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101 アンタのためじゃない 

「すいませーん」


 来客用の入り口から入り事務所に繋がっている小窓を開け声を掛けたが反応がなかった。事務所と言ってもそこは職員室の一角で、事務机が四つだけあり、その周囲をパーテーションで囲っただけの簡易的なものだった。しかし机の持ち主は全員離籍中なのか、返事を返してくれる人は誰もないかった。


 でもあのパーテーションの向こうは職員室なわけだし、誰か出てきても良さそうなんだけどなあ・・・


「すいませーん」


 もう一度小窓から声を掛ける。今度は一度目より大きな声を出してみたが、やはりこちらの呼びかけに応じる者はいない。


 喧騒としているわけではないが、明らかにパーテーションの向こう側から誰かと誰かが話している声が聞こえる。それも二人三人ではなくもっと大勢の声が聞こえるし、なんとなく気配も感じる。


 このまま中に入って廊下から職員室へ向かおうとも考えたが、いくらアポを取っているとはいえ流石に無断で入るのは色々と問題が生じそうなので、もう一度ここから声を掛けることにした。


「すいませーん!」


 今度はさらに声を張り上げる。声を掛けるというよりもはや叫んでいるに等しい。最近あまり大声を出していなかったせいか思わず咳き込んでしまった。


「うるせえ! 聞こえてるつーの」


 ゲホゲホと咽ていると職員室側の廊下から現れた人物が、およそ小学校の中ではふさわしいとは思えないような言葉遣いを俺に浴びせてくる。

 

「そんなんじゃ今の時代すぐ親が飛んでくるぞ、律子ねえさん」


 黒いライダースーツを身にまとって現れたのは俺の従姉でありこの学校の教師でもある高遠律子だった。まさか授業中もこんな格好しているとは思えないし、今から帰るところだったのだろうか?


 しかし数年ぶりに見るその姿に懐かしさなど一ミリも感じないな。それどころかこうして直接対峙したことで想像以上に嫌悪感を抱いている始末だし。


 だが汚物を見るような俺に対してのその視線は、ある意味懐かしいと言えるかもしれない。


「ふん、だったらその親の子供を退学にでもすればいいさ」


「いや義務教育に退学って概念ないだろ。そんなことより事務所に誰もいないけど普段からそうなの?」


「ハァ・・・アンタここに何しに来たんだ?」


 どうやら俺とまともに会話をしてくれる気はないようだ。彼女らしいと言えば彼女らしいが、ここはひとつ大人の余裕とやつを見せて欲しかった。


「そりゃ律子ねえさんに頼みごとがあってに決まってる。まあ先輩が解決してくれたらその必要もなくなるかもだけど」


 当初の目的は彼女に頼んでトウラを誰にも見つからないようここに忍ばせることだった。しかしそれは望月先輩が協力してくれることになったのでその必要はなくなったと言ってもいい。強いて言えば俺たちが学校の中に堂々と入る手伝いをしてくれればそれだけで十分だったのだが、状況は大きく変わってしまっている。


「先輩? あんたの他に誰か来てるのか?」


「望月深陽って人なんだけど知らない? 多分祖父ちゃんや孫七さんとも顔見知りだと思うんだけど」


「知らない。それでアタシに頼みっていうのは何よ? 言っておくけどお祖父ちゃんから言われてなきゃアンタの話なんか聞きたくもないんだけど」


 それはこっちのセリフだ。俺だってアンタと顔合わせたくなかったっつーの。


「何か適当な理由を付けて俺と先輩をこの学校に中で自由に動けるようにしてもらいたい・・・です」


 敷地内に入ることはそこまで難しくないし実際ここまでは簡単に入れた。しかしここから先は話が別だ。別な高校ならまだしも小学校では俺たちはあまりにも目立ちすぎる。


「つまりアンタはうちの可愛い児童を物色しに来たってわけね。やめてよね、うちの家系からまた犯罪者出したいの?」


「・・・・・・・・」


「・・・・悪かったわ。今のは流石に言い過ぎね」


 この人が俺に謝罪することなんて今まで一度でもあっただろうか? やはりあのことは律子ねえさんも思うところがあるってことか。


「話は分かったけど、どのみちアタシが何とかするまでもなくアンタとその先輩は校舎内をウロついても誰も通報しないわよ」


「どういうこと?」


 流石にそれはないだろ。通報はなくても職質めいたものは絶対あるはずだし。


「まあアンタもアレを見ればわかる。ついてきなさい」


 そう言って元来た方へと戻っていく。急いで靴を脱ぎ来客用と書かれたスリッパに履き替え後を追った。


「ほら遠慮しないで入りなさい」


 ガラガラと職員室のドアを開けた後クイッと顎で中に入るよう促してくるが、律子ねえさんはドアにもたれかかるだけで中には入ろうとしない。


「失礼します」


 ここに来て四度目のセリフを言いながら職員室に足を踏み入れる。一番近くに居た壮年の教師あたりが気付いてくれるかと思ったが、彼はパソコンと睨めっこしたままこちらを向く気配はない。他の教師たちも同様で、各々の仕事をしているといった様子で誰も俺に気に留めるものはいなかった。


「あのー」


 壮年の教師に近づき再び声を掛けてみるがやはり俺に気付いてはくれない。


 もしかして忙しいからワザと無視しているのか?


