可愛い子犬系男子
ゴールデンウィーク明け。久しぶりの教室はザワザワといつもより騒がしかった。どこへ旅行に行っただの、お土産を買ってきただの、特に予定もなかった自分に対する当てつけかと思うほどだった。別に興味が無いから良いのだけど。私は私で十分満喫できたし。
オンラインゲームでいろんな人と冒険したり、漫画を読んだり、アニメを見たり、本を読んだり……それはそれは忙しかった。ゴールデンウィークということでアクト様の生配信もあったし、レイ様による連続投稿もあった。幸せすぎる休みである。
「頼花やっほー久しぶりぃ!」
バンッと私の机を叩きながらテンションおかしく現れた美来。
「ゴールデンウィークやばかったよねアクト様の生配信!甘々台詞からドS台詞、カッコいい歌から可愛い歌、そしてそしてゲーム実況!とにかく供給過多で死ぬかと思った!ゴールデンウィーク万歳っ!」
ひゃっふぅ!とぴょこぴょこ跳ねる美来に苦笑しながら、そうだねと返す。それから、どの動画が一番良かったかなど熱く語り合い、私もそこそこにテンションが上がってクラスの熱気上昇に貢献していると。
チャイムが鳴り、先生が入ってきた。その瞬間、一瞬教室が静まり返る。それから名残惜しそうに皆がそれぞれ自分の席へと戻り、完全に静かになった頃。ホームルームが始まった。
ホームルームの主な話題は中間考査だった。中間考査一ヶ月前を切り、もうそろそろ勉強モードへ切り替えろとのことだ。そんなことぐらい、言われずとももう分かっている。
中間考査は六月初めに行われる。計十一教科の千百点満点。七割から八割を取れれば良い方だ。好きな倫理や現代文、古典で点数を稼ぎ、苦手な数学や英語でどれだけ失点を抑えられるかが鍵となる。他の科目はまぁ普通に六、七割いければ良い。
もう少ししたら自由時間も全て勉強に充てないとな、と考えながら席を立つ。一時間目は地学なので移動教室だ。地学はC組とD組合同で行うので、私たちC組の地学選択者は隣のクラス、D組へと移動しなければならない。因みにC組は化学の授業だ。
教科書やノート、プリント、筆箱などそこそこ多い荷物を持って教室の後ろのドアから出る。そしてすぐ隣、D組の教室の前のドアから入ろうとして……
「うわっ」
誰かとぶつかり、私は筆箱を落としてしまった。
「すみません」
反射的に謝ると、ぶつかった相手は優しくも筆箱を拾ってくれ、
「どうぞ」
と笑って渡してくれた。
「ごめんね、怪我とかない?」
人懐っこく笑う笑顔が可愛い、私と同じくらいの身長の男子。ふわふわした髪と、少し大きめな制服を着ているせいか、なんだか子犬っぽく見えた。
「いえ。こちらこそ不注意でごめんなさい」
ぺこりと謝って、そそくさと席に座る。どうやら彼はC組へ行くところだったみたいだ。
……それにしても、ふわふわしていて可愛かったなぁ。乙女ゲームでいうと甘えん坊な子犬系男子だろうか。もう全体のぼやっとしたイメージしか思い出せないけれど、あれで顔が良かったら絶対モテる。クラスメイトの誰かが話している、イケメンズに入っていたりして。
そんな関係ないことを考えていると、チャイムがなって授業が始まった。
キンコンカンコーン、と授業終了のチャイムが鳴り、私はうへぇ、と一人うなだれる。このまま机に突っ伏したいところだけれど、ここはD組で自分の席ではないのでそんなことは出来ない。素早く移動準備をしながら、私は先ほどの授業を思い返して深くため息をついた。
授業初っぱなから当てられた私。先生の気まぐれにより、今日私はめちゃくちゃ当てられた。何回も当てられ、何回も珍回答をし、何回も皆に笑われる。もう散々だ。今日はついてない日に違いない。
重い腰を上げて後ろのドアから出ると、また誰かとぶつかりそうになってしまい、思わず、わっと小さく声が出た。見ると先ほどの子犬男子で、またお互いにすみませんと謝った。
「今日二回目だね」
おかしそうに笑う子犬男子に、ですねと頷く私。どうやらこの子犬男子は、誰にでも気軽に話しかけるタイプのようだ。知らない人にこうも気安く話しかけられるなんて凄いな、と密かに感心しながら、軽く会釈をして彼の隣を通り過ぎた。
