推し活
夏休みに入って、イケメンズの三人とやり取りをしながら予定を合わせ、推し活の日を決めた。そして、その当日。私は親に、友達の家で推し活してくるね、と言って家を出た。
厳しい親は、誰の家に行くのかうるさく聞いてきたけれど、馬鹿正直に、光っていう男子の家、なんて言ったら絶対行かせて貰えないのは分かりきっていたので、嘘をついた。もちろん、ちゃんと美来に許可を取って美来の名前を出した。ありがとうと心の中で感謝を述べ、私は暁斗の家へ向かう。
暁斗の家に着くと、暁斗はもう家の前で待っていた。久しぶりに見た暁斗の私服はスポーティな服で、おぉセンス良いなぁと感心していると。お前今日ワンピースなんだな、とからかわれた。推し活は気合いを入れて行うものなんだよ、と返しながら、次はシオンとの待ち合わせ場所に向かう。
約束五分前に着くと、シオンはもう既に来ていた。シオンの私服はシックだった。黒い半袖カーディガンを羽織っていて、似合うな、カッコいいなと思うような服装だ。シオンもセンスが良いだなんて。
合流すると、シオンにも、今日はワンピースなのか、と言われ若干傷付いた。確かにワンピースが似合う感じじゃないのは分かっているけれど、二人揃って指摘されるなんて。もしこれで光にも、ワンピースなんだね、とか言われたら泣く。
約束より十分ぐらい早く光の家に着いてしまった私たちは、とりあえずピンポンを押した。早いよ、とツッコまれること確定だ。
しばらくして、ガチャリとドアが開く。
「はいは~い」
笑顔で出迎えてくれた光は、ダボッとした感じの緩い服を着ていた。とても可愛い。光もちゃんとセンスが良くて、私一人残念なやつではないかと少し落ち込んだ。
「入って入って~」
光の言葉に従って、お邪魔しま~すと中に入る。玄関に光の分の靴しかなく、あれ、親は?と暁斗が聞くと、仕事、と返ってきた。その言葉に、なぜか安心したような顔をする暁斗。そんなに人様の保護者に会うのが嫌なのか、と考えながら私は靴を脱いだ。
「あれ、今日頼花ちゃんワンピースなの?」
そこで光にもツッコまれてしまい、私はがっくりとうなだれた。三人全員にツッコまれるとは思わなかった、そんなに似合っていないのか。
「うん、推し活だから気合い入れたんだけど……まさか三人からツッコまれるなんてね」
ははは、と自嘲すると、光はにぱあっと笑って、
「その服とっても似合ってるよ、可愛い!」
と気を遣って褒めてくれた。光の気遣いが胸に染みながら、ありがとうと返すと、こっちだよ、と言って光が私たちをリビングへと通した。
四人用のテーブルの上には、もう既にレオが作中で作ったお菓子が所狭しと乗せられていた。
「うわぁすっご、クオリティたっかぁ~!!」
写真撮っても良い?とスマホを構えて問えば、どうぞどうぞと許可を貰ったので、パシャパシャと撮りまくる。クッキーにマドレーヌ、ケーキ、マカロン、ワッフル、ドーナッツにタルト、パイ、ブラウニー、チョコ、ゼリー……信じられないぐらい大量のお菓子がぎっしりとテーブルいっぱいに並んでいて、つい感嘆の声が漏れる。暁斗も、すっげぇ……と言葉を漏らし、シオンは目を見開いて呆然と立ちつくしていた。
「これ全部作るの大変じゃなかった?」
一通り写真を撮り終えて、私は光の方を向く。すると光は、照れたように笑ってふるふると首を振った。
「そんなことないよ。お菓子を作るのは楽しかったし。頼花ちゃんが喜ぶ姿を想像したら張り切っちゃって、いっぱい作っちゃった」
えへ、と笑う光が可愛くて、ぎゅうっと抱きしめたくなってしまう。心なしか後ろにふさふさした尻尾まで見える。
