学祭準備 後編
C組の教室を覗くと、まだ何人か残っていて、倉崎さんもその中にいることが分かった。倉崎さんたち女子集団は、ロッカーに寄りかかりながら何か楽しそうに話している。
私は、すうっ、と一つ息を大きく吸って、手元にあるトワを見た。柔らかく微笑むその姿を見て、勇気が出てくる。……トワ。私に力を貸して。
ガラララッ!と勢いよくドアを開けると、皆が私の顔を一斉に見た。真っ直ぐ倉崎さんを見つめると、彼女は一瞬顔を引きつらせた。
倉崎さんに話を伝えるには、私の言葉を真剣に聞いて貰うには。真っ直ぐ目を見て話すのが良いはずだ。乙女ゲームで、主人公が心を閉ざした攻略対象に話しかけた時を見習って。真っ直ぐ気持ちを伝えれば、ちゃんと私の思いも伝わるはず。
人の視線を集めながら、私は女子集団の前まで歩いて行く。取り巻きたちをどかし、倉崎さんの前に立って。覚悟を決める。
「……倉崎麻衣花っ!」
逃げられないように、ドンッ!と彼女の頭の左右に手をつけ、真っ直ぐ目を見つめる。ごくっ、と小さく倉崎さんが唾を飲んだのが分かった。
「な、によ……」
私はもう一度息を吸って、一気に言葉を吐き出した。
「倉崎麻衣花、私はあなたを許さない。だって……だって……私の初恋の相手を。大切な人を、傷付けたから」
は?と、怪訝な顔をする倉崎さんを無視して、私は話し続ける。
「私は皆と楽しく話したい。誰が何と言おうと、私の交友関係を変えるつもりはない。だから、倉崎さんも私なんかに突っかかって来ないで、どんどんアピールすれば良い。頼まれれば遊びのセッティングだってするし、彼の好きな物も教える。だから、二度と……二度と、私の大切な物に、手を出さないで」
なんだなんだ、と皆が様子を伺っているせいで、私の声は教室中にしっかりと響く。この会話は丸聞こえだ。でも、関係ない。私は、自分に嘘はつかないから。
倉崎さんは私の言葉に面食らったようで、ただ私を見つめている。一応聞いてくれていることに安心し、やっぱりあの子を真似して良かった、と思いながら言葉を続ける。
「彼と仲良くなりたいのなら、私なんかにちょっかいかけないで直接絡みに行けば良い。私の大切な物を傷付けたところで何にもならない」
そこで一呼吸し、さっき引っかかった言葉を私はさらにぶつける。
「……というかさ。さっき倉崎さんは、トワのファイルを買い代えればなんて軽く言ったけど。そんなの、ダメに決まってるじゃん。分からないかな?トワは。この、ファイルは。私が……一生懸命走り回って、ようやく見つけた物なの。今まで、辛いときも苦しい時も、一緒に乗り越えてきた、想い出が詰まっている物なの。それを、倉崎さんは……」
感極まったせいか、止まったはずの涙が、ぽろり、とまた溢れた。倉崎さんは私の涙を見て、少し目を見開く。私はロッカーから手を離し、服の裾で涙を拭った。
「倉崎さんは、好きな人が同じ三次元にいるでしょ?同じ世界にいるでしょ?言葉を交わすことが出来るし、触れることだってできる。でも、私は。私は、どれだけ相手のことを想っても。話せないし、触れられない。どれだけ強く想っていても届かないし、同じ世界にいないから私のことを認知して貰えない。どれだけお金をかけてグッズを買っても、私の願いは叶わない。でも、さ。倉崎さんは違うでしょ?同じ空間に想い人がいるなんて、羨ましいよ」
自分で言ったことが自分に刺さって、胸が苦しくなった。
私はいつも、推しが同じ世界にいたら、なんて妄想をしている。触れられたら、話せたら、私の名前を呼んでくれたら。どれほど嬉しいことか。叶わない、私の願い。
「倉崎さんは、私より頭が良いし、スタイルも、顔も良い。トワを傷付けたことは本当に許せないけど……でも、私の推しに手を出さないのなら、協力するから。同じ世界に好きな人がいるのは、とても幸せなことだし。…………そういう、ことだから」
私は自分の荷物を持って、倉崎さんを振り返らず教室を出た。
言いたいことは言えた。途中、感情が高ぶって、言わなくても良いことまで口走った気がするけれど。とにかく、推しに手を出すなと言えたし、暁斗や光、シオンと仲良くし続けるとも言えた。これで倉崎さんが、もう私にちょっかいをかけてこなければ良いんだけど。
あれから倉崎さんは、私に絡んで来なくなった。しかし、ちらちらと私の様子を伺っていたり、目が合うと気まずそうに目を逸らされるので、それはそれでとても気になった。
トワのファイル事件を美来が知った時は、まるで自分のことのように怒ってくれた。それが嬉しくて、少しくすぐったくて、美来と友達で本当に良かったと思った。そして美来は、もう二度と同じことが起こらないように警護してあげる!と、常に一緒にいてくれた。
暁斗や光、シオンもちょいちょい様子を見に来てくれ、大丈夫か?と聞いてくれた。それ自体はとても嬉しかったけれど、そのせいで学祭準備期間中、定期的にイケメンズが二年C組に訪れるという噂が広まってしまい、常にC組の周りには結構な人が集まるようになってしまった。特に女子が。