 仕方ないので別の教師に声を掛けようと奥に進もうとしたところで「無駄だよ」といつの間にか俺の後ろに立っていた律子姉さんが言った。


「この人達はアタシやアンタのこと見えてない」


「まさかそんなことって・・・・」


「察しの悪い奴ね。ちょっと見てなさい」


 そう言うと律子姉さんは壮年の教師に近づき、一体何をするかと思ったらバチン! と教師の頭を思い切り叩いた。


「ちょっ何やって・・・って?」


 アレ、全然気づいてない? と言うより何事もなかったかのように壮年の教師はキーボードを叩き続けていた。


「これで分かったでしょ。アタシたちのことが見えていないどころかこうやって触れても全く影響がない」


「触れるというより思い切り叩いてたけどね」


「そんなのどっちだっていいのよ。ここではアタシたちは存在しないことになっている。存在しないのだから当然向こうに干渉することも出来ない。まだ納得できないなら自分で試してみることね」


 確かにそうだなと自分でも確かめてみることにした。流石に思い切り叩くことは憚られたので、服や腕を引っ張って見たり、座っているキャスター付きの椅子を押してみたりしてみた。しかし精々服を動かすことが出来るくらいで、壮年の教師自体を動かすことは結局出来なかった。


「一体いつから?」


「知らない、と言いたいところだけど二、三十分前からってとこかしら。先に言っておくけど、こんなこと今日が初めてだから」


「その割にはやけに落ち着いているように見えるけど、やっぱり律子姉さんって・・・」


「バカ言わないで。この世にお化けや妖怪なんて存在するはずないって言ったはずよ」


「でもこの状況はどう説明するんだよ。お化けや妖怪の仕業じゃないとしても異常なことには変わりないだろ?」


「知らない。でもそこまで言うなら今すぐアタシの前にお化けでも妖怪でもいいから連れてきなさい。もし出来ないと言うならやっぱりそんなものは存在しないってことね」


「無茶言うなよ。俺にだって全部が全部見えるわけじゃねえ。しかも幽霊なんか未だにこの目で見たことねえし」


「ならこの話はもうこれでお終いね。状況が分かったんだからあとはアンタの好きにすればいい」


「律子姉さんはどうするの?」


「どうもこうも無いわよ。帰ろうにも敷地から出られないし、適当に時間潰してるわ」


「敷地から出られない?」


「そうよ。外に出ようとすると元の場所に戻ってしまうわ。信じられないというなら今みたいに自分で確かめてみることね。ていうかアンタその可能性も考えないでここに来たの? ホントバカね」


 酷い言われようだが反論は出来ない。現にそのリスクを全く考慮せず迂闊にも入り込んでしまった俺に責任がある。と言ってもまさかこんな事態になるとは露とも思っていなかったけど。望月先輩はこのことに気付いていたのだろうか?


「バカで結構ですよ。それより暇なら少しは協力してくれてもいいんじゃない?」


「嫌よ。アタシの役目はアンタがこの学校で自由に行動できるようにすること。過程はどうあれアンタの望む結果になったのだから文句言われる筋合いはない」


 ハァ・・・この人ってホント変わってないな。ていうかこんなんでよく教師やれてるな。


「分かったよ。でも何かあればすぐ連絡してくれよ」


「ハァ、アンタ本当に救いようのない愚か者ね。学校の敷地内にいる限りスマホずっと圏外よ。そんなことも気付かないなんてアンタ一体何しに来たのって感じなんだけど」


「・・・・・ホントだ。機能は生きてるけど通信系は全滅してる。これじゃあ外部どころか先輩にも連絡できない。しくったなあ、せめて落ち合う場所くらいは決めておくんだった」


「その先輩と言うのが何者か知らないけど、少なくてもアンタよりは無能ではないんでしょ? ならそれなりに考えがあって別行動を選択したってことだと思うし、そのうち会えるんじゃない。知らないけど」


 それもそうだな。望月先輩ならどんな状況でも冷静に対処していそうだし、俺以上にこの状況を把握しているはず。なら今は俺に出来ることをするしかないか。


「取りあえず一人でやれるところまでやってみるよ。ところで真の教室ってどこにあるの?」


「真ん中の校舎の二階よ。行くのは別に止めないけど変なことに巻き込まれて死ぬんじゃないよ」


「・・・・・・・今なんて言ったの?」


「はあ? 頭だけじゃなく耳まで悪くなったの?」


「いや俺に対して死ぬなよって言ったの聞き間違いだったのかなって」


 この人が俺のことを心配しるなんてあり得ない。照れ隠しで普段から俺に対してのあたりを強くしているのではなく、この人は心底俺のことが嫌いなことをよく知っている。だからこそ今の言葉に驚いているのだ。


「聞き間違いではないわ。でもアンタを心配したんじゃなくて、アタシが働いているこの場所で死なれたら面倒なことになるじゃない。親戚だってこと隠そうとしてもすぐにバレるだろうし、下手すればアタシの責任問題になりかねないからよ」


「それを聞いて安心したよ。俺もアンタから心配されたくないもんでね」


「それはお互い様よ。アンタがこんな性格でなければもう少し協力してやっても良かったけど、今回はお祖父ちゃんの顔を立てるためだけだしここまで。ほらさっさと行きなさい」


「言われなくてもすぐ行くさ」


 久しぶりの従姉との再会は良くも悪くも昔と変わらず終始険悪ムードだった。俺達の関係はこれ以上でもこれ以下でもない。そしてこれからもこの関係性はずっと変わらないのだと改めて認識した。


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