学祭二日目 前編
今日は学祭最終日、体育祭だ。
今日は集合から解散までグラウンドのため、ジャージ登校が認められている。私は今日、どの種目にも参加する予定はないけれど、体育祭で制服なんて着ていたらやる気ゼロと見なされかねないので、私もきちんとジャージで登校する。長い髪はポニーテールにし、一応見た目だけはやる気満々の人だ。
「おはよっ」
グラウンドに着くなり美来に飛びつかれ、元気だなぁと苦笑する。
美来は私と違って、二種目出る予定だ。因みに、私のクラスで一番競技に出るのは暁斗である。なんだかんだ、全種目参加することになっていて大変だなぁと思った。
美来と会話しながら、グラウンドの隅に設置されたテントにリュックを置く。各クラス毎に用意されているこのテントは、一応休憩所としての役割を担っているのだが、毎年荷物置き場と化しているらしい。私も、去年はここから少し離れた木陰でのんびりしていた。きっと今年もそうなるのだろう。
テントでは皆にハチマキが配られていて、私もC組カラーの黄色のハチマキを受け取って頭に巻いた。グラウンドを見渡すと、様々な色のハチマキをつけた人であふれかえっている。日射しが痛いくらい強いのに、よくもまぁ日向にいられるものだ。
「てか頼花、そのかっこ暑くないの?」
美来が、私の長袖長ズボンのジャージ姿を見て顔を顰めた。
「見てるだけでも暑いんだけど」
そう言う美来は、Tシャツ短パンの涼しそうな格好をしていた。
「日光が直接肌に当たらない分、私は涼しいと思ってる。美来の方こそ太陽の光じりじりと直接浴びて痛くないの?火傷しそう」
私の言葉に、えー全然しないよ、と自分の腕を見ながら美来が言う。
「日焼け止め塗ってるし。まぁ服装は自由だから別に良いけどさー、バテて倒れないでよ」
私に注意しながら美来はリュックから水筒を取り出し、ごくりと飲む。朝からこんなあっついとか死ぬわ~、と、愚痴を溢した。
私も、だね、と同意しながらすっきりと晴れた青空を見上げる。今日グラウンドを走り回る人は大変そうだ。
グラウンドに集まって全校生徒でラジオ体操をした後、すぐに体育祭が始まった。最初は一年生の種目なので、知り合いがいない私は特にすることがない。
ブルーシートは荷物で埋め尽くされていたので、私は仕方なくテントを離れ、そこそこ競技が見える木陰にゆっくりと座った。そよそよと気持ち良く風が吹くので、ついここで居眠りしたくなってしまう。
一年生の声がグラウンドに響くのを遠くに感じながら、うとうととしていると。
「らーいかちゃんっ」
ドスッと誰かに飛びつかれ、私の眠気は一気に吹き飛んだ。振り返る必要も無い。もう聞き慣れたこの声は、光だ。
光はえへへと笑って、私の隣に座った。光は上が長ジャー、下が短パンだった。
「今もしかして寝てた?」
体育座りをして、膝に顔をこてんと乗っけながら私の方を見つめる光。私は、ん~っと伸びをして頷いた。
「うとうとしてたけど、光のタックルで目が覚めたよ」
私の言葉に、ごめんごめんと笑う光。頼花ちゃんを見つけたから嬉しくて、なんて恥ずかしげもなくサラッと言葉にした。
しばらく二人でだべっていると、シオンと暁斗が遅れて合流した。二人一緒だったことに驚きながらも、四人で木陰に座って話す。
「っていうか暁斗、全種目参加するんでしょ?大変だねぇ、ドンマイ」
「いやお前絶対楽しんでるだろ。光も何か参加しろよな」
「えー、僕こういう熱苦しいの苦手なんだよね」
ぽんぽんと楽しそうに会話するのを聞きながら、私はシオンと話す。
「シオンは最後の体育祭だけど、本当に何も出ないんだ?」
「ああ、俺もこういうのは苦手だからな。ライこそ出なくて良かったのか?」
「私?いやー、無理無理。こんな暑い中走ってられないよ。今みたいに、誰かと話しながら体育祭を終えて、花火見て、学祭の終わりを迎えるのが一番良い」
遠くで一生懸命に動く生徒の姿を眺めながら、そんなゆったりとした時間を過ごす私たち。毎日勉強じゃなくて、こういうまったりした感じだったら良いのにな、と思っていると。遠くから、黄色いハチマキをした女子二人組が走ってくるのが見えて、なんだなんだ?と目を凝らす。
近くまで来て、それが美来と倉崎さんだと分かった瞬間、何やら嫌な感じがして咄嗟に身構えた。
「頼花っ」
危機迫ったように告げる美来に、嫌な予感が更に高まる。
