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幼馴染み

 土曜日のアプデの日。私は三時から夜中までずっと『トバ国』をプレイしていた。

 新しく解放されたステージは、和がテーマとなっていて、狐や狸など、私がテイムしたいと思うようなモンスターがたくさんいたのだ。しかも、新装備に可愛い巫女服なんてものもあって、欲しくてたまらなくなった。もちろん巫女服は限定品で早い者勝ち。

 クエストをクリアしたり、他のプレイヤーと話したり、探索していると一瞬で時間が飛ぶ。因みに、私はパーティなど組んではおらず、主に個人プレイだ。探索やイベントで顔見知りになったプレイヤーと、たまに一緒に冒険したりするがフレンドはいない。人数制限で受けられないクエストも多数存在するが、それは泣く泣く諦めている。個人でも楽しくプレイ出来ているから良いのだ。

 深夜まで、冒険にテイムに買い物にとフィールドを走り回っていたら、いつの間にか階下で物音もしなくなり、時計を確認したら深夜二時だった。明日は日曜日でお休みだけれど、もうそろそろログアウトするか、と、名残惜しくなりながらもパソコンを閉じた。

 長時間プレイしたお陰でだいたいのモンスターはテイム出来たし、装備も新調できた。今の私のアバターは、巫女服に狐の耳と尻尾が付いているめちゃくちゃ可愛いものになっている。無事に手に入れられて良かった。

 心残りは、九尾をテイム出来なかったことだけだ。フィールドのどこかに九尾がいて、条件を達成するとテイム出来るようになるらしいけれど、結局見つけられなかった。九尾は一体しかいないので、巫女服と同じで完全に早い者勝ち。他のプレイヤーに取られる前にゲットしたいけれど、出来るかどうか。明日一日でゲット出来なければ諦めるしかない。ずっとゲームに時間を費やせない学生は辛い。


「くぁ~」

 月曜日。あまりの眠さに欠伸をしていると。

「朝から大きい欠伸だなぁ。何、寝不足?」

 私とは反対に、元気な声で尋ねる美来に私は小さく頷いた。

「そ。昨日朝から夜中までずっと『トバ国』やってて……」

 寝不足、と机に突っ伏す私に、あははと面白そうに笑いながら、死ぬなよ?と声をかけてどこかへ去って行った。きっと誰か他の友達に呼ばれたのだろう。私はそのまま机に突っ伏したまま、九尾のことを考えた。

 昨日、一日中フィールドを彷徨ったのに、結局九尾に出会えなかった。もう誰かに取られてしまったのか、私の運が無かっただけか。分からないけれどめちゃくちゃ悔しい。九尾に乗ってフィールドを駆け抜けてみたかったのに。

 悔しい~~!と、一人地団駄を踏んでいると。

「頼花ちゃん」

 不意に光の声が聞こえて。ん?と顔を上げる。なぜか光が私の目の前にいた。

「え、何どしたの」

 違うクラスだよね?と驚いて声を発すると、光はにぱっと笑顔を浮かべて、はい、と可愛らしい包みを私に手渡した。中にはクッキーやマドレーヌが入っている。

「これ、頼花ちゃんにあげる。頑張って作ってみたんだぁ、レオの贈り物」

 可愛らしい笑みに誘われ、包みを受け取りもう一度中を見てみると。確かに中身はレオの贈り物だった。

「わ、すご。クオリティ高」

「でしょ?ちゃんと調べたんだよ」

 えへっと笑う光に、ありがとうと言うと、光はとても嬉しそうに頷いて去って行った。

 レオの贈り物とは、レオが作中で友人のトーヤにプレゼントしたお菓子の詰め合わせのことだ。落ち込んだトーヤのために、レオが真心込めて作ったクッキーとマドレーヌ。驚くことに、クッキーの型までアニメと一緒だった。

 まさかレオの贈り物が貰えるとは思っていなかったので、気分がぐぐんと上がりにまにましていると。

「え、何、犬上くん園崎さんと仲良いの?」

「手作りお菓子とか羨ましいんだけど」

 そんな声が聞こえ、ハッとし辺りを見回すと、女子が集団でこちらをチラチラ見ながら何やら話していた。あぁ、そういえば光はイケメンズの一人なんだっけ、と思い出しながら私はレオの贈り物をそっとリュックにしまった。


