12 ノーカン
菜園部に見学に行った翌日、今日も今日とて昨日までと大して変わらない時間を帰りのHRまで過ごした。と言っても全く変わらなかったわけではない。昨日約束した通り河島さんの方から話し掛けてくる場面があったからだ。しかしそれは会話と呼べる代物ではなく、朝の挨拶や「課題やってきた?」「まあ一応」と、長くても三秒くらいのものでしかなかった。
そう言えば一緒にアドリ部に行く約束をしたものの、いつ行くか決めてなかったな。一応彼女が教室から出るまで待つとするか。
しばらくスマホを弄って時間を潰していると「お待たせ」と河島さんが声を掛けてきた。手を止め顔を上げるとそこには河島さんだけでなく土井という同じクラスの男子も一緒だった。
そう言えば昨日の集団の中にコイツも居たっけな。なんか一瞬睨まれた気がするが、俺何かしただろうか? それと昨日のメンバーは既に教室から居なくなっているようだ。
「アドリ部に行くのやっぱ今日で良かったんだ」
「あれ? 今日行くって話じゃなかったっけ?」
「そもそもいつ行くとか約束してなかったし。まあ何もなければ今日だとは思っていたけどね」
「だったら連絡するなりしてくれれば良かったのに。ああそうそう、土井君も興味あるみたいだから一緒でもいいかな?」
連絡って言われても俺達まだ何も交換していないぞ。
「ていうか高遠はこの間行ってきたんだろ? それに入るか分からないんだったら無理して行く必要なくね?」
そこへ土井が「おう」とか「よろしくな」とかではなく、明らかに俺を排除しようとする言動をしてきた。
だけどさ・・・・それ、お前が決めること? そもそも後から話に乗っかてきた奴が普通そんなこと言うか? と色々思うところがあるものの、反論して事を荒立てることはしたくないので、ここは引くのが一番効率的かな
「んじゃ二人で行ってくれば? 土井の言う通り俺が行く理由も無いしな」
昨日もヨミ先輩から熱烈なラブレター(入部届)を頂いているので対外的な理由付けはいくらでもできるけどね。まあどうせアレだろ、俺は河島さんと二人で行きたいからお前は引っ込んでろ、的なやつだろ。分かりやすい性格をしている分あまり腹も立たんな。
「決まりだな。じゃあ行こうかすみれ」
へー既に下の名前で呼ぶ間柄なんだな。河島さんの方は違うみたいだけど。
「えーと、出来れば高遠君にも来てもらいたいな。それに昨日一緒に行ってくれる約束してくれたわけだし・・・・」
確かに約束はした。でもそれはあくまで一人だと行き辛いという理由だと解釈していたので、土井が居るならその必要はなくなる。それに俺が一緒に行けば絶対土井は面白く思わないことは目に見えている。
「気になってたんだけどさ、昨日も一緒に居たし二人ってどういう関係なわけ?」
上手く事が運びかけていたところに出てきた彼女からの申し出に対し、困惑と不満の表情を見せていた土井がそんなことを聞いてきた。
関係? そんなの決まってる。
「「ただの知り合い」」
あ、ハモった。
思わず河島さんと顔を見合わせてしまう。互いに驚きの表情をさせ、次第に堪えきれなくなった俺達は同時に「ぷっ」と吹き出した。
「あはははータイミング良すぎでしょ」
「ぷはは、まさか河島さんがソレ言うとは思ってなかったし」
しばしの間二人して笑い合っていたら、
「ただの知り合いなら一緒に行く必要ないじゃん」
と、土井は食い下がってくる。
ああなんか面倒だな。だったら・・・・
「やっぱ二人で行きなよ」
「でも・・・」
自分から誘った手前都合が悪い気持になるのはよく理解できる。だけどこの手の男はそう簡単に引き下がるとは思えない。ぶっちゃけ時間の無駄だ。だったら今思いつく最善策はこれしかないな。
「俺は先に行ってる。先輩に『もう下駄箱に入部届を入れるのは止めてください」って近いうちに直接言いに行くつもりだったしな」
この方法なら半分は約束を守ったことになるし、少なくとも部室に向かうまでは土井の邪魔をすることにはならない。
「・・・わかった。でも絶対先に帰らないでね、変な先輩が居るんでしょ?」
「うんまあ・・・・それはホント覚悟しておいた方がいいぞ」
「なあ話は決まったんだろ? 先行くならさっさと行けよ」