それからの授業は、思った通り散々だった。全授業当てられたし、珍回答を連発したせいで絶対皆にコイツは馬鹿だと認識された。また、お昼ご飯のお弁当には箸が入っていなかったし、体育ではバレーのボールがものすごい速さでお腹にヒットしその場で崩れ落ちた。ぐはっと声が出たせいで、美来には、漫画かとゲラゲラ笑われた。ドンマイと励まされたけれど、お腹が痛すぎたせいで何も言い返せなかった。
本当についてない、と思いながら放課後に教室掃除をしていると。そこでもゴミ箱じゃんけんで負けて私がゴミ捨てに行くことになった。しかも一発で負けたのだ。私以外全員パーを出すとか、もう示し合わせたんじゃないだろうかと疑いたくなるほどだ。
「ほんっとうについてない」
両手に持ったゴミ袋を、一階のゴミ捨て場にドサッと投げながら愚痴を溢す。パンパンパン、と軽く手を払って、汚くなったように感じる両手を見下ろす。
ちょっと寄り道して手を洗うくらい良いでしょ、と思い、踵を返すと。驚いた顔で立ちつくす子犬男子がいて、うわっとまた小さく声が出た。気配がしなかったので、後ろに人がいるだなんて思わなかった。忍者かと思いながら、道を空けるために横へずれる。
「一時間目ぶりだね。また会うなんて驚いた、今日三回目?」
まさかの話しかけられた。人懐っこい笑顔で問うてくるので、仕方なく私も、ですねと頷いた。
「C組でしょ?良ければ途中まで一緒に行かない?」
ゴミ袋をポイッと捨てて、そう提案する子犬男子。キラキラと目を輝かせる姿に、ふさふさした尻尾が後ろでビュンビュン揺れている様子を想像してしまい、犬じゃん、とつい声に出そうになってしまう。
「別に良いですよ」
断る理由もないのでそう返事をすると、子犬男子は顔をぱぁっと輝かせて嬉しそうに笑った。
「あ、手洗いたいので水飲み場寄って良いですか」
「もちろん」
二人並んで、水飲み場へと向かう私たち。話すことも見つからず、黙っていると。
「あ、自己紹介まだだったね。僕は犬上光。呼び捨てため口おっけーだよ」
にこりと笑ってそう告げる子犬男子。子犬男子っぽい名前だなと心の中で思った。
「私は園崎頼花。私も呼び捨てため口おっけー」
なんだかSNSの話し相手募集中コメントみたいだな、と考えながら同じように自己紹介をする。この後に趣味とか添えれば完璧だ。
「頼花ちゃんか、可愛い名前だね」
にぱっと笑いながら自然とそんな言葉を発する光。この人は天性の人垂らしっぽいな、と乙女ゲームでよくありがちな設定を想起しながら、ありがとうと流す。
水飲み場に着き、パシャパシャと手を洗っていると。
「あっ、光くんこんなとこにいたぁ!」
後ろから女子の声がし、振り返る間もなく、すぐに光の腕に飛びついた。おお、行動早い大胆な彼女さんだ、と感心しながら洗い終わった手をハンカチで拭く。私は人前で絶対にそんなことは出来ない。
「もう部活始まってるよ?早く家庭科室に来てよ」
そう甘えた声を出す女子に、あははと笑って光はさりげなく女子を引き剥がす。
「先に行ってて。僕、教室掃除で戻らなきゃだから」
「そっかぁ。なるべく早く来てね?」
「うん」
じゃあね~、と手を振って元気に退場する女子を見送りながら、光は小さくため息をついた。
「彼女さん?」
とりあえず聞いてみると、光は驚いた顔をして、ブンブンと勢いよく首を横に振った。
「違うよ、ただの幼馴染み。ちょっと距離が近いだけ」
よく誤解されるんだ、と苦笑する光に、なるほどな~と返す。でも、あれはどう見てもただの幼馴染みって感じではない。少なくとも女子の方は完全に光のことが好きだ。やっぱこういう人垂らし子犬男子はモテるのか。
「頼花ちゃんはいないの?幼馴染みとか」
不意にそう聞かれ、私は、んー、と、少し言葉に詰まる。
「いるよ。黒鳥暁斗って人なんだけど、五年連続同じクラス」
運命じゃね?と言われたことを思い出し、私は顔を顰めた。
「えっ、僕その人知ってるよ!直接話したことはないけど有名だよね。頭が良くて運動神経も抜群。カッコよくて女子から人気で、ザ・モテキャラって感じの人」
