11 オーラと魔法
「ところで水堀さんはどうしてここに居るんですか?」
これ以上河島さんに悲しそうな顔をさせたくなかった俺は一先ず話を変えることにした。
「この子がどうしても留守番してて欲しいって言うから無理して仕事抜け出して来たのよ。本来は業務外なんだけど佐々木さんが『生徒のためなんでしょ、だったら行ってらっしゃい』って言ってくれたからこうして来れてるんだけどね」
佐々木さんと言うのはもしかしたら事務室で対応してくれたあの人かもしれない。なんか人の良さそうな人だったし。
「それは感謝してますって沙苗ちゃん。あと佐々木さんにもね。実は嫌がらせでクラス委員にされちゃってさ、早速担任から良いように使われちゃって直ぐにここには来れそうもなかったから沙苗ちゃんにお願いしたって訳よ」
そう言うことか。さっきは厳しいこと言ってたけど何だかんだ言って水堀さんは生徒思いな人なんだな。
「でも確かあと二人いるんですよね、その人達は来ないんですか?」
「今週は二人とも用事があって来れないって言ってたから。あ、心配しなくてもすみれちゃんに頼むとかはしないから安心して」
「ちょっと鈴原さん、さすがに明日は来れないわよ」
「分かってますって。よく考えたら少し遅れるのでお待ちくださいって張り紙しとけばいいだけだったし」
「だったら最初からそうしなさいよまったく。私はそろそろ戻るから他に誰か来たとしても決して無理強いはしないこと、わかった?」
「はーい。ありがとうね沙苗ちゃん」
「本当に分かってるんだか」と最後に言い残し武道場から水堀さんは出ていく。
「さて、水堀さんはああ言ってたけど実際どうなのかな、高遠君」
「うーん、正直今のところ入る気はないですかね。でも多少なら手伝ってもいいですよ。アウトドア料理部の活動ってあまり多く無いみたいだし、それなりに時間はあると思うんで」
「え? あの部活に入るつもりなの?」
「正式には決めてないですけど、今のところ第二候補ですかね」
「因みに第一候補は?」
「帰宅部です」
「ならやっぱりうちに来なよ。あそこは幽霊部員が多くて人数的には困ってないだろうし、もちろん兼部でいいからさ。もし嫌になって途中で辞めても文句は言わないわ」
先輩はそう言うけど、途中で辞めるとさっきの話だとすごい迷惑かけそうだし、だったら最初から入らない方が賢明なんだよなあ。
「少し考えさせてください。それより子の部活の詳しい活動をもっと教えてもらえませんか?」
「それもそうね。まず去年の実績なんだけど・・・・・・」
それから小一時間、動画や写真を見せてもらいながらここ数年の活動を説明してもらったが、その間に見学に来る新入生はいなかった。それが終わると俺と河島さんは部室である武道場を後にする。
「それじゃあ俺自転車だから」
武道場から校門へ向かう途中に駐輪場はある。河島さんは電車通学なのでそこで別れようと思っていたのだが、自転車に掛けた鍵を開錠している間そこで立ち止まり動こうとはしなかった。
「ん、なんかあった?」
「えーと高遠君はやはり菜園部に入るつもりはないの?」
「どうだろ? もしかして俺を引きずり込もうとしてる?」
「違う違うそんなんじゃなくって、もし新入部員が私一人だけだったらどうしようと思って・・・・」
「今更その心配? 河島さんて見かけによらず大胆だよね。後先考えず行動できるってなんか羨ましいかも」
「一応考えて決めたつもりなんだけど・・・・・実は美術部を諦めた時思ったの、どうせなら今までやったことのない事を始めようかなって」