 朝から突き刺すような視線が私に集中する中、なんとか一日の授業を終え放課後となる。寝不足で頭がガンガンするのを堪えながら、教室を出ると。

「頼花!」

 久しぶりに聞いた声に、私は振り返る。見ると、暁斗が急いでリュックに物を詰めて走ってくる姿が見えた。

「一緒に帰らね?」

 私の隣に来るや否やそう言う暁斗に、首を傾げながらもこくりと頷いた。周りの女子からまた痛い視線を受けるが、暁斗と私が幼馴染みであることはもう知られているので、たいしたことはない……はずだ。

「別に良いけど、珍しいね。暁斗と話すの久しぶりじゃん」

 暁斗と言葉を交わすのは、高二のクラス替えで皆の前で自己紹介をしたぶりだ。

 なぜかあの時、暁斗はわざわざ私と幼馴染みであることを公言し、しかも五年連続で同クラ、運命感じてます、なんて恥ずかしいことを言った。そのお陰でしばらく女子からの視線が痛かった。美来はめちゃくちゃ笑っていたけれど。

「や、今日部活休みだし……」

 歯切れ悪く、目を若干逸らしながらそう言う暁斗に、そっか、と答えて一緒に歩く。

 暁斗とは小学校からの付き合いで、家も結構近い。頭が良いので、中学の頃勉強のお世話になったこともある。私が今この高校にいるのも、暁斗が相談に乗ってくれたり、励ましてくれたお陰だと思っている。まぁ、自分でもかなり頑張ったけれど。

「そーいえば、『ぶっ飛ばせ!!』の新刊読んだ?」

 無言で歩くのも気まずいので、お互いの共通趣味である漫画について話を振ると、暁斗は、もちろん!と大きな声を出して語り出した。

「新刊良かったよなぁ!シュンがカッコいいのなんのって……俺もシュンみたいにカッコよくシュート決めて逆転勝利とかしてみてぇよ」

 マジカッケェ!と絶賛する暁斗に、つい笑みが溢れる。

「そーだね、シュンはカッコいい。でもシュンの相棒のハヤトもカッコよかった!二人のあの息の合ったパスとか見てると、つい息呑んじゃうよね。一巻ではあんなに二人とも仲悪かったのに、新刊の二十三巻ではもう……唯一無二の相棒って感じで」

「それな!試合を重ねる度に強まる友情、絆!ほんと泣ける……」

 目をうるっとさせて感動する暁斗に、本当に『ぶっ飛ばせ!!』が好きなんだなぁと思う。暁斗が漫画好きだと知ったのも、この漫画がきっかけだ。


 それからいろんな漫画の話をしていると、あっという間に家の前に着いてしまう。律儀に送ってくれた暁斗にお礼を言って、じゃーね、と手を挙げると。

「あ、あのさっ」

 そう暁斗が言葉を発したので、ん?と首を傾げる。すると暁斗は、口を開けて何か話そうとするも、何かためらっているのかなかなか話し出さない。

「何?」

 不思議に思って聞くと。暁斗は、何か意を決したように言葉を発した。

「あの、朝。犬上がお菓子あげてたけど、仲良いの?」

「光?」

 思ってもいなかった発言に首を傾げるも、聞かれたので私は素直に答える。

「最近話すようになっただけだよ。光が私のことどう思ってるかは知らないけど……まぁ、同士って感じ?」

 一応内緒だと言われたので、何が、とは言わなかったけれど、同士という言葉で暁斗は通じたみたいだ。

「なるほどな」

 恐らく、自分と同じで共通の趣味があって仲良くなったのか、と納得したのだろう。暁斗はそれ以上何も言わず、それじゃまた明日な!と元気に去って行った。またねー、と背中に声をかけ、私も家の中に入る。


 いつも通りすぐさまお風呂に入った後、私はレオの贈り物を持ってリビングに行く。コップにお茶を並々と注いだ後、包みを解いてクッキーを摘まんだ。サクッとして美味しかった。