その人と幼馴染みなのかぁ~、と感心する光に、どう反応すれば良いのか分からず、黙る。
確かに暁斗はモテるし、イケメンズの一人だ。何度か告白されたという話も本人から聞いた。この前美来に暁斗とのことを聞かれた時も、「え、幼馴染みがイケメンとか羨ましい!付き合わないの?」とか言われた記憶がある。
ただ、私にとって暁斗は漫画の趣味が合う同士みたいな感じだし、どれだけイケメンと言われていても、私にとってはただのカッコいい人止まりだ。イケメンは推しや二次元に対して使う言葉だと勝手に思っているせいか、どうしてもキャーキャー騒ぐ気にはなれない。
まぁ、もし暁斗が私の推しになればイケメンともてはやす日が来るのかもしれないが……ちょっと考えられない。暁斗がアイドルになったとしても、きっと彼は私の中でただのカッコいい幼馴染みなんだろうな、と思う。
それを美来に言ったら、頼花は二次元しか愛せない残念な子なんだね……と哀れみの目を向けられたっけ。そんなこと言われても、現時点では三次元にはあまり興味がないのでどうしようもない。今が楽しければそれでいい。
「頼花ちゃんも黒鳥さんのこと好きなの?」
暁斗と話す度に、何度も女子から聞かれたその言葉。光にも言われてしまったので、
「いや、私は二次元にしか興味がないから」
と即答した。すると、驚いたように目を丸くした光は、じっと私を見つめた後、それからおかしそうにクスクスと笑った。
「そっか、二次元にしか興味ないんだ」
嬉しそうに声を弾ます光に、変な人だなと思っていると。
「僕もアニメ好きなんだ。『菓子すく』っていうアニメが一番好きなんだけど。知ってる?」
こてり、と首を傾げて問う光に、私は思わず、えっ、と声を上げてしまった。
「知ってるそれ!てか好き。私の部屋のドアに『菓子すく』のポスター貼ってあるもん」
「えっ、嘘!僕もポスター持ってるよ。DVD買った時に特典でついてきたやつ」
「もしかしてそれレオ&ノアのポスター?」
「そうそう!」
「え~、いいなぁ。そのポスター欲しかったけどDVD高いから諦めたんだよね。私はCDショップで千円以上買ったら貰えるって書いてあるポスターの中から見つけて取ったやつ。因みにレオ含め主要キャラが勢揃いしてるよ」
「え~それ見たい!」
思いがけず『菓子すく』トークで盛り上がっていると。あっという間に教室がある三階まで辿り着いてしまい、互いに顔を見合わせた。
「ここまでだね。まさか『菓子すく』知ってる人がいるなんて」
名残惜しくなりながらそう言うと、光も、うんうんと縦に首を振って、
「あれ結構前のアニメだからね。四年くらい?知ってる人に初めてあった」
と言う。ねー、と相づちを打ちながら、これ以上教室掃除の皆を待たせるわけにもいかないので、じゃあ、と手を挙げて挨拶した。そして踵を返して教室に入ろうとすると。
「待って!」
光に服の裾を軽く引っ張られた。ん?と振り返ると、光は片手にスマホを持っていて、
「良ければ連絡先交換しない?もっと話したいし」
と言った。その言葉に、あぁ、と私も頷いてポケットからスマホを取り出した。連絡先を無事交換し終えると、光は嬉しそうに笑って、ありがとうとお礼を言う。そして、口の前に人差し指を当てて、
「僕がアニメ好きなのは、皆に内緒だよ?」
そう言って、楽しそうに自分の教室に去って行った。私は首を傾げながらも、とりあえず教室の中に入って掃除を終わらせる。掃除が終わって解散した後、私は帰り道を歩きながら、不思議な子犬男子と友達になったな、と考えるのだった。
家に帰って、勉強して。十時になり、一旦休憩~、とベッドにごろんとダイブした。充電していたスマホを手に取り確認すると、一時間ほど前に、光からメッセージが届いていた。
なんだ?と確認すると。よろしくスタンプと『菓子すく』のポスターの写真、そして、これがお家にあるポスターだよ、と送られてきていた。