「にしても多過ぎじゃね?これ全部食べられるのかよ……」
呆れたように呟く暁斗に、こくりと頷いて同意するシオン。
「俺もこんなにたくさんの甘い物を食べられる気がしない」
途中で胸焼けしそうだ、と小さく呟いた。
「大丈夫だよ、残ったらお持ち帰りすれば良いだけだし」
それより食べよ?と、四人分のお皿とコップを持ってきた光。私たちは四人がけテーブルに座り、乾杯の準備をした。
お皿にフォークにスプーンにジュース。準備が整ったのを確認して、光が、
「それでは、かんぱぁい!」
と合図をして、私たち三人も、かんぱぁい!とコップをカランとぶつけた。そしてグイッとジュースを飲む。
「ぷはぁっ、うめぇ!」
一気にジュースを飲み干した暁斗は、満足そうにコップをダンッとテーブルに置いた。
「飲み物は各自自分で入れてね」
光が注意しながらクッキーを摘まむ。ん、美味しい、と笑う光は幸せそうだった。
私は大好きなマドレーヌから手をつけた。ふわふわでしっとりとした、最高に美味しいマドレーヌだ。
「レオの生まれ変わりかってくらいに美味しいよ。世界救えちゃう美味しさ」
パクパクとお菓子を口に入れながら絶賛すると、
「頼花ちゃんにそう言ってもらえるとすっごく嬉しい」
と微笑んだ。シオンも優雅にケーキを口に運びながら、
「お店で売れるくらい上手いな」
と絶賛する。
しばらく四人でお菓子を食べていると。不意に、
「頼花ちゃん、これは君のために作ったんだ。僕の作ったチョコを、僕の手から食べて欲しい」
と囁き、私の口の前にすっとチョコを差し出す光。一瞬、は?と頭の中がハテナでいっぱいになったけれど、すぐに、これはレオがノアにチョコを食べさせてあげるシーンの再現だと気が付き、それに乗る。
パクッとチョコを食べ、
「まぁ、なんて美味しいのかしら。口の中で甘くとろけるチョコは、まるで私が貴方に向ける想いみたい」
とノアの台詞を言う。すると、やりたいことが通じたことが嬉しかったのか、光は嬉しそうに笑った。
しかし、こんなやり取りも『菓子すく』を知らない二人からすればおかしなものだったみたいで。斜め前に座る暁斗は、ぽかーんと口を開けて呆け、隣に座るシオンは、何が起こったのだろう、と考えるように動作が停止していた。そんな二人の様子を見て、私は弁解するべくちゃんと説明を加える。
「今のは『菓子すく』にある、主人公レオがヒロインのノアに自作のチョコを食べさせてあげるシーンの再現だよ」
すると暁斗はハッとして現実に返り、いやいや、と言葉を発す。
「待って『菓子すく』ってそういうアニメなの?頼花にレオの画像見せられて、めっちゃイケメンだったからもしかしてと思ったけど、レオが女子を誑かしていくアニメ?頼花の好きな乙女ゲーム的展開多めなやつ?」
慌てたように問う暁斗に、何を、と返す私。
「原作はラノベだけどちゃんと勉強になるやつだから!馬鹿にしないでよね、『菓子すく』みたらお菓子の知識がつくもん!確かにそういうシーンも全く無いわけじゃないけど、ちゃんとトーヤとかハクとか男性キャラも出てくるから!」
ね、と光を見ると、
「そうだよ。まぁ、暁斗がびっくりしちゃうような展開もあるし、レオが手取り足取りお菓子作りを教えるシーンもあるけどね?なんなら、今ここで僕と頼花ちゃんで再現してあげようか?」
にやり、と不適に笑って言ったので、顔を真っ赤にして震える暁斗。
「な……」
光に挑発されて怒ってしまったみたいだ。上手く言葉が話せなくなってしまっている。私は更にややこしくなってしまったことにため息をつきつつ、光を制する。
「こらこら暁斗をからかわないの」
そしてちらっと隣を見ると、シオンも何やら冷めた目線を送っていたので、まぁまぁと落ち着かせる。
