学祭が終わって
学祭が終わり、余韻冷めやらぬ内に定期考査がやってきた。学祭が明けてしまったら、嘘みたいにまた勉強漬けの毎日がやってくる。
毎日学校に行って授業を受けて。数少ない友達と話して、放課後は家に直帰する。お風呂に入って少しだけSNSを確認し、勉強。そして時間があれば二次元と戯れる。そんな日常。
暁斗は先輩が部活を引退してしまったので、いろいろ忙しそうだった。新部長となった彼にはやるべきことが多いらしい。十分休みも顧問の先生に呼び出されることが多くなり、一緒に帰ったり話したりする時間はもうほとんどない。
光も家庭科部の部長になったみたいで、暁斗と同じく忙しそうだった。それに、なんだか最近一年生の男子に妙な懐かれ方をされてしまい、困っているのだとか。たまに廊下で見かけたら、師匠~、と追っかけ回されている姿を見て、なんだか微笑ましかった。
受験生のシオンも完全に受験モードに突入してしまい、話す機会もほぼなくなってしまった。ゲームもログインしていないみたいだし、勉強の邪魔は出来ないのでこちらから連絡もしていない。顔を合わせたら少し立ち話する程度になってしまった。
こんな感じで、イケメンズの三人は慌ただしい日々を、私は穏やかな日々を送っている。
因みに美来はいつも通りで、毎日一緒にご飯を食べ、アクト様トークで盛り上がっている。アクト様は相変わらずのイケヴォで世の女性を虜にしていて、私もどんどん沼にハマっていくばかりだ。いつか、ライブに行けたら良いなぁと考えている。
「そ、園崎さんっ」
定期考査が終わった金曜日。今日は帰って久しぶりの自由時間を堪能するぞー!と立ち上がった時、倉崎さんに名前を呼ばれて振り返る。
倉崎さんは後ろ手に何か隠しながら、その……と、目を彷徨わせる。倉崎さんに話しかけられたのは、あの体育祭以来だな、と思いながら首を傾げると。
「こ、これ……」
おずおずと袋を私に差し出してきた。
「何?これ。開けても良いの?」
とりあえず受け取りながら尋ねると、こくりと頷いたので私は袋を開けた。すると、中から見知った顔が出てきて、えっ、と声を上げる。急いで開け、取り出すと。そこには、くりぃむ色の美しい髪と、緑色の美しい瞳を持つ美青年が優しく微笑みかける、トワのファイルがあった。
「これ……」
新品のトワのファイルに、驚いて声が出ずにいると。倉崎さんがくるくると長い髪を指に巻きながら、少し顔を赤らめて、
「この前、あなたの大切な物を傷付けちゃったから……あの代わりはないって言ってたけど、どうしても、謝りたくて。……その、あの時はごめんなさい」
と謝った。その姿に驚きつつ、私は新品のトワから目が離せなかった。久しぶりに見た、汚れも切り傷もない、綺麗な顔。私の初恋の人。その姿が眩しく、うるうると視界が滲んでくる。
「これ、レアなのに……」
美しいトワのファイルをそっと胸に抱き、感動を噛みしめる。
「ありがとう……」
私が感謝を言うと、倉崎さんは目を見開いて驚いた。
「な、なんであなたがお礼を言うのよ。悪いのは私でしょ」
「そうだけど……でも、私の初恋の人にまた、会わせてくれたから。尊くて神々しい、愛しいトワに会わせてくれたから」
だから、ありがとう。そう言って笑うと、倉崎さんはふいっと私から視線を逸らし、
「お、おかしいんじゃないの!」
と怒った。その姿がなんだかおかしくて、クスッと笑みが溢れる。もしかすると倉崎さんはツンデレタイプなのかもしれない。そんな風に思った。
私がトワのファイルを抱きしめ、感動に浸っていると。
「ねぇ。あなた、本当に二次元に恋してるの?現実に好きな人とかいないわけ?」
不意にそう聞かれ、私はきょとんと倉崎さんを見る。そして、満面の笑みで頷いた。