ホント嫌な奴だなコイツ。河島さんとの仲を深めようと行動すること自体は別に好きにしたら良いとしか思わないが、他人に対しての配慮はした方がいいと思うぞ。流石にここまで露骨な事されるといい加減腹が立つな、まったく。
「はいはい」
既に帰り支度は済ませてあったのでそのまま席を立ち教室を出た。
最悪なことにアドリブ部の部室にはヨミ先輩しか来てなかった。なんでもモモ先輩はバイトがあるそうで既に下校済み。未だ見ぬ幽霊以外の他の部員も今日は来ないらしい。なので当然洗脳スレスレの勧誘をマンツーマンで受ける羽目になる。しかも五分か十分で来ると思われた河島さん達が現れたのは三十分後だったので、地獄の時間となったのは言うまでもないだろう。
二人が遅れてきた理由は察しが付く。どうせ土井は何かしら適当な理由を付けてここへ来るのをワザと遅らせたのだろう。その証拠にまだ部室に残っていた俺を見て「まだ居たのかよ」という感じで俺のことを見てきたしな。
何はともあれ二人が見学に来たことに対してヨミ先輩は大いに喜び、熱烈な歓迎と勧誘が再スタートしたのだった。俺は一歩引いたところからその様子を見守ることにした。
やがて俺の時と同じく三十分ほぼノンストップで続き、途中何度か河島さんから「助けて」と苦笑いを送られたが、「ゴメン無理」と首を振って返した。しかし流石にそろそろ止めねば、と思い意気揚々としているヨミ先輩の話の腰を無理やり折って強制終了させた。
「せっかくこれから話が面白くなるところだったのにー」
と頬を膨らませブーブー文句を言ってくるヨミ先輩。よく見てください、河島さんも土井も完全に疲れ切って半分目が死んでますから。
「俺達はヨミ先輩の漫談を聞きに来たわけじゃないですから。そんなんじゃいつまで経っても新入部員入りませんよ」
「残念でしたー、既に昨日二人はいりましたよーだ」
「マジっすか? もしかしてそのうちの一人は俺とか言わないですよね」
この先輩なら勝手に入部届を出していても驚かない。
「違うよー、入ったのは女の子だし。でもリッキーは何だかんだ言って入ってくれるんでしょ? それとミレミレもね」
早速河島さんのアダ名つけてるし。なら土井はツッチーか?
「何だかんだ言って入らないかもです。というわけで俺はそろそろ行きますよ。ヨミ先輩、何度も言いますけどもう下駄箱に入れないでくださいね。もし次入れたら絶対入りませんから、そのつもりでお願いします」
「あ、私も帰ります。先輩今日はどうもありがとうございました。頂いた入部届を使うかはわかりませんが今日は先輩の話を聞けて良かったです、今後の参考にしたいと思います」
殊勝なことを言う河島さんだが、あまり先輩を調子付けないでほしい。
「なら俺も帰ろうかな。すみれ駅まで一緒に行こうぜ」
「ゴメン、今日はお父さんが迎えに来て一緒に夕ご飯食べることになってるから駅に行かないの」
「そうなんだ、じゃあ迎え来るまで一緒に待ってるぞ」
「遅くなるかもしれないし大丈夫だよ」
「いいっていいって、どうせ俺暇だし付き合うから」
「ホント平気だから今日は先に帰っててもいいよ」
こりゃ別の意味で平気でも大丈夫でもなさそうだな。彼女は露骨ではないもののしつこく食い下がってくる土井に対して明らかに困っているようだ。
仕方がない、とりあえずコイツを引き剥がすか・・・・・と動き出そうとしたら、
「もしかして時間あるの? だったらさーもう少しお話ししようよ。あっ、でもここからは女の子だけの話をしたいから二人は帰ってねーバイバイー」
なんとこの状況を察したヨミ先輩が助け舟を出したのだ。
全く空気の読めない残念な先輩だとばかり思っていたが、ちょっと見直したよ。うん、ほんのちょっとだけだけどね。
「了解っす、お疲れさまでしたー」
「・・・・うぃっす」
どうやら土井もこれ以上は無理だと悟り諦めたようだ。念のため土井より後に部室から出る。彼は一度振り返り俺を見て何か言いかけたが、それは声になることは無く、踵を返して今度こそこの場から立ち去った。
少し時間をズラし帰宅の途についたのだが、下駄箱には既にヨミ先輩からのラブレターが投函済みだった。
まあこれを入れたのは俺が部室に行く前だろうし、今日は河島さんを助けてくれたことに免じてノーカンにしてあげますか。