二人は私の目の前に来たと思った瞬間、それぞれ私の片腕を持って思いっきり引っ張った。
「どわっ!?」
無理矢理立たされたことに驚いていると。
「頼花、次の二年の競技、借り人競争に出てくんない?」
そう言って私をぐいぐいと引っ張った。意味が分からなくて、私は必死に木陰から出ないよう踏ん張る。
「待って待って意味分かんないどーゆーこと?私何も競技にエントリーしてないから走らないからっ!」
「でも競技に出る予定だった子が熱中症で倒れちゃったんだよ。だから頼花が代わりに出て」
「いや意味分かんない。私より絶対他に適任者いるよそうだよね倉崎さん!」
ぐいぐいと引っ張られながらもなんとか耐えつつ、倉崎さんにそう振ると。
「いい加減諦めて出なさいよ!あなた私より足速いでしょう!」
と怒られ、なんで!?と私も必死に断る。
「そうかもしれないけど!でもやだ借り人だよ?ただのリレーならまだしも借り人!借りてこられる人がいるほど私は人と交流をしてないもん!」
嫌だ嫌だ、と頑なに抵抗していると。これは違う方法で攻めた方が良いと思ったのか、美来は私から視線を逸らし、後ろで静観していた三人に声をかけた。
「皆さんも頼花が走るとこ見たいですよね!?」
「いや三人が裏切るわけ……」
そう言いかけた時。
「見たいっ!!」
光がそんな言葉を発したのだから、嘘でしょ、と思って振り返る。すると光は驚くほどキラキラとした目で、
「僕、頼花ちゃんが無双するとこ見てみたいなぁ。というか、僕、頼花ちゃんに借りられてみたいなぁ」
と言った。その言葉に、いやいやいやと反論する。
「待って光、今さっき話してたよね?熱苦しいの苦手だって。借りられたら走らないといけないんだよこの暑い中!」
しかし、私の説得もむなしく、頼花ちゃんとだったら良いよ、なんて言われてしまった。そう言われればもう無理で、私は光から目を逸らしシオンを見る。
「シオンも断るの手伝って!先輩でしょう!?」
しかし、シオンは子の成長を見守る親みたいな目を私に向け、
「諦めて走ってこい。案外楽しいかもしれないぞ」
と、私の願いをバッサリ切った。そんなぁ、と思いつつ、最後の砦、暁斗を見るも。暁斗はにぱっと笑って、
「一緒に頑張ろうな!」
と、突き放した。そして私は、為す術無く強引に美来たちに連行されてしまった。
走るとなれば、流石にTシャツと短パンにならなければいけない。長ジャーを脱ぐと、直で日光が当たりじりじりと焼かれているのが分かった。美来に日焼け止めを借り、腕や足に塗りたくる。
「いやぁ~、ぶっちぎりで一位取ってきなよ!」
にやにやと楽しそうに笑う美来を軽く睨みながら、こんなはずじゃなかったのに……と呟いた。木陰で優雅に皆が走り回る様を見て、談笑して終わるつもりだったのに。
「借り人ってお題どんな感じなの?好きな人とかだったらクリア出来ないよ」
走ることになったので情報は必要だと思い、元々出る予定で、何度か練習をしたことがある美来に尋ねる。誰も借りられず、ぼっちでグラウンドを彷徨う想像をしながら美来に聞くと、美来は、あははと笑って頷いた。
「確かに。そしたらスマホと一緒にゴールしなよ。推しの写真ならいっぱい持ってるでしょ」
冗談なのか、それとも本気なのか。そう答える美来にため息が出る。
「借り人競争に出る人は並んでくださーい」
係りの人が大声で叫ぶのが聞こえ、私は重い腰をよっこらせ、と上げた。これから地獄の借り人競争である。
私は五番目に走るようだった。トリの六番でないことに安堵しつつ、私は前の人の様子をじっと観察した。
コース自体は単純で、スタートから走り出し、グラウンド中央に置いてあるお題が書かれてある紙を回収。それからお題となる人を見つけ出し、手を握って走り、一緒にゴール、というものだった。複雑なコースではないことにほっとしながら、私の前の人、暁斗の順番になる。
暁斗はピストルの音と共に颯爽と走り出し、一番最初にお題を取った。そして、お題を見てから一瞬動きを止める。
一体何のお題だったんだろうか、と思っていると。あろうことか暁斗は私めがけて走ってきて、ごくりと唾を飲み込む。
待って待って待って、何のお題かは知らないけど私は困る!私は暁斗の次に走らなきゃいけないんだ、もし今ここで走ったら絶対体力残らない、私の体力のなさ舐めるなよ!?
