだな・・・逃げたとか?
「いきなりドンって押してきて『俺に構うな』って言ってきたのよ、信じられる?」
構うなって言ったのは分かるが確かに押すことは無いよな。しかし・・・
「もしかしてそれだけ?」
それくらいなら予想の範疇と言えなくもないと思うんだが。
「それだけって・・・・もちろんそれだけなはずじゃないじゃないわ。そのあと『学校以外なら普通にしたっていいじゃない』って言ったの。そしたら何て返してきたと思う?」
第二問ですか。そうだなあ・・・誰かに見られたら文字さんに迷惑が掛かるとかかな?
「『お前は律樹と仲良くしていればいいんだよ』って訳わかんないこと言ってくるから、私その瞬間ブチギレて『じゃあそうする』と言ってしまったあと直ぐ逃げてしまったの、どうしよう・・・・・」
うん、少し整理が必要だな。それと俺の考えを聞く前に答えるくらいなら最初から質問しないでくれよな。
「売り言葉に買い言葉だったのは理解した。確認だけど文字さんは俺のこと好きなの?」
「はあ? そんなわけないでしょ、揶揄ってるの?」
知ってるし。それと小嶋さん、そんなに顔を赤らめなくてもいいじゃん。なんか俺の方が恥ずかしくなってきた。あと文字さん怖いから睨まないでください。
「ただの事実確認だよ。それで結局文字さんはどうしたいんだ?」
「決まってるわ、アイツの考えもあるから今まで通りとはいかなくても、せめて学校以外では普通にお喋りとか遊んだりしたい。これは前にも話したでしょ」
まあそうだよな、結局はそこに辿り着くしかないもんな。でももう少し我慢できないものかねえ。
「って事らしんだけど、小嶋さんはどう思う?」
「え、私?」
いきなり話振っちゃってなんかゴメン。でもこの場にいることを文字さんが黙認しているってことはある程度一哉の話を聞いているってことだと思うんだよね。
「私は・・・」と何か言わなくちゃと一生懸命考えている小嶋さん。なんか最初の頃の河島さんを思い出すな。
「その人が逃げれれない状況を無理やり作って、一度ちゃんと二人で話した方がいいと思う・・・かな」
自信なさげに出てきた回答だったが、内容はまあまあ刺激的だったりする。
「逃げられない状況かあ・・・出来なくはないが返って悪化させる可能性もあるしなあ・・・」
「採用よ」
「は?」
「だから小嶋さんの提案を採用するって言ったの」
いや彼女のは提案というよりただの意見だと思うぞ。ほら小嶋さんも『どうしよう・・・』って
いう表情になってるし、しかも赤リンゴから青リンゴへと一気に顔色まで変わっちゃったよ。
「そうか、なら頑張ってくれ。応援くらいならするぞ」
十中八九両片想いなんだから勝手にやってくれ、というのが本音です、はい。
「何言ってるの? 高遠君、あなたがやるのよ」
「何を?」
「分かってるくせに惚けないでよ。アイツが私から逃れられない状況を作るの、今週中にね」
確かに惚けてたけどさ、でも文字さんのソレって、俺的には半分惚気にしか聞こえないんだよなあ。
「そいつは流石に横暴すぎないか? 俺とあいつの関係を知り合いから顔見知りに降格させるつもりだろ?」
「今はそんな言葉遊びに構ってあげる余裕はないの。やるの、やらないの、どっち?」
余裕がないと来ましたか。でもどうするかなあ・・・・何となくだけどあまり良い結果が出るとは思えないのもあるし、もう少し様子見した方が俺的にはベストだと思う。そしてなにより、ハッキリ言えば面倒この上ない話しなのは確かだ。だけどスパッと切り捨てるのは心苦しいとも思う。だったら自分の考えを伝えそれを彼女に判断してもらうのがベストだろう。
「やらないけど、やる」
これが俺の出した答えだった。
「はあ? 言葉遊びの次はとんち? 私かなり真剣に相談してるんですけど?」
「まあ聞けって、あと睨むな。あのな、今アイツと話したところで状況が良くなる確率は低い」
「だから学校以外なら何も問題はないって言ってるでしょ」
「それは文字さんが思ってるだけでアイツはそうは思ってない。昨日のこともあるが少し考えればわかることだろ? それと何で比呂斗やヘイ太じゃなくて俺に相談を持ち掛けたんだ? 付き合いの長さや親交度合いからすればまずはアイツ等に持ち掛けるのが普通じゃないのか?」
「昨日の時点でとっくに相談したわよ。だけど・・・」
「自分の思い通りにはいかなかったんでしょ?」
「そうよ。二人としばらくアイツのことはそっとしてやれって言うの。自分たちは一緒に遊んでいるくせに」
その中に俺も入ってるんだけどね。先週俺の家に泊まったし。
