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何気ない日常

「はよー」

「おはよ~」

 教室に人がなだれ込んでくる。朝八時十分。特別することもない私は、いつも通り机に頬杖をついて、窓から外を眺めていた。

 何やら楽しそうに話し込むクラスメイトたち。高二になってもたいして変わらないな、と、誰にも気付かれないよう小さくため息をついた。

 ……早くホームルーム始まらないかな。

 あまり話す友達がいない私は、そう思った。


 毎日学校へ行って、授業を受けて、たまに友達と話して。そんな、特に変わったことも起きない平凡な毎日。放課後誰かと寄り道をすることもなければ、遊ぶこともない。真っ直ぐ家に帰って勉強をして、大好きな二次元と戯れる。そんな日々。

 世の女子高生の中には、彼氏だのなんだのと恋に現を抜かす人もいるのかもしれない。けれど、そんなのは私に一切関係のないことだ。恋愛感情というものを三次元の人間に未だ持ったことがなく、恋をしたことのない私には、未知の世界。

 でも、羨ましいとか思ったことはない。だって、私には現実の恋なんて無理だと分かっているから。だって、私は……二次元しか愛せないもの。


 家族はとても厳しく、勉強に口うるさい。テストで悪い点を取ろうものなら、目をつり上げて怒る。門限も厳しいし、恋なんてもってのほか。恋人なんて作ったら、きっと殺されるのだろうと真面目に思う。

 放課後遊び歩けない私に、窮屈じゃない?と言う人もいるが、私は別に何とも思っていない。というか、私にとっては普通なので、毎日誰かと遊び歩いて勉強を疎かにする方が考えられなかった。真面目に勉強してノルマをクリア出来れば、好きな本や漫画、ゲームを買って貰える。それだけで十分だ。

 私の部屋には何十本ものゲームのカセットや何十冊もの本や漫画がある。推しのアクキーやポスターなども充実しているし、幸せだ。誰かに遊びに誘われても、部屋で推しに囲まれている方が絶対に幸せだと思ってしまう自分がいるし。それに、遊び相手や話し相手ならネットにいくらでもいる。


「ただいま~」

 お帰り、という母の言葉を受けながら、私はすぐさま二階にある自分の部屋へと向かう。私のドアには『お菓子で世界を救います』、通称『菓子すく』の主人公レオと、その仲間が描かれたポスターが貼られてある。金髪碧眼のイケメン、レオが笑顔で出迎えてくれる姿を見れば、自然と口が緩む。

 ドアを開けて、カーテンを閉め切った薄暗い部屋に入る。机の上にリュックを置いた私は、すぐさま制服を脱いでお風呂へと向かった。


 お風呂から出てさっぱりした私はリビングへ行き、冷蔵庫からお茶を取り出してグビッと飲む。つい、ぷはあっと声が出る。

「これからちょっと買い物に行ってくるから」

 出かける準備をしていた母にそう言われ、私は、ん、と返事をする。

学校が終わって家に直帰、お風呂から出ると母が買い物に出かける。いつもと変わらない。ここから私は少しSNSをチェックした後、勉強を始めて、やることが全て終わったら、ゲームをしたりアニメを見たり本を読んだり漫画を読んだり、自由に過ごす。

 といっても、最近は大学受験に向けて勉強量も増えてきているので、自由時間が少なくなってきているのだけど。一日勉強して終わる、なんて日もよくある。


 自室に戻り、電気を付ける。一気に明るくなった部屋に一瞬目を細めながら、私はベッドに深々と腰掛けた。それからスマホを取って、ごろんと後ろに寝転がりながらSNSを見る。お風呂から出てベッドに横たわるこの瞬間は最高だ。

 私が追っている人の投稿を一通りチェックしていると、レイ様が新しい絵を投稿しているのを見かけ、すぐさまコメントを発した。

【レイ様、相変わらずの神絵ありがとうございます(土下座)】

 レイ様とは、私が尊敬している神絵師様だ。去年から投稿を始めたのだが、それはもう絵が素敵で一瞬で恋に落ちた。ドストライクで好きな絵柄だったのだ。

 女性は、ほわほわしていて優しい、可愛いが溢れる絵。男性は、凜としていてキリッとした、カッコいいが溢れる絵。

 即コメントを送って、その後の投稿にも全て反応していたら、レイ様からもコメントが来るようになり、今では話し合うまでの仲になった。それが嬉しくてたまらない。互いに個人情報は明かしていないけれど、リアルのレイ様もきっと素敵な人に違いない。

