出会い
七月。溶けてしまいそうな暑い日々が続く中、クラスはざわざわと熱気で溢れていた。理由は明白、夏休みが近付いているからだ。どこからともなく、遊ぶ日程を立てる声が聞こえてくる。因みに私の予定は、趣味と勉強に費やすという立派なもので毎日埋まっている。
「頼花は夏休みの予定なんかあるの?」
昼休み。美来と一緒にお弁当を食べていたらそう尋ねられ、分かっているくせに、と思いながら私はきちんと答えた。
「何もないよ。必要最低限の外出は控えて家でだらだら過ごすつもり」
面白味のない私の答えを聞いて、美来は売店で買ったメロンパンにかぶりつきながらもごもごと何か喋った。恐らく、面白くないなぁとでも言ったのだろう。別に良いでしょ、と返しながら逆にこっちからも質問してみる。
「美来こそどうなの?なんか面白い予定でもあるの?」
こちらもからかう気満々でそう尋ねたのに。美来は私の想像を飛び越えて、とても充実しそうな夏休みの予定を聞かせてくれた。友達と買い物に行ったり、祖母の家に行ったり、そしてまさかのアクト様のライブに行ったり。驚きすぎて一瞬思考が止まってしまった。
「は、え、嘘。アクト様のライブ?え、何で、遠いから行けないって話してたじゃん」
まさかの裏切り!?と言葉を発すと。いや~ごめんごめん、と笑って、パチンと手を合わせる美来。全然申し訳なさそうじゃないので、少しだけイラッとしてしまう。
「実はさ、この間の定期考査で結構良い順位行ったから、ダメ元でおねだりしたらオッケー貰っちゃって。それでライブ申し込んだんだけど……まさか本当に当たるとは思わなくて。つい言いそびれちゃった」
てへ、と満面の笑みで言う美来に、へぇそうですかぁー、と返しながらパクッとご飯を口に入れる。まさかこの夏でライブデビューするなんて。実際にアクト様に会えるとか羨ましすぎる。あのイケヴォを全身で感じられるのか、贅沢者め。
私の夏休みの予定が信じられないくらい灰色に感じて、一人ずぅんと落ち込む。どうせ私はつまらない夏を過ごしますよ、と拗ねると。美来が、
「まぁまぁ。グッズ買ってきてあげるから機嫌直してよ、ね?」
と慰めてくれた。その言葉に、私はこくりと頷いてスマホを取り出す。
「ちゃんとお金渡すよ。グッズ高いし」
そしてアクト様のグッズを調べ、限定物をピックアップして美来に頼む。
「お金は夏休み入る直前に渡せば良い?」
「うん!にしてもいっぱい買うね。お金大丈夫そう?」
タオル、Tシャツ、アクキー、ファイル、といろいろ頼んだせいでお金の心配をされてしまったけれど、もちろん大丈夫だ。確かに凄い金額になって若干引くぐらいはあるけど、せっかくのアクト様のグッズを手に入れられるチャンス。これは逃せまい。
普段はオンラインショップ販売なので、私はまだアクト様のグッズを一個も持っていないのだ。親にそういった通販を禁止されているので、たくさんグッズを持っている美来が正直かなり羨ましかった。
「もち。使いたい時に一気に使えるようちゃんと貯金してるから」
「わ、さすが真面目ちゃん」
そしてそのままアクト様トークに移った私たちは、またテンション爆上がりの状態になって話し続けた。
夏休み前日。全校集会が終わってお開きとなった教室で、私は美来に大金を託した。
「アクト様のグッズ頼んだ!」
「ははっ、必ずやグッズを持ち帰り頼花様に献上したいと存じます」
頭を下げて恭しく大金を受け取る美来に吹き出しながら、ライブ楽しんで!と声をかける。美来もぷっと吹き出し、もちのろん!と幸せそうに微笑んだ。
何枚か写真送るから~!と言って、大金をリュックにしまった美来はそそくさと帰る。恐らく、大金を無くさないように早く家に帰って保管するのだろう。