レオとノアが楽しそうに笑い合って、一緒にお菓子を作るポスターに癒やされながら。私も自分の部屋のドアに貼っているポスターの写真をパシャリと撮った。そしてすぐさま送る。よろしくスタンプと、これが部屋にあるポスターだよ、というメッセージと共に。
それからSNSを軽くチェックして、私がハマっているMMORPGゲーム、『神聖トバルニアの国にて』通称『トバ国』で新ステージが解放されるという知らせを見て、すぐさまカレンダーにアプデの日を書き込んだ。今週の土曜日の午後三時に解放になるみたいで、私はワクワクと胸を躍らせる。
新ステージが解放されるのなら、新しいモンスターや装備も加わるはずだ。もちろんクエストも。これは何としてでも早めに探索して良い物を見つけなければ。
『トバ国』を土曜日にやり込むため、私は自由時間をほとんど勉強に費やそうと決意した。定期考査が近いため、勉強を疎かには出来ないけれど、『トバ国』もしたい。他のプレイヤーに遅れをとるのは嫌だから、一切の娯楽を一旦封じて勉強に打ち込む。……といっても、土曜日までの数日間だけだけれど。
土曜日までは、朝早く学校に行き図書室で勉強。十分休み、昼休みも勉強。放課後は真っ直ぐ家に帰ってSNSも見ず勉強。そんな生活をすると決めた。
なぜ朝図書室で勉強をするのかというと、それは教室が信じられないくらいうるさかったからだ。それに、コイツ何真面目に勉強してんだよと思われるのが少し嫌だったのもある。
朝の図書室は放課後よりも断然静かで、思ったより快適だった。自習スペースも二、三人の先輩しかいないので、勉強によく集中出来た。
金曜日。アプデを翌日に控えた私は、少しだけ興奮していた。真っ直ぐ帰ろうとしたところで、美来に呼び止められる。
「図書室の本返さなくても良いの?」
不思議そうに首を傾げる美来に、あっと声を上げる。
「そうだ忘れてた。ありがと~」
「わざわざ本取りに家に帰ったのに、ここで返すの忘れたら笑いものだよ」
あはは、と笑って後をついてくる美来に、確かにと相づちを打つ。
「朝取りに戻ったせいで朝勉の時間なくなったからね」
「朝からご苦労様です」
二人で話しながら図書室に入り、本を返却する私。
「図書室なんて久しぶりに来た~」
そう言いながら、美来は本棚の前をふらふらと彷徨う。
「何か借りてくの?」
くるっと私の方を振り返って尋ねる美来に、ん、と小さく返事をして、適当に数冊本を手に取った。
「ってか、頼花ほんとに借りてる本全部読んでるの?」
手にした本を覗き込みながら、疑わしそうにそう発した美来。なんで?と聞けば、だってぇ、と美来が答えた。
「頼花、忙しいじゃん。アニメに漫画にゲームに本にアクト様。いっぱいやりたいことあるのに、親は勉強に厳しい。それなのによく全部出来るなって。ほら、明日もあれ、なんかのゲームのアプデなんでしょ?」
何だっけ、と呟く美来に、『トバ国』ね、と答えると、ああそうそう『トバ国』、と私に人差し指を向けた。
「頼花、最近『トバ国』のためにほとんどの時間勉強に費やしてたじゃん。なんか人生大変そうだよね。うちはアクト様だけ追ってるからそんな負担ないけどさ。頼花みたいに、あれもこれもって追ってたら途中で倒れそう」
そんなことを言われ、私はつい苦笑してしまった。
「確かにいろいろ手は出してるけど……でも、どのジャンルも一部分しか知らないって感じだし、そんなぶっ倒れるほどじゃないよ。たまに離れたりするし」
アニメも漫画も本もゲームもあんまり知らないよ、と言うと、美来は、どこがだよ、とすぐさまツッコんだ。
「うちの知らない世界いっぱい知ってるくせによく言うわ~」
最近BLや百合にも手、出してるんでしょ?とイタズラな笑みをして尋ねる美来に、ポスッっと持っていた本で頭を軽く叩いた。
「どこからそんな情報手に入れた」
「本屋でたまたま見かけたら、そのコーナーの漫画を眺める現場を目撃してしまったのだ」
えへん、と胸を張る美来に、わざとらしくため息をついて私はカウンターへ向かう。貸し出し処理をして貰い、本をリュックに詰めると、美来に声をかけて一緒に図書室を出た。
「ところで、乙女ゲームはどんなのやってるの?どぎつい甘々のやつ?」