 お茶片手に、見た目も味も素晴らしいクッキーとマドレーヌを堪能しながら、レオもこれぐらい上手なお菓子を作るのかな、と想像した。爽やかイケメンスマイルで、「これ、君のために作ったんだ。良ければ食べて欲しいな」なんてレオに言われたら恋に落ちてしまう。

 レオは自分が作ったお菓子でたくさんの人を幸せにし、救う。お菓子作れたらカッコいいなぁ、なんて思って、私もお菓子作りをしたことがあるけれど。結局、後片付けや準備が大変ですぐに諦めてしまった。一回作ったら、もういいやとなってしまったのだ。だから私は、未だにレシピがないとクッキーは作れない。もしかしたらレシピがあっても上手く焼けないかもしれない。

 レオの贈り物を食べ終え、私はすぐさま光にメッセージを送った。

【レオの贈り物ものすごく美味しかった、ありがとう!】

 トーヤがサンキュ!と親指を立てて笑うスタンプも一緒に送信する。

 それからSNSをチェックすると、レイ様がまた絵を投稿していた。しかもそれがこの前話していた私の想像絵だったので、うっかりスマホを落としてしまいそうになる。コメントには、ライcが喜んでくれますように、と描かれていた。普段何気なく話していた内容から、レイ様が想像して描いてくれた私の絵。すぐさまスクショして保存した。

【うわぁありがとうございますレイ様!感謝感激です家宝にします大好きです!!】

 メガネをかけて髪型はハーフアップ。可愛らしいワンピースを着てにっこり微笑むその女の子は、さながら女神のようだ。私はこんなに可愛くはないけれど、レイ様が私のために描いてくれたことが本当に嬉しかった。

 しばらくにやけながら絵を見つめていると、丁度レイ様も浮上していたらしく。

【喜んでくれて良かった。でも家宝は言い過ぎじゃない?笑】

 とコメントが返ってきた。それに私もすぐさま反応する。

【いえいえそんなことは!レイ様という神絵師様が描いてくださった絵ですから!しかも私の……もう泣きそうなぐらい感動してます。最初見たときスマホ落とすとこでしたもん】

【あはは、そんなに?だったら今度は僕の代理とツーショで描いてあげようか?】

【そんなのもう昇天します爆死します尊死(とうし)します一生崇め奉ります】

【そんなにたいそうなもの描けないよ笑 言い過ぎ】

【何を仰いますかレイ様の絵は素晴らしいです!レイ様の存在自体が尊いです!!この世に生まれてきてくださりありがとうございます(土下座)】

 ぽんぽんぽん、としばらくコメントを打ち合っていると、他のレイ様ファンも浮上してきた。

【あ、また夫婦漫才やってます?笑 ほんとレイライコンビの会話面白いですよね笑】

 なんてコメントが来たので、私とレイ様は揃ってそれに反応した。そしてまた、流石息ピッタリ、なんてコメントが送られてくるのだった。


 学校が終わり。今日もたくさん珍回答を披露したな、なんて考えながら帰る準備をしていると。

「頼花っ」

 暁斗に名前を呼ばれ、ん?と顔を上げる。暁斗は私の席の前に立ち、頭を掻きながら、なんとも言いにくそうに言葉を発した。

「あ、のさ……その、もーすぐ定期考査じゃん」

「ん?そうだね、丁度二週間前だ」

 すると暁斗は、そっぽを向き、目だけでちらちらと私の顔を伺いながら、

「一週間前には部活休みになるの……知ってるよな?」

 と尋ねてきた。流石に知ってるよ、と答えると、暁斗はちらっと教室のドアでたむろっている男子の方を見た後、すうっと息を吸って、

「その間一緒に帰らね?」

 と一気に言った。

「一緒に?」

「お、おう」

 どうしてまた、と不思議に思ったけれど、私も別に一緒に帰る人はいないので了承した。すると、マジか!?と嬉しそうに笑った後、じゃあ来週から一緒に帰ろーな!と言って走って行ってしまった。バシッとたむろっていた男子の背中を叩き、ほら部活行くぞっ!と暁斗が言えば、テンション高ぇよ馬鹿!と笑われながら一緒に部活へ向かう。