私も朝から持っていた大金を手放すことが出来、肩の荷が下りた。盗まれないか気を遣うのは意外と疲れたのだ。お金持ちは大変だなぁ、なんて思いながら私も帰る支度をする。
皆、すぐ帰るのは名残惜しいのか、いつもよりだらだらと教室に残っていた。中には帰る準備すらせず、椅子に座って談笑している人もいる。
私は別に長居する必要もないので、荷物を全てリュックにしまい終えた私は、よっこらせ、と席を立った。この学校とも一ヶ月ほどおさらばだ。……まぁ、別に名残惜しくはない。
さて帰ろ~、と歩き出した瞬間。
「ライ!」
ふとそう誰かが呼ぶのが聞こえ、私は教室前方のドアを見た。すると、なぜかシオンがいたので、うぇっと無意識に声が出る。
シオンは私を見つけると、ほっとしたような顔をしてスタスタと歩いてきた。周りの人は、いきなりの三年生の登場にたじたじだ。中には、あれって氷の王子様だよね?と囁く人がいて、急に居心地が悪くなる。今まで絡んでこなかった倉崎さんが、訝しむような顔をしたのでそっと顔を逸らした。
「まだ学校にいて助かった」
シオンが私の目の前でそう言ったので、ザワッと教室がざわめく。いや、廊下もだ。気が付けば結構な人が教室の前で私たちを覗いていた。氷の王子様の追っかけだろう先輩もいて、視線が痛い。
「えー……っと、シオン……先輩、どうしました?」
流石にこんなに注目されている中で、いつも通り話すのは気が引けたので敬語を使った。一瞬不思議そうな顔をしたシオンは、ちらっと辺りを見回して、あぁ、と小さく溢した。
「急に来て悪い。先に連絡しておくべきだったな」
連絡、という言葉に、え、あの二人連絡先交換してるの?と更にざわついたので、私は顔を顰めた。
いくらなんでもこの中で話すのは嫌だな。内容が筒抜けだ。かといってシオンの手を取って場所を移せば、それこそ余計な噂が立ちそうでためらわれる。
しかし、シオンも同じことを思ったのだろうか。ちら、とまた周囲を見て、
「場所を移すか」
と言って私の左腕を取った。その行動に、ひゅ、と喉が鳴る。ざわめきがまた一段とうるさくなった。
シオンに連行される形で教室を出ようとしたら、ドアの前で私たちの方を観察していた集団もサッと左右に避けた。その様子が、まるで王様へ道を空けるようなもので、あぁシオンは王子様なんだなぁと感心してしまう。
一体どこへ連れて行かれるのだろう、と考えていたら。不意に右腕を取られ、うわっと声が出てしまった。その声に驚き、振り向いたシオンは、訝しげに私の腕を取った光を見つめる。
「あの、僕も頼花ちゃんに用があるんです。連れて行かれては困ります」
にこり、と笑っていう光に、ほぅ?と目を細めるシオン。さらなるイケメンズの登場に、周囲の女子は黄色い声を上げた。もちろん私には鋭い視線を向けている。
両腕を掴まれ動くことが出来なくなった私は、居心地悪くその場にただ突っ立っていた。皆からの視線が痛くていたたまれなくなっていると。
「あのっ」
聞き慣れた声が聞こえ、振り返るとそこには暁斗がいた。イケメンズ勢揃いの展開に、女子の黄色い声はMAXになる。
そんな様子にも動じず、暁斗はにこりと笑って私の隣に立った。
「先輩、光。ここじゃ目立ちます。場所変えましょ」
そう言って、私とシオン、光をぐいぐいと押す暁斗。
「四人で話しましょ、四人で」
シオンも光も呆気にとられた顔をしていたが、暁斗の言葉に従って移動した。もちろん両腕を掴まれている私も一緒に連行された。
空き教室に入った私たちは、それぞれ円になって向かい合った。私の右側に光、左側にシオン、正面に暁斗だ。
