氷の王子様
定期考査が無事に終わり、土曜日。私は朝から『トバ国』をプレイしていた。今はフィールド探索中だ。巫女服姿で剣を振り、モンスターをどんどん倒していくのは爽快だった。
適当にぶらぶらしていると、偶然にも同じ個人プレイヤーのシオンと出会い、やっほーとチャットを送る。話を聞いてみると、どうやらシオンも適当にフィールドをぶらぶらしているだけのようだった。別にすることもなかった私たちは、近くにあった二人掛けのベンチに座って談笑することにした。
因みにシオンは、二つ前に解放された西洋ファンタジーが舞台のフィールドで手にしたというレア装備、白馬の王子セットを着ている。名前のごとく白を基調とした服で、大きな剣を腰にぶら下げている。マントを翻して戦う姿はまるで騎士のようで、他のプレイヤーからも一目置かれていた。
最近は浮上頻度が落ちてきているが、私が『トバ国』を始めた当初はほぼ毎日ログインしていた。同じ個人プレイヤーとしていろいろお世話になったこともある。
【ライはもうこのフィールドは制覇したのか?】
チャットが送られてきたので、私もすぐさま返す。
【うん。隠しダンジョンとかあれば話は別だけど、もう探索したよ。シオンは?】
【俺も終わった】
【さすが】
そこで、もしかしたらシオンなら九尾についての情報を知っているかもしれないと思い、チャットを打つ。この二週間ログインしていなかったけれど、もしかしたらまだ誰も手に入れてないかもしれない。そんな僅かな期待を込めて。
【ところでシオン、九尾情報何か知らない?私、この二週間ログイン出来なかったんだけど……もし誰も手に入れてないようならテイムしたいと思って】
すると、しばらくした後、シオンは召喚魔法を使って何かを呼び出した。青色の魔法陣から現れたのは、私が手に入れたくてしょうがなかった九尾だった。
【悪い、もう俺がテイムしてしまった】
そんなチャットが送られてきた。
【うえぇぇぇ、マジか!!】
もう手に入れられてしまったショックは大きかったけれど。それでも、実際に九尾を見ることが出来た方の嬉しさが勝った。
九つの尻尾を嬉しそうに振りながらシオンに頭を擦りつける白い大きな狐は、それはもう可愛かった。その大きさならば三、四人ぐらい余裕で背中に乗せられそうだ。
【めっちゃ可愛い何この子!】
くるくると召喚された九尾の周りを回っていると、
【乗るか?】
と素敵な提案をしてくれたので、私はすぐさま乗りたい!とチャットを打った。
シオンが乗って、その後ろに私もおずおずと腰掛ける。すると、九尾はクォ~ンと一つ鳴いて歩き出した。
【うわぁすごいすごい!九尾に乗ってる!】
【駆け抜けるぞ】
シオンの一声で、九尾はぐいんとスピードを上げた。周りの景色が一瞬で過ぎ去っていく。驚くほどの速さに私のテンションはぐぐんと上がった。
【すごいすごいめっちゃ速い!!】
【因みに戦闘も出来るぞ】
そう言ってシオンが中ボスエリアまで連れて行き、九尾の戦闘力を見せてくれた。九尾は何個もの青白い炎を出し、ボンボンと連続で当てていった。時には炎で、時には体当たりで、時には尻尾で叩いて。その戦闘は美しく、圧巻だった。
ものの数分で中ボスを倒した九尾に、
【めっちゃ強いじゃん!】
と賞賛のチャットを送る。
【可愛くて速くて強いとか最強じゃん良いなぁ~】
【手に入れるの苦労したからな】
九尾の召喚を解いたシオンは、大木の下に座った。今度はここで休憩するみたいだ。
【どうやって手に入れたの?私、丸一日探しても見つからなかったよ】
シオンの隣に腰掛けながらそう尋ねると、シオンはアイテムボックスからMP回復薬を取り出して飲んだ。
【クエストでゲットした。料理スキルを覚えていて、英智の指輪を持っている人限定が受けられるやつ】
【料理!?英智の指輪!?】
両方持っていなかった私は、くそぅと唇を噛んだ。
【そんなのシオンぐらいしか受けられないじゃん。英智の指輪なんて鍛冶スキルMAXの人しか作れないんだから】
主要スキルをカンストして、今じゃそんなの何に使うのってツッコみたくなるようなどうでもいいスキルにまで手を出しているシオンを睨み付ける。
【まぁな】
それをサラッとスルーして、今度はアイテムボックスからケーキを取り出し私に渡してきた。
【その料理スキルで作ってみたケーキ。いるか?】
【いるっ】
