第44話 総会
総会が行われるのは、上で最も神聖な場とされる和の神殿。ここでの争い事は御法度。何故ならば、全ての種族を尊重する事と、取り決めた地でもある為だ。
それと同時に、それぞれの種族の神へと祈りを捧げる場でもあり、上の世界での中心に位置している。
本日、皆が集まるのは、入母屋造の正殿。上半分が切妻造、下半分が寄棟造が特徴である。要は、上部が二方へ傾斜し、下部が四方へ傾斜した屋根の事を示す。
景色の変わらぬ長い回路を抜ければ辿り着けるその場所には、様々な妖がひしめき合う。
「金にもならん無駄な時間。もう堪忍や。はよう帰らしてくれ」
「蛙でもないのに油飛ばすな、この狸!」
「蛙の貴重な油を何だと思っている!?」
化け狸の長が額の汗を手で払えば、化け猫の長が怒鳴り、更には蝦蟇まで参戦した。
やはり、騒々しいな。
妖が大人しくしている事などできぬのを知る蘇芳は、畳の香りと共に漂う雑多な匂いに包まれながら、周りを静観する。
「争い事は御法度だ」
そこに、犬神の長・銀次の声が響き、場が静まる。
立派な立ち耳、そして毛量のある黒く長い髪はそのままに、研ぎたての刃物のように鋭い眼光を宿す黒の瞳が、前だけを見据える。その彼の心を表すように、黒の大きな尾だけが揺らめく。
そんな銀次の後ろに控えるのは、この前顔を合わせたばかりの、色加美町の見廻役達だ。
「くくっ。固ぇ事言うなよ、銀。妖の喧嘩なんざ、挨拶みてぇなもんだろ?」
ひっくと、わざとらしく酒酔いを装うのは、鬼の長の右腕・叢雲。この場で最も強い種族である為、会話に割って入ろうが、文句を言う者はいない。
清潔感のある白髪混じりの髪は短い。そして額には、三本の黒い角。両端は長く、真ん中の角だけ短い。年齢を重ねた笑い皺とは裏腹に、切れ上がる金の目はここにいる全ての者の動向を捉えている。
ああして酒を呑み、無害だとして周りを安心させる役を徹しておられるが、今この場で菊姫殿に対し無礼を働こうとする者がいれば即座に動く、恐ろしいお方でもある。
その考えすらも読まれていたように、叢雲と目が合う。
『そりゃおめぇ買い被りすぎだ』
その瞬間、過去に蘇芳がそれとなく彼への印象を伝えた時の、楽しげに笑う叢雲の返答を思い出す。ちょうど記憶と重なる笑みを叢雲が浮かべれば、また酒を呑み出した。
それに対し、鬼の長・菊姫が動いた。
「叢雲、酒は程々にな」
「姫までどうした。祭りみてぇなもんだ。呑まにゃ損だろ?」
「奥方の玉響から、伝言を預かっている。『うちの男共は誰にでも迷惑を掛けるから、目に余れば角を一本折ってくれ。無駄に三本も生えているのはその為のものだ』、との事だ。息子も大概だが、親であるお前から躾直す方が早いかと思うてな」
そう話す菊姫の角は四本。鬼の強さは角の多さで決まる。
そして鬼は人間の感情を喰らい、生き永らえる種族。だからこそ人間の考えに寄り添う為、服装もその時代の人間に合わせる傾向にある。
現在は黒い背広が主流であるが、中の服も黒。これは、血に濡れても目立たない、という、鬼らしい理由からだ。
彼らは強さを競う事を止められない種族でもある。現在の長・菊姫のお陰でだいぶ大人しくはなったが。
そして釦は意味を成しておらず、胸部は開かれ、女鬼ならば際どい部分までさらけ出されている。
「冗談は程々にしてくれや! で、今回の総会は狐について、だったな?」
若い長に対し慌てふためく叢雲が、強引に話を進める。
すると、蘇芳、そして隣の管轄の枯野の前に座っていた、相談役統括・単が応じた。
「この度は、狐の揉め事で迷惑をお掛けした事を、お詫び申し上げる」
妖狐の長は天狐であるが、神に近く姿なき声だけの存在である為、単が代理者となる。それが頭を下げた。この意味は、全面的に妖狐だけが悪いものとする事を暗に伝えている。
「この度の騒ぎで、この者達の管轄の妖が騒ついている」
銀次が口を開けば、眼鏡を掛けた犬神へ視線を送る。
「下の見廻役、朝日と申します。騒ぎに立ち会った犬神として、この場に参加しております」
発言した犬神と共に、他の二匹も頷いた。
「今後、騒ぎに対し、どのような措置をお考えだ?」
銀次の声に、一つに編み上げた赤の髪をわずかに揺らし、単が姿勢を正した。
「我らの和が乱れるのは、人間にも影響を及ぼす恐れがある。これからは犬神を見習い、妖狐の規律を厳しくしましょう」
単の声は穏やかだが、それはもう決めていた事をただ語るだけのような響きでもあった。それが尚も続く。