 そんな様子を見ながら、どんだけ漫画の話がしたかったんだ、と苦笑する。まぁ、私としても帰り道で漫画の話が出来るのはありがたい。

 よっこらせ、と席を立つと、恐らく先ほどの会話を聞いていたのだろう女子が、鋭い視線を向けてきていた。


 定期考査二週間前ということで、私はSNS以外の娯楽を全て封じた。SNSも一日三十分に制限した。次の定期考査で、前回より少しでも良い順位を取らなければ親から怒られてしまう。上位に食い込むことは無理だとしても、せめて順位を落とさないようにしなくては。

 机の上に飾られたたくさんの推しのアクスタに見守られながら、私はバリバリと問題を解いた。


「頼花~、帰ろーぜ!」

 定期考査四日前。暁斗が私の席までやってきて笑顔で言う。それにこくりと頷きながら、ここ数日続いている女子の鋭い視線をスルーして教室を出た。去り際、美来が心配そうな顔で私の方を見つめていたので、大丈夫だよ、と笑ってみせた。もうこの視線には慣れたし、何かされたりといった実害はないのでまだ大丈夫だ。

 今日も今日とて漫画の話をしながら帰っていると、不意に、

「頼花は土日も勉強漬け?」

 と聞かれたので、当たり前でしょ、と即答する。

「私は暁斗と違って頭悪いからねー。直前まであがかないと」

「や、俺もそんな頭良くないけど……」

「何を言う。学年十五位のくせに」

「え、なんで知ってんの!?」

「クラスメイトが騒いでたら嫌でも耳に入ってくるよ」

 私は九十位だぞ、と心の中で付け足す。恥ずかしいので順位は口に出さない。

「俺、頼花の順位知らないのに……」

 不服そうにそう言う暁斗に、人に順位を言うわけないでしょ、と返す。ペラペラと人に順位を言えるのは上位の人か、何とも思っていない人だけだ。

「とにかく、私はこの土日詰め込むから。月曜日余裕無くても笑わないでよ」

 じゃーね、と言って駆け足で家に駆け込む。本当に誰かと話して家に帰るとあっという間に着いてしまう。

 ただいまー、と言って家に入り、素早くお風呂に入って勉強を開始する。SNSも今日はチェックしなかった。


 定期考査初日。数学と地学を終えた私は撃沈していた。机に突っ伏しうんうんと唸っていると、バシッと誰かに背中を叩かれた。誰だ、と思い顔を上げると、にやりと意地悪い笑みを浮かべた美来だった。