「ほらシオンもそんな顔しない!『菓子すく』は良い作品だからね?何なら貸してあげよっか?漫画も小説も持ってるし、家に来たらアニメもあるよ」
誤解しないで、変なやつじゃないから、と訂正すると、暁斗が小さく、不安すぎる……と呟くのが聞こえた。
結構たくさんのお菓子を食べ、満腹になってくると。だらだらとした時間が流れ始めた。
暁斗とシオンは、ちょっと前からもう既にリタイアしていた。暁斗は、ちょびちょびとお菓子を摘まむ私と光を、恐ろしい物を見るような目で見て呟いた。
「お前らまだ食べれんの?」
そして、まだ目の前にいっぱいあるお菓子を見て、うげぇと顔を顰める。
「見てるだけで腹いっぱいだわ……」
「もう、そんな顔しないでよ。せっかくレオのお菓子が食べられるのに勿体ない。再現されたお菓子を食べるなんて貴重な機会、そうそう無いんだからね?」
暁斗に鋭い視線を送りながら言うと、
「いやでもただのお菓子じゃん。味も売ってるのとたいして変わんねーし」
と暁斗は反論する。
「分かってないなぁ」
細部まで再現されているクッキーを口に放り込みながら、私はその場で堂々と発言した。
「『菓子すく』メンバーが作中で食べていた物と同じ物を食べているのだ、お主にはそのありがたみと尊さが分からぬのか!」
「分からねぇよっ」
すぐさまツッコミを入れるそのやり取りに、シオンは苦笑した。
「お前らは仲が良いな」
「まぁ、結構つるんでるからね」
ふぅ、とジュースを飲んで一息つく。そして、うーんと暁斗と出会った時のことを思い出す。
「話すようになったのっていつからだっけ。昔過ぎて覚えてないけど、『ぶっ飛ばせ!!』がきっかけだったのは覚えてる」
暁斗は懐かしそうに目を細め、
「あぁ、それな!俺がシュンに憧れて一挙手一投足真似してた時だろ?」
と話す。
「そうそう。なのに全然周りの人が反応してくれないから、ついツッコんじゃったんだよ」
「「相棒役のハヤト、見つからないね」」
そこで二人して声がハモり、ぷっと吹き出す。
「あれ言われた時マジでびびった。シュンのこと知ってんのか!?って」
「飛びつきようすごかったもんね」
キラキラした目で問う、幼い暁斗の顔を思い出し、微笑むと。
「その時からずっと一緒なのか?」
シオンに尋ねられ、そうだねと頷く。
「でもまぁ、高校に入ってからはあんまり絡んでなかったけどね」
「そ、れは……」
私の言葉に、もごもごと返しジュースをグイッと飲む暁斗。その様子を眺めながら、まぁ仲良くしすぎたら面倒事に巻き込まれるしな、なんて考える。
「もぉ!そんなこと言うなら僕も白状します!」
今まで静観していた光が、ドンッ!とコップをテーブルに置き、ぷくぅっと頬を膨らませた。そして。
「僕が頼花ちゃんと初めて出会ったのは、一年生の頃です!」
と語り出した。その思いがけない言葉に、えっ、と声を上げる。
「うそ、全く記憶にないんだけど……去年会ったっけ?」
人に興味がない私でも、流石にこんな子犬男子に話しかけられたら覚えているはずだ、と記憶を遡る。しかし、光はふるふると首を振り、
「いや、多分頼花ちゃんは知らないと思う。正確に言うと、僕が頼花ちゃんを見かけたってだけだから」
と訂正した。それが気になって、なるほど?と先を促すと。
「僕、自分がアニメ好きだって他の人には一切言ってなかったんだよね。小学校の頃、それで嫌なことがあったから」
光は、その時のことを懐かしむように語り出した。
「高校に入学して、半年が経った頃かな。学校にも慣れて、友達もそこそこ出来て。まぁまぁ高校生活をエンジョイしていたら。ある日、頼花ちゃんと数人の女子が話しているのを見かけたんだ」