「それでたまたま菜園部に向かう俺と遭遇し、丁度いいから付いてきたってこと? それとなんで美術部を諦めたのか聞いてもいい?」
「・・・・私には合わなそうだと思ったからかな」
「レベルが高すぎたとか?」
「どうだろ? 絵を描くのが好きで美術部を選ぼうとしたのってもう少し上達したいと思っただけだから、周りのレベルが高いのは寧ろ望ましいと思ってたよ。実際見せてもらった絵はどれもみんな上手かったけど、だからと言って自分には無理だと思ったわけじゃないの。何ていうか、こうゆうことを言うのは良くないと分かってるんだけど、ちょっと先輩と上手くやっていける気がしなくて・・・・・」
何となくだけど分かった気がした。全員とは思わないけど、きっと対応してくれた先輩の中に苦手な人がいたんだな。元々漫研志望だったわけだし、本人としても美術部に拘る必要もないってことだろう。
これ以上聞くのは野暮だな。
「そっかー、まあ菜園部頑張ってくれな」
「・・・ねえ今度私もさっき言ってたアウトドア料理部? に行ってみようと思うんだけど、どうかな?」
話を終わらせる方向にもっていったつもりだったのに河島さんはまた思いもよらない発言をかましてきた。
本気で言ってる? んー、本人の自由だから別にいいんじゃない? としか言えないけど、それでも敢えて言わせてもらえば・・・・・・
「鈴原先輩を三倍増しにしたような人が居るけど、それでも行きたい?」
「あの人の・・・・」
きっと河島さんは今頭の中で想像しているのだろう。俺は昨日ヨミ先輩を見てしまったから鈴原先輩と会ってもそれほど衝撃は無かった。しかし河島さんはヨミ先輩の熱烈なアレに耐えられるのだろうか? 一度隙を見せたらしつこいぞー。 いや隙を見せなくてもあの人なら同じか。
「一緒に行ってくれたりする?」
絶対やだ! と口から出そうになってしまったが、河島さんの上目遣いの破壊力にそれは阻止されてしまう。
「うんまあ特に予定もないしいいけど」
「ホント? じゃあ約束だよ、いつにする?」
「いつでも。だけど生半可な覚悟であそこに行くと痛い目に合うかもしれないことは先に行っておく」
「ふふ、何それ。その時は高遠君を身代わりにして逃げるから平気」
「マジかー。なら俺はその後一哉を献上して退散するかな」
おっとイケね、学校では橋本君と呼ぶようにしてたのにうっかりいつもの癖で言っちまった。
「一哉? もしかして橋本君のこと? そう言えば二人って教室でたまに話してるよね。あっそうか、二人は同じ小学校だったんだけ?」
だいぶ俺に慣れてきたのか、俺に対して他人行儀だった態度がかなり軟化されてきているな。
「まあね。と言っても昔は殆ど話したことなかったけど。あいつと仲いい奴と俺がそれなりに仲良かったからその縁って感じかな。それと一応言っておくけど、俺とあいつは友達じゃなくてただのしりあいだから」
ここ大事だし言っておかないとね。
「そうなの? そう言えば文字さんとも仲良いのかな? 先週一緒に帰ってたし」
厳密には一緒に帰ってないんだけどなあ。どこで話が変わったんだか。
「一緒に帰ってはないけど、まあ少し外で話はしたかな。知ってるかもしれないけど彼女も同じ小学校の同級生なんだ。と言っても一哉・・・橋本君と似たようなものだったけどね。そう言う河島さんも仲の良い友達いっぱい出来てるじゃん。俺なんか基本一人だし羨ましい」
「羨ましい?」
首をコテンとさせる河島さん。変な事言っただろうか?