「そうだよ。私、二次元に恋する人だから。二次元を凌駕するイケメンに出会わない限り、私が現実で誰かを好きになるなんてあり得ないよ」
すると倉崎さんは、ぽかんと私を見つめた後。クスッと、口に手を当てておかしそうに笑った。
「そんな人いるわけないじゃない。二次元は神の領域よ。理想が詰め込まれたイケメンに恋してしまったら、もう抜け出すことは出来ないわ」
倉崎さんがそんな風に可愛らしく笑えるとは思わなくて。私はつい、倉崎さんの手を握ってしまった。
急に握られた手をじっと見つめ、は?と怪訝な顔をする倉崎さん。そんな倉崎さんに、もしかして、と僅かな希望を持って尋ねた。
「もしかして倉崎さんも、私と同じタイプ?二次元に好きな人がいるとか……」
そんな私の言葉に、はぁ!?と素っ頓狂な声を上げる倉崎さん。
「そ、そんなこと……」
否定しようとするも、言葉が上手く出ないのか、顔を赤くしたまま固まってしまった。その様子に、私は確信を持った。
「倉崎さん、てっきり暁斗のことが好きだと思ってたけど、本当は私と同じで二次元に恋するタイプだったんだね」
なぁんだ、そうだったんだ、と笑うと。倉崎さんは目をつり上げて怒った。
「は?ちょっと何言ってるの?私がいつ黒鳥くんのことが好きだと?あんなの眼中にないわよ。黒鳥くんより断然アオイ様の方がカッコいいわ!」
キッパリとそう告げた倉崎さんに、にやにやと笑うのを堪えきれない。
「そっか、倉崎さんはアオイ様っていう人が好きなんだ。ねぇねぇ、それってどんな人?写真とかないの?アニメ?ゲーム?漫画?」
私がぐいぐいと迫ると、倉崎さんは自分が今話してしまったことに気付いたらしく、カァァッと顔を真っ赤にした。そして、もう逃げられないと悟ったのか、
「『ファジリア学園と聖なる乙女』っていう乙女ゲームのキャラクターよっ!」
と白状した。そのゲームの名前に、私はぴょこんと小さく跳ねる。
「え、それ知ってる!最近気になってて始めようかなって思ってたゲームだよ!え、やっぱりそれ面白い?やった方が良い?」
「はぁ?面白いに決まっているでしょう。なんたってアオイ様が出てくるのよ。アオイ様とお話したら、きっとあなたも恋に落ちるに決まっているわ。あんなに素敵な騎士様いないもの」
「あ、分かった騎士ってことはあの水色の髪の人?確か、無口な謎の多いキャラだよね。めっちゃ声優さん豪華なやつ」
「あら、一応初期情報は頭に入っているのね。でも甘いわ!プレイしたら分かる、アオイ様の誠実さと優しい心遣い……あれで好きにならない方がおかしいのよ」
「ちょっと待ってネタバレはやめてね?一応プレイしようかなって考えてるんだから」
「するわけないでしょ、馬鹿ね。というか、一応じゃなくて絶対にしなさい。やるんだったら貸してあげるから」
「え、良いの!?買うと六千円ぐらい吹っ飛ぶから普通に嬉しい。でもクリアに時間かかっちゃうかも……」
「布教活動の一環よ、アオイ様ファンが増えればグッズも増えるかもしれないでしょ?それに、私だったらもう何十回とプレイしてるから全ルート完璧に覚えているわ。少しの間貸しても大丈夫よ」
ぽんぽんぽん、と、乙女ゲームの会話を繰り広げていると。気が付けば教室には私と倉崎さん以外皆帰っていて、二人っきりだった。
「あーあ、気が付いたら二人っきりだ」
「何よ、嫌なの?」
顔を顰める倉崎さんに、違うよ、と首を振る。
「乙女ゲーム仲間が増えて嬉しいよ。まさか倉崎さんとこんなに語る日がくるなんて思わなかった」
肩を竦めておどけて言うと、倉崎さんは少しばつが悪そうな顔をして、そうね、と窓の外を見た。窓の外はもうオレンジ色に染まっていて、もう少ししたら暗くなりそうだ。