受け取って確認すると、HP&MP回復継続、攻撃力防御力上昇、HP1耐え、状態異常回復効果が付いていて、チートやんっ!とつい声に出た。
【料理スキルでこんなの作れるの?欲しくなってきた】
【今からクエスト受けてくれば?俺と同じ物が作れるかは知らんが】
むぅ、と膨れっ面をしてアイテムボックスにケーキをしまう。これはいざという時の切り札として食べよう。
それからもシオンと一緒に行動していると、母から、ご飯~と呼び出しを受けたので、泣く泣くログアウトした。シオンはまだゲームを続けるみたいだ。なんでも、久しぶりにゲームが出来るとかで今日一日いるらしい。私は午後から本屋に行って大好きな漫画と本を買うので出来ない。
「頼花おっはよ~」
席に着くなり美来が飛びついてきて、何、どしたのと声をかける。
「定期考査終わりの土日!何してた?うちはアクト様パラダイスっ」
両手を胸の前で組みキラキラと顔を輝かせる姿を見て察した私は、あぁ、と苦笑する。どうやら美来は、アクト様の素晴らしさを語りたくてしょうがないらしい。
「うちは『トバ国』にアニメにゲームに……いろいろやってたよ。もちろんアクト様も見た」
「あれ見たっ?!実写MV!赤髪めっちゃカッコよかった!!」
王子様じゃんあれ、とぴょこぴょこ跳ねる美来に、私もこくりと頷く。
「黒髪も良かったけど赤髪も最高だったね。MVの衣装と相まって本物の王子様にしか見えなかった」
「だよね~~!!途中の投げキッスで思考吹っ飛んだ気絶するかと思ったもん」
「あれはズルいよね」
アクト様への想いを二人で語り合っていると。
「園崎さん?」
不意に誰かに名前を呼ばれ振り返る。すると、いつも私に鋭い視線を送ってきていた女子が群れて不適に笑っていた。
「ちょっと良いかしら」
顎でくいっと廊下を示され、これはよく漫画で見る呼び出しだろうかと軽く身構える。悪口ぐらいならちょっと心が傷付くだけで済むけど、もし手を振るわれたら嫌だ。痛いのだけは無理。
仕方なく席を立つと、美来がくいっと控えめに私の袖を持ち、大丈夫?と囁いた。
「先生とかに言おっか。それか黒鳥くんに」
その申し出に首を振りながら、大丈夫だよと笑う。こういうのは先生に言っても無くならないだろうし、告げ口したってバレたらもっとうるさくなるかもしれない。それに暁斗も関係ない。暁斗はただ漫画の話をしたくて話しかけてくれているだけだし、自分のせいでとか変に負い目を感じさせるのは本意ではない。
黙って女子についていくと、隅にある空き教室まで連れて行かれた。
ガラッとドアを閉め、ご丁寧に誰か来ないか二人が廊下で見張っている。随分な待遇だな、と思っていると。
「ちょっと園崎さん、最近調子に乗っているんじゃなくって?」
そう言って見下ろされた。私より少し背の高い、クラスのリーダー格の女子、倉崎さん。その周りにいる人の名前はちょっと分からないけれど、倉崎さんはクラスメイトに興味が無い私でも覚えていた。
「勉強出来ないお馬鹿なオタクのくせして。黒鳥くんにだけじゃなく犬上くんにも手を出すなんて出しゃばりすぎよ」
髪を払って、キッとキツく私を睨み付ける倉崎さん。手を出す、とか別にそんなことしてないのに、と思いながら私は彼女の言葉を聞き流す。
「黒鳥くんには、頭が良くて可愛い私の方がお似合いなの。これ以上彼に近付いたら、分かってるわよね?」
不適に笑う女子たちに、これはまた面倒なことになったなとバレないように小さくため息をついた。近付くも何も、私から進んで話しかけているわけじゃないし。お似合いだと思うのなら告白でもして付き合えば良いのに。
一方的に言うことを言って満足したのか、倉崎さんたちはぞろぞろと空き教室から出て行った。
その後をすぐついていくのも気が引けたので、私はそのまま空き教室に残ってぼーっと外を眺めた。気持ちが良いくらいに澄んでいる青空を見ていると、少しだけ心が軽くなった。
それから特に暁斗が絡んでこなかったからか、倉崎さんから呼び出しされることはなくなった。たまに目が合うと、ふんっと勝ち誇った笑みを浮かべられ、反応に困った。美来も最初こそ身を案じていたけれど、何もしてこないことが分かると警戒を解いていた。
「頼花、一緒に帰ろ~」