何とも言えない空気が広がる中、私は、イケメンズに囲まれているこの状況、美来が知ったら卒倒するだろうなぁ、なんて関係ないことを考える。まぁ、明日から夏休みだし、今すぐ絡まれることはないから別に良いけれど。
「それで?」
暁斗の声に、全員の視線が集まった。
「とりあえずここに連れてきましたけど。先輩と頼花って知り合いなんですか?」
その言葉に、
「それ、僕も聞きたいです。先輩と頼花ちゃんはどういう関係ですか」
と続く光。なんだか尋問みたいだ。シオンは面倒くさそうな顔をした後、
「友達だ」
と短く答えた。暁斗も光も、友達?と疑わしそうな顔をする。そこで私からもちゃんと説明を加える。
「シオン……先輩、は、友達だよ。二人と同じような関係。同士?」
すると、二人とも理解したらしく、あぁ、と一つ頷いた。
「なんとなく分かったわ。頼花の趣味に引っかかったと」
「そんな蜘蛛の巣に引っかかったみたいな言い方しなくても」
暁斗を軽く睨むと、暁斗は大袈裟に肩を竦めた。そしてシオンに向き直り、
「俺、頼花の幼馴染みで黒鳥暁斗って言います」
と自己紹介をした。それに続いて、
「僕は犬上光。頼花ちゃんとはお友達です」
と光も名乗る。二人の自己紹介を聞いたシオンは一つ頷いて、
「颯風獅苑だ」
と名乗った。
思いがけず、イケメンズの三人が出会った瞬間に出くわした私は、おぉ~、と心の中で拍手を送る。きっと三人の追っかけが見ていたら、キャーと大声を出したに違いない。
「にしてもお前、友達多過ぎじゃね?どんだけ増やすんだよ」
どこか不服そうに言う暁斗に、何言ってるの?と返す私。
「友達なんて両手で数えられるほどしかいないよ。教室で美来以外と話してないんだから分かるでしょ」
そういう意味じゃねーよ、とすぐさまツッコむ暁斗に、は?と首を傾げる。意味が分からない。
「それより、獅苑先輩なんか頼花ちゃんに用があるんですよね。何の用ですか?」
ぐい、と一歩前に出て尋ねる光に、あぁ、と思い出したように呟いて私の方を見たシオン。シオンはスマホを取り出し何か操作しながら、
「来月の頭にある『トバ国』のイベントに参加するんだが、ライは何か欲しい物とかあるか?」
と言葉を発した。一瞬何のことか分からず首を傾げた私は、しばらくして、あぁっ!と叫ぶ。
「え、イベントってリアルの?確か展覧会だよね、グッズとかも販売するって言ってたやつ?」
「あぁ、受験勉強の息抜きに行ってくる」
「うえぇぇマジか!めっちゃ気になってたやつだ!遠いから断念したやつ!」
興奮して、つい前のめりになる私に苦笑するシオン。
「何か欲しい物があるなら買ってきてやる」
「ふぇぇマジか神すぎる!」
ありがとおお!と跳ねる私に、スマホを見せて、これが当日販売されるグッズだ、と教えてくれた。二人して画面を覗き込みながらわいわいと騒いでいると。
「近いっ!!」
と光に引き剥がされた。
「後でスマホに送っとくから、決まったら教えてくれ」
そう言われた私は、りょーかいです!と敬礼した。そんなやり取りを見ていた暁斗は、複雑そうな顔で、
「頼花、お前先輩にため口で接してるのか?」
と注意を受けてしまい、あっと口を押さえた。
そう言えば、テンションが上がってついいつも通りに話してしまった。部活に入っている暁斗からしたら信じられないんだろうな、と考えながら、つい、と返す。
「俺が良いと言ったんだ」
何でもないようにサラッと助け船を出してくれたシオンに、そそ、と乗っかると、暁斗はなんとも言えない顔で、へぇー、と言葉を発した。やっぱり運動系の部活に入っていると、先輩にため口っていうのは抵抗があるのかもしれない。
