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栃の日常

 あんの腐れ狐。


 まさか、馴染みの送り狐の所にいけ好かん野狐が転がり込んでいるとは思わず、万屋へ戻ってきた栃は内心悪態を吐く。


 何であんな奴の為に、野衾のぶすまの高級布団なんぞ仕入なあかんのや。


 万屋なら何でも揃えられるだろうと、野衾と言われるむささびの、どんな者でもこてんと心地良い眠りに就くと有名な布団を要求された。


 ようわからんが、あいつらが騒がしくしていたんとちゃいますのん?


 文句を垂れ流したい所だが、ぐっと堪えて木の葉に用件を書き続ける。


「……色加美町の万屋、栃、と」


 記入漏れはないか確認し、万屋の外へ出る。


「ほな、行っといで」


 ふぅと栃が息を吹きかければ、夜の空にふわりと浮いた木の葉がぽんと音を立て、消えた。


 詳しい事はまた後で、なんて言うといて、また煙に巻かれそうやなぁ。


 柘榴辺りなら口を滑らすが、山吹相手なら肝心な事は教えてくれないだろうと、栃は予想していた。だからこそ、これ以上踏み込むのは無粋かと頭を切り替え、共に働く狸の元へ戻った。


 ***


 野衾の布団の代金は前払いで受取済み。だからこそ、不備なく手元に届いたのかを確認する為、栃はまた送り狐達の社を訪れていた。

 季節は梅雨。夕刻だが雲がそれを悟らせないように、空を覆い尽くしている。


 見た目は変わらんけど、中、また広なったんやろな。


 華火がこの社へ来た後に上がった時、大広間が広くなっていた事を思い出す。

 すると、そんな栃に気付いたであろう庭先にいた華火が、ぱっと笑顔になった。


「栃様! 今日はどうされましたか?」


 ほんまに可愛らしいな、この


 鍛錬でもしていたのであろう華火が、鉄扇を緋袴の帯へ差し込み、小走りに駆けてくる。

 出会った当初はここに送り狐が増えるとは珍しい事もあるものだと、それぐらいにしか気を留めていなかった。しかしこうも懐かれると、悪い気はしない。

 だからこそ、ここにいる癖のある送り狐達とは違い、咲いたばかりの小花のような女狐へ、栃も笑みをこぼす。


 大輪の花になったら、引く手数多やろな。


 そんな事を考えていたからか、目の前まで来た華火へ、つい言葉をもらした。


「華火さん、男狐で困り事があったら、すぐ自分に言うて下さいね」


 白蛇さんがおるけど、女狐一匹では危ないやろし。


 送り狐となった者には無用な心配かもしれないが、敢えて低い声で忠告する。

 すると華火の顔が色付いた。


 おや?

 もしや既に咲く前やろか。


 明らかにうろたえた華火の頭を、思わず撫でそうになる。しかしその前に、ぞろぞろとやって来ていた男狐に邪魔された。


「栃さぁん? うちの華火、困らせないでくれる?」


 いち早く華火の側へ到着した紫檀が、彼女の両肩を掴み自身へ引き寄せる。口調は冗談めかしているが、目が笑っていない。

 そんな紫檀に守られるように立つ華火の顔は、赤く染まる鬼灯ほおずきのようになってしまった。


 こら、大変な相手を選んだみたいやなぁ。


 紫檀の女の噂はここ最近聞かない。少し前まで、どれもこれも深い仲までに至らず、いつの間にか柳に風と受け流されると、もっぱらの噂だった。

 だからこそ、報われない恋になりかねない。

 けれど、紫檀の様子も少しばかり特殊なものに思えて、栃はしげしげと藤色の瞳の男狐を見やる。


「あらやだ。あたしに見惚れた?」

「……そろそろ本題に入らしていただきます」


 紫檀さんにとっても華火さんは特別ではありそうやが……。


 かたぐさにでもしようと思ったが、普段の様子に戻ってしまった紫檀に探りは入れられない。だから紫檀の問い掛けには応じず、栃は話を進めた。


 ***


 なんやえらい事になっとったな。


 万屋へ戻って来るまでに、だいぶ時間が経過していた。

 送り狐の社に入る事なく用件を済ませるつもりが、中へ上がり話し込んだ結果だ。やはり大広間は広くなっていたが、栃の想像以上だった。

 その中で、今までいた送り狐達と、転がり込んだ野狐達がぎゃあぎゃあと騒ぐ。それを華火がなだめるという、奇妙な光景を見せつけられる。


 そんな中で聞かされた事情は、『今起きている狐の騒ぎを終わらす為、彼らに協力してもらう事になりました。この先も彼らはここにいますが、何か失礼があればすぐ僕に言い付けて下さいね』と、山吹が食えない顔で告げて来た言葉のみ。


 確かに、この前の総会で決まった話は万屋にも回ってきたけども、この町とは聞いてへん。あんの馬鹿狸、しっかり詳細を伝えんかい!


 いつか金で膨れ上がったあの腹を殴りつけてやりたい。その苛つきを取り払う為に煙管をふかし、これからの商売の事を考える。


 この事実が知られたら、客足が途絶えるか?

 巻き込まれんかったらえぇんやけども……。

 あー! わからへん事はわからへん!

 もしもの時の為に、今のうちに稼がしてもらおか!


 頭をわしわし掻き、頼まれた物の一覧が貼られている下へと向かう。

 すると、共に働く狸が声を掛けてきた。


「栃さーん! 今日頼まれた玄さんのこれ、まだ発売日すら決まっとらんやつやで!」

「またか! なんなんや、この情報収集力は! ほなもう、金の力や。玄さんに吹っかけとくさかい、言い値で仕入れてきてや」


 玄もそれをわかっているからこそ、最新のゲームソフトを万屋に頼んでいる事はここの皆が承知している。先程稼がせてもらうと決めたのは、送り狐達から、という意味でもある。

 だから栃は遠慮なく、金を巻き上げる事にした。


「あとは、龍笛の修繕が丁寧な店……。これは木霊こだまの婆様の所で文句ないやろ。取りあえず小冊子送って返事待ちやな。えーっと、強い糸。これは白藍さんやから、いつもの女郎じょろう蜘蛛ぐもさんとこのあれやあれ」


 狸達に指示を出しながらも、最適な店へ振り分ける。お代を頂くのであれば相応の場所へ。決して手を抜く事をしないのが、栃の信条である。


「他の物もちゃっちゃ終わらして、酒でも飲も!」


 こんな日は飲むに限る。そうでなくとも妖達は万年酔いしれる。それが本来の、楽しさを追求する者達の姿でもあるのだから。

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