「じゃあ俺は最後の砦ってことだよな?」
「あの事件以来アイツがあの二人以外と仲良くしているの見たことがないのだからそうなるわ」
「だったら尚更俺の話を聞くことを勧めるぜ」
「・・・・わかった、一応話は聞く」
物分かりが良くて助かる。それと大体の状況も掴めたし本題に入るとするか。
「やらないけど、やると言ったのには理由がちゃんとある。まず文字さんが採用した逃げられない状況を作って話をするって案には乗れない、即ち『やらない』だ。だけど昔みたいな関係に戻りたいという願いに対しては手伝ってもいいと考えてる。これが『やる』のほうだ」
「でもそれってどう違うの? 結局話をしないことには解決しないじゃない」
「最終的な目標は同じかもしれないけど途中の過程が違うんだよ。しかももっと根本的なところからね」
「根本的?」
「ああ。俺は無関係だし話を聞いただけだから簡単に考えていることは先に言っておくぞ。まず俺が思うに例の事件の真犯人がいる可能性がある。もしそいつを見つけることが出来たら御の字だと思わないか?」
「そう・・・・だけどそう上手く行くとは思えないわ」
「まあ当然だな」
「じゃあなんでそんな提案してきたのよ?」
「言ったろ? もし見つけられたら御の字だって。要はその程度でしか考えてないってこと。ぶっちゃけ真犯人を見つける必要は低いと思ってる。それに俺はアイツが犯人じゃないと言えるほどの根拠は持ってないし、もしかしたら実際はやはりアイツがやらかしたのかもと心の中では思っている自分もいる。だけど調べれば何か出てくるかもしれないだろ?」
「意味わかんない。そんなことで何かが変わるとは到底思えないわ」
「そうかな? 意外と変わるかもしれないぞ。まあアイツが犯人じゃなかった場合だけどな。いや例えそうだったとしても変わる可能性もあるかな」
真実は変わらなくても隠れていた真相次第では一哉に対しての周囲の反応が変わる可能性だってある。
「それに今更調べたところで何もわかる訳ない。あれからもう二年近く経ってるのよ」
「そうでもないさ。寧ろ二年経った今だからこそ出てくる話もあると思うぞ。二年前は言えなかったことが時間が経過したことでしがらみみたいのが薄まって当時よりだいぶ話し易くなってるだろうし」
「まるで調べれば何か出てくるって確信しているみたいな物言いね。もしかして既に何か掴んでいるんじゃないの?」
「まさか。ああでも可能性は高いとは思ってるよ。何しろ話を聞いた限り不可解な点がいくつもあったしね。そういう時って大抵誰が何かを隠しているというのが相場だから。何が出てくるかは分からないし、それが期待している方に傾くかは出たとこ勝負みたいになるけど、少なくとも状況を変えたいならまずやってみるしかない」
まあこれは祖父ちゃんの受け売りなんだけどね。
「それでどうする? 比呂斗達が協力してくれない以上自分で何とかするか、それとも俺の提案に乗るか、どちらを選ぶかは文字さん次第だよ」
文字さんは徐に目を瞑り腕組みをした。どうやら色々と思考を張り巡らせているようで、中々答えは帰って来ない。小島さんはその様子を心配そうに見守っている。
「・・・・・悪いけどその案には乗れないわ。そもそも私はあの事件のことを掘り返すこと自体あまり良くないと思う。それで更にアイツが傷つくことになろうものなら私は・・・・」
悩んだ果ての彼女の答えは拒否だった。
確かに事件をほじくり返すことで一哉が不利益を被らないとは言い切れない。しかし今の時点で状況を変えたいのなら昨日みたいに無理やり話しかけるか、もしくはそれ以外の手段を行使するしかない。どれを選ぶにせよ当事者の一哉に対し影響が及ぶことは避けられないこともまた事実で、どうせ影響が出るなら当時のことを調べるのがベターだと俺は信じ提案したのだ。
だけど彼女が拒否するなら俺に出来ることは今のところない。そう考えこの話は終わりにしよう、そう口にしかけた時、小島さんが今日初めて自分から口を開いた。
「文字さんは本当にそれでいいの?」
その言葉でハッとなった文字さん。しかし少しの間を開けてから首を横に振り「いいの」と一言。だが小島さんは食い下がる。どうやら彼女はこの件に関して、もしくは文字さんに対して何か思うところがあるようで、険しい表情で文字さんに詰め寄る。
「本当に? 結局昨日の電話だけでは私にはよく分からなかったけど、文字さんが追い詰められているってことだけは分かったよ」
文字さんが追い詰められてる? 一哉との関係がなかなか思うようにいかなくてヤキモキしているの間違いじゃないの?