数人の女子?誰のことだろう、と思いながら私はジュースを飲む。
実は、高一の記憶ははっきり言ってあまりない。美来と出会えたこと以外は全く記憶にない。因みに、美来と会ったのは一年の後半だったから、入学して半年なら恐らく適当に周囲の人とつるんでいた時期だろう。特定のグループに属さず、必要がある時しか人とつるんでいなかった時期。
「視聴覚室に忘れ物を取りに行った時で、僕、話の邪魔をしないように息を殺していたのをよく覚えてるよ」
あはは、と笑う光に、視聴覚室かぁ、確かにそれなら誰かとつるんでいた可能性あるな、と考える私。何か課題の話とかしてたのかもしれない。
「無事に落とし物を見つけて、さぁ帰ろうとしたとき。誰かは忘れちゃったけど、女子の中の一人が頼花ちゃんに向かって、なんでそんなに二次元が好きなの?って言うのが聞こえたんだ」
そこで、ようやく思い出した。咄嗟に、あぁ、と口から声が溢れる。
そうだ、確かに去年、そんなことがあった。授業後、私が帰ろうとして。一緒に作業していた子に、ファイルやらスマホの壁紙やら見られてツッコまれたことがあった。確か、自己紹介でもアニメとかゲーム好きです、って言ったからそれもあったんだと思う。
「この前乙女ゲームの雑誌念入りに見てたとこも見ちゃってさぁ。もしかして園崎さんって二次元しか愛せないタイプ?」
光がその女子の言葉を再現したので、その場面が鮮明に蘇ってきた。
あぁ、そんなこともあったな懐かしい。というか、そんな言葉をよく覚えているものだ。流石頭の良い人は記憶力も違う。
「その言葉聞いたら、僕、動けなくなっちゃって。なんて答えるんだろうって頼花ちゃんの言葉を待ったんだ。否定するのか、肯定するのか。どうするんだろうって」
そうか、あの時見られていたのか。全然気付かなかったや。確かあの時、私は……
「そうだけど?推しに恋しちゃってる、二次元を愛している人だよ」
光に私の台詞を言われ、恥ずかしくて、かぁぁ、と顔が熱くなる。
「その頼花ちゃんの答えに、一瞬その場の空気が止まったんだよ。凄かったなぁ、あれ」
そしてご丁寧にも、その後のやり取りまで再現してくれた。
「あはっ、何?そんな堂々と公言しちゃうタイプなんだ。珍しい~、恥ずかしいとか思わないの?メンタル強いね」
「いや、強いっていうか、ただ好きな物は好きって言いたいだけだから。二次元に全てを捧げている私を理解してくれる人は、あまりいないかもしれないけど……でも、別にそれで良いんだ。自分の好きって気持ちに、嘘つきたくないから」
はっきりその場面が蘇り、私は恥ずかしさのあまり悶絶する。
やばい、完璧に再現されるとは思わなかった。なんかめっちゃかっこつけてる人みたいじゃない?恥ずかしすぎる。
「そして颯爽と退場した頼花ちゃん。もうすっごくカッコよくて、一目惚れしちゃった。それから、なんとかして話しかけたいって思ったんだけど、きっかけがなくて。だから、この前偶然頼花ちゃんと出会ったとき、ちょっと強引だったかもしれないけど、アタックしたんだ」
そう嬉しそうに語る光。カッコいいと言ってくれたことは嬉しいけれど、やはりこれは恥ずかしすぎる。
ちら、と二人の顔を見ると、暁斗は、おいおい……って顔を引きつらせているし、シオンも、こいつマジか……って感じで呆気にとられている。うわぁ恥ずかしすぎるって!穴があったら入りたいってこういう時に使うのか。
「い、いやぁ、まさかあの場面を見られてたなんてねぇあはは……」
笑って誤魔化すも恥ずかしさは拭えない。しばらく静寂が漂ってから、暁斗が、