図書室を出てもそんな話題を振ってくるものだから、私は軽く美来を睨み、
「なわけないでしょ」
と即答した。
「そんなのやってたら親に引かれるし没収されるわ」
「はは、確かに。じゃあ大学生とか一人暮らししたらやるんだ」
馬鹿じゃないの、と返しながら階段を下りていると。思いがけず光と鉢合わせしてしまい、ひゅっ、と息を吸った。
今の聞かれてたかな、と若干心配になっていると。
「頼花ちゃん、今帰るとこ?」
相変わらず人懐っこい笑顔で話しかけてくれたので、私はひとまず安心した。
「うん。光は?」
「僕はこれから部活!今日はマドレーヌを作るんだよ」
エプロンを摘まみながら、にぱっと笑う姿に、光は料理も出来るのかスペック高いなと感心した。本当に乙女ゲームにいそうなキャラだ。
「マドレーヌか、美味しいよね。前に家庭科の授業で作ったけど……もう作り方忘れたな」
学校で習っても自分で作らないからすぐ忘れるんだよな~、と苦笑すると。
「頼花ちゃんって料理とかしないタイプ?」
と聞かれてしまい、私は、あははと笑って正直に答える。
「そうだね。私は食べる専門かな」
そんな言葉に、光はまた面白そうにクスクスと笑った。
「そっか、じゃあ頼花ちゃんはトーヤだね。あ、僕はレオに憧れて料理を始めたんだよ」
そう話したところで、光~?と誰かが光を呼ぶ声が聞こえ、光はハッとして、
「ごめん頼花ちゃん、僕もう行くね!」
と急いで走って行った。
「またね~」
私も声をかけ、そのまま階段を下りようと歩き出す。しかし、数段下りても美来がついてこなかったので、
「美来?」
と振り返ると。美来はハッとして、それからものすごい勢いで私に詰め寄ってきた。
「今のイケメンズの一人、犬上光くんだよね?え、何、頼花友達なの?黒鳥くんだけじゃなく犬上くんまで?爽やかイケメン王子と女子力高い可愛い子犬王子、両方と仲良いの?」
あまりの食いつきように若干引きながら、
「そうだけど……光ってイケメンズの一人なの?」
と聞き返すと、はぁ?!と美来に驚かれた。
「え、知らなかったの?イケメンズの三人は有名でしょう!黒鳥くんのこともそうだけど、あんなに有名なのに知らない方が驚きだよ」
やれやれ、と手を挙げて呆れる美来。その大袈裟な仕草に苦笑していると、頼花、いい?と、イケメンズについて美来が語り始めた。
「イケメンズは、この高校にいる女子を虜にするイケメンたちのことで、三人いるの。一人は頼花の幼馴染みの黒鳥くん、通称爽やかイケメン王子ね。サッカー部所属の運動神経抜群!明るくて頭も良い、誰とでもすぐに打ち解けて多くの人から慕われる王子様。困ったときも颯爽と助けに入ってくれて、生徒、先生ともに信頼が厚い!次に二人目、さっきの犬上光くん。通称女子力高い可愛い子犬王子。愛らしい見た目と人懐っこい笑顔は子犬を彷彿させ、守りたい!と思ってしまうような可愛い王子様。頭が良い上に、家庭科部所属で料理・裁縫はお手のもの。お嫁さんにしたいと思う女子が多いんだよ。最後、三人目は颯風獅苑先輩、通称氷の王子様。首席で物静か、気品ある仕草と姿勢の良さに、本当の王子様なんじゃないかって噂もある。かなりの豪邸に住んでいて、お金持ちだとかいう話もよく聞くし。独特な雰囲気で周囲に人を寄せ付けない孤高の王子様で、お近づきになりたい女子は山ほどいる」
真剣に教えてくれる美来に、
「物知りだねぇ」
と返すと、
「これぐらい常識でしょ?これ知らないで犬上くんや黒鳥くんと仲良くしてたら、周りの女子に妬まれるよ」
と怒られた。そんなこと言われても、と肩を竦めると、美来は、はぁと一つ大きく息を吐く。
「ま、頼花が二次元にしか興味ないのは知ってるけどさ。それでも嫉妬してくる女子はいるだろうし、気を付けなよ?」
何かあったら相談に乗るけど、と心配そうに見つめる美来に、ありがとーと返す。
「本当に良い友達を持ったよ」
「何それ~」
あはは、と二人して笑いながら学校を出る。少し歩いたところの交差点で別れた私たちは、それぞれ帰路についた。
子犬男子登場です。お次は幼馴染みが登場します。