日々家に引き籠もり、全く動かなかったせいで落ちた体力は著しい。中学の頃は運動部だったけれど、そこで蓄えたはずの体力は、もう遙か彼方に飛んで行ってしまったのだ。
暁斗は私の目の前に立ち、ぐいっと腕を取った。
「次出番なのに悪い、お題が『一番付き合いの長い人』だったんだ」
そう言われれば、もう走るしかない。確かにこの学校の中では、私が一番付き合いが長いのだから。
私は仕方なく、暁斗と手を繋いで全力で走った。暁斗は足が速いから、置いて行かれないようにこちらも全力疾走しなければならない。
なんとか一位で走り終え、私は膝に手をつき、はぁはぁと荒く息をする。やばい、今のでもう全体力使い切った気がする。
「さんきゅ、頼花」
暁斗にお礼を言われ、私はただ頷いた。言葉なんて出せない、早く息を整えなければ。
私は腰に手を当て、はぁ、はぁ、と息をしながら、よろよろとスタート位置に戻る。ボロボロの私を見て、トリの美来は、頑張れ、と笑った。
「最下位でも誰も文句は言わないから」
その言葉に頷きながら、私はコースに並ぶ。もうスタートするらしい。
パァンッ
ピストルが鳴り、私はなんとか走り出す。お題を目指して走っているとき、あぁ、なんで自分はこんなに必死に走っているのだろうかという考えがよぎる。
お題の紙を捲ると、そこには『仲の良い先輩』と書いてあった。先輩の知り合いなんて、私にはシオンしかいない。私はシオンを探してキョロキョロと辺りを見回す。すると、応援席で光と一緒に立っている姿を発見し、私はシオンめがけて走り出す。
「お題、『仲の良い先輩』でした!」
そう言ってシオンの手を取ると、シオンは驚いたような顔をしたが、すぐさま理解したらしく、一緒に走ってくれた。それからなんとかゴールまで走り、私たちは二位でゴールした。
その場で座り込み、ぜぇ、はぁ、と息をしながら、一緒に走ってくれたシオンにお礼を言う。
「シ、オン……あ、りがと……」
私のお礼に軽く頷き、お疲れ、と労うシオン。そして、私に日光が当たらないよう立ち位置を変更した。その心遣いが心に染み、また、ありがとう、とお礼を言う。
ゴール付近で座り込みながら、美来の走りを見ていると。不意に、頼花!と呼ばれ、振り返る。そこには缶ジュースを手にした暁斗が立っていて、ほら、と一つ私に差し出した。
「疲れたろ?これお礼な」
校内の自販機で買ってきたのだろうオレンジジュースをありがたく受け取りながらお礼を言う。
「ありがと」
すぐさま缶を開け、グビッと勢いよく飲んだ。冷たいジュースが、疲れた身体によく染みた。
無事に一位でゴールした美来は、すぐさま私のところまでやってきて、いえーい、とピースした。その様子に笑いながら、おめでとうと言葉をかける。すると、頼花こそお疲れ様、と美来が笑った。二位なんて凄いじゃん、と褒められながら、私たちは自分のテントの場所まで歩く。
リュックからタオルを取り出し、汗を拭く。今日タオル持ってきて良かったー、と心の底から思った。
「頼花ちゃんお疲れ様~。走り見てたよ、カッコよかった」
テントで休憩していると、光も合流して私の周りはまた賑やかになった。光が暁斗に文句を言うのを聞きながら、缶ジュースを飲み干す。
グラウンドを見ると、次は三年生の競技のようだった。この次は、また一年、二年、三年と順番に競技を行い、部活対抗リレーで午前の部は終わりだ。もう私の出番はない。また日陰でのんびり談笑でもしていよう。
ある程度汗が収まってきたら、私はまた長ジャーを着た。布で肌が守られている安心感にほっとしながら、タオルは頭に乗っけたままテントを後にする。
「どこ行くの?」
光にそう聞かれ、缶捨てに、と缶を掲げながら言うと、僕もついてくー!と私の隣に立った。俺も缶捨てに行くわ、と暁斗が言い、皆が行くなら、とシオンもついてくる。結局大所帯になってしまった。
なんだかんだ、このメンツでいるのも慣れてきたな、と感じながらグラウンドの隅っこを横切る。チラチラと感じる女子の視線にも慣れたものだ。人間の適応力って凄まじい。
グラウンドの外に設置されているゴミ箱に、ひょいと缶を投げ捨てると、カラン、と小気味良い音を立てた。