 それからイケヴォ配信者のアクト様が新曲を投稿していたので、それを聴いてテンションを上げた。相変わらずのイケヴォを堪能したところで母が帰ってきたので、私はスマホを置いてよっこらせと机に向かう。ここから勉強だ。今日のはなかなか手強い課題がいっぱいだったはず。


 古文の助動詞の活用形を覚えて文章読解をしている途中で母から声がかかり、私はひとまず勉強を中断して夕食を食べに一階へ下りる。見ると、今日は私の好きなピーマンの肉詰めだったので、心がぴょんと跳ねた。

「いただきま~す」

 パクリと美味しいピーマンの肉詰めを堪能していると。

「高二になったけどどう?勉強は大丈夫そう?」

 そう母に尋ねられた。私は口の中に残っているご飯を飲み込みながら、ん、と返す。

「次のテストでは上位いけそうか?」

 父からそんな無理難題を言われ、私は顔を顰めた。

「無理だよ。凡人の私と違って皆頭良いの知ってるでしょ?上位取れるのは化け物だけ」

 前回の順位を超えたらオッケーってことにしてよ、と言うと、母は苦笑した。

「まぁ、高校入って最初のテストが最下位に近かったんだから、中の上まで上げたのは頑張ったわね」

「だが、頼花(らいか)ならもっと頑張れば上位ぐらい簡単に入れるんじゃないのか?」

「無理だよ」

 若干ふてくされながら残りのご飯を食べ、私はすぐさま席を立った。

「ご馳走様」

 それからそそくさと自室に避難し、椅子にドカッと腰掛ける。

 父はいつも、私を買い被りすぎなのだ。私は凡人で、天才じゃない。今通っている高校にギリギリ合格した私が、上位層と渡り合えると信じていることが信じられない。市内トップの進学校で偏差値も凄く高い高校なのに。ここに入るまで、中学でどれほど大変だったか。

 心も身体も限界になるまで自分を追い込んで、ようやく入れた高校。いざ入ってみると、私より頭が良い人なんてゴロゴロいて。最初は疎外感半端なかった。

 授業について行けなくて、テストも悪い点をたくさん取って。初めて五十点台をたたき出した時には目の前が真っ暗になった。小テストでは何回か赤点を取ったし。頑張って頑張って、ようやく中の上にまで上げられた成績。それなのに、もっと頑張れば上位いけるとか、簡単じゃない?とか。

 モヤモヤとしたものを心の奥底に押し込めるように、私はギュッと強く目を瞑った。そして、深く、ゆっくり、深呼吸をして。明日の授業で置いて行かれないようにと、勉強を始めた。


園崎(そのざき)、問二の問題の答えは」

 数学の授業中、先生にそう言われて。よりにもよって何でこの問題、と私は唇を噛んだ。選択問題だったけれど、それでも答えが分からずに放置した問題。解説を聞けば分かるかと後回しにしたのに。せめて当たるならこの次の問題が良かった。

 黙っていても仕方がないので、運任せに三ですと答えてみた。二十五%の確率で当たるのだ、運が良ければ当たる。しかし、先生から返ってきたのは、三!?という素っ頓狂な声だった。その様子で嫌でも間違っていたと分かる。

「園崎、本当に三か?どうしてそうなった?」

 どうしてと言われても困る。クラスメイトがクスクスと笑っているような気配を感じながら、

「分からなかったので勘です」

 と答えると、また、勘!?と素っ頓狂な声を上げる先生。そのせいでまたどこからともなくクスクスと笑い声が聞こえてきた。

 別に笑われるのは慣れているし、間違ったせいで地獄みたいに静かになるのよりはましなので良いけれど、それでも良い気分ではない。私は顔を顰めたくなるのを我慢しながら、先生の解説を聞いていた。


 そんな最悪の四時間目を終えて、私はご飯を食べるためリュックからお弁当を取り出す。そしていつものごとく、数少ない友達の元へ移動する。

「やっほ頼花、お疲れさま」

 災難だったねぇ、と、にやにやする美来(みく)に、ほんとだよ、と返しながら美来の前の席をくるりと反転させて、美来の机にくっつける。この席の人はいつも空き教室でご飯を食べるので、ありがたく使わせてもらっているのだ。