「え、えーと……先輩と頼花はどういう出会いを?」
と話を変えてくれ、ありがとうと感謝を目で伝えた。
「ライと……?」
呆然と呟いたシオンは、ハッとして暁斗の問いに答えた。
「ゲーム内で声をかけられたのが初めての出会いだ。ちょっとそこの王子様、私と冒険しませんか?と」
「ナンパかよ」
すぐさまツッコむ暁斗に、違うから!と慌てて弁明する。
「フィールド探索してたら、二人じゃないと入れないダンジョン見つけて、個人プレイしてた私はたまたま近くを通りかかったシオンに協力を頼んだだけだよ!」
ナンパじゃない!と反論すると、にしても王子様って……とつっつく暁斗に、
「そ、れはっ!シオンが白馬の王子様セット着てたからそう呼んだんだよ!そんな初対面で知らない男性を王子様って呼ぶ変人じゃないから!」
とすぐさま抗議する。私の必死な様子に苦笑したシオンは、
「まぁ最初は驚いたが、個人プレイヤーの俺としてもありがたい誘いだった。入ってみたくても入れなかった場所だからな」
と、言葉を続けた。
「じゃあそれがきっかけで獅苑先輩と頼花ちゃんは仲良くなったんですか?」
「ああ。それ以降、ライが俺を見かける度声をかけてくれたからな」
「そりゃあ一緒にダンジョン攻略したもん、無視なんて出来ないよ」
頼花ちゃんって律儀だよね~、と言って最後のチョコを口に入れる光。そうかな?と首を傾げると、んで?と、暁斗が私の方を見て再び質問した。
「ゲームでの出会いは分かったけど、リアルは?個人情報伝えて会ったってわけじゃないんだろ?」
「流石にそんなことしないよ」
いうなれば運命?と、私はシオンと出会った時のことを話す。私とシオンのリアルでの出会いの話を聞いた二人は、揃って驚いた顔をした。
「マジかよどんな高確率……」
「うわ、僕より運命的な出会いしててちょっと妬いちゃうなぁ」
その言葉に苦笑し、だよねーと相づちを打つ。
「私もめっちゃ驚いた。同じゲームのプレイヤーだったってだけでも衝撃なのに、まさかの知り合いだよ?私、シオンは会社員とか大人なんだろうなって勝手に思ってたから、同じ学生でほんと驚いた」
「俺はライが高校生だろうなとは思っていた。ライは結構日常の話とかするからな」
「え、うそ。そんな?」
一応気を付けていたんだけどなー、と呟きながら、目の前にあったクッキーを口に放り込む。なんだかんだ話しながら食べていたので、意外と量が減ってきている。
「あぁ。学祭一人で回ったんですよとか、この前の模試は散々でしたとか」
「もろ学生って言ってるじゃん」
暁斗のごもっともな指摘に、あれおかしいなぁと返す。シオンにそう言われれば、言ったのかもしれない。ゲーム内で何を話したのかなんて全く覚えていない。私は、ほとんどその場のノリと空気で話している人間なのだ。
「学祭といえば、もうすぐだよね?夏休み明けたら準備期間に入るし」
ふとそう口に出した光に、だな、と暁斗が頷いた。
「俺は今年も学祭二日目の体育祭に出るんだとよ。クラス選抜リレーと部活対抗リレー」
マジ怠い、とため息をつく暁斗に、
「僕は運動苦手だからパスした。リレーどんまい」
と笑顔で告げる光。シオンも体育祭には出ないらしく、頑張れと暁斗に声援を送っていた。もちろん私も体育祭には出ない。応援係万歳だ。
「ま、今年も陰ながら応援してるよ。去年みたいな大活躍期待してるね」
去年の、アンカーで二人を抜いて見事一位に返り咲いた姿を思い返しながら、ふぁいとー、と私も声援を送ると、暁斗は驚いたような顔で、
「え、去年の活躍見てたの?」
と、私の顔をガン見した。応援席にいなかったような気するけど……と言われ、私は顔を顰める。