遠くから歓声や応援の声が聞こえる中、見上げる青空。その清々しさに目を細めながら、もうこのまま校内に入ってしばらく休んでいても、誰も気が付かないんじゃという悪い考えが頭に浮かぶ。
きっとさっき全力疾走したからだろう。良い感じの疲労も蓄積されて、このままグラウンドに戻りたくないと思ってしまう。
「戻らんの?」
まだ競技が残っている暁斗に言われ、んー、と言葉を返す。
「このままグラウンドに戻らなくても、バレないんじゃないかとか考えてた」
正直に白状すると、いやダメだろ、とすぐさま却下されてしまった。でも、暁斗ならまだしも私ならバレない自信がある。だってもう応援しか残っていないし。
「暁斗はまだ競技出るけど、私もう出ないし。別にいなくても良いじゃん」
あーあ、と言いながら仕方なくグラウンドに向かうと。
「え?でも熱中症なった人ってリレーも出る人じゃん。頼花リレー出るんじゃないの?」
不思議そうにそう言われ、私は、は!?と勢いよく振り返った。
「待って聞いてない、リレー?出ないよ?なんでそんな体育祭の花形種目に出ることになってるの?代わりに出て順位追い越されてみ?めっちゃ恨み買うじゃん」
あり得ないから!と訴えるも、え、だって、と首を傾げる暁斗。
「リレーならまだしも、ってさっき言ってたじゃん。だから、借り人に出たならリレーも出るってことっしょ?」
そう言われて、自分の顔がサアッと青ざめていくのが分かった。
いや、確かにそう言ったけども!でも、それはリレーも出て良いってことじゃない……
突然告げられたリレー参加の事態に呆然としていると。
「頼花ちゃんリレーも出るんだ?頑張ってね、僕一生懸命応援するよ」
と笑顔で光が告げ、シオンもこくりと頷いて、頑張れよ、と応援した。私は二人の言葉を聞きながら、マジか~~、とその場にしゃがみ込むのだった。
「美来っ!」
テントに戻るやいなや、私は美来に迫った。美来は私の必死の形相に若干引きながらも、お、おお、どうした?と尋ねる。そんな美来に、私は早口になりながら、僅かの期待を胸に問いただした。
「さっき私がリレーにも参加するって聞いたんだけど冗談だよね?違うよね?間違いだよね?私の出番はもうないよね?」
私の言葉にきょとんとする美来。そして、
「え、もう頼花が代わりに出るってエントリー出しちゃったけど」
と、私を絶望のどん底に叩き落とした。
「うそだなんでぇぇぇ」
うずくまる私に、
「え、だってリレーなら出ても良いよみたいな雰囲気出してたし。それに頼花足速いじゃん」
と告げる美来。
「いや出してないから!」
バッと美来を睨むと、まぁまぁまぁ、と美来は私をなだめる。
「他の子に聞いても皆出たくないって言ってるし、頼花しか頼める人いないんだよ。だから、ね?諦めよ」
「……因みに、走る順番は?」
せめて走るなら真ん中が良い、と思い聞くと。
「アンカーにバトンを渡すとこ。だから、私からバトンを受け取って、黒鳥くんにバトンを渡せばおっけーだね」
そう言ったので、私はまたもうなだれた。
最後から二番目って、結構盛り上がるところじゃないか。ここで追い越されようものなら皆にブーブー言われる場所……荷が重い。
「まぁ、例え頼花が最下位でバトンを渡そうが、俺が全員抜いて一位でゴールしてやるからさ。
気楽に走ってこいよ」
にかっと太陽のように笑う暁斗に、元気なく頷く。
確かにそうだ。暁斗が挽回さえしてくれれば、私がいくらヘマしても大丈夫。暁斗がアンカーなら……まぁ、少しは安心、かもしれない。去年逆転勝利してるし。
「分かった……暁斗、信じてるから」
暁斗を見上げてそう言えば、暁斗は一瞬驚いたように目を見開いた後、満面の笑みで、おうっ!と元気に返事をした。心なしか嬉しそうに見え、そんなにリレーでアンカーを任されるのが嬉しいのかと呆れた。私だったら絶対に嫌だ。
学祭二日目です!代理で種目に参加するのってプレッシャー半端ないですよね……。二日目は長くなってしまい、一回で終わらなかったため、前編・中編・後編に分けて投稿します!