 お弁当を広げ、いただきま~すと挨拶をする私と美来。美来はウインナーを一つ口に入れるなりスマホを取り出して、私にズイッと画面を見せた。

「これ、聴いた?」

 画面にはアクト様の新曲が映っており、私はもちろんと頷く。

「これマジで良くなかった?曲中にあるアクト様の、『愛してる』って囁き声やばすぎない?天に召されるかと思った」

 興奮気味に話す美来にこくこくと頷きながら、私もテンションがぐぐんと上がり声を弾ませる。

「分かる分かる、ほんとそれ!あと普通に歌詞が良い。聴いてるだけで心奪われるというか、もう好きって感情が爆発するよね」

「分かる~~!!うちヘッドホン付けて何回もリピートしたよ。悶えまくった」

 二人してアクト様トークで盛り上がり、お弁当を食べる私たち。お互い自分たち以外にアクト様のことを知っている人がいないため、話しているとだんだんテンションが昂ぶっていってしまう。美来とアクト様の話をしたらもう止まらない。

「ってかさお知らせ見た?アクト様またライブやるんだって!」

「見た見た!でもここから遠いから見に行けないよね……泣く」

「ね~。早くうちも他のリスナーさんみたいに大人になってアクト様に貢ぎたい。ライブ行きたい。グッズ爆買いしたい」

 うあ~~!と悔しがる美来に、ほんとね、と頷きながら、最後の一口を食べる私。ふぅ、と一息ついて、私は教室横の壁についている時計を見た。まだ昼休みは十五分もあった。

「そいえば頼花ってアクト様歴何年だっけ?」

 ふと思い出したように尋ねる美来に、私はうーんと考えながら、

「四年、かな。丁度アクト様の活動歴二年目から追っかけてるから」

 と答える。すると、美来は四年かぁ~と言って椅子の背もたれによしかかった。その拍子に、ギシッと椅子が音を立てる。

「美来は初期からだから五年でしょ?よく見つけたよね、尊敬するよ」

 ペットボトル片手にそう言えば、美来は、えへへ~と笑いながら後ろに体重を乗っける。足でゆらゆらと椅子を前後に動かしているが、下手したらそのまま後ろにすっ転んで頭を机にぶつけそうだ。

「適当に動画漁ってたら見つけちゃったんだよね。あれはもう運命としか言えない」

 俺のことだけ見てろよ、なんて言われちゃってさぁ~と楽しそうに話す美来。もう顔が恋する乙女だ。その気持ちは分からなくもないけれど。

「あ、今日の夜の生配信見る?ゲーム実況面白そうだよ」

 ガタンッと思いっきり椅子をならして前のめりに尋ねる美来。それに苦笑しながら、私はふるふると首を振った。

「八時からやるホラゲー配信でしょ?あれ、アーカイブ残るらしいし土日に見るよ。リア出来ないのは残念だけど……」

 勉強がね、と呟く私に、あぁ~と残念そうな顔をする美来。

「親御さん厳しいんだっけ。じゃあ私は頼花の分までコメント送りまくりますっ」

 任せてよ、と笑う美来に、頼んだ、と返しながらお弁当を包む。それからチャイムが鳴るまでアクト様の話をし続け、笑い合った。やっぱり推しの話をすることほど楽しいことはないと思う。


 美来といっぱいアクト様の話をした後。午後も普通に授業を受けて放課後となった。

 今日も真っ直ぐ帰るべく学校の階段を下りていたら、不意に、そういえば先週借りた本をまだ返していなかったことに気が付き、立ち止まった。そしてそのままくるっと踵を返して階段を上る。

 急に方向転換した私に訝しげな顔をしながら、ぶつからないようサッと横に避けた先輩に、ぺこりと軽く会釈しながら私は図書室へと向かう。因みに、先輩か後輩かは上履きの色で分かる。赤が一年、青が二年、黄色が三年だ。

 四階の突き当たりにある図書室に入り、借りていた本を返す。相変わらず人が少ない図書室を見ながら、折角だし何か借りていくかと適当にブラブラ歩く。手前の読書スペースに人はいず、奥の自習スペースに数人人がいるだけだ。因みに、私はどちらのスペースも使ったことがない。読書も勉強も家でする派なのだ。