その光景を見て、C組はいつも賑やかだな、なんて呟くシオンには苦笑した。シオン目当てで集まっている人がいることを、やっぱり知らないらしい。
それから順調に準備は進み。
「出来たーーっ!」
学祭前日、教室の飾り付けが完璧に終わった。SNS映えしそうなスポットがいくつかあり、クラスメイトは一足先に写真を取り合っていた。友達や恋人と、思い思いに写真を撮る皆はとても楽しそうだ。
「頼花ーっ、うちらも先に撮っちゃお!」
ぐいぐい、と笑顔で手を引っ張られ、私は黒板の前まで連行された。美来は近くにいた女子にスマホを渡し、写真を撮るようお願いした。
一緒に腕を組み、ピースをする。パシャリ、と撮られた写真を確認して満足そうに頷く美来。すぐさま私のスマホにも写真が送られ、良い感じじゃん?と二人で笑った。
「頼花、俺とも写真撮ろーぜ!」
暁斗にも言われ、良いよーと返事をする私。写真は美来にお願いした。
「はい、撮りますよ~。あー、すみません、もーちょっと寄ってもらって良いですか?」
一流のカメラマン風にそう指示を出す美来に笑いながら、はいはーい、と言う通りに動く。
「はい、チーズ。あぁー、良いですね。じゃあ次は他のポーズいきますかー」
ピースの違うポーズってなんだ、と、レパートリーの少ない頭で考えていたら。不意に肩を抱かれ、ぐいっと暁斗に引き寄せられた。
「ちょっ!?」
いきなりすぎて体勢を崩しそうになり、私は暁斗に文句を言う。
「せめて一言言ってよ、距離感バグり魔め」
きっ、と睨むと、ほら頼花こっち向いて~、と、一流カメラマンの美来に言われてしまい、仕方がなく前を向く。
「はい、チーズ」
パシャ。写真を撮り終えると満足したのか、笑顔で暁斗にスマホを渡す美来。プロにかかればこんなもんよ、と言う美来に、サンキュな!と暁斗はお礼を言って、仲の良い男子の元へ帰って行った。その姿を見送っていると。
「爽やかイケメン王子の抱き寄せにキュンときちゃった?」
美来ににやにやと顔を覗き込まれ、なわけないでしょ、とすぐさま返す。
「あれがアクト様だったらキュン死してたけどね」
「そりゃそうだ。うちも卒倒する」
そして、美来と二人でまたアクト様トークをする。
しばらくアクト様トークで盛り上がっていると、ふと視界の隅に、私をじっと見ている倉崎さんを見つけた。倉崎さんは私が見ていることに気が付くと、すぐに目を逸らし、暁斗の方を見る。
そこで、もしかして倉崎さんも暁斗と写真撮りたいのかな、と思った私は、しょうがないので一肌脱ぐことにした。
倉崎さんの側までいき、倉崎さんちょっと、と手を引く。急なことに驚いたのか、は、え?と戸惑う倉崎さん。私はそれを無視して、写真スポットまで倉崎さんを連れて行った。
「ここで待ってて」
そしてクラスメイトと談笑している暁斗のところまで行き、
「暁斗、ちょっと被写体なってくれない?あそこに倉崎さんいるから並んで」
と声をかけ、強引に連れ出した。は、え、なんで?と同じく困惑する暁斗に、私も一流カメラマン役やってみたくなった、と言って二人を並ばせる。
「はい、良いですかー、笑って笑ってー」
スマホを構えてそう言っても、二人はぎこちなく立つだけで、戸惑いの表情を浮かべるだけ。私は小さくため息をついて、二人に怒る。
「ちょっと二人とも、ちゃんと笑って?じゃないと一流カメラマン役出来ないよ、美来より素敵な写真撮れないよ」
すると暁斗は観念したのか、はいはい分かったよ、と言って笑顔でピースした。それを見た倉崎さんは、仕方なさそうに笑顔を浮かべてピースをする。パシャリ、と写真を撮り、確認すると。上手く撮れたかも!と思い笑みが溢れた。
「被写体ありがとー」
「ん、ちゃんと撮れてんの?ブレたりしてない?」
「してないよっ」
ほら、と見せると、ブレていなかったからか、ふぅん、とだけ言ってそそくさと立ち去る暁斗。なんだあれ、と心の中で愚痴を言いながら倉崎さんに向き直る。
「クラスの連絡グループから倉崎さんの連絡先、勝手に追加するね。写真送るよ」
倉崎さんの連絡先を追加し写真を送ると、余計なお世話よ、と倉崎さんは去って行った。
一連の流れを見ていた美来は、なんであんなことしたの?と、首を傾げて不思議そうに尋ねてきたので、ちょっとしたお節介?と、私も首を傾げて答える。
そう、あれは単なるお節介だ。だって、好きな人がいてもきっかけがなければ実らないし。
恋愛ものにたくさん触れているから私には分かる。強引に行動して恋を応援する助っ人がいれば、恋が実る確率はぐんと上がるのだ。
……それにしても。現実に好きな人がいたら楽しそうだな。私の推したちも同じ世界にいれば良かったのに。そうしたら、私も現実でドキドキしたり不安になったり、恋愛を楽しめたのにな。
ふと、そう思った。
学祭準備を前編と後編で分けたので、今回は少し少なめになってしまいました。次回はついに学祭です!