「よって本日より、騒動を起こした者、関係している者、全てを罰します。疑わしきは罰せず、ではなく、全てを。しかし、時間は掛かる。我らより先に見廻役が気付かれた場合は、処分はそちらへお任せします。この内容で納得していただけましたでしょうか?」
やはりか。
単の言葉に、蘇芳の表情が変化しそうになる。それを防ぐ為、目をしばし閉じ、また開く。それにより世界が変わるわけではないが、隣に座る枯野の息がもれたのは、耳に届いた。
***
総会が終わり、各種族の長が広大な正殿の中で円陣を組むように、挨拶をし続けている。
蘇芳が静かにそれを眺めていれば、先に帰る事を許可された枯野が蘇芳へ言葉を残す。
「出る杭は打たれるどころか、どこぞへと打ち捨てられるやもしれない。ですから、長い物には巻かれておくのがよろしいかと」
今回の騒動に深く関係した者として共に呼ばれた、枯野の薄黄色の目と視線がぶつかる。
「ご助言、痛み入ります。お互いにこれからが大変ですな。被害に遭われた白狐達はどうされるのです?」
「そちらの白狐は二度襲われたと、聞き及んでおります。なのでこちらは上の者を派遣し、守りを増やす予定です」
妥当な対処ではあるが、果たして……。
考えが読まれぬよう、笑みは貼り付けたままに、蘇芳は頷く。
「そうする他、ありませんな。もっとも、今回の決まり事はお触れが出る。その中で騒動を起こす者は、犬神にも楯突く事になる。そのような命知らずが同族にいるとは思えませんが」
「ふふ。どうでしょうね。そんな命知らずでも、しばらくは様子を見るかもしれませぬ。それにしても、そちらはまさかの荒業で驚かされました。実に愉快。蘇芳殿の妙案が活きる事を、この場にて祈らせていただきましょう」
狐同士、わかりやすい化かし合いではある。
けれど、これが互いに踏み込める限界だと、蘇芳にはわかっていた。
相談役として背負うものがある。だからこそ同等な立場として自分を見る枯野の気遣いに感謝した。
「ご武運を」
枯野が小さな声で呟けば、席を立ち歩き出す。
それを待っていたかのように、単が蘇芳へ手招きした。
「如何なさいましたか?」
「沈静の間にて、話があります」
回廊を抜けた先、入り口の脇にある小部屋を指定される。まだ他種族との挨拶が続きそうな単を残し、蘇芳は先にその場へ向かった。
***
「今回の騒動に加担する者を捕らえ、餌にする事を私に何の報告もなく取り決めたのは、少々急足だったように思いました。何より名目は保護。これが罰になるのかは、私には些か理解できません。それ以前に、総会前だという理由で、総会時に影響が出ぬよう、断罪役を使って見回りをしていた事もこの前知ったばかり。まぁ、過ぎた事をとやかく言う気は無いのですが、蘇芳殿の事だ。何か他にも考えがあっての事でしょう?」
男狐らしからず、中世的な声で上品に笑う単の透明に近い白の目は、先程から何も映し出していないように変わる事はない。
「色加美の者達だからこそ、集めました」
「しかし、私の話をその耳で聞いていた蘇芳殿が何故そのような真似をされる? 以前にも私が、悪評のある下へ降りない女狐と、統率者を拒む送り狐をこれ以上自由にさせておいてはお役目に就く者に示し方かぬと言えば、それらを合わせた。だからこそ、私は今後、そこに集いし狐達が今以上の悪評を立たせれば、お役目を剥奪すると伝えたのを忘れたのか?」
語気が強まり、単の感情が滲む。彼は妖狐の代表として、同族の汚点と思われる者達を忌み嫌う。その潔癖すぎる内面が声に現れたのは、よほど鬱憤が溜まっている事を示す。
「忘れてなどおりません」
「口では何とでも言える。ようやく下へ降りた統率者の汚点と言える女狐。穢れた蛇を生かした送り狐。そして今度は指南所で問題を起こした印付きときた。ここまで恥晒しな者達を集めた理由を聞かせろ」
単の言葉を聞き流すも、試されている事を悟る。
この部屋には断罪役をまとめる、暁も控えている。この二匹の前での不要な発言は避けねばならぬのを、蘇芳は重々承知していた。
「それらを集めれば、必ずや問題事が起きましょう。それを、私は待っております」
「敢えて問題を起こさせると。その時、蘇芳殿はどのような処分を下す?」
蘇芳はその瞬間を思い描き、単を見据える。
「私が直々に、全てを処分します」
この言葉こそが欲しかったように、単の目が満足げに細まる。
「……なるほど。蘇芳殿の覚悟、確かに受け取りました」
穏やかな声色に戻る単だが、蘇芳はどこまで自分の考えが読まれているのか、それだけが気掛かりだった。