 一年生の時に覚えた本の配置場所とあまり変化がないことを確認しつつ、私は本棚の周りをうろちょろと歩き回る。

 カリカリとペンを動かす音と、図書局員がこそこそと話す声や私が歩く音。グラウンドからはサッカー部や野球部の声が遠巻きに聞こえ、図書室の丁度真下にある音楽室からは様々な楽器の音が聞こえる。こんな場所で本当に集中出来るのだろうかと不思議に思いながら、題名に惹かれた本を数冊手に取りカウンターまで持って行った。

 ピッピッと貸し出し処理をする様子を眺めながら、私も図書局員になれば良かったかなぁと若干後悔した。でも、図書局員は本の貸し出しに本棚整理、図書館便りの発行などなど色々忙しい。私が部活や局活なんてしていれば、今の成績にすら届かなかったかもしれない。そう考えると、帰宅部で良かったとも思う。自由時間が減るのは嫌だし。


 返却期限を言われながら本を受け取り、リュックにしまう。やるべきことは終わり、後は帰るだけだと階段を下りていると。二階に入ったところで、バサッと何かが落ちたような音が聞こえ、私は不思議に思って足を止めた。

 この近くには家庭科室と備品室ぐらいしかない。棚から物でも落ちたのだろうかと思い、物音がした方へ進むと。

「あらぁ、何これ。こぉんなイラスト付きのファイルを持っているだなんていやらしいわぁ」

 くすくす、と女子の蔑むような声が聞こえ、なんだなんだと息を潜める。壁にくっつき、バレないよう恐る恐る廊下の角から覗き込むと。三人の女子が一人の男子を取り囲んでいるのが目に入った。

 若干ずり落ちているメガネを片手で支えながら、じっと目を凝らして見ると、上履きの色からどうやら同じ学年の人みたいだと分かった。

 こちらからはっきりと顔が見えないけれど、どうやら真ん中にいるのが女子のリーダーのようで、何やら絵が描かれたファイルを摘まんで笑っている。

「何だか暗い人だと思っていたけれど、こんな趣味があるだなんてねぇ。もしかして、家でずっとこういう女の子がいっぱい出てくるゲームでもしているのかしら」

 あはは、やだぁ、と馬鹿にするように笑う女子たちをみて、私は怒りでごくりと唾を飲み込む。


 ああゆう人の趣味を笑う人は許せない。男が、可愛い女の子が出てくるゲームをして何が悪い。それを言えば、私だって家で乙女ゲームをたくさんしている。いろんなイケメンに口説かれたり、逆に口説いたりしている。それの何が悪い。だいたい可愛いやカッコいいは正義だろう。

 女子たちに対する苛立ちは募ったけれど、それでも、自分が今出て行けば面倒事に巻き込まれるのは目に見えているし、下手したら自分も標的にされかねないので、私はただ静かに見守っていた。

「というか、正直こういう物が好きな人の気持ちって全然分からないわぁ。こんなものの何が良いの?」

 ポス、と女子がファイルを床に落とし、あははと笑いながら足を上げる。まさか、と思った時には、私はつい声を出していた。

「先生、なんかこっちで争っている声が聞こえるのですが!」

 私の声に、やばっと小さく声を出し、トタトタと反対方向に走っていく音がして、私はふぅと一つ息を吐く。それからもう一度顔を出し、女子がいないことを確認してから静かに男子の前に歩いて行った。

「あの、大丈夫ですか?」

 声をかけると、男子はビクッと肩を揺らして私の方を見た。そのまま固まってしまった男子に、とりあえず床に落ちたファイルを拾って手渡した。そのファイルに描かれている女の子が私も知っているものだったので、つい言葉が勝手に飛び出す。

「これ、『愛を叫んで』のルアちゃん?この本、私も好き。良いですよね」

 はい、とファイルを差し出すと、男子は私の表情を伺いながら恐る恐る手に取った。

「どうも」

 ボソッと小さくそう言った後、男子は逃げるように去って行った。私はその後ろ姿を見ながら、あまり登場しないルアちゃんをあえて選ぶなんて面白いなぁと考えた。私がファイルを買うなら断然主人公のリリアだ。そして、そんな話を前、レイ様としたっけなぁ、と、懐かしく思った。

狐桜 雪です。初めましての方も、他の作品を読んでくださっている方も、これから頼花のお話を少しでも楽しんでいただければ幸いです。

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