「私は別に追い詰められてなんて・・・」
「ううん、文字さんは昨日ね自分のことよりその人のことを心配するようにずっと喋ってたよ。どうしようどうしようっていう気持ちが電話越しでもヒシヒシと伝わってきたもん」
「最初から思ってたけど、どうしていきなり我慢の限界を超えたんだ? 昨日全く相手にされなかったことは理解したけどさ、なんと言うか急すぎないか? この間話した感じだと切羽つまったようには見えなかったんだが、もしかして他にも理由があるのか?」
彼女の気持ちはそれなりに理解しているつもりだが、急展開過ぎて正直色々と追いつかない部分もある。元々そういう性格って事なら仕方ないが、それでも腑に落ちないことには変わりない。
「他に理由なんてないわ。ただアイツの態度に腹が立っただけよ」
本当にそれだけなら小嶋さんはあんなことを言わないはず。きっと何かしらの事情があることは容易に想像できる。だがそれを問い詰めてもおそらく彼女は答えてはくれないだろう。
「ならこれで話はお終いだな。協力できることは何もない」
「そう・・・分かったわ。時間取らせて悪かったわね」
彼女が望まないのであれば動く理由は無い。俺だって二人が元の関係に戻ることを望んでいないわけではないが、一人で勝手に動けばそれこそ収拾のつかない事態に陥る危険性が目に見えている。なら何もしないことが一番の対応策と言える。
「ちょっと待って」
だが小嶋さんは諦めていなかった。
「いいのよ小嶋さん。無理に付き合わせちゃってゴメンなさい。もう少し考えてみるからその時また話を聞いてもらえると助かるわ。だから今はこれでいいのよ」
「全然良くない」
「小嶋さん・・・・」
「あのね、だったら最初から昨日みたいな話してほしくなかったよ。あんな話をされて私昨日全然寝れなかったんだから。文字さん・・・ううん玲美ちゃんとは知り合ってまだ日が浅いから友達とはまだ呼べないかもだけど、昨日電話してくれて、頼ってくれて私本当に嬉しかった。正直言うとね私中学の時イジメとまではいかなかったけどずっと周りから無視され続けていたの。でも高校で変わらなきゃと思って初めて声を掛けたのが玲美ちゃんで、最初はすごく冷たくあしらわれちゃったけど、でも次は玲美ちゃんから話し掛けてもらった時泣きそうになったんだよ」
意外だな。まさか小嶋さんの方から文字さんに話しかけてたなんて。それと無視は完全にイジメだと思うよ。まあ本人がそう思っているならワザワザ否定はしないけど。
「そ、そうだったの。でも最初はあまり誰とも関わりたくなかったしそう見えても仕方なかったかも」
「でもさー、玲美ちゃんったら二日目だったかな? 誰とも話してなかったクセに放課後いきなり高遠君誘うんだもん。あの時は高遠君を滅茶苦茶恨んだっけなあ」
「そうだったのか? と言っても俺は悪くないから謝らんがな。あと小嶋さんって実はお喋りでしょ」
「へへ、実はそうなんだー。今までは話す相手が居なかったし、玲美ちゃんと要る時でも遠慮しちゃってた部分があったけど、なんかウジウジしている玲美ちゃん見て吹っ切れちゃった。だから高遠君、玲美ちゃんがやらなくても私が一緒にやるよ。こんなへそ曲がり放っておいて二人で頑張ろ」
「お、おう・・・・って文字さんはそれでいいのか?」
「・・・・いいも何も小嶋ちゃんが決めたなら私がとやかく言うことではないわ」
そう言う意味で聞いたんじゃないんだけどなあ。これって半分は一哉と君の話なんだし。それと何でちゃん付け? もしかして下の名前で呼ぼうとしたけどやっぱり恥ずかしくなって中途半端になったとか?
「よし決まりだね。ねえ早速放課後作戦会議しよ」
「私は今日早く帰らなくちゃいけないから・・・・」
「玲美ちゃんには言ってませーん。そもそも高遠君の案には反対なんでしょ?」
「うっ・・・」
核心を突かれて黙るしかない文字さん。なんか一瞬にして立場が変わったような気もするが、別に文字さんは小嶋さんに対して高圧的だったわけではないので違うだろ。勘違いしてしまったのは単に小嶋さん自身の素がいきなり現れて俺自身が動揺していたからだ。実際近くにいたクラスメートが急に豹変した彼女を見て目を丸くしているしな。
「そういう訳で今日時間あるかな?」
「買い物したいし三十分くらいだったら」
「ならそれで決まりだね。あ、そろそろ授業の準備しなきゃ」
「あ・・・・・」
そう言ってあっさり自分の席へと戻っていく小嶋さんを寂しそうに見送る文字さんだった。そのあと直ぐ、以前教室を騒がしくさせた他クラスのミツという文字さんの友人(?)が数学の教科書を借りに来たのだが、思いっきり文字さんから八つ当たりを受けていた。
ご愁傷さまでした
放課後
教室内で話せる内容でもなかったので小嶋さんと二人で人気のない校舎裏へと足を運んだ。
当然今後の話をするためにやってきたわけだが、俺は昼の一件で今朝発生した重要な案件を忘れてしまっており、それを思い出したのは校舎裏へと向かっている時だった。
「なあ、例の件の話の前に頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」
「頼み? 私に出来ることなら構わないよ。なんかお昼は勢い任せで言っちゃって高遠君にも迷惑かけたし、それくらいなんともないよ」
「そう言ってくれると助かる。それでなんだけど・・・・・・」
よし言うぞ、今言わないともうチャンスは無いと思え、俺。
覚悟を決め話を続ける。
「悪いが女性ものの下着を買ってきて欲しいんだ」