「ううぅ・・だって一人は寂しいじゃん」
わざとらしく哀しそうな素振りをして見せたが河島さんはそれを華麗にスルーした。
「私はてっきりワザとそうしてるのだと思ってたよ。何ていうかこれだけ普通に話せるのに自分から人を遠ざけていると言うか・・・・もしかして原因は橋本君?」
まあ半分くらい正解っちゃー正解だけど、直ぐにそこに辿り着いたってことは・・・・
「やっぱあの噂知ってるよね」
「見る気も起きないからサイトとかは見たことないけど、みんな噂してたから・・・・」
クラスメートだし当然耳に入るわなそりゃ。
「まあその件に関して俺から言えることは何もないかな」
「いいよそれで、私もその話をしたかったわけじゃないから。でも高遠君は友達思いだなあとは思った」
「知合いな。それと理由の一つしてアイツの置かれた状況があるってことは否定しないけど、それだけじゃないってことは言っておくぞ」
「ふふ、あくまでもそう言い張るんだね高遠君は。でも少し安心した」
「安心? 俺が真のボッチじゃなかったってことにか?」
「それは最初から思ってないから。安心したって言うのは、ワザと周りと距離を取っている理由が少しだけ分かったことよ」
「勘違いしてないか? 別に話しかけられれば普通に返すし、自分から積極的にいかないだけだぞ」
確かに一哉のことを考慮していた部分はある。でもだからといってそこまでクラスメートと距離を開けるような言動をした覚えはない。
しかし俺の反論に納得しないのか、「ハァ・・・」と呆れと若干の悲しみのこもったため息を吐き、そして言った。
「気づいてないのかあ・・」
「気づいてない? 何を?」
「だって高遠君、入学二日目あたりから話し掛けるなオーラが出始めて、日に日に強くなっていったし。実際こうして偶然会わなかったら私も話しかけられなかったよ。本当のこと言えば話し掛けようか直前まで迷ってたくらいだし」
そうなの? 自分ではそんなつもり無かったんですけど。それとスイマセン、なんか気を遣わせてしまって。
「身に覚えないかな? 初日と二日目じゃ雲泥の差があったよ。たぶんみんなそう思ってるんじゃないかな?」
そう言えば日を追うごとにクラスメートから話し掛けられる度合いが減っていった気もしないでもない。でもそれって単純にグループ構成が進んだから頻度が減ったのだとばかり思っていたし、そもそも深く考えたこともなかった。
「言われてみれば現象的にはそうかもしれないかも。でもそんなに?」
「そんなに、だよ」
「マジかー。わりー河島さん、そのオーラ消す魔法掛けてくれ。そしたら明日から俺はクラスの人気者になれる自信がある」
「そうだなあ・・・」
あっいや、冗談なんだしそんな真剣な顔で悩まれてもこっちが困るっす。とか考えていたら河島さんは悪戯っ子のような表情をさせながら、
「魔法は無理だけど、とりあえず明日から学校で私と話してくれたら少しは改善されるかも」
と、冗談とも捉えられることを言ってきた。
「それってつまり・・・・」
「私と正式な友達に・・・ううん、高遠君の場合正式な知り合いってことになるのかな? とにかく明日からもよろしくね」
「いいの? 下手をすればせっかく出来た友達に影響が出るかもしれないよ」
これはあくまでも最悪の場合のことだが、クラス内で一哉と一番仲が良いとされている俺と関わることで不利益を被る可能性だってある。それもあって俺は自分から話し掛けないようにしているんだが。
「だって『ただの知り合い』なんでしょ? だったら問題ないと思うよ。それに話すと言っても四六時中ってわけじゃないし、橋本君ならともかく高遠君とだったら誰も何も言わないはず。でもそのうち橋本君とも一度ちゃんと話してみたいかも。今は流石にそこまでの勇気はないから・・・・」
「この際だから聞くけど、あいつの話聞いてどう思った?」
「話を聞いた限りガラスを割ったとか教室を滅茶苦茶にしたってことだけど、正直橋本君のこと、そこまで悪い人だとは思えないかなあ。話したことないくせに何言ってるんだよって思うかもしれないけどね、失恋してそういう行動をしてしまうのも分からなくないと言うか・・・・」
たぶんそう思っている人間は少なからず他にもいるのだと俺は思っている。しかし大半はそれを周囲に漏らしてしまうと自分がどう扱われるか理解しているからこそ表立って聞こえてこないこともまた事実だろう。所謂隠れた同情ってやつだな。あまりにもショッキングな出来事だった故、仕方のないことだ。
「あいつは悪い奴じゃないよ・・・・・たぶん」
「あはは、言い切らないところがなんか高遠君らしいよ」
なんだよそれ、と言おうとしたら正面玄関の方から「おーい、すみれー」と彼女を呼ぶ声が聞こえた。二人してその方向を見ると、そこには七、八人の生徒の姿があり、全員同じクラスメートのようだ。彼女がいつもお喋りしている女子達とは別に数人の男子の姿もあった。
「あっ友達と一緒に帰る約束してたんだった。ゴメン私もう行くね」
「気を付けてなー」
「うん、じゃあまた明日」
駆け足でその集団へと向かっていく河島さんを最後まで見届けることはせず、急いでその場を立ち去ることにした。
僅かに感じたモヤモヤを打ち消すように、孫七さん達のリクエストに応えるため何を作ろうかな? と思考をシフトさせた。