「やっほお疲れぃ!初日どーだった?」

 文系のくせに数学が強い美来は、るんるんと楽しそうだ。きっと思いの外解けたのだろう。

「見て分かるでしょ、数学撃沈。最後の問題とか解かせる気ないでしょあれ」

 激ムズだった、と口を尖らせれば、あははと美来は笑った。そのまま私の前の席に座って私の方を向く。

「確かにあれはムズかった。応用の応用って感じ?残り五分でゴリ押した」

「私はそれっぽい式書いて放置した。あと図形とかは目分量」

「出た頼花お得意の目分量。ほんと面白いよねそれ。しかも地味に近いの笑える」

「だって式で出せなかったら目分量しかないじゃん。線の長さと与えられてる数字見て、それっぽく解くしかない」

 私の答えにケラケラと楽しそうに笑う美来。楽しそうで何よりだ。

 明日は現代文と倫理だから少しは楽だな、なんて考えていると。ふと美来が顔を近づけてひそひそと話し出した。

「てか黒鳥くんと最近妙に仲良くない?毎日一緒に帰ってるし。大丈夫?」

 ちら、と集団でいる女子に視線を向かせて言う美来に、私も声を潜めて答える。

「睨まれるだけだから全然大丈夫。暁斗が妙に絡んでくるようになったなぁとは思うけど」

 肩を竦める私に、頼花のこと好きなんじゃない?なんて言うものだから、私は苦笑して首を振った。

「違うよ。漫画の話がしたくなったんでしょ。その話ばっかりだし。暁斗が愛してやまない大好きな作品の新刊出たばっかだもん」

 私も大好きな作品の新刊が出たら誰かと無性に語りたくなるよ、と答えると、ふぅん、とつまらなさそうに美来が返す。

「ま、うちはもう行くね~。さっきから黒鳥くんこっち見てるし、頼花と帰りたいんでしょ」

 すっと立ち上がり、じゃね~と手をひらひらと振って美来が立ち去ると、それを見計らったように入れ違いに暁斗が声をかけてきた。

「頼花お疲れ!帰ろーぜ」

「ん」

 席を立ち教室を出る瞬間、やはり女子が鋭い視線で私を見つめていた。


「今日のテストどーだった?」

 美来と同じことを聞く暁斗に、同じ感じで答えていると。

「頼花ちゃんっ」

 階段を下りている途中にそう声をかけられ、振り向く。すると光が、にぱっと人懐っこい笑顔を浮かべて立っていた。それからトタタッと私の横に並び、

「定期考査初日お疲れさま!見かけたから声かけちゃった」

 と声を弾ませて言う。そして、私の隣にいる暁斗に気付くと、光は暁斗にもにこっと笑顔を浮かべ、

「あ、頼花ちゃんの幼馴染みの黒鳥くんだよね?初めまして!僕は犬上光。呼び捨てため口おっけーだよ」

 と、私の時と同じように自己紹介をした。暁斗は一瞬面食らったようだったけれど、すぐに持ち直し、

「俺は黒鳥暁斗。俺のことも暁斗って呼んでいいぞ」

 と笑顔で返した。その笑顔が若干引きつっているような気もしたけれど、光の人懐っこさに驚いたからかもしれない。私も最初は驚いたし。

「最近二人が一緒にいること多いけど、随分と仲良しさんなんだね」

 相変わらずの笑顔で言う光に、暁斗も笑顔で、ああ、幼馴染みだからな!と若干声を強めて返した。その様子に、なんだか二人が話したそうだったので、私は光と場所を交換して端っこへ移る。あのまま私を挟んで話されるのは居心地が悪い。

 そしてそれがどうやら正解だったようで、二人はずっと笑顔で何やら話していた。


 私が若干二人の先を歩いていると、キャーキャーと女子が何やら黄色い声を上げているのが耳に入ってきた。イケメンズの二人が話していることに興奮でもしているのかな、なんて思いながら気にせず歩いていると。向こうから一人男子が歩いてくるのが視界に入った。

 まぁ、下校時間なのだから廊下に人がいることは普通だし、すれ違うのも普通だ。でも、なんだかその男子は周囲の人と違う感じがして、静かに首を傾げる。

 すれ違う瞬間、ちら、と一瞬目が合った様な気がしてゴクリと唾を飲み込む。突き刺すような冷たい視線が忘れられず、つい立ち止まってしまった。急に立ち止まった私に驚いた暁斗と光は、わっ、と言って私にぶつかった。

「どうしたの?」

「大丈夫か?」

 おーい、と不思議そうに私の顔を覗く二人に無反応でいると。不意に、

「見た?氷の王子様よ!今日もお一人でいらっしゃったわ」

「あぁ、一度で良いからお話してみたい……」

 という声が聞こえ、ぶるっと体が震えた。

 そうか、あれが氷の王子様か……

 すれ違いざまの目を思い出し、あんな怖そうな人とよく話したいと思うな、と、騒いでいる女子に心の中でパチパチと拍手を送った。私は絶対に話したいと思わない。

「おい、頼花?本当に大丈夫か?」

「調子悪いの?」

 心配そうに聞く二人に、

「大丈夫。氷の王子様に驚いただけ」

 と言って再び歩き出す。その言葉に、氷の王子様?と、二人は更に纏わり付いてきたけれど、私はしばらくあの鋭い目が忘れられなくて、上手く言葉を返せなかった。

 帰る道中、どうしてあんな怖い人がイケメンズとしてもてはやされているのだろうと心の底から疑問に思い、ずっと考えていた。そして、皆の考えていることは分からないけれど、まぁ乙女ゲームでも冷酷キャラはいるしそういうものなのかな、と納得することにした。

 といっても、氷の王子様は攻略キャラでもないし根は優しいとか思えないけれど。根っからの怖い人って可能性もあるから不用意に関わらない方が良い。

 そう考えた後、よくよく考えたら相手に関する情報が全く無いのに、わざわざ関わろうとする乙女ゲームの主人公は凄いなと思うのだった。

幼馴染み登場です。次回は氷の王子様と出会います。

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