「……あなたにいろいろ突っかかっていたのは、本当に悪かったと思っているわ。今じゃあのファイルを傷付けてしまった自分が許せない。……その……誤解、していたのよ」
「誤解?」
意味が分からなくて、そのまま聞き返すと。倉崎さんはチラッと私の方を見た後、また窓の外を見て話し出した。
「あなた、自己紹介の時言ってたじゃない。漫画にアニメにゲーム、とにかくいろいろ好きです、って」
その言葉に、こくりと頷く。確かに私の自己紹介の常套句だ。どのジャンルも好きだし、どれか一個を挙げるなんて出来ないから、よくそうやって言ってしまう。
「あれで、あなたがにわかなんじゃないかと思ったのよ」
そう告げる倉崎さんに、え?と目を見張る。
「だって、どれも好きって出来すぎてるじゃない。それに、あなたは二次元しか愛せないって噂もあったし。私は本気でアオイ様のことが好きだから、もし誰かと友達になりたいがための嘘だったら、なんて嫌なやつなんだろうって思ったわ」
そこで一呼吸置いて、躊躇うようにまた話し出す。
「あなたは黒鳥くんとも、そして犬上くんとも仲が良い。人を寄せ付けないで有名な氷の王子様ともね。学校で人気者の三人とどうやって仲良くなったのかは知らないけれど、あなたが楽しそうに生活しているのが嫌だった。……今思えば、私のアオイ様への気持ちを馬鹿にされてるみたいで苛ついていたんだと思う。だって、私はアオイ様に全てを捧げているのに、あなたにはたくさん推しがいるみたいだったから。たくさんの人に注がれる愛と、一人に注がれる愛。それが、二次元しか愛せない人、で同じにくくられるのが嫌だった」
そこでまた、ゆっくりと息を吸った倉崎さん。どこか苦しそうな顔で、私まで見ていて辛くなった。
「私は今まで、自分が乙女ゲーム好きだと、アオイ様を愛していると、誰にも言えなかった。前に乙女ゲームが好きだと告白したら、アオイ様が好きだと言ったら、馬鹿にされたから。だから私は自分を隠して、乙女ゲームが好きだとバレないようにした。それなのに。あなたは、教室で堂々と好きな物について話しているし、学校の人気者三人と楽しそうにしているから。あなたが乙女ゲームも好きで、何個かプレイしているって聞いたとき、そしてそれを堂々と話している姿を見たとき、とても悔しかった……それで……」
目から涙が溢れ、それを服の袖で拭う倉崎さん。その姿が今にも消えそうなほど弱々しくて、心がきゅうっと締め付けられる。
「私がファイルを傷付けたあの時。あの日。あなたが、本当にトワを愛していたんだと知った。そして、私はなんてことをしてしまったんだろうと、後悔した。あれからあなたのことを見ていたけれど、本当に、ただ、好きなだけだと知って……アニメもゲームも漫画も、全てにおいて、本当に心の底から好きだったんだと分かって……分かれば分かるほど、なんてことをしてしまったんだろうと、謝りたくなって……」
ぐす、と鼻を啜る倉崎さんに、どうして倉崎さんが私のことをちらちら見ていたのかが分かって、あぁ、なんて馬鹿なんだろうと思った。倉崎さんはあれから、ずっと悩んでいたんだ。ずっと、苦しかったんだ。ずっと、一人で……
「倉崎さん……」
私は気が付いたら倉崎さんの名前を呼び、ぎゅっと、優しく抱きしめていた。倉崎さんの震えが私にも伝わってくる。私はそっと、そっと、背中を撫でながら声をかけた。
「倉崎さん、気が付かなくてごめんね。私、ずっと、倉崎さんのこと誤解してた。倉崎さんはただ、アオイ様のことが好きで……そして、その気持ちを、誰かに知ってもらいたかったんだね。誰かと一緒に、語りたかったんだね……」
私もその気持ちは痛いほど分かった。だからこそ、もう倉崎さんを酷い人だとは思えない。