「そりゃあ、あの中で応援する気にはなれないよ。ちゃんと離れたとこで見てた。暁斗が走るんだもん、当たり前じゃん」
「マジか……めっちゃ嬉しい」
そう言って目をうるうるさせる暁斗。大袈裟な、と思いながら私は去年の応援席を思い出した。
去年の応援席の熱気は凄かった。暁斗ファンの女子が押しかけ、クラス関係なくキャーキャー暁斗を応援していたのだ。暁斗と一緒に走る男子が気まずそうな顔をしていたのを今でもよく覚えている。
私は女子たちの黄色い声援が耐えられず、応援席からかなり離れた静かな場所でひっそりと応援した。うるさいところは今も昔も苦手なのだ。
「頼花ちゃん!」
光に名前を呼ばれて、ん?と視線を光に向ける。すると光は可愛らしく首を傾げて、
「ねぇ、頼花ちゃん。今年の学祭は僕と一緒に回らない?」
と聞いてきた。きゅる~ん、という効果音がつきそうなほど可愛らしい。
「僕、頼花ちゃんと一緒に花火が見たいな」
ダメ?と言われて、断れる人がいるだろうか。ただでさえ私は人の頼み事に弱いのに、なんて子だ。
良いよ!と即答しそうになった私は、それをなんとか押し止めて心の中で考える。
別に、光と回るのが嫌だとかそういうことでは決してない。ただ、回るとなると周りが面倒そうなのだ。ただでさえ監視されているのに、光と一緒に回ったらどうなることか……しかも、学祭最終日に打ち上げられる花火も一緒にときた。
私は美来に聞いたことがある。学祭終了の合図である花火を、想いを寄せる男と一緒に見るのが全女子高生の憧れなのだと。それなのに、女子から多大な人気がある光と一緒に花火を見たら……考えるだけでも恐ろしい。震えてくる。
どうしたものかと考えていると、暁斗が勢いよく、はいっ!と手を上げて。
「俺も立候補します!頼花と回れたらぜってぇ楽しいと思うし。なんだったらここにいる皆と回ってもいいからさ」
と、更に面倒なことになりそうな提案をしてきた。もしこのメンツで回ったら、私はきっといろんな女子から殺される。
「……俺も、最後の学祭くらいは人並みに楽しみたいな。ライが良ければ俺も一緒に回りたい」
シオンからもそう言われ、私は、うわあああ、と頭を抱えた。
「ちょっと待って三人とも。それ本気?」
冷静になろうよ、と言葉を発すと、三人とも悲しそうな顔をして、
「頼花ちゃん、僕と回るのは嫌?」
「俺とはダメなのか?」
「ダメ、か……」
と言うものだから、私の良心はグサリと痛んだ。
「いや、ダメとか嫌とかじゃなくてね?私も皆と回れたら楽しいだろうなぁとは思うけど、でも、皆すっごい有名人だから!女子に人気がある三人と回ったら私が殺されそうというか……」
早口でそう訴えれば、なぜか、本当か!?と顔を輝かせた三人。
「なら一緒に回ろうぜ!殺されるとか考えすぎだって」
「そうだよ。というかもし他の女子が頼花ちゃんをいじめたら僕がやっつけるし」
「俺はそもそも皆に好かれていないから大丈夫だ」
なんて好き勝手に言い、やった学祭楽しみ!と盛り上がっている。そんな様子に、私は顔を引きつらせる。
いやいや待って待って何を言っているのこの人たちは。さては自分の人気度知らないな?イケメンズ入りしてるの知らないな?てか追っかけのあの様子見て何も気付かないの?その目は節穴か!
それからも説得を試みたが相手にして貰えず、三人の中では、もう一緒に回ることが確定したみたいだった。もうどうすることも出来ないと悟った私は、せめて、美来と一緒に行けないかと思案するのだった。
ひょんなことから学祭を一緒に回る約束が出来た頼花。また一波乱起こりそうです……次回は学祭準備期間中のお話です。