「それで?お前はライに何の用があるんだ?」
シオンが光に話を振ると、光はにぱあっと笑って、
「頼花ちゃん、僕のお家に来ない?」
と、衝撃の言葉を発した。あまりの発言に、私と暁斗、シオンの声が見事にハモる。
「「「は?」」」
一体この子は何を言っているの、と見つめると。光は特に気にした様子もなく、こてりと首を傾げて可愛らしく、
「レオの作るお菓子の再現をこの夏休みでしようと思ってるんだけど、せっかくだから頼花ちゃんに食べて欲しくて」
と言った。その言葉に、ははぁ、と声が出る。
つまりこれはあれだ、ただ単に、『菓子すく』を知っている者同士で推し活しましょうってことだ。光がレオのお菓子を再現して、それを私たち二人で食べる。『菓子すく』の話をしながら、作品内に出てくるお菓子を一緒に食べましょうってこと。
あぁ、びっくりした。一瞬よく乙女ゲームであるそういうシチュエーションを想像してしまった。まぁ、イケメンズと呼ばれる光がこんな私とはあり得ないのだけどね。
「推し活したいってことだね、良いよ良いよ。光の作るお菓子は美味しいし、もっと『菓子すく』の話もしたいと思ってたんだ」
笑顔で快諾すると、光は、わぁいとそれは嬉しそうに笑った。そんなに推し活が楽しみなのか、本当に『菓子すく』が大好きなんだなぁ、と思っていると。
「ちょ……っと、待った!」
急に暁斗が私を光から守るように立ちはだかり、
「それ俺も行く!」
といきなり参加表明をした。その発言に、え?とあからさまに嫌そうな顔をした光。それでも怯まず、暁斗は強く言い放った。
「絶対行くからな!頼花一人で行かせるのは危ない!」
お前もそれで良いよな?と確かめるように言う暁斗に、首を傾げる私。私が最初に想像したシチュエーションなら分かるけれど、ただ単に推し活をするだけで危ないことなどあるだろうか。
「……っほら、お前、方向音痴だろ!一人じゃ迷子になるだろ?」
だから、な?と諭すように言う暁斗に、むぅっと膨れる私。
「確かに方向音痴だけどさ!」
ふいっとそっぽを向くと、よし決まり!と暁斗はパチンと手を叩いて、
「日にちと時間決まったら俺にも知らせろよ」
と、勝手に決めてしまった。相変わらず強引なことだ、と思っていると。
「それ、俺も参加して良いか?」
なぜかシオンもと言い出して、私たち三人は、えっ、と声を揃える。
まさかシオンも参加したいと言い出すなんて思わなかった。でも、表情を見てもからかっている様子はなく、むしろ真剣だ。今まで友達がいなかったって言っていたから、こういう集まりみたいなのに興味あるのかもしれないな、なんて考えた私は、にこりと笑って頷いた。
「私は大歓迎!光は?もしかしたら『菓子すく』ファンになるかもだし、どうかな?」
どうかオッケーしてくれますように!と願いながら聞くと、光は曖昧に笑って、
「え、まぁ、うん、良いけど……」
と返してくれたので、良いって!とシオンに笑いかけた。今の言い方からして、心の底から歓迎している感じはしなかったけれど、人懐っこい光とならすぐに打ち解けられるだろうと考え、強引だったかなと少し反省した気持ちを追い出した。
予定決まったら連絡するね!と言えば、シオンはほっとしたようにこくりと頷いた。
私の夏休みの予定に、イケメンズと推し活、という新たな予定が加わったところで。ガヤガヤと廊下が騒がしくなった。居残っていた生徒がだんだん下校しているらしい。
「もうそろ帰る?」
私がそう定案すると、三人ともこくりと頷いた。そして、途中まで一緒に帰った。
イケメンズ三人集合です!次回は夏休み、推し活のお話です。