私が放課後に絡まれないように、ここ最近は一緒に帰っていた美来。倉崎さんのことを考えると面倒だったけれど、こうして帰る人が出来たのは嬉しかった。といっても、私と美来は帰る方向が違うので、本当にすぐそこまで、だけれど。今まではどうせすぐ分かれるし、という理由でバラバラだった。
「今日ちょっと図書室寄ってく」
「りょーかいっ」
二人して歩いていると、美来~!と、後ろから声が聞こえ一緒に振り返る。すると、私の知らない女子が走ってくるのが見え、私はそっと美来から離れた。
「ごめん美来、ちょっとヘルプ入ってくれない?来週提出の作品、事故ってまた最初から描くことになっちゃって……」
ほんとごめん、と申し訳なさそうに手を合わせる女子に、美来は、あちゃ~と声を発す。
「そりゃ大変だ。あれ結構な大きさだよね……おけ!同じ美術部仲間として手伝うよ!」
任せて、と笑う美来に、ありがとう~!と感謝する女子。
「ってことでごめん頼花、またねっ」
そのまま走って去って行った美来に苦笑しながら、またね~と声をかける。美来は人気者だなぁ、なんて考えながら図書室に行き本を返す。
さて、今日は何を借りようかな~と本棚をぶらぶらしていたら。不意に、ごほん、と咳払いする声がして、思わず体が跳ねた。驚いて恐る恐る振り向くと、そこには自習スペースで勉強している先輩がいた。周りを見ると、今日は珍しく一人みたいだ。といっても、その先輩と交流があるわけでもないし知っている人でもない。
今の咳払いは何だ、うろうろして目障りだという警告か?なんて考えながら、さっきより萎縮して本を見る。そして、適当に本を取り、早くこの場から離れるかと動いたら。
カラ~ン、と何かが落ちる音がして咄嗟に振り返った。見ると、先ほどの咳払い先輩が何かアクキーのような物を落とした音だった。
アクキーを学校に持ってくるなんてチャレンジャーだな、と思いながら見ていると。咳払い先輩は一向に拾う気配がなく、ただカリカリとペンを動かし続けている。
え、何気付いてないの?あんなに音がしたのに。
不思議に思うけれど、もしかしたら信じられないくらい集中しているのかもしれない。どうしようか迷ったけれど、何かのキャラクターらしいアクキーを見過ごすことは出来ず。私は仕方なく音を立てないよう静かに近付いた。
私だったら、落としたら困るから絶対に外に持ち歩かないな、なんて考えてアクキーを拾うと。思いがけず知っているキャラだったので、あ、と声が出てしまった。そして、しまったと恐る恐る顔を上げる。すると、またそれが思ってもいなかった人で、ひゅ、と息を吸った。
……氷の王子様だ……。
冷たい目で私を見下ろす氷の王子様に言葉が出なくなる。氷の王子様は、私が手にしているアクキーをちらっと見て、それ、と声に出した。私はビクッとして、バッと勢いよく立つ。
「すすす、すみません!これ、落としましたよ!」
なるべく傷付けないよう優しく机の上に置いて、それじゃあ!と一歩下がる。
「リュルンたん無くさないよう気を付けてくださいね!」
そのまま踵を返して立ち去ろうとした瞬間、バッと腕を掴まれて。私の心臓はドクンと大きく音を立てた。
ギギギ、と音がしそうなほどゆっくり振り返ると。氷の王子様は無表情で私を見下ろしながら、腕を掴んでいた。
「え、あ、あ、の……」
何か気に障るようなことをしたでしょうか!!と青ざめると。氷の王子様は、ライ……?と小さく呟いた。
「……え……?」
今、ライって言った?聞き間違い?え、なんで私の名前知ってるの。怖っ。
恐ろしさに言葉を失っていると。
「『トバ国』、知ってるよな?」
またそんなことを聞かれたので、ひぇ、と今度は小さく声が出た。
「この前話していただろ。それに、リュルンたん、と」
この前……この前?いつのことだ、と頭をフル回転させると、そういえばこの前ここで美来とそんな話もしたかもしれないと思い出した。
リュルンたんとは、『トバ国』の宣伝マスコットだ。ピンクの小さなドラゴンで、りゅるる~、が口癖の可愛い女の子。擬人化したらとっても可愛くて、私は一目惚れしてしまった。リュルンたんと私が声に出したことで、私が『トバ国』のプレイヤーだとバレてしまったのか。
「知っ……て、ます」
顔を合わせないよう答えると、氷の王子様はしばらく黙ったあと、
「俺は三年A組の颯風獅苑だ」
と急に自己紹介をした。
「そよかぜ、しおん……」
名前をそのままリピートすると。そこで、ん?と、何かが引っかかった。
しおん……し、おん?