自分の好きな物を馬鹿にされるのは、否定されるのは辛い。好きな物を好きだと言えなくて、自分に嘘をつき続けるのは辛い。私も昔、経験したから分かる。
中学生の頃、クラスメイトと恋バナをしたとき。好きな人の話をしたとき。私が正直に、二次元しか愛せない、初恋の人はトワだと言ったとき。皆に笑われた。
そして、めっちゃ夢見てるじゃん、頼花ちゃんもーちょっと現実的になろ?と言われたとき、かなりショックだった。本気だったのに、本気ととられない。冗談だと思われる。むしろ、本気だったらやばいやつ認定される。その事実に、絶望した。
そこで私は、諦めてしまった。他人に理解されることを。私はあの時、幸いにも暁斗がいた。暁斗はこんな私を受け入れてくれたし、認めてくれた。それが嬉しかった。一人でも理解者がいれば、こんなに救われるんだと思った。
私には暁斗がいたから、好きな物を好きだと言った時、理解されなくても、馬鹿にされても、まぁいっかって思えた。暁斗みたいに、ありのままの私を受け入れてくれる、理解してくれる人がきっとどこかにいると思えたから。
だから、馬鹿にされて心が傷付いても、なんとかやってこられた。自分に嘘をつかないでやってこられた。
でも、倉崎さんは。ずっと、一人だったんだ。理解してくれる人が現れず、自分に嘘をつくことでやり過ごしてきた。
私の想像するより何倍も辛かっただろう。そんな人の目の前に、自分の好きな物について堂々と口にし、なおかつそれを理解してくれる人が近くにいる、そんな人が現れたら、誰だって妬む。攻撃的になってしまうのも分かる。
「これからは、私がいっぱい話を聞くよ。いっぱいいっぱい、乙女ゲームやアオイ様の話をしよう?」
私がそう言うと。倉崎さんは、うわぁぁん、と、今までため込んでいた物を吐き出すように、思いっきり泣いた。
あれから私は、定期考査明けの土日を使って『ファジリア学園と聖なる乙女』を倉崎さんから借りてプレイした。始めて見るとすぐにハマってしまい、ビジュとステータスが強すぎる攻略対象者にきゅんきゅんしまくった。
休み明けの月曜日、早速アオイ様含め五人の攻略対象者中三人を完璧クリアしたことを告げると、倉崎さんはとても驚いていた。そして、あなたって本当に凄いのね、と、それからゲームについての話を延々とした。
いつの間にか私と倉崎さんが仲良くなっていることに気が付いた暁斗は、
「また同士を増やしたのか?ほんとすげぇな頼花は」
と、呆れつつも笑顔でそう言った。その笑顔に絆されながら、思えば、私が今こうして笑顔でいられるのは暁斗のおかげだったりするのかな、と考えた。
だって、暁斗の存在がいなかったら、私もずっと、苦しんでいたかもしれないから。自分に嘘をついていたかもしれないから。
そう思うと、なんだか急に暁斗が輝いて見え、ぶるぶると思いっきり頭を振った。私の急な首振りに、なんだなんだ、と不思議そうに私を見つめる暁斗。
何だか気恥ずかしくなった私は、なんでもない、とそっぽを向く。そして、美来と倉崎さんと目が合った私は、二人のところへ行こうと足を踏み出した。
「……暁斗、ありがとね。暁斗は私にとって、ハヤトなのかもしれない」
「へ?」
急な言葉に、素っ頓狂な声を出す暁斗。私は暁斗の顔を見る余裕がなくて、なんでもないっ!と、二人の元へ走り出した。
二人に飛びつくと、
「わっ、あっぶなー、いつもの仕返し?」
「何ようざったいわね、テンション高すぎ」
と、美来に笑われ、倉崎さんには顔を顰められた。
三人で一緒に楽しく話しながら、学校も悪くないな、なんて思うのだった。
第一部完結です!今まで読んで下さった皆さん、ありがとうございました。第二部はまたいつか、書き終わったら毎日投稿していきたいと思います。