そこで、ハッとして顔を上げる。さっき、この人は私のことをライと呼んだ。そして、『トバ国』を知っている。つまり……
「九尾の、シオン……?」
信じられずにそう呟くと。氷の王子様は驚いたように目を見開き、
「やっぱりライなのか……?」
と言った。
目の前のことが信じられなくて。まさか、氷の王子様がシオンだと思わなくて。私は金縛りにあったみたいに、氷の王子様から目が離せなくなった。
「この間、ケーキをくれたシオン……?」
確かめるように聞くと、氷の王子様はこくりと頷き、
「まさかライが同じ学校にいるとは……」
と、相手も呆然としていた。しばらく互いに言葉が発せず見つめ合っていると。
「あの、良いですか……?」
申し訳なさそうに局員に声をかけられて、ハッとして振り向く。すると、本棚に戻すための本を大量に抱えた局員が立っていて、すみません!と慌てて場所を空けた。どうやら私たちが見つめ合っていたせいで通れなかったみたいだ。
ペコペコと何度も頭を下げて謝る局員を見送りながら、私は改めて氷の王子様を見る。すると、バチッとまた目が合った。
まさか、シオンが氷の王子様で先輩だったとは。当たり前だけど、アバターと全然違ったから分からなかった。まぁ、王子と呼ばれていることは共通していたけれど。
とりあえずここは学校なので、私はいつも通りではなく敬語で話すことにした。
「えぇっと、シオン……先輩、は、学校にリュルンたんのアクキー持ってきているんですか?」
机に置かれたアクキーを見てそう尋ねると、シオンは顔を顰めて、そんなわけないだろう、と言葉を返した。
「こんな可愛い物持ってくるか。からかわれるのが目に見えている」
「それならどうして……」
「お前がライかどうか確かめたかったからだ」
思いがけない言葉に、え?と聞き返すと。シオンは頬を掻きながら、
「その、あれだ。この前『トバ国』の話をしていて、頼花と呼ばれていた。俺が『トバ国』で頼花に近い名前の知り合いはライだけだ。まぁ、本当にそうだとは思っていなかったが……とにかく、お前が図書室に通っているのは知っていたから、もし機会があればこれを落として試そうとしたんだ。そしたら案の定知っていたし、しかもリュルンたんと呼んでいたからな。リュルンではなくリュルンたんと呼ぶ姿に、ついライと重なって勝手に言葉が出た」
少し恥ずかしそうに告げるシオンに、私は自然と笑みが溢れてしまった。
……なんだ。氷の王子様って呼ばれていて怖い雰囲気だったから警戒していたけど。シオンはシオンだ。全然怖い人じゃない。ただ目つきや雰囲気が怖いだけの人だ。
「でも、私がライじゃなかったらどうするつもりだったんですか?シオン先輩みたいに名前をそのまま使う人って少ないですよ」
「結果的にそうだったから良いだろう。それに、例え知らない人でも『トバ国』を知っている人だったら話しかけた」
周りでこのゲームを知っている人はいないからな、と言うシオンに、ですねと笑う。
「あ、先輩だったならゲームでもシオン先輩って言った方が良いですか?敬語も」
一応確認のためにそう聞くと、やめてくれと首を振られた。
「いつも通りで構わない。リアルでも別に今まで通りで良い」
俺もお前のことライと呼んで良いか?と聞かれ、私はこくりと頷いた。別に頼花だろうとライだろうと大して違いはない。それに、学年が違うのならリアルで会うことはあまりないだろうし。
「ここ最近シオンが低浮上になったのは受験生だったからなんだね」
最近の低浮上理由が分かり一人で納得した私に、シオンは苦笑した。
「まぁな。この通り受験勉強が忙しい」
分厚い問題集を持ち上げるシオンに、うへぇと声を漏らす。
「A組なら理系だよね?」
複雑な式が描かれたノートをちらっと見て、頭がパンクしそう、と呟くと。ライは文系なのか?と尋ねられた。私はノートから視線を外してシオンを見上げる。シオンは私より頭一つ分背が大きかった。
「そ。二年C組の園崎頼花、文系でっす。この間の定期考査も数学で爆死しましたっ」
「そんなに難しいか?」
不思議そうに首を傾げるシオンに、難しいよ~、と言葉を返す。
「シオンは首席で頭が良いから、きっと私の点数知ったら卒倒しちゃうよ」
あはは、と笑いながら言うと、
「なぜ首席だと知っている?」
と不思議そうな顔で問われてしまったので、つい吹き出してしまった。
「なんでって。氷の王子様は有名らしいよ」
その言葉に、は?と更に困惑した顔をするシオン。どうやら、シオンが氷の王子様と呼ばれていることは知らないみたいだ。
……それにしても。
「あんなにずっと『トバ国』にログインしてたくせに首席とかおかしくない?ゲームでもリアルでも凄いのズルい」
神様は不公平だな、とつい思ってしまう。まぁ、ゲームでシオンが強いのは毎日欠かさずプレイしてコツコツレベル上げしたからだとか、リアルで首席を取れるのはこうやって毎日勉強してるからだって、ちゃんと頭では分かっているんだけどね。シオンは努力家らしい。
「ズルいって。ライも凄いだろ?俺は『トバ国』に全振りしているからその他の娯楽は知らないが、お前はいろいろ手を出しているみたいだし。なんだ、BLや百合……?とかいうのは俺も知らん」
顎に手を当ててそんな風に真面目に言うものだから、私はあまりの衝撃に、は?と声が出てしまった。
「ちょ、何言ってるの?た、確かにそうだけど……私は健全なのしか手出してないからね!?」
勘違いしないでよ?と釘を刺すと、そうなのか?とシオンは首を傾げた。ゲーム友達のシオンに、こいつは変態だとか思われたくはない。というか、私もそういうの最近見始めたばっかだし!美来め、絶対許さん!と、心の中で美来に怒っていると。あぁ、といってシオンはポケットからスマホを取り出した。
「せっかくだから連絡先交換しないか?協力プレイが必要な時とか連絡出来たら楽だろう」
そう言われれば、私も断る理由はない。
「だね。もしやばくなったら連絡して助けてもらお~っと」
「俺がログイン出来るとは限らないけどな」
「それは私もだよ」
互いに追加し、ポケットにスマホをしまう。スマホを見て知ったが、どうやらもう既に五時を回っていたみたいだ。図書室は五時半までだから、あと十五分しかない。
「もうこんな時間なんだね。勉強時間奪ってごめん、ちょっと話しすぎたかも」
受験生のシオンに謝ると、いや、と、何でもなさそうに答え、
「勉強時間なら他にいくらでも取れる」
大丈夫だ、と言ってくれた。その言葉に安心する。
「今日はライのおかげで楽しかった。今まで誰かと話したことなかったからな」
そう言って、ふっと笑うシオンに、え?と聞き返す。
「クラスメイトとか友達と話さないの?」
私の疑問に、あぁ、と悲しそうに頷いたシオン。
「俺は避けられることが多いからな。話しかけ方も知らないし、近付いたら逃げられるか怯えられてしまう。よって中、高と友達はいない。ゲームで個人プレイしているのもそのせいだ。人との関わり方が分からない。だから、リアルでもゲームでもこうしてライに会えて良かったと思っている」
嬉しそうに笑うシオンに、シオンと話したがっている女子はたくさんいるのに、と考えながら私も笑顔を浮かべた。
「そっか。私で良かったらいくらでも話し相手になるよ」
そして、それじゃーね、と挨拶をして踵を返す。
貸し出し処理をしてもらって家に帰る途中、私はシオンのことを考えた。
避けられる、というシオンの言葉に、私はごめんなさいと謝りたくなった。だって、実際私は氷の王子様を避けようと考えていたのだから。はっきり言って、氷の王子様がシオンだと分かるまでとても怖かった。今ではもう怖くないのだけれど。
イケメンズに入るぐらい女子からの人気があるなら、誰かが話しかけてあげれば良いのに、と思いながら私は玄関のドアを開けた。
氷の王子様登場です。次回はイケメンズ三人が集合して何やら波